暗黒騎士物語

根崎タケル

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第2章 聖竜王の角

第2話 レンバー卿の憂鬱

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 騎士レンバーは重い足取りで大通りを歩く。

「頼んだぞ、レンバー卿」

 さきほど言われた王の言葉が重く圧し掛かる。
 レンバーはロクス王国の騎士だ、王の命令とあれば従わねばならない。
 レンバーはとても、憂欝だった。
 街の通りは夜だというのに人通りが多い。
 皆明日から始まる祭りの準備に忙しいのだろう。
 だが今のレンバーにはこの祭りはあまりいいものには思えなかった。
 歩いているとやがて目的の店に着く。
 店の名は「白い鱗亭」という食堂兼酒場の店だ。ここに目当ての人物がいるはずだった。
 私は店に入る。店に入ると夕食時だからか人が多い。
 この白い鱗亭はロクス王国でも特殊な店である。なぜ特殊かというとそれはこの店にいる客達が普通と違うからだ。
 この店にいる客達はほぼ全員が武装している。
 この城壁の外は魔物だらけであり、外から来る人間は一般人でも刃物の1つは所持している事が多い。しかし、一般の人間はあくまで魔物が出た時のため、必要最小限の武装しかしないのに対してこの店の客は鎧や盾、複数の武器等を持ち普通の旅人にはない武装をしている。
 また彼らの体には普通に暮らしてはつかない程の筋肉がついており、彼らが荒事に身を置く人間であることを示している。
 自由戦士。
 彼らはそう呼ばれる人達だ。
 騎士が公的な存在なら、彼らは民間の騎士といえる。各国家を繋ぐ街道の警備はどの国家においても重要事項である。よって騎士はその街道に出没する魔物を退治する。
 しかし、国家という枠に縛られた騎士だけでは街道の平和は守れないのが現実だった。
 例えば国家間の連携がうまくいかなかったり、財政的な問題などがある。
 また、国家間の街道を通る人々の要望は留まる所をしらず、国が全てに応えるのは難しかった。
 そのため自由戦士と言う存在に需要があるのだ。彼らは騎士に比べ自由に行動ができる。騎士は王や国の命令がないと基本的に動けないが自由戦士はそうではない。他の市民の依頼を聞いたり、必要だと思ったら自分の意志で迅速に行動ができる。騎士は命令がなければ動けず、また自分の国しか守らないのに対して自由戦士は自分の住む国以外でも必要があると判断すれば自主的に守りに行く。
 そして、この白い鱗亭はそんな自由戦士の集まる店だった。ロクス王国において自由戦士に何か依頼したい者はこの店に来るのが一般的だ。
 今この場にいる自由戦士のほとんどはロクス王国の依頼によって集まった自由戦士達である。
 ロクス王国は明日から行われる祭りのために3日前から王国周辺の魔物の掃討を行っていた。そして掃討作業も今日で終わりだった。彼らのおかげでこのロクスに至る街道を通る者はしばらく魔物に怯えなくても良いだろう。そして、自由戦士達は仕事の打ち上げでこの店に集まっていた。
 私は店の中を歩き目的の人物を探す。目的の人物は簡単に見つかった。
 何しろその男はでかい、まるで熊のような外見の男だ。奥の座席にいるにもかかわらず目立っていた。
 男はこちらに背を向けている。その男に近づく。
 歳の頃は30歳前後、短く切った黒い髪に日に焼けた顔、むき出しの腕には普通の人にはない筋肉と傷跡が無数にあった。
 レンバーが近づいてきた事に気付いたのか、男がこちらに振り向く。

「よおレンバーじゃないか。あいかわらず不景気そうな顔だな」
「悪かったですねガリオス先輩、昨日の怪我はもう良いですか?」
「ああなんとかな。ニムリ先生に治癒の魔法をかけてもらったからな、もう動けるぜ」

 ガリオスはニヤリと笑う。
 死ぬ所だったのにまったく堪えていないらしい。

(自由戦士になる人間は死など怖くないのだろうか?)

