暗黒騎士物語

根崎タケル

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第1章 勇者を倒すために魔王に召喚されました

第20話 幼馴染との対決

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 神殿騎士ルクルスは慌てていた。

「何なんだよ! こいつはっ!」

 目の前でヒュロスが剣を振るうが、相手の持つ円形の盾に阻まれ届かない。
 目の前の侵入者は盾でそのまま押し込んでくる。
 ヒュロスはそのまま押され、後ろにいた奴ごと倒れる。

「ぐはっ!」
「ぐへっ!」

 間抜けな声が二つ重なる。

「何て力だ!」 

 ルクルスは目の前の黄土色の鎧を着た侵入者を見る。
 その兜の隙間から見える瞳は赤く輝いていた。

「人間じゃない……」

 ルクルスは目の前の侵入者を睨む。
 女神様が降臨したのでルクルス達は警備をしていた。
 待機所で女神様の姿が見られないかなと、部下の騎士が軽口を叩いている時の事だった、侵入者の存在を知らせる鐘がなったのは。
 鐘は設置された全ての場所で鳴っており、侵入者が複数で四方から同時に侵入してきていた。
 そして、ルクルス達が指定された持ち場に来た時にそいつは現れた。
 周りを見ると部下の騎士達が六人も倒れている。
 腕や足を斬られた者。盾で殴られた者。だが、不思議と死んでいる者はいない。
 ルクルスには敵がこちらを殺す気がないように感じられた。
 今も倒れているヒュロスを殺そうと思えば殺せるはずなのに何もしてこない。

「麗しき勝利の戦乙女ニーア様! 忠実なるしもべに力をお貸しください! 鋭刃ブレイドシャープ!」

 ルクルスが魔法を唱えると長剣が光り輝く。
 ルクルスには本来なら魔法の才はない。
 しかし、その信仰を認めた戦乙女ニーアの加護により、魔法の力を授けられた。
 そして、女神の側近である戦乙女に認められた事でルクルスは隊長に出世したのである。
 ルクルスは剣を掲げ侵入者に突進する。
 侵入者は盾で受ける。

(魔法で強化している剣を受けて、傷一つつかないとは!)

 鋭刃の魔法で強化すれば、粗末な盾なら壊す事ができて、普通の盾も傷つける事ができる。
 しかし、侵入者の盾が傷ついた様子はない。
 今度は侵入者が剣を振るう。
 ルクルスは騎士盾で受けると後ろに倒れそうになる。

(くそ! こちらの盾が壊れそうだ!)

 ルクルスは相手の攻撃を見る。
 不思議と頭や胴体を狙ってこない。殺す気がないみたいだ。

「本当に遊んでいるのか……?」

 ルクルスは呟く。
 相手は一人だが、こちらからは攻められなかった。
 たった一人に九人いた部下の内、六人が瞬く間に戦闘不能になったのである。
 ルクルスとしては慎重にならざるを得ない。

「うん?」

 後ろにいた部下の一人が変な声を出す。
 ルクルスは部下の視線を辿ると侵入者の後ろに一つの影があった。
 新手かと思い影を見る。漆黒の鎧を着た者がこちらへとやって来る。
 ルクルスはその影を見ていると背筋が冷たくなるのを感じる。
 その者の圧力は前にいる黄土色の侵入者の比ではない。

「あっ、暗黒騎士……」

 別の部下が搾り出すような声を上げる。

「暗黒騎士だと、まさか例の暗黒騎士か! 噂は本当だったのか!」

 ルクルスは叫ぶ。
 光の勇者レイジを倒した暗黒騎士。
 今や、その名は今世界中で鳴り響いている。無敵であった勇者を打ち破った男。
 そして、その暗黒騎士が各地の魔物を率いて人間達を滅ぼしに来ると噂されている。

(もしかして女神様を狙っているのだろうか?)

