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第5章 眼は口よりも想いを刻む

65 代償

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「うぅ、女たらしじゃない、そんなの…」
未だに泣き止まない澄玲を慰めていると霰が帰ってきた。
「ももももしかして澄玲ちゃんいけたの?」コイツ。無神経が過ぎる。すると、
「もう、大丈夫よ」真っ赤に泣き腫らした顔で立ち上がり、霰の表情が曇る。
「振られちゃったわ」弱々しいがいつもの強気な声で言い放つ。ところでと澄玲は言って俺に振り返る。
「い、今までみたいに、普通に接して、くれるかしら?」俺は普通に大丈夫だから、首肯する。時計を見るともう9時を回っていた。気まずい沈黙。俺も黙るしかなくなる。今はこの特に何もない部屋が本当に寂しく見える。
「はいはい!寝るよ!」霰が手を叩いて澄玲を引っ張ってベッドに引っ張り込む。俺は電気を消して、椅子に座り、眼を閉じる。

「ここは、どこだ?」俺は目の前にそびえ立つ桜の木を見上げ、何となくあの桜と理解した。そして、横を見ると女の人がいて、俺のことを見下ろしている。そこで俺は自分の背が低くなっていることに気付いた。そして、これが俺の記憶で、夢だと分かった。
「ほら…ちゃん。桜綺麗でしょ?ほら。貴方?写真撮って」俺の名前が呼ばれて、この女の人が母親だと分かった。
「分かった。」そのどこかで聞き覚えのある声がして、俺と母親の写真を撮る。
「やっぱり写真苦手だねぇ」母親が柔らかい声でそう言う。

「おい!下がれ!」その父親らしき人が叫んだ。母親は俺を抱き上げる。
「今、始、まったの?」母親は狼狽えたように言いながら下がるが、遅かった。深層生物アンダーアイズが放った攻撃が俺に飛んできて、
「危ない!」大量に能力が至るところから溢れているのを感じるが、俺達を助けるために放ったものはない。そして、母親は俺を庇うためにそちらに背を向ける。
「っぁっ」母親の小さな呻き声が聞こえ、倒れ伏し、そこで俺の意識は途切れた。



「大丈夫!?」べしべしと殴られている。叩くのじゃない。殴られているのだ。
「はあ。ふぅ」俺は目を開け、汗ぐっしょりの手を見て、その後俺を殴り起こした女子二人を見た。
「起きた~!」霰が笑顔でにこやかに言うが、横で澄玲は不安げだ。俺はそこで床に落ちていることに気付き、起き上がる。にしても、とんでもない悪夢だった。
「まさかまたあの夢を見るとはな」もう俺は見ないと思っていたあの夢。そもそもあれから何年も経っているのだ。それほどまでに風化したはずの記憶。
 ふと、スマホを見ると先生から連絡が来ていた。「予想としてはこれから二日間の間に対象が現れる。少しこっちも慌ただしい事になってるから速めに終わらせて帰ってきてくれ」そのメールを見た霰は、
「仮に明日に来るとして、そこからお墓参りして帰って、間に合うかな」心配の色を溢れさせていた。そこで俺はある可能性に気付いた。
「今日ソイツを呼び出す方法はある」その言葉に驚いたようだが、なるほどと二人とも納得して、その場所に向かった。

 霰が心に刻んだ傷は深いだろう。ただ、どこまでも健気に生きていく。そのために支払った代償すら感じさせないほど元気に暮らしている。
 俺はこれから黒の能力を使うことになる可能性がある。これを見せれば俺が何者なのかがバレてしまう。だからこそ、三人で来た。
「ここだな」俺達はそのクレーターを見て、静かにそう呟くのだった。
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