 レンバーは苦笑いを浮かべ疑問に思う。
 ガリオスはこのロクス王国に住む自由戦士だ。そして元騎士であり自分の先輩でもある。彼は昨日、魔物退治の仕事で死にかけたばかりだ。
 レンバーはガリオスの座るテーブルに近づく。
 ふとそこでガリオスの座るテーブルの向かいに誰かが座っている事に気付く。
 大柄なガリオスに比べて線が細い。
 レンバーはガリオスの存在感が大きすぎて入って来たときは気付かなかったのである。

「クロ殿もご一緒でしたか、こんにちはクロ殿」

 レンバーは会釈するとクロを見る。
 このあたりでは見かけない不思議な空気を纏った青年である。
 闇に溶けそうな漆黒の髪に非常に整った顔立ちをしている。もう少し着飾れば若い娘が放ってはおかないだろう。
 もっとも、この若者はあまり騒がれるのを好まない性格のようだとレンバーは思う。

(今回の一件はクロ殿にもお願いしたい事があった。ガリオス先輩と一緒で丁度良い)

 レンバーは心の中でほくそ笑む。

「こんにちは、レンバー殿」

 クロがレンバーを見て会釈する。
 クロは自由戦士ではないがこの店にいる。
 レンバーがクロと出会ったのは昨日の夜の事である。
 昨日の夜、魔物退治に向かったガリオスが戻って来ていないのを彼の妻である私の姉から聞かされた。
 魔物には夜行性であるものが多い、それに対して人間は夜目が効かない、城壁の外で夜を迎えれば死と同じだ。それは、熟練の戦士でも同じ事である。
 ガリオスを探しに行くべきか城壁で迷っている時に、ガリオスを背負ったクロが現れたのである。
 ガリオスは今日の昼ごろ、ゴブリンやオーク達との戦いの最中に不覚をとり小さな崖から落ちて足を痛めたらしい。
 なんとか戻ろうとしたが、足が動かず夕方になりあたりは暗くなった。そこをたまたま通りかかったクロに救助された。
 ガリオスが助かった事で姉はたいそう喜んだ。
 そのままガリオスはクロに治癒の魔法が使えるニムリ先生の所まで運んでもらい治してもらった。
 クロの体は細い。この国でも体のでかさで1・2を争う巨体のガリオスを運んで足場の悪い森の中を歩けるようには見えない。
 ガリオスの話しでは夜になっても明かりもつけずに森の中を迷うことなく歩いたとの事だ。
 ニムリの話しではクロは暗視の魔法が使えるのだろうとの事だ。つまりこのクロという青年は魔術師なのかもしれなかった。
 そう考えれば私よりはるかに大きいガリオスを背負って森の中を歩けたのも納得である。私の知らない魔法を使ってガリオスを運んだのだろう。
 魔術師の存在は貴重だ。
 クロが魔術師であるならばぜひともこの国に住み着いて欲しいものだとレンバーは思う。
 今この国で魔術師と呼べるのはニムリぐらいである。
 あと2週間前からこの町に住み着いている薬師の女性も少しは魔術を使えるみたいだが、魔術師と呼べるほどの能力はないみたいである。
 ガリオス夫妻はクロがこの国に滞在している間、命の恩人であるクロの世話をしている。
 クロは贅沢を言わないようなので世話をするのは楽なようだ。いやむしろクロは質素を好むように見える。今も2人は食事を取っているが食べ物もありふれた食材ばかりだ。またガリオスがエール酒を飲んでいるのに対してクロはハーブのお茶だ。昨日ガリオスを助けたお礼に酒を奢ろうとしたがミセネンだから飲まないらしい。

(ミセネンが何かはわからないが何かの戒律だろうか?)