 ルクルスの頭に最悪の事態が思い浮かぶ。

「めっ、女神様が危ない……」

 ルクルスは剣を構えるが震えが止まらない。対峙するだけで死にそうであった。
 暗黒騎士が近くまで来ると手をルクルスに向ける。

「眠れ……」

 その言葉が聞こえるとルクルスに猛烈な睡魔が襲ってくる。周りを見ると残った部下も倒れていく。

「睡眠の魔法……」

 ルクルスが睡魔の正体に気付いたときには遅かった。

「確かこの先が、祭壇のある部屋だったな……」

 その言葉を聞いたのを最後にルクルスの意識が沈んでいった。


 ◆

「意外と楽だった」

 クロキは目的の場所に辿りつき、そう呟く。
 ここまで睡眠の魔法に抵抗できた者はいない。来るまでに遭遇した人間は全て眠らせた。
 それに、なぜか天使もいなかった。
 これなら、ナットを連れて来ても大丈夫だったかなとクロキは思う。激戦になる可能性も考えていたのだ。
 そこまで考えて、クロキは首を振る、油断は禁物であった。

(この扉を開ければ祭壇のある部屋だ、ここにレーナがいるはずだ)

 スパルトイ達に意識を飛ばしてこの部屋に誰も入らせるなと命令する。
 扉を開け中に入ると祭壇のある部屋は非常に広く、所々、魔法の灯りで照らされていた。
 その部屋の中央部には巨大な魔法陣が描かれている。
 そして、魔法陣の四隅には四つの石灯籠のようなもの備えられている。
 石灯籠はモデスがクロキを召喚した時に見た物と同じ物である。鍛冶神ヘイボスが作った召喚術の補助道具に間違いなかった。
 そして、その魔法陣の手前に背を向けている女性が一人いた。
 クロキは前に見た映像からレーナだと確信する。

「侵入者は捕えたのですか?」

 レーナは振り向きもせずに問いかける。

「すみません、この神殿の者じゃないです」
「えっ?」

 その言葉にレーナは振り向く。
 レーナが振り向いた瞬間だった。クロキは目を奪われる。

(えっ! 何! どういう事? 映像で見るよりもずっと綺麗だ!)

 モーナも美女だったが、実際に顔を合わせたレーナはそれを上回っていた。
 これほどの美女がいる事がクロキには信じられなかった。
 そのレーナはクロキを見て驚いた顔をしている。 

「嘘? 暗黒騎士? まさか!」

 レーナはあわてて魔法を口にする。

転移テレポート!」

 しかし、魔法は発動しなかった。

「すみません、この神殿に侵入した時に移動系の魔法は封じました。このあたり一帯では転移の魔法は発動できないと思います」

 レーナは驚いたような表情をする。

(どうやら、うまく転移阻害できたみたいだな……。)

 クロキは上手くいってほっとする。
 近づくとレーナは後ずさりして、周りを探すように見る。

(武器を探しているか?)

 しかし、この場に武器になる物はないようだ。
 そして、クロキは武器を呼び出す暇を与えるつもりはなかった。

「狙いは私ですか? てっきりレイジを狙うものだとばかり……。これなら戦(ワル)乙女(キューレ)達を連れて来るべきだったわ。うかつでした」

 クロキは首を振り、そして兜を脱ぐ。
 レーナの息を飲む音が聞こえる。

「はじめまして、女神レーナ。あなたの神殿にこのように押しかけてしまって申し訳ございません」

 そして、クロキは兜を脇に抱えて礼をする。

(うまく、礼ができたかな?)

 クロキは少し不安になる。
 この世界の神々に対する礼儀作法はモデスに習った。この世界を旅する上で必要だと思ったからだ。
 この世界の礼儀作法はクロキが元いた世界とあまり変わらなかった。元の世界でも接点がないのに似た文化の国があったりするらしいので、それと同じなのかもしれない。
 礼をしたのは実際のところ、レーナが悪いとは決まっていないからだ。
 悪くもないのに非礼な態度を取ることはできない。
 顔を上げレーナを見る、そこには映像で見たよりもはるかに美しい顔があった。
 レーナはじっとクロキの顔を見つめている。
 クロキはレーナの言葉を待つ。しかし、レーナはクロキの顔を見るだけで何もしない。

