暗黒騎士物語

根崎タケル

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第1章 勇者を倒すために魔王に召喚されました

第10話 エルフの住む森

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「畜生、このラウス様がこんな目にあうなんて……。もうすぐプテア王国だってのに」

 ラウスは森の中を歩きながら愚痴を言う。
 旅の商人であるラウスはプテア王国まで商売のため、街道を歩いていたらゴブリン達と遭遇し命からがら森に逃げ込んだのである。
 ゴブリンは明るい所が苦手だが、森の枝が街道を暗くしていたため、昼間だというのに出てきたのだ。

「プテアの騎士達は何をしているんだ」

 ラウスは愚痴の1つも言いたくなる
 騎士は街道など城壁の外を守るのが仕事のはずだ。あんな魔物が出て来るなど職務怠慢である。
 ラウスは怒るがどうにもならなかった。

「ここは何処だ、そんなに街道から離れてはいないと思うが……」

 森は魔物達の領域である。
 また、先ほどのゴブリンのような魔物に襲われるかもしれなかった。
 はやく街道に戻らなればならない。夜になれば更に魔物達が出て来るだろう。
 それまでに城壁のある都市の中に入らねばならなかった。
 ラウスは歩き続ける。
 しかし、いくら歩いても街道には戻れなかった。
 ラウスは完全に迷っていた。

「喉が渇いたな……」

 ゴブリンから逃げる時に全力で走ったせいで喉がカラカラである。

「それにしても急に追うのをやめたがどうしたのだ?」

 ゴブリンは足が短いわりに足が速い。
 40歳を超えた小太りのラウスが逃げ切れた事は奇跡であった。
 だけど、ラウスはまあ良いだろうと思う。
 なぜなら、命が助かったのだから、ラウスは森から出ようと歩き続ける。

「歌……?」

 歩いていると歌が聞こえてくる。
 ラウスは疑問に思い歌が聞こえる方へと歩く。
 しばらく歩くと大きな泉があった。

「助かった水だ!えっ?」

 ラウスは思わず驚きの声を出す。
 泉の真ん中に下半身を水につけた裸の女性がいたからである。
 女性はラウスに気付いていないかのように歌っている。
 美しい女性だった。ラウスハ思わず見惚れてしまう。
 歌はその女性が歌っているようであった。
 ラウスは惹きつけられるように近づく。

「誰かそこにいるのですか?」

 ラウスの気配に気づいたのか、美女がこちらを見る。

「もっ! 申し訳ない! 覗くつもりはなかったんだ! ただ綺麗な歌声が聞こえてきて……」

 ラウスは慌てて弁解する。

「いえ、こんな所で水浴びをしていた私が悪いのです。どうです、あなたも一緒に水浴びをしませんか?」

 裸を隠しもせず美女が微笑む。
 ラウスはその笑顔を見ると頭に靄がかかったように何も考えられなくなる。

「いえいえ、あなたような美しい方と水浴びなんてとんでもない! ただ、喉が渇いているので水さえ飲ませていただければ……」
「そうですか。この泉は誰の物でもありません。自由に飲まれると良いと思います」
「そうですか。それでは遠慮なく」

 美女がどうぞと言っているのだから良いのだろう。
 ラウスは疑問に思う事も無く泉に近づく。
 美女から目が離せなかった。

(何と言う美しい女だ。運が良い。もっと近くで見たい。どのみち、水を飲み来たのだ、近寄っても仕方がない、喉が渇いているだけだ)

 ラウスはそう思いながら泉に近づく。
 美女はにこにこ笑っている。
 泉の淵まで来ると身をかがめる。だが、視線は美女から目を離せない。
 手さぐりで泉の水を掬うと口に含む。水はとても甘く感じた美女が浸かっているからだろうか?
 ラウスはもう一口飲もうとする。だが、そこで体に異変を感じる。

「体が……」

 ラウスは呻く。
 体がしびれて手が動かない。そこでようやく泉の中を覗きこむ。

「なっ……!!」

 泉の中に巨大な獣の顔があった。その瞳はラウスを見ている。
 その獣の瞳を見た瞬間、頭の中の靄が晴れる。

(そうだ、なんでこんな所にこんな美女がいるのだろう?こんな魔物だらけの森の中で?なんでこんな異常に気付かなかったのだろう?)