 まるで修行僧のような人物だとレンバーは思った。

(思えばクロ殿の歩き方は隙がない。何らかの修業を積んでいるのだろうか)

 レンバーは過去の事を思い出す。
 今日の昼、クロは他の自由戦士達と共に魔物退治に付き合った。自分も王国の騎士として自由戦士達と行動を共にしたがクロの戦いぶりは見事だった。小剣一本のみであれだけ戦えるとは思わなかった。例え魔法を使ったとしてもあのような動きができるとは思えない。立ち振る舞いから何かしらの戦闘術を学んでいるのだろう。
 欲がなく魔法も使え戦闘もできる、今回の任務にはうってつけの人物だとレンバーには思えた。

「ところでどうしたんだレンバー?今日は非番じゃないだろうに」

 ガリオスが疑問を口にする。
 城壁内の治安の維持は衛兵達が行うが、もしもの時のために騎士の何人かは王城に詰めなければならない。本来なら自分は王城にいなければならないはずだった。

「実はガリオス先輩に折り入って頼みたい事がありまして……」

 レンバーはここに来た本題を告げる。

「ほうその様子からただ事ではないようだな、いいぜ話してみな」

 するとクロが立ち上がる。

「込み入った話なら自分は席をはずしますが?」
「いえクロ殿にも頼みたい事でして……」
「自分にもですか?」
「はい、クロ殿にもです」

 そう言うとクロが再び座る。
 クロの顔には訝しげな表情が浮かぶ。
 しかし、レンバーは構わず話を続ける。

「私が頼みたいのはある人物の護衛です」
「護衛?」
「はい、ある方達がこの国に急きょ来る事が決まりまして。陛下よりその護衛をするよう命じられたのですが私1人では少し不安でして。先輩の力をお借りしたいのですよ」
「ある人物? 外国の王族か何かか?」

 ガリオスの言葉にレンバーは首を振る。
 これから来る人物の事を考えるとどこかの王族の方がまだましだとレンバーには思えた。

「いえ違いますが。それに匹敵する方です」
「ふーん。そりゃ誰なんだ?」

 ガリオスが訝しげに聞く。

「実は明日勇者レイジ様とその奥方様達が来られ……って、クロ殿どうかされたのですか!?」

 突然クロが口に含んでいたお茶を吹き出したのである。
 吹き出したお茶は正面にいるガリオスにあたる。

「す……すみませんガリオス殿……」

 クロがガリオスに謝罪する。

「いや、別に良いが……どうしたんだクロ殿」

 クロの様子にレンバーとガリオスが驚く。クロの様子はただ事ではなかった。

「いえ、すみません……咽ただけです……。話を続けてください」

 クロがけほけほと咳をしながらあやまる。

「ああ、話を戻そうぜ、なんでまた勇者が来るんだよ。明日からの祭り見物か?」

 ガリオスが布で顔を拭きながら聞く。

「それもあるらしいですが……ガリオス先輩。勇者レイジ様が怪我をしたことは知っていますね?」
「ああ、確かすごく強い暗黒騎士にやられたんだってな。あの勇者に傷を負わせるなんて正直神様ぐらいしかできないと思ってたんだが、世界は広いな」
「私もそう思ってましたよ。それでレイジ様はその暗黒騎士に負わされた怪我を癒すためにこのロクスに湯治に来られるのですよ」

 このロクス王国は温泉が出ることで有名な国だ。その温泉による観光がこの国の主な収入源だったりする。

「そこで、2人には勇者の護衛を手伝ってもらいたいのですよ」

 レンバーはそう言うと2人の表情を見る。
 ガリオスとクロは微妙な顔をしていた。

「あのレンバー殿。なぜ護衛が必要なのですか? レイ……勇者様達はとても強いと聞いているのですが」

 勇者の強さを知っている事からクロも勇者達の事は聞いた事があるのだろうとレンバーは推測する。
 もっとも勇者の事を知らない人間を探す方が難しいだろうが。

「確かにクロ殿の疑問ももっともですね……。勇者様達に危害を加える事をできる者など神様を除けばかの暗黒騎士ぐらいでしょうね」
「では何故?」
「実は護衛と言うのは名ばかりで、勇者様の奥方様達に変な気を起こす奴を遠ざけたいのですよ……」

 勇者レイジの連れている女性達は皆美人だ。そのため変な気を起こす奴がまた出るかもしれない。
 前に勇者が来たとき変な気を起こす奴がいたせいで大変な事になった事をレンバーは思い出す。

「勇者様達に不快な思いをさせて、不興を買うわけにはいきません。これ以上城壁を壊されるわけにはいかないのですよ……」
「なるほどな」
「いえ、なんとなくわかりました……」