「女神レーナ……?」

 クロキはおそるおそる声を掛ける。

「はっ……えっ……」

 ようやく我に返ったのか。レーナはちょっとあわてる。

「ど、どうやら狙いは私の命ではないようですね。なんでしょう、暗黒騎士?」

 安心したレーナが少し笑う。その笑顔にクロキは思わず見惚れてしまいそうになる。
 自分の命が狙いではないと知り安心したのだろう。

「女神レーナ。あなたに確認したいことがございます」
「確認……ですか?」
「はい。また、自分と同じ異界の者を召喚するつもりなのかと……?」

 これは嘘ではない。シロネ達を帰還させるのではなく、新たな召喚をする可能性も否定はできないからだ。

「ああ、そういう事ですか……。違いますよ、暗黒騎士」
「では……何を?」
「勇者の仲間を帰還させるためです。あなたにとっては都合が良いのでは?」

 レーナはクロキと勇者が敵対関係にあると思っている。勇者の仲間が減ってくれたほうが都合が良いと思ったのだろう。

「こちらの戦力が減るだけです。神界では異界の者の召喚は禁止されました。断じて召喚ではありません」
「本当にそうですか? おかしいですね、自分の知る限り、その術では召喚された者が元の世界に帰るのは難しいはずですが……?」
「ああモデスから話を聞いていたのですね……。ですが、信じてもらうしかないですね。本当に召喚ではありませんよ」
「わかりました。しかし、それでは勇者の仲間は大変な事になるでは?」
「確かにそうですね。でも、あなたにとっては関係のない話でしょう」

 レーナのその言葉を聞くとクロキは兜を再び被る。

「暗黒騎士……?」

 様子が変わったのでレーナが戸惑ったような声を出す。

(確認は終わった。問答はもはや無用だ)

 クロキは飛び上がりながら抜剣し、召喚の補助道具の一つを上段から斬った。

「なっ、何を……」

 レーナの驚く声。
 補助道具の上部分がゴトリと斜めに落ちる。
 クロキは続けて飛び、補助道具を二本、三本と斬っていく。
 最後の四本目を斬り、剣をレーナに向ける。

「あなたにとって勇者達は何ですか?」

 クロキは怒りを抑えながら言う。
 その声にレーナは狼狽する。その顔は少し怯えていた。

「……そうでしたね……。あなたも召喚された者なのだから」

 レーナは少し勘違いをして言う。

「なぜ、勇者を騙すような事を……」
「大変だったのですよ……召喚術を作る作業は……」

 レーナは苦しそうに言う。
 クロキはその様子からどうやら、帰還術まで作る余裕はなかったようだと判断する。

「だからと言って……」
「仕方ないでしょう、気持ち悪いもの。あの醜いモデスが、私の分身を作って変な事をしているなんて……」

 レーナは目を逸らしながら言う。

「せっかく、追い出してやったのに……。あんな事をするなんて」

 クロキはその言葉に何も言えなくなる。
 レーナのモデスに対する生理的嫌悪感が争いの原因だ。そして、クロキ達はその争いのために召喚されたのだ。

(正直、力が抜ける。だけど、良く考えてみると争う原因とはそのように感情的なものかもしれない)

 モデスが女性から好かれるような男なら、何も争いは起きなかっただろうとクロキは思い、頭が痛くなる。

(物語にある、魔王がお姫様を攫い。勇者や騎士が助けにいくという話も綺麗にまとめられているが、実際は頭の痛い話ではないだろうか?)