 ラウスはしびれる体を無理やりおこし美女の顔を見る。
 美女は楽しそうに笑っている。
 泉から獣の頭が出て来る。その獣が大きく口を開ける。

「ああっ……」

 ラウスはもうどうにもならなかった。
 獣が大きな口を開く。
 そして、ラウスは獣の口に飲み込まれていった。






 ◆


「はあ結局今日も入れなかったな……」

 クロキは呟く。
 ナルゴルを出て一か月。先ほど立ち寄った都市にもやはり入れてもらえなかった。
 クロキはレイジ達がいる聖レナリア共和国まで旅を続けている。
 ナルゴルから聖レナリア共和国までかなり距離があるが、この世界のクロキは馬よりも速く移動できる。目的地まで、すでに3分の2以上の距離を移動した。
 クロキは計測していないが時速200キロメートル以上は余裕で出していただろう。
 この世界でのクロキは超人だ。
 クロキの記憶ではレイジ達も映像で超人的な動きをしていた。
 だから、クロキが元いた世界の人間が、この世界にきたら超人になるのだろうと推測する。
 クロキは人間の住む土地を旅している間にこの世界の人々がどのように生活しているかを見て来た。
 この世界の人間の国は面ではなく点である。
 昔のギリシャのように都市国家が無数にあるのだ。
 そして都市の外は人の世界ではない、多数の魔物が跋扈する魔境だ。
 人間は城壁を築き都市の中とその周辺のみで生活する。
 そして街道で都市と都市をつないでいるのだ。
 都市国家は村のような小さな物から、衛星都市を持つ巨大な都市国家もある。
 政体もまた様々で王制だったり共和制だったりで違いがある。
 ようするに市長が世襲なのか選挙で選ばれるのかの違いだ。
 また、王制でも市長だけでなく、次長や課長クラスも世襲である貴族がいる国家もあれば、市長だけが世襲の国家もある。もちろん、共和制の国家でも貴族のいる国家も存在する。
 宗教はやはりというかエリオスの神々だ。
 クロキがナットに聞いた所によれば、エリオスの神々を信仰しない人達も辺境にはいるそうだが、彼らは蛮族と呼ばれているらしい。
 ちなみ、先程クロキが立ち寄った都市はプテア王国と言って人口が約3千人の都市国家である。
 もっともそれは市民権を持つ者が約3千人というだけで、市民権を持たない者を含めるとさらに人口が増えるだろう。
 市民権を持つ者はその都市国家の国民であり、市民権を持たない者は外国人である。
 そのため、市民権を持たない者は簡単には城壁の中に入れてもらえない。
 それでは流通をどうするのかと言うと。国家間で条約を結び、互いの国の市民権を持つ者の入国を自由にする。そういった条約を複数締結することで、人の往来を自由にするのだ。
 もちろん、まったくどことも条約を結ばない完全自給自足経済の閉鎖的な国家もある。
 ちなみにどこの市民権ももっていないクロキは、ほとんどの都市国家に正式な手段で入る事ができなかった。
 それなら、いままでどうやって飲み食いしてきたかというと。
 まず、森には食べ物が豊富にあり、ザクロのような果実等が食べ放題であった。
 他にもたくさんの果実があり。魔物さえ出なければ普通の人間もここで生活できただろう。
 火の通った食べ物が欲しい時は、さすがに城壁の中に入るしかなかった。
 クロキは飛行の魔法でこっそり入って、店主に謝りながら肉の串焼きを食べた事を思い出す。
 この世界の食用の肉は羊と豚が主で、牛肉を食べない。
 クロキが食べたのも羊肉である。
 羊肉には臭みがあるのが普通だが、香草をふんだんに使っているのか、臭みは無く美味しかった。

「さて今日はどうするかな、ナット?」

 クロキは旅の同行者であるナットに聞く。

「また、隠形の魔法で、こっそり入りヤスか?」

 隠形の魔法はその存在感を消す魔法であり、その魔法を発動させると人はその人に気付かなくなる。
 もっとも隠形の魔法は探知系の能力を持つ者や探知系の魔法を使う者には効かず、また一度認識されると隠形の魔法は解けてしまう。
 クロキはその魔法を使い、何度も人間の国に侵入した。