 レンバーが二人を見るとガリオスは頷き、クロも何か察してくれたようだと感じる。
 ロクス王国の西側の城壁は現在半分ほど壊れている。
 原因は強力な攻撃魔法によるものだ。
 そもそも勇者達がこの国に訪れるのは2度目である。
 前回に来たときに勇者の女性にちょっかいをかけた愚か者がいたために、怒ったその女性が魔法で壊したのだ。
 聞けば勇者達が本拠地にしている聖レナリア共和国でも似たような事件が起こっており、勇者達が都市内にいる間、レーナ神殿の騎士達は常に勇者達の護衛についているらしい。
 前回のような事を起こさないためにも、ロクス王国もまた勇者達に護衛をつける事にしたのだ。その責任者がレンバーというわけである。
 しかし、大国である聖レナリア共和国なら何人でも騎士をつけられるだろうが、
 ロクス王国の騎士は20人といない。
 常日頃から行っている街道の警備や明日から始まる祭りのための治安維持の指揮を考えるとあまり人数は避けない。
 衛兵達は市民から徴用された者達で、そこらへんの普通の人ならともかく、ある程度腕の立つものには敵わない。できるかぎり腕の立ち信頼のおけそうな者をつけるべきだろう。
 そこで、腕の立つ自由戦士を選抜して警護にあてる事になったのだ。
 選抜の基準は勇者に敵対する人間でない事と勇者の女性達を見ても変な気を起こさない人間である事だ。
 ガリオスは長年のつきあいで信頼できる。またクロも短いつきあいだが腕が立ち、また穏やかで勇者と敵対する人間には見えないし、人畜無害に見えるから勇者の女性達を見ても変な気を起こす事はなさそうであった。
 だから、この2人にはぜひとも手伝いをして欲しい。
 レンバーはこれまでのいきさつを説明すると頭を下げる。

「だから、頼みます。手伝っていただけないでしょうか?」

 しかし、ガリオスは渋い顔をする。

「あんまり気が進まねえな……。そもそも、俺に貴人の相手が務まるとは思えん」

 ガリオスはどんな相手にも態度が同じだ。他国の王族であっても自分に話すのと同じ口調で話す。ロクス王陛下はあまりそういう事を気にしないが、他の国ではかなり無礼である。
 下手をすると勇者の不興を買いかねない。

「いや、直接の相手は姫様が行う事になっているから心配はいりません。我々は勇者様達に変な奴が近づかないように離れた所から警護します」

 レンバーは段取りを伝える。

「姫というとアルミナ様の事か?」

 ガリオスの問いにレンバーは頷く。アルミナ姫はロクス王国の末姫で今年で17歳になる。
 勇者は女性に甘いと聞くし、同じ女性なら勇者の女性達に変な気は起こさないだろうという判断から、礼儀作法も完璧な姫が勇者達の世話をする事になっている。

「なるほどな。将来の夫婦がそろって勇者の相手をするとはね」

 ガリオスはにやにやして言う。

「茶化さないでくださいよ、先輩」

 実はアルミナ姫はレンバーの幼馴染であり、婚約者でもあるのだ。
 レンバーの顔が赤くなる。

「いいぜ、お前とアルミナ姫のためだ。勇者の直接の相手をしなくていいってんなら手伝ってやるぜ」

 ガリオスは苦笑いを浮かべると承諾する。そして、クロを見る。

「クロ。お前さんはどうする?」

 正直クロは気が進まないという顔をしていた。
 だが、魔法が使えて腕が立つクロが手伝ってくれると多いに助かるはずであった。

「クロ殿どうかお願いします!!」
「まあ、直接勇者の相手をしなくて良いのなら……」

 レンバーが頭を下げるとクロはしぶしぶ了承する。
 
「ありがとうございます! クロ殿!」

 2人の協力を得られた事にレンバーはほっと胸を撫でおろす。

(これで、勇者の件も何とかなれば良いのだが)

 急に決まった勇者の来訪に、レンバーはなんだか嫌な予感がするのだった。
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