 そもそも魔王が美形であり、全ての女性から好かれるようなら攫う必要はなく、争いにはならない。むしろ、何で争うのって事になるだろう。
 作中では語られないが、お姫様は魔王をキモイ奴ウザイ奴、死ねと思っているのかもしれないとクロキは思う。
 心優しいはずのお姫様が敗れた魔王を助命する話は聞いたことがないのだから。

(しかし、それはシロネ達を騙す理由にならない)

 シロネ達に本当の事を教えなくてはならなかった。そのためにはレーナに協力してもらうのが一番だろう。

「女神レーナ。勇者達に本当のことを話してください」

 クロキは剣をレーナにさらに突き付ける。
 クロキとレーナの間に緊張が漂う。

「……ねえあなた。私の騎士にならない?」

 しかし、レーナの言葉は予想外の言葉であった

「はあ!?」

 クロキは素っ頓狂な声を出す。

「モデスのようなブ男よりも。私のような美しい者の方が良いとは思わない? あなたは私の騎士になるべきだわ」

 そのレーナの言葉にクロキは混乱する。

「えっと……」
「まあ、かなり冴えない感じだけど、良く見ると結構好みだわ。一応合格にしてあげる」

 レーナはクロキが戸惑っているのにもかかわらず続ける。
 いつものクロキなら美女に誘われて嬉しく思うだろう。
 しかし、本性を知った後では、誘いに乗る事はできなかった。

「あなたなら、レイジよりもりよ……、強いみたいだし。ねえ、どうかしら?」
「今利用って言いそうになったよね!?」

 クロキはレーナの言葉を聞き逃さない。

(もしかして、この女神様。性格すごく悪いんじゃ?)

 クロキがそう思った時だった。
 開かれた扉から一つの影が飛び出してくる。

「でやああああああ!」

 影は走って来るとそのままクロキに斬りかかる。
 クロキはその攻撃を後ろに下がり躱す。

「無事で良かったレーナ!」

 影はシロネであった。

「ごめん遅くなった。途中にスパルトイがいたから……」

 シロネは背中にレーナを庇いながら剣を向ける。

「卑怯(ひきょう)な男。武器を持っていない女性に剣を向けるなんて!」

 シロネは怒りの表情を向ける。
 正直そんな目で見ないで欲しいとクロキは思う。

「逃げてレーナ! 後は私にまかせて!」
「あっはい……、わかりました、シロネ。後は任せましたよ……」

 シロネの気迫に押されてレーナは扉に向かって行く。
「待っ……!」

 追いかけようとするクロキにシロネが立ちはだかる。

「ここは通さない! 私が相手だ!」 

 そう言ってシロネは殺意を込めて剣を振るってくる。
 その繰り出されるシロネの攻撃をクロキは防ぐ。
 クロキにとって救いなのはシロネの剣筋は読みやすいという事だ。だから防ぐのも簡単だった。

(何でこうなるのだろう? だけどシロネに本当の事を教えなければならない。早く兜を取って正体を明かすんだ)

 クロキはシロネの剣を弾き、距離を取る。そして、兜を取ろうとした時だった。

「あなたはレイジ君を傷つけた! 絶対に許さない!」
「!!」

 シロネのその言葉でクロキは兜を外せなくなる。

(駄目だ……。正体を明かせない。傷つけるつもりはなかった。だけど、戦ったのは自分の意志なんだよな……)

 クロキがレイジと戦ったのはモデスの為でもあるが、情けない事に嫉妬の部分もある。
 シロネを含む可愛い子を侍らせているイケメンの邪魔をしてやりたかったのである。
 そして、シロネの大切な人を傷つけてしまったのである。
 その事がクロキの心を苦しめる。
 嫌われたくなかった。だからクロキは正体を明かすのを躊躇してしまう。
 クロキはなぜ戦ったのだろうと考える。
 レイジに負けて、シロネとも喧嘩をして、情けない気持ちでいっぱいだった。
 そんな自分も変えてやろうと努力したのである。 
 剣の修行を増やし、勉強して、格好が良くなる努力をした。
 たとえ敵わなくても、弱い自分が許せなかったのだ。
 そして、異世界に呼ばれて再戦の機会を得た。
 本来なら断らなくてはいけなかった。
 クロキの理性はそう言っていた。
 しかし、心の中では、どうしても戦ってみたい自分がいたのである。
 だからこそ、クロキはモデスの頼みを聞いてしまったのである。
 そのために大参事になってしまった。