「いや今回はやめておこう、レイジ達の情報は大体どれも一緒だったし」

 レイジ達の情報を集めるのがクロキの旅の目的である。
 そのため、クロキはレイジ達が立ち寄った都市を通って聖レナリア共和国に向かっている。
 クロキが聞くレイジ達の話はどれも似たような物だった。
 光の勇者レイジは人々の希望である。
 この世界の人間はものすごく弱い。
 魔物の餌食になっている。
 そんな世界において、レイジは多くの魔物を打倒して人々を救っているらしい。
 そのため、多くの人から感謝されている。
 だけど中には被害にあっている人もいる。
 その多くは女性関係だ。
 レイジは行く先々で可愛い女の子とゲットしている。
 中には恋人がいる女の子や人妻もいる。
 そのため、男性の中にはレイジを敵視する者もいる。
 ただし、女性からは大変な人気だ。
 光の勇者レイジを讃える女の子は多い。
 どこの国でもそんな情報ばかりである。
 これ以上はレイジのラブロマンスを聞きたくなかった。
 そういう訳でクロキはプテア王国に入ってもレイジ達の情報も特に変わらないだろうと判断した。
 このまま通りすぎても良いだろうとクロキは思う。
 そして、しばらく歩いた時だった。
 森の奥から歌が聞こえる。

「歌……」

 クロキは首をかしげる。
 ここは魔物が跋扈する森の中であり、こんな所で歌う者がいる事は異常であった。

「綺麗な声でヤンスね……」

 ナットがうっとりした声で言う。何も疑問に思っていないようだった。

「クロキ様。行ってみやせんか?」

 ナットは声のする方に行きたそうに言う。
 声から察するにナットの状態がおかしい。
 どうやらこの歌を聞いた事でこうなってしまったようだ。

「わかった、行ってみよう」

 クロキもまたこの歌の主を見てみたかった。
 しばらく歩いて行くと、森が開けた所に大きな泉があるのを見付ける。
 その泉の真ん中で下半身を泉に付けた裸の女性らしき者がいた、歌はこの女性らしき者が歌っているようだ。

「そこにいるのは誰ですか?」

 女性がクロキ達に気付いたのかこちらを見る。

「あっいえ……、歌うのを邪魔してすみません。どなたが歌っているのか気になりましたので」

 クロキは頭を下げる。実際に興味があったので見に来て良かったと思う、お陰で珍しいものが見る事ができた。

「いえ気にしないで下さい。どうですあなたも一緒に水浴びをしませんか?」
「いえ結構です。自分達はこのまま去ります。歌を続けてください」

 クロキはそのまま去ろうとする。

「クロキ様。綺麗な水があるでヤンス。ここで夜を過ごしたらどうでヤンスか?」

 ナットがここに留まりたさそうに言う。

「ナットこの泉の水は飲めないよ。毒が入っているからね」
「えっ毒でヤンスか!!」

 ナットがその言葉に驚く。
 この泉の水には魔法の毒が入っている。おそらく体を麻痺させるたぐいの物だろう。

「そんな毒だなんて……。もう少しゆっくりされてはいかがでしょう」

 女性が言う。
 クロキはその言葉を少しだけ不快に思う。
 この女性はクロキを捕食対象として見ている。
 クロキはこの世界に来てから敵意等に敏感になった。
 たとえ、何十メートル離れていても敵意を向けられれば気付くことができる。ルーガスがいうには敵感知の能力らしいのだが、不快な視線にさらされるのはあまり良い感じがしない。
 それに、先ほどからこの女性はクロキ達に魅了の魔法を使っている。
 それも不快の原因だ。おそらく先ほどの歌にも似たような効果があったのだろう、ナットがおかしくなったのはそれが原因に違いないとクロキは判断する。

(おそらく、この女性は魔物なのだろう、綺麗に見えるけど何も感じない)

 クロキの目の前の女性は上半身が裸だ。いつものクロキならガン見している。
 しかし、そうはならなかった。
 クロキは歌やその人間のような容姿で惑わして近づいた獲物を捕食する魔物だと推測する。
 もちろんクロキは食われるつもりはない。だけど、この魔物と戦う気も起きなかった。
 クロキは平和的に去ろうと思う。

(このまま行かせて欲しい)

 クロキはこれ以上、敵意を向けさせないために威嚇する。道中もたびたび魔物から狙われたが、威嚇すれば大概の魔物は逃げていった。
 しかし予測ははずれ女の姿をした魔物はよりクロキに敵意を向けてくる。

「貴様っ!!」

 女性の顔が憤怒に変わると突然泉から巨大な獣の頭が出て来る。獣の頭は6つあり首を伸ばして襲いかかってくる。

(しまった!自分を食べるのをあきらめてはくれなかった!それに予想以上に速い)

