夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

文字の大きさ
上 下
4 / 24

幸せな悩み

しおりを挟む
 エメラルドグリーンの海に囲まれたここ小井島は、天国に一番近い島という異名を持つほど美しく、人気のある観光地だ。人口はおよそ一万人弱。
 小学校が3校、中学、高校はそれぞれ1校しかない。
 高校受験は一応あるものの、中学の顔触れがそのまま持ち上がる。クラスだって普通科1クラスのみ。
 過疎化は進み、働き盛りの年代は大体都会へ出てしまい、活気に乏しいという人もいるが、この頃は田舎暮らしに憧れて移住してくる人もちらほら。
 Iターンというやつだ。もちろんUターン組もいるのだろう。
 そんな噂は島中のニュースになる。

 道行く人はみんな見知った顔。
 それ故、のんびりとした雰囲気で、小さないさかいはあるものの、犯罪やいじめなんて物も大してない。お巡りさんときたら、もっぱら迷いネコか、迷い老人の捜索がメインの仕事となっている。

 渡辺ゆらはここで生まれ育った。
 どこまでも果てしなく続く水平線には、小井島よりも小さな島が浮いていて木が生い茂っている。すっかり見慣れた景色だが、四季折々風情を変える壮大な自然は島民を飽きさせない。
 連日の雨で、今日の海は濃い灰色。
 久しぶりに袖を通した半そでの夏服は少し肌寒い。

 傘をさし、同じ方向へ歩いて行く生徒は、皆楽しそうにおしゃべりに花を咲かせている。
「おはよー」
「おはよう」
 と声が飛び交う。
 その声はゆらには関係のない声だ。

 いじめはないと前述したが、ゆらには一つだけ悩みがあった。
 それは、中学1年の時に転校してきた男の子。葉山ジンジに関係する。
 シンジの転入は、もちろん学校中の大ニュースで、全校生徒はもちろん、先生までもがそわそわしていた。
 新学期が始まって一週間ほど経った頃現れたシンジは、とても中学生には見えない、大人っぽい風貌だった。
 とりわけ都会的な青いブレザーは、ゆらの目に眩しく映った。

 しゅっと尖った顎。形のいい鼻筋。凛々しく一文字に結んだ口。
 髪は太陽を含んだみたいにうっすらと黄味がかった黒で、天然のウェーブがゆるくかかっている。
 長さは校則通りに整えているのに、明らかにクラスの男子とは違って見えた。

 通路側の一番後ろ。収まり切れず一つだけはみ出した席が、ゆらの席だった。
 いつの間にか出来ていた隣の新しい席。
 そこがシンジの席となった。

 二人が仲良くなるのに時間はさほどかからず、学校中から注目を浴びていたイケメン転校生は間もなくゆらの彼氏となったのだが。
 ゆらはその事で、学校の全女子から冷たい視線を浴びる事となってしまった。女子特有の嫉妬というのは、まだ17歳のゆらにもわかっている。
 人は幸せな悩みだと言うのだろう。一番好きな人が、一番近くで優しくしてくれるのだから。もちろんそれ以上の望みなどなかった。
 もうすぐ会えると思うだけで、きゅんと胸が弾む。

「ゆらちゃーん。おはよう」
 背後からの元気な声に振り返った。
「おはよう、莉子」
 重田莉子。一つ年下で、今年高校1年に入学したゆらの従妹だ。
 女の子でゆらに声をかけて来るのは、もはや彼女だけである。
 校舎はもう、すぐ目の前。
 校門の前で服装検査に余念のない生徒指導の先生に挨拶して、莉子と肩を並べて校門をくぐった。

 校舎の入口で、傘をたたむシンジを見つけた。衣替えの日をちゃんと間違わずに、夏服を着ている事に安堵の笑みがこぼれる。

「シンジ。おはよう」
 背中にそう声をかけると、シンジは弾かれたように振り返った。
 その瞬間。
 ゆらの体はふわっと後方に弾かれて、泥水のなかに尻もちをついてしまった。
「え?」
 衝撃のあまりすぐに起き上がる事ができない。
 大粒の雨が頭から降り注ぎ、冷たい感触がお尻を包み込んだ。

「ゆらちゃん、大丈夫?」
 莉子があわてて手を貸した。
「どうしたの? 滑っちゃった?」
 莉子の声に、ぎこちなくうなづいて、どうにか立ち上がった。

 シンジの姿はもうそこにはない。

 しかし、ゆらには何が起きたのか、頭では理解していた。心は追いつかない。
 とても冷酷な表情で、シンジがゆらを突き飛ばしたのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。 王子が主人公のお話です。 番外編『使える主をみつけた男の話』の更新はじめました。 本編を読まなくてもわかるお話です。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...