「やるわね! 暗黒騎士! でもこれならどうかしら!」

 シロネが後ろに下がり、そう叫んだ時だった。
 その背中から光輝く翼が出てくる。
 クロキは知らなかったが、シロネがこの世界に来た事で発現した能力である。
 この光る翼を出す事で、シロネの戦闘力は上昇する。

「喰らいなさい! 光翼の羽矢を!」
 シロネは翼を羽ばたかせて飛ぶと、その羽を矢のように飛ばしてくる。

「ちょっ!? 黒い炎よ!」

 クロキは黒い炎で壁を作り、雨のように降る光の羽矢を防ぐ。

「隙あり!」

 シロネは光の翼を羽ばたかせ広い部屋を飛び回ると、クロキの背中を急襲する。

「雷刃!」

 シロネの持つ蒼(あお)い剣が雷を帯びてバチバチと鳴り響く。

「くっ!」

 クロキは身体を捻り、その剣を魔剣で受け止める。
 魔剣の材料は特殊のようで電撃を通さない。

「やるわね!」

 シロネは光の翼で動きを加速させて、怒涛の攻撃をしてくる。
 その動きはレイジと同じ位速い。
 しかし、クロキはその全ての攻撃を躱し、魔剣で受ける。
 クロキがシロネと戦うのは久しぶりであった。
 シロネがレイジのところに行って以来、剣を合わせる回数は減ったからだ。

(以前はもっと強かったような気がする)

 クロキはシロネの剣を受けながら考える。
 クロキが知るシロネの剣はもっと速かった気がするのだ。

(もっとも太刀筋は変わらないな)

 クロキは懐かしいと思う。
 シロネの剣は真っ直ぐすぎるのだ。だから、攻撃を予測しやすい。
 クロキは負ける気がしなかった。

(だけど、時間がない! このままではいけない)

 クロキは焦る。逃げたレーナが援軍を呼ぶかもしれないからだ。

(シロネに本当の事を伝えなければいけない。そのためにはシロネに話を聞いてもらわなければならない。でもどうする? 正体を隠したままで聞いてくれるのか? 取りあえずシロネに剣を下ろさせる。その後で何とか説得する)

 クロキは兜の下で考える。

 ◆

(強い。まったく刃が立たない)

 シロネは目の前の敵である暗黒騎士を見てそう思う。

(私の剣は相手に簡単に防がれ、避けられる。完全に見切られている)

 暗黒騎士は必要最小限の動きでシロネの剣を躱していた。
 その地面をすべるような動きにシロネは驚く。
 敵でなければ賞賛していただろう。
 シロネが知る限り、そんな動きができるのはただ一人だけであった。
 それは、シロネの血の繋がらない伯父である。
 護衛を頼んだ伯母が惚れた相手が伯父であった。
 婿養子であり、普段は物静かで伯母の尻に敷かれている伯父を、シロネは正直格好良いとは思えなかった。
 しかし、剣を取れば途端に別人になる。
 暗黒騎士の動きはその伯父の動きに似ていた。
 きっと暗黒騎士はその伯父並みに強いのだろうと、シロネは判断する。

(そう言えば、クロキを家に連れて来たのは伯父さんだったな)

 戦いの最中、シロネはそんな事を考える。
 シロネと暗黒騎士の戦いはまだまだ続く。

(完全に遊ばれている!)

 シロネの心に焦りが生まれる。
 暗黒騎士はシロネの何倍も強い。
 そんな強い暗黒騎士とシロネの戦いが今も続いているのは、相手が攻撃してこないからだ。
 シロネは悔しかった。相手は無防備な女性に剣を向ける卑劣な奴である。
 そんな奴に勝てない自分が悔しかったのである。
 しかし、シロネは剣を振るい続ける事しかできない。
 そして、何度目の事だろう。キンと言う音とともにシロネの手が軽くなる。
 シロネは自らの手を見る。握っていたはずの剣がない。
 剣は横で転がっていた。
 シロネは茫然として、そして相手が何をしたのか気付く。