 獣頭がクロキの目の前にまで迫る。

「はっ!!」

 クロキは抜剣しながら獣の頭を避けるとその1つを斬り落とす。

「ぐうううう! 人間ごときが!!」

 女は苦悶の表情を浮かべる。その顔には先ほどのような優美さはどこにもない。

「これでも喰らえ!!!」
 
 泉の水が大きな塊となって空中に浮かんでいく。

水泡ウォーター散弾スプラッシュ!」

 魔物が叫ぶと大きな水の塊が砕け散りクロキに向かう。

魔法盾マジックシールド!」

 クロキは防御の魔法を唱える。
 前面に輝く円形の魔法陣が現れ、水の散弾は阻まれる。
 水の散弾が止み、魔物が陸上に上がってくる。
 魔物の泉によって隠されていた下半身が白日の下にさらされる。上半身は人間の女で下半身には巨大な6つの獣の頭と複数の触手が蠢いている。
 その姿はとても醜悪だった。
 魔物がクロキに迫る。
 速くはない、おそらく陸上では速く動けないのだろう。

「ナット無事かい?」
「はいでヤンス……。目を回しそうですヤンスがなんとか」

 突然の展開にナットはついていけていないようだった。

「ナット下がってて」

 クロキはナットを地面に降ろす。するとナットは後方へと下がる。

「よっ、よくも頭の1つを!!」

 魔物は憤怒を込めた目でクロキを見ている。
 斬り落とした頭があった所から黒い血がぼとぼと地面にこぼれている。黒い血が流れた地面から白い煙が出ている。血の落ちた周りの植物が枯れている。
 魔物の血には毒があるのだろう。
 速く動くことはできなさそうなので、クロキは逃げれば一時的に助かるだろう。しかし、魔物の様子から放っておくとどこまでも追って来そうな気がした。
 クロキにはそれは少し面倒に感じられた。

「人間ごときがー!!」

 魔物が叫ぶと、クロキに獣の頭と触手が襲ってくる。
 クロキは体を回転させ、獣の頭と2つと触手を斬り落とすと飛び上がる。

「馬鹿な!!」

 魔物の驚きの声。
 クロキはそのまま魔物の上半身に飛び込むと、剣を振るい魔物の体を斬り裂く。
 そして、そのまま魔物の後ろに着地する。

「ば……馬鹿な……!!」

 魔物はそのまま倒れこむ。
 魔物は頭を仰け反らせるとクロキを見る。

「そ……そうか……き……貴様は神族だな……。人間と思って……あなど……失敗……」

 魔物はそう言うと、ガクッと崩れ落ちる。

「神族じゃないのだけどな……」

 クロキは呟く。
 クロキは自らを神族とは思っていない。
 だけど、間違いを訂正する気も起こらなかった。
 魔物は白い煙を上げながら縮んでいく。

「クロキ様~。大丈夫でヤンスか?」

 ナットが魔物を迂回しこちらまで走ってくる。

「今まで見たことない魔物だね、しかもかなりの強敵だね」

 クロキがこれまで道中で見たのはオーガやゴブリン等ばかりで、こんな魔物は見た事なかった。

「へい……あっしもこんな魔物を見るのは初めてでヤンス」
「ナットですら見た事がないのか。よっぽど珍しい魔物なんだね。では別の誰かにこの魔物の事は聞こう」

 クロキは後ろの森の木々を見る。
 クロキ達を見ている者がいた。その視線から敵意は感じられない。
 ゴブリンやオークではない。何者だろうかとクロキは疑問に思う。

「そこに誰かいますか?」
 クロキが呼びかけると1人の少女が木の影から現れる。
 歳の頃はクロキと同じか少し下ぐらいだろう、白い肌に青い髪の綺麗な少女だった。

(えっ?なぜ?こんな所にこんな少女がいるの?先程の魔物のようにこの少女も魔物なのだろうか?)

