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第一章

どんな人がタイプ?

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 店員が運んで来た酒が、もう何杯目なのかもわからなくなった頃。
 世界が回るほど酔ってはいないが、吉井の寒い下ネタを大声で笑えるほどには酔っていた。
 片膝を三角に立て、もう片方の足を伸ばし、壁に寄り掛かって座る僕の肩の上には、あきの頭が乗っている。
 少し目線を落とせば、大きく開いた胸元から柔らかそうな胸が深い谷間を作っている。
 抱えた膝をすっぽりと覆うスカートの裾からは、手入れの行き届いた素足がのぞいていた。
「寒くないの?」
 つま先を指で触れると、想像以上にひんやりと冷たくて、少し心配になる。

「まだちょっと素足にミュールは寒かった。春の匂いにはしゃぎすぎちゃった」
 そう言って、僕の顔を見上げ、恥ずかしそうに笑う。
 至近距離で重なった視線に、どぎまぎした。

「春って独特の匂いあるよね」
「そう、なんだか懐かしくて切なくなるの」
 柔らかい体温と、いやな事を何一つ聞かないあきとの会話は心地よかった。

 酒のお陰なのか、あきの包容力がそうさせるのか、緊張感なく目を合わせて話せるようにもなっていた。

 そんな時だった。

「俺ら、先に帰るわ」
 吉井は何か思いついたような顔でそう告げると、にいなと顔を見合わせた。
「飲み放題で一人5500円ぽっきりだから、二人分」
 そう言って、一万円札と千円札を一枚ずつテーブルに置いた。
 吉井が自分の財布から二人分の金を出したのだ。

「は? なんで?」
 豆鉄砲を食らった鳩のように、僕がそう訊ねると、にいなが「やだー」と助け船を出した。
「野暮な事聞かなーーい」
 そう言って、頬を膨らます。

「え? 二人ってそういう関係なの?」
 なんだか騙されたような気持ちだ。ならばこれはやはり僕とあきを引き合わせるための合コンだったのか。

「違う違う!」
 吉井はパーにした手を、顔の前で大げさに振った。

「まぁ、野暮な事は聞くなって」
 そう言ってそそくさと立ち上がる。

「じゃあ、あきちゃんの事よろしくな」
 続いてにいなも「ごゆっくりー」と言いながら立ち上がった。

「ちょっと待てって。俺も帰る」
 酔ってても、そう簡単に気持ちは切り替えられない。僕はまだ元カノを忘れたくないんだ。もしかしたら戻って来るかも。その時のためにもフリーでいたい。
 慌てて立ち上がろうとした僕の腕を、あきが引いた。

「いいじゃん。もうちょっと一緒に飲もうよ。二人きりで飲みたいな」
 とろけそうな瞳がうるんで見えるのは、酒のせいだろう。
 あきも随分酔っている。

「けど僕は、まだその」

「お願い。もう少し一緒にいて」

 待て待て!
 そんな目で見つめられたら――。

 僕は全ての語彙を飲み込み、浮かせた尻をゆっくりと元の位置に戻した。

「じゃあな」
 逃げるように部屋を出て行く吉井とにいな。

 古びたふすまが閉じた瞬間、狭い空間に静寂が訪れ、空気が変わる。
 5ミリほど酔いがさめた気がした。

 腕時計は、もうすぐ日付が変わろうとしている事を告げていた。

「あのさ、吉井になんて声かけられたの? 今日、なぜここに?」

 あきの表情は変わらず笑顔のままだ。

「私が頼んだの」
 これまでとは少し違う声のトーンでそう言うと、テーブルの赤いワインを口に含んだ。
「彼氏に浮気されてて、別れてほしいって言われて……」
「別れたの?」
 あきはこちらを見ずにこくんとうなづいた。

 ぺたんと女の子座りして、少し丸めた背中が、いろんな物を背負っている事を知り、僕は思わずその背をさすっていた。
 同じ痛みを感じていた同士のような。それでいて、この痛みにあきも苦しんでいたのかと思ったら、急に可哀そうに思えて、一人残して帰ると言ってしまった自分を説教してやりたくなった。

「ごめんね。全然事情を知らなくて」
 背中に向かってそう呟くと、あきはさっと体をこちらに翻した。
 大きく首を横に振りこういった。

「大丈夫! 最初からわかってたの。私じゃダメなんだって。今となっては本当に好きだったのかどうかさえわからなくなっちゃった」

「そうか」
 こんな時、どんな風に声をかけてあげたらいいかなんてわからない。ただただ、あきの話を聞いてやろう。そう思っていた。

「そんな事よりさぁ、智也君は、どんな女の子がタイプ?」
「ええ?」
 急展開について行けず、変な声が出る。
「どんな女の子が好き?」
 完全に気を取り直したあきがもう一度質問を繰り返した。

 大概の人がそうだと思うのだが、好きになった人がタイプ。
 しかし、あきが求める答えはそんな事じゃないことぐらいわかる。

 だから、あきの表情、すがた形、声のトーン、話口調。そこから好きな部分を抽出しようと試みた。
 目線は自然と胸元へと吸い込まれる。
 あきが動くたび、連動してふるふると揺れている。

「そうだな……、――がおっきい人」
『胸』というワードはわざと聞き取れないようにボソっと言ってみた。

「え? なになに? 聞こえなかった」
 上半身をこちらに乗り出し、耳を差し出す。

「だから……、……目が大きい人」
 ワンチャン聞き取られていたとしても『むね』と『め』。聞き間違いだと思うだろう。

 何だか重大な秘密を握ったかのように、あきはふぅんとにんまり笑った。

「君は? どんな男がタイプなの?」

「私はねぇ……」
「うん」
 食い入るようにあきの言葉に集中する僕がおかしいのか、あきは急にケラケラと笑いだした。
 大きく開けた口元を両手で覆い、涙まで流すんじゃないかと思うほど大笑いしている。
「何がそんなにおかしいの?」と言いつつも、僕もつられて笑ってしまう。

「もったいぶるなって。早く教えて」

「あのねー、私はねー」

「うん」

 笑い声を残したまま、あきはこう言った。

「ちんちん大きい人が好き」

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