(嘘? 虚を突かれた)

 剣は普段は柔らかく握り、斬る一瞬だけ強く握る。
 剣を柔らかく握っている時を虚と呼び。強く握っている時を実と呼ぶ。
 暗黒騎士は剣で斬るために強く握る直前の虚を突いたのだ。
 強く握られていない剣は暗黒騎士の剣を受け、手から離れた。
 シロネは信じられなかった。こんな神業(かみわざ)みたいな事ができる者がいる事が。
 化け物だろうか、暗黒騎士を見てシロネはそう思った。

(暗黒騎士にとって私は敵ですらなかったのだろう)

 知らないうちに涙が出てきた。

「これで勝ったと思わないでよね!」

 シロネは泣きながら暗黒騎士を睨む。

 ◆

 上手くいった、そうクロキはそう思った。

(よかった~。うまく虚を突く事ができた。やったぜ自分!)

 クロキは自分で自分を誉める。
 この技はがちがちに剣を握りしめている素人には使えない技である。
 何度も剣を交えているシロネが相手だからこそ、この技が使えた。

(剣を失ったシロネはこれ以上、戦えない。後はどうやって話を聞かせるかだ)

 クロキは暗黒騎士の姿でどうやって説得するか考える。
 シロネの様子を見る。シロネはクロキを睨んでいる。

(うわあ、やっぱり怒っているよな。でも本当の事を伝えないと)

 そして、クロキは近づく。

「これで勝ったと思わないでよね!」

 その言葉を聞いた時、クロキは足を止めてしまう。
 シロネが泣いていたからだ。 クロキはその泣き顔に何も言えなくなる。

「いずれレイジ君があなたを倒すわ!」
 
そして、息を飲んで大声でこう言った。




「あなたよりもレイジ君の方が強いんだからね!!!!!!!」





 その言葉がクロキの心臓に突き刺さった。

(正直すごく痛い!)

 クロキは過去にも同じ事を言われたのを思い出す。
 シロネとレイジの事で喧嘩した時の事だったようにクロキは思う。
 あの時もすごく痛かった。
 あの時に刺さった棘(とげ)は今でもクロキに突き刺さっている。

(やっぱり勝てなかった。剣では勝ててもレイジには敵わないのだろうな……)

 泣いているシロネを見てクロキは途方に暮れてしまう。

(シロネを泣かしてしまった。これじゃあ本当に自分は悪役じゃないか)

 クロキは心が沈んでいくのを感じる。
 本当の事を伝えなければならないが、伝える事ができなくなってしまう。

(召喚の道具は壊したのだ、一応シロネが危険な目に合う事はないはずだ。もっともレーナが何もしなければの話だけど)

 クロキが考えている時だった。何者かがこの部屋に近づく気配を感じる。

「シロネ、無事かっ!?」
「シロネさん!」

 叫び声と同時にレイジ達が入って来る。
「レ、レイジ君……?」

 シロネは少し泣きやみ、レイジを見て笑う。
 その笑顔を見て、クロキは逆に泣きそうになる。

「貴様! シロネから離れろっ!」

 レイジが剣を抜き構える。
 クロキはその姿はまるで勇者がお姫様を救いに来たように見えた。

(だとしたら悪役である自分は消えるしかないではないか)

 クロキはそう思うと剣を下げる。そして、シロネともレイジとも違う方向に歩き出す。
 背中からレイジ達の戸惑う声がするがどうでも良かった。
 歩くクロキの手には黒い炎が握られていた。
 この黒い炎は自分の心から噴き出した物のようにクロキは思った。
 その黒い炎を神殿の天井にぶつける。天井は瓦礫を出す事なく溶けて穴を開ける。
 クロキはそのまま飛翔の魔法で神殿の上から飛び出した。

(ナルゴルへ帰ろう。あの暗い土地は自分にふさわしいのだろう)

 飛翔の魔法で移動すれば、光の神々の手下に見つかるかもしれないがどうでも良かった。
 月明かりの中、クロキは1人さみしく飛ぶのだった。
 
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