 クロキは疑問い思うが、少女からは何も敵意を感じず、その視線は先程の魔物のように不快ではなかった。

「クロキ様。ありゃエルフでヤンスよ。おそらくドライアドでヤンスね」
「あの子がエルフ? そうなの?」

 ルーガスに教えてもらったのでクロキはエルフの事を知っていた。
 よく見ると耳がエルフ族の特徴として教えてもらった通り長く伸びている。
 エルフ族は人間よりも遥かに長命の種族で女性しかいない。また、エルフ族の全員が精霊魔法の使い手で平均的な人間よりも遥かに強い種族であり、そのため魔物の多い森の中でも城壁に頼らず生活ができる。
 その中でもドライアド氏族はウッドエルフと呼ばれ森に住む。
 ドライアドの中には人間の若者に恋をして、しばしば攫っていったりするらしい。
 クロキは彼女を見る。綺麗な子だ。先程の魔物のように嘘の姿ではない。

(彼女に攫われるなら人間の若者も悪い気はしないだろうな。まあ自分には関係のない話だけど、でも何でさっきからこちらを見ているの?何の用事があるのだろうか)

 クロキは怖がらせないために、にっこりとエルフに笑いかける。

「あの……。あなた達は神様なのですか?」

 エルフの少女はおずおずと尋ねてくる。

「いえ、人間だと思います?」

 クロキは疑問形で答える。
 クロキは実は少しだけ気になっていたのだ。この世界の人間に相当する人々はクロキの元いた世界の人間と同じと考えて良いのだろうかと。
 なぜならクロキはこの世界の人間よりも遥かに超人的な力を持っている、それはレイジ達も同じだ。外見が同じなだけで違う種族かもしれなかった。

「嘘、人間がスキュラを倒せるなんて、私達でもあいつ等には敵わないのに。本当に神様じゃないの?」
「いや間違いなく神様ではないよ……」

 クロキは神と呼ばれるほど大した存在ではない。だから否定する。

「そうなんだ」

 少女がクロキに近づいてくる。そして、目の前に来ると上から下まで眺める。

「ふーん、ところであなた何者なの? どうしてこんな所に……?」

 少女の顔が寄ってくる。
 少女の瞳にクロキが移る。クロキは思わず目をそらしてしまう。
 元の世界でのクロキはシロネ以外の女の子からこんなに近づかれた事はない、そのためクロキはドキドキしてしまう。

「い……いえ、ただの旅の人間です。ちょっと寝る所を探しているのです」

 クロキはしどろもどろに答える。

「あれ、人間の住処には入れないの?」「はい……ちょっとわけありで……」
「ふーん、じゃあ行くところがないんだ。ねえ私の家に来ない?」
「えっ!?」

 クロキは驚く。エルフは人間の若者に恋をしたりするそうだが、恋人以外の人間とは友好的ではないと聞いているからだ。
 クロキは少女を見る。敵意は何も感じられない。その視線はむず痒いが不快では無かった。

「あのそれじゃ好意に甘えても良いですか」

 クロキは申し出を受ける。素直に好奇心に負けた。エルフの生活に興味があったのだ。

「うん、いいよ」

 エルフの少女は明るく笑うと森の中へと案内する。


「気に入られたようでヤンスね」

 ナットが茶化すように言う。

「茶化さないでよナット。スキュラを倒したからだよきっと」

 確かにクロキは少女からは好意のようなものを感じていた。
 おそらくスキュラを倒したからだろうとクロキは考える。あの魔物はエルフも襲いそうであった。
 少女はそのまま歩いて行く。
 しばらく、歩くと周囲の景色に異変が起きた。

「うん?何だこれ」

 クロキの目には普通の森に見える。しかし何かが違っていた。

「すごいね結界に気付いたんだ」
「結界?」
「そう、入った者の感覚を狂わせる魔法が張られているの。だから、私の後についてきて」

 少女はそのまま歩いていく。
 そして大きな木にたどりつく。
 それは非常に大きな木だった。その木の枝に複数の家が取りついている。
 クロキはそれを見ておおっと思う。テレビで見たことあるツリーハウスだった。
 クロキは実はこういう家に少し憧れていたりする。まるで秘密基地みたいである。

「ここが私の家だよ。御馳走するね」

 少女は満面の笑みを浮かべて言う。

「テス!」

 突然上から声がする。声がした方を見るとツリーハウスから1人の女性が出て来る。
 エルフの少女を少し年上にした感じの女性だ。その女性が家から降りてくる。

「あっお母さん! ただいま!!」

 クロキはお母さんという言葉にびっくりする。お姉さんかと思ったのだ。

(エルフは歳を取らないっては本当だな)

 クロキはルーガスの授業を思い出す。

「テス! ただいまではありません。どこに行っていたのですか! それに……」

 少女の母がこちらを見る。

「この方は一体?」

 少女の母がじっとこちらを見る。
 少女の母は少女に似て美人だ。そんなに見られると落ち着かない。

「お母さん! この人すごいんだよ! あのスキュラを倒したんだから!!」

 少女はクロキの腕にしがみつき紹介する。
 少女の柔らかい体がクロキの体にくっ付く。
 ボリュームは足りないが良い感触だ。

「スキュラ……。あの泉のスキュラをですか……」

 少女の母の視線が下から上へと動く。

「あまり……強そうには見えないですね」

 クロキはその言葉にこけそうになる。

「お母さん!それは失礼だよ!!」

 少女が母に抗議する。

「そうですね、申し訳ありません。初めまして人間の殿方。私はハーディの森のダヴィア。そこにいるテスの母でございます」
 
 ダヴィアと名乗った母親がクロキに礼をする。

「はい、自分は……クロと申します。旅の途中です」

 クロキは迷ったすえ、偽名を口にする。本名を名乗っても良かったが、何かの拍子に名がシロネ達に伝わる可能性があった。そのため、なるべく本名は使いたくなかった。

「お母さん。クロは旅の途中だって、家に入れても良いでしょ」

 テスは母の了解をとるまでもなく家に入れようとする。

「あのテスさん……」

 クロキは母親の了解を取らなくて良いのですかと言おうとする。

「しょうがないですね。どうぞクロ殿、我が家にお越しください」

 しかし、あっさりと家に入れる。

(正直見ず知らずの男を簡単に入れて良いのだろうか?それともそういう文化なのだろうか?)

 ルーガスの話によればエルフ族はそれほど人間に友好的ではないはずだ。ルーガスの知識も間違う事があるのだろう。
 テスの家は大きな木の高い所にある。そこに登る梯子か階段らしき物はなかった。
 どうやって登るのだろうか?と疑問に思ったがテスはふわりと飛ぶと簡単に届いてしまう。どうやら、精霊魔法が使えるエルフにとってこの高さは問題ないらしい。

「クロもおいでよ! 飛べるでしょ!」

 テスは屈託なく笑う。
 確かにクロキにとってこの高さは何も障害にならない。
 ツリーハウスにも興味がある、母親の了解もあるし入ってみようと思う。
 クロキは飛ぶとわくわくしながらツリーハウスにたどりつく。
 そしてツリーハウスを見ておおっと思う。
 このツリーハウスは木の上に建てられているのではなく。木にツリーハウスが出来ているのだ、木が膨らんで家になっている。なんとも不思議な家だった。
 中に入って見ると以外としっかりした造りになっていた。部屋の中には火ではなく光の精霊を使った照明であった。自分が見た人の世界では、照明は松明か油であった事を考えるとエルフの生活は魔法をより使ったものなのだろう。
 周りを見ると調度品も見事であり、人間の世界とはまるで違う。他にもいたる所で魔法が使われているようだった。
 エルフの住居は一見原始的に見えるが、この世界の人の住居よりもはるかに快適な造りになっているようだとクロキは思う。
 魔法があるためかこの世界は元の世界よりもある意味発達している。
 もし元の世界も魔法が使える世界なら文明の発達もこのような物になっていたかもしれない。

「クロ殿どうぞこちらにお座りください。今お茶をいれますね。テス手伝って」
「はーい」

 ツリーハウスに戻ったダヴィアとテスが歩いていく。

(2人だけで、ここに住んでいるのかな?)

 クロキは気配から、このツリーハウスに住んでいるのはこの2人だけのようだと判断する。
 近くにエルフらしき気配は感じない。
 しばらくして、クロキの元へ2人が戻ってくる。木のトレイにはお茶と食べ物が乗っていた。
 2人は自分が座った椅子の前にあるテーブルにお茶と食べ物を並べていく。
 お茶は赤く澄んだ色をしていて良い香りがした。食べ物は大きな平べったいパンが1つに、ニンジンのような野菜を輪切りにしてキャベツのような野菜と一緒に土鍋で煮込んだスープ、後は干果の入ったケーキがついている。
 クロキは思わず身を乗り出す。
 ナルゴルを出てからまともな食事が出されたのは久しぶりであった。

「どうぞクロ殿」

 クロキはお茶を口に含む。その味は初めてだった、しかしとても美味しかった。
 野菜を口にする。正直ちょっと薄味だが、今までろくな物を食べていなかったのでとても美味しく感じられる。

「どうかなさいました」
 ダヴィアがクロキに尋ねる。

「いえ、ちょっと今までまともな食事がとれなかったので。とても美味しいです」

 人間よりもエルフの方がクロキをもてなしてくれている。
 先ほどのプテア王国の門番である、入国管理官はクロキを不審者のようにあつかって追い払った。クロキはその事を思い出して複雑な気持ちになる。。
 テス達が歓待してくれるのに感激して涙が出そうであった。

「そうですかどんどんお食べください」

 ダヴィアが食事を勧める。
 クロキは久しぶりのまともな食事を口に入れる。
 テスはそんなクロキをにこにこしながら見ていた。






「おおっ久しぶりのまともな寝床だ」

 夜も更けて、クロキは寝室へと案内される。

「少しおかしいでヤンスね……」

 ナットは訝しげな声をだす。

「エルフの事はあまり詳しくないでヤンスが、なんでここまで歓待してくれるんでヤンスか?ありえないでヤンしょ」

 ナットの疑問はクロキも感じていた。
 今日初めて会ったばかりである。人間の都市に何度か立ち寄ったが皆冷たかった。他種族であるエルフがなぜこんなに優しいのだろう。
 それに、エルフはまれに人間の若者に恋することがあるらしいが、基本的に人間に友好的ではないと聞いている。

「でもねナット。彼女からあまり敵意は感じられないんだ」

 クロキはテスと名乗った少女からは敵意を感じなかった。むしろ好意を感じだ。

「精霊の魔法を使われてるんじゃないでヤンスか?」
「嫌それはないと思うよ……」

 クロキは断言する。 
 なぜなら、ナットの様子が普通だ。
 もし、魔法をかけているならナットは先ほどの魔物の時のようにおかしくなっているだろう。
 クロキにだけ魔法をかけたのなら別だが、テスはナットが喋る所を見ている。人間並みの知恵がある事に気付いているはずだ。

「でも多分、何か思惑はあると思う。何か自分に頼み事があるのかもしれない……」

 クロキには、それが何かはわからない。でも一宿一飯の恩はなるべく返すべきだろうとも思う。

「頼みごとでヤンスか?」
「彼女は自分がスキュラを倒すのを見ている。何か別の魔物の退治を頼みたいのかもしれない」
「なるほどでヤンス、それなら納得でヤンス……」

 ナットがうんうんと頷く。
 ナットが納得した所でベッドに入る。クロキはふわりとした柔らかさに驚く。

「すごいな元の世界でもこんなに柔らかいベッドはなかった」

 クロキは元の世界で高級の羽毛布団で寝たことはないが、想像だがそれ以上かもしれないと思う。
 これ程のもてなしをしてくれたテスにクロキは感謝する。
 またテスは丁寧にナットにも寝床を用意してくれていた。

「おやすみナット……」
「おやすみでヤンス」

 久しぶりのちゃんとした寝床である。非常に気持ちが良くベッドからは良い匂いがする。
 道中まともに眠れた事はなかった。そのため少し疲れが出たのだろうすごく眠い。
 クロキは意識が闇の中に落ちていくのを感じた。








 テスは両親の寝室で父親の顔を見る。

「クロ殿は寝たみたいですよテス」

 クロの様子を見に行っていた、テスの母ダヴィアが戻って来る。

「お父さんには報告したのですか?」
「うんお母さん」

 テスは先程クロの事を父に報告した。
 テスの座っているベッドには父が眠っている。
 父が眠っているのはテスが生まれるずっと前からだ。
 母が恋しただけあって美形だとテスは思う。

(もちろんクロも負けてはいないけどね)

 クロの事を思い出しテスは笑う。
 テスが物心ついたころから父親は眠っていた。起きた姿を見たことはない。
 テスの父親は人間だ。
 エルフには女性しかいなくエルフから生まれた女性はエルフになり、エルフから生まれた男性は父親と同じ種族として生まれてくる。
 醜いゴブリンやオーガなんかと一緒になりたくないので大半は人間である。
 テスには兄と弟がいるが慣習にならって生まれてすぐに人間の住処に置いてきたと聞いている。
 テスの兄弟にあたる2人は人間の住処で今も暮らしているだろう。
 また、恋したエルフは人間の男性を攫い伴侶にするため、人間の女性と諍いが絶えない。
 テスの母ダヴィアが父を攫って伴侶にしてしまった時も人間と揉めたらしい。もっとも醜く魔法が使えないひ弱な人間の女に母が負けるはずがなく父親は母ダヴィアの物になった。
 しかし、テスの父親は寿命の短い人間である以上、普通にしていたらすぐに死んでしまう。
 エルフの女王様のみが使える魔法を使えば、人間でもエルフと同じ寿命が得られるが、妖精の騎士になる資格がなければ女王はその者に魔法を使ったりしない。
 そこで一般的に眠りの魔法をかけた上で停滞の魔法をかける事で寿命を延ばす。
 魔法をかけられた父親は眠り続け、今もベッドで寝ている。
 眠っている父親は死んでおらず生きている、体の生理機能も健在なので眠った状態で子供も作れる。
 会話をしたい時は精神潜入マインドダイブの魔法で眠っている父親の夢の中に入り会話をする。テスは今もクロに出会った事を夢の中で父親に報告してきた所だ。

「少し寝顔を見ましたが気持ちよさそうに寝ていましたよ。少し心に触れましたが優しい方のようですね。私に似てあなたの直感も優れているのでしょう」

 母の言葉にテスは頷く。

「当然よ、だって私が選んだ人だもの。はじめてクロを見た時運命を感じたの」

 テスは泉でクロを見たときビビッときたのだ。そして、クロを伴侶にしようと思った。
 テスは母親から、直感が大事だと教わっていた。
 テスの母と父の出会いもこんな感じだったらしい。もっとも母は魔法をかけ強引に攫ったと聞いている。
 母ダヴィアに言わせれば醜い人間の娘と一緒になるより、エルフの方が綺麗なのだから問題ない。
 それはクロにも同じ事が言える。
 だから、クロも永遠にここにいた方が幸せのはずだ。クロの反応から私の事がまんざらでもないようだ。

(クロも人間の娘なんかより、私の方が良いに決まっている)

 テスはクロとの生活を夢見てにんまりと笑う。

「じゃあ、クロの所に行ってくるねお母さん」

 母ダヴィアと入れ替わりにテスは両親の寝室からでる。
 テスはクロと夢の中で会話しようと思う。

(夢の中は基本的に無防備だ。クロからいろんな話しが聞けるだろうな)

 テスはクロの眠る寝室へと向かった。


 ◆

「お世話になりました」

 クロキはテスとダヴィアにお礼をいう。
 テスが悲しそうな瞳で見ている。
 クロキはテスの顔がまともに見る事ができなかった。

(うう、なんて恥ずかしい夢をみたんだ)

 昨晩夢の中でクロキはテスと甘い恋人となっていた。

(妙にリアルな夢だったな)

 クロキは夢の中でかなり恥ずかしい事をしたような気がしていた。

「去ってしまわれるのですね」

 ダヴィアも悲しそうな顔をする。

「すみません、行かなければならない所がありますので……」

 テスやダヴィアから何かを頼まれる事はなかった。
 本当にただの親切心だったようだとクロキは思う。
 ただ気になるのは朝の事である。朝起きるとすでにテスは起きていた。ただちょっと昨日より様子がおかしかった。
 クロキはちょっと気になる。

「ありがとうございました。いつかこのお礼は返したいと思います」

 クロキはそう言うとツリーハウスを後にしようとする。

「クロキ!!」

 テスがクロキの名を呼ぶとよって来る。

「テス?」
「クロキ……また会えるよね……」

 テスの目に涙が浮かんでいる。

「ああ、きっとまた会えるよ、テス」

 クロキはテスの頬をなでる。
 の行為もクロキにとって恥ずかしい行為だが、夢の中に比べればましであった。
 クロキは何度も振り向き手を振りながらテス達と別れる。
 そして、しばらく歩いた時に気付く。

「そういえば、なんでテスは自分の本当の名を知っていたのだろう?」


 ◆

「良かったのですかテス?」

 母親の言葉にテスは首を振る。

「だって、仕方がないよ……。まさか異世界の人間だなんて……。クロキにはきっと何かこの世界の役割があるみたい。引き留められないよ……」

 クロキと夢の中ですごした一夜はテスの中で大切な思い出となった。
 テスはその夢の中でクロキの正体を知った。

(クロキの力は凄まじく神族並みだった……。クロキには私の魔法は効かないだろうな)

 そのためテスはクロキを自らのモノにできなかった。
 テスはクロキの背を見送る。
 クロキは何度も振り返ってくれた。少なくとも嫌われてはいないはずだ。
 また会いに来てくれるかもしれないとテスは思う。

「また会いに来てね、私の優しい暗黒騎士」

 そう言ってテスはクロキを見送るのだった。


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