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2.辺境の密会、魔女の耳は獣耳
Remember-44 一つ目の村/一先ず作業を開始する
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当初の予定である村の問題解決を後回しにし、先に通訳として期待できるその“転生使い”とやらに会いに行く事になった俺たちだが、それでも本来の目的――異世界関連の問題を蔑ろにすることはできない。
そんなことをしてしまえば、離れている間にあの村の住民達がまた襲われてしまうかもしれないのだから……というのはシャーリィの意見だ。
「――シャーリィ! ちょうど残った連中は挟み込めてる!」
「取り溢しが無いなら上出来よ! ――dipict、duplication――isa、nied!」
上空に打ち上げられた青色の閃光を中心に、氷柱が大地を円形に穿つ。その中央には逃げ場を失った獲物が――異世界から出てきた、流転して変貌した怪物が――三体、狼狽えるように周囲を見回して逃げ道を探していた。
……怪物は肉塊のような容姿をしていて、体表はぬめりを帯びている。動き方も見た目もまるでナメクジを思わせて、少々気持ちが悪い。
だが、そんな容姿のお陰でこちらとしては助かった。地を歩く生き物からすれば、この氷の檻に囲まれてしまえば完全に閉じ込められたも同然だ。羽や翼が無い以上、この怪物共に抜け出す術は無い。
逃げ場を失った怪物は逃げ道を探して円を描くように氷の檻の内部をグルグル回り――ああ、マズイ、三体も居るから重なったりしたら、踏み台のように乗り越えて逃げられるかもしれない。早くトドメを刺さなくては。
「ッ、ユウマ! トドメをお願い!」
「ああ! いくぞ!」
バッ! っと腕を構えて、手元に空気を集めて、形を与える……!
手のひらに空気を集め……あれ、空気を……空気を集めて……集め、あれれ?
「……ん? んん? あ、あれ?」
思わず突き出していた手のひらを覗き込む。
空気の圧縮が上手くいかない……? というか、体をよく見てみれば、転生中は身に纏っている銀色の風――生命力が薄まっているというか、ぶっちゃけもう消えてる……!?
「なァに呑気に決めポーズしながら突っ立ってんのユウマ!」
「ゑっ、あーいや、違う、違うぞ! なんかもう、駄目なんだシャーリィ!」
「なんかもう駄目って何よ!?」
俺の返答に困惑半分、あと半分はキレながらシャーリィが徒歩で駆け寄ってくる。
反応は怖いけど、困ったら取り敢えず駆けつけてくれるのは有難い。
「いや、なんて言えば良いんだろう……こう、魔力が足りない! って感じ!」
「なんですって!? まさか精根尽きるような無茶はしてないでしょうね!? 実は立ち上がるのもやっとなんじゃないの!?」
「いや、そこまでじゃない! こう……体を動かす体力は残ってるけど、魔法的な力が足りないって感じ!」
……なんで俺達、怪物との戦闘中にこんなコントみたいなやり取りをしてるんですかね?
いやしかし、このガス欠のような感じは結構困ったぞ。もしかして魔法の使いすぎが原因か……?
「なんだ、そういうこと。それならほら、もう一回やりなさい」
シャーリィは若干呆れながらも、そう言うと俺の腰から包丁を抜き取って俺の胸に押しつけた。
も、もう一回……? えっと、つまりもう一度首を切れってこと……で良いんだよな?
深く考えすぎず、試しにもう一度刃物で首を掠めるように切る――と、ボッ、と音を立てて力が漲る錯覚を覚える。
「……! も、戻った! これだよコレ! 全身に力が漲るこの感じ!」
「あー、良いからホラ、頼んだわよ」
「ああ! 今度こそ任せろ!」
そういうことか……転生で身に纏っている生命力が足りなくなったのなら、もう一度身に纏い直せば良いってことか。
なんて粗雑で分かりやすい解決方法。でもお陰で、火力が足りる――!
「補充した分、ありったけ撃ち込んでやる――拡散弾! ッ! オラッ!」
氷柱を飛び越えて、上空からドン、ドン、ドン、と。三連続で広範囲に向けて散弾を射出する。
以前の散弾とは違って、礫ではなく更に小さい砂より大きい程度の小石を弾として撃ち出す。あの怪物はトカゲの時の様な装甲を身に纏っている訳ではないので、この程度でも十分殺傷力がある。
範囲は氷柱で囲った円全体。中に居る肉塊のような怪物は射出された小石に三度も全身を潰されて――そのまま、薄黄色の体液を漏らしながら絶命した……と思う。
『……ユウマ』
「ああ。以前みたいな油断はしない」
もう一度魔法で手元に散弾を用意し、一体一体、確認するように撃ち込む。
撃ち込まれた怪物からは悲鳴も抵抗も無い。どうやら完全に絶命した様子。
……今回の怪物は、なんというか気味が悪かったな。そもそも、この怪物は何の動物が流転して成ったのかも分からない。腫れ物のような肉塊で原型を留めていないせいだろう。
「ふぅ……お疲れ様、ユウマ。やっぱりその魔法の破壊力、仲間に引き入れて良かったわ。突然変なトラブルを起こしてたけど」
「こっちからすればシャーリィのその魔法の器用さの方が羨ましいんだがな……いや、それに関しては初めての事態だったから許して欲しい」
『二人ともお疲れ様。怪我が無くて良かったよ。途中で怪物を放置して話し合ってる時は肝が冷えたけどな』
やいのやいのと、一仕事成し遂げた後の打ち上げみたいな会話をする三人。反省会ってよりは互いを褒め合う会みたいになっているが、英気を養う的な意味では問題ないことだろう。
「…………」
と、それを遠くから眺めているクレオさんが、目を擦りながら、まるで目の前で起こったことを疑うみたいな仕草と共にこちらに歩いてきた。
……まあ、怪物が三匹とも絶命しているのは確認したし、ここは異世界ではないただの平野だから安全だろう。止める事無くクレオさんが来るのを三人して待った。
「実際見て貰わないと分からないだろうから実際に見て貰ったけど、これが私達、転生使いの力ってやつよ」
「こんな感じで、今みたいな怪物なら問題なく相手に出来るって感じだ。俺にとってはベルが居なかったら少し危うい場面があったけど」
『私はユウマに状況報告って感じだな。ユウマは一つの事に対して一点集中しがちって言えば良いのかな。周りを見て状況を伝えたり、こうするべきだって判断する役をさせていただいているよ』
「…………」
それぞれが語る中、無言でポカンとしているクレオさん。
……まあ、クレオさんからすれば信じられない出来事なのだから、それも仕方ないか。運送業で噂になっていたその怪物を直接見るのも、それを転生使いが魔法を行使して倒す様を見るのも初めてなのだから。
「…………」
「クレオさん? あの、なんでさっきから無言でいらっしゃられる……?」
「えっと……どうかしたのかしら。大丈夫……?」
「ッ――かっっっっっこいいっすね! お三方!!!」
……で、今度は逆にこっちがポカンとした。
拳を握り締めて、目を輝かせてそう口にするクレオさん。なんだろう、反応が瞬間的に少年ぐらいの若さに戻っているって感じがした。
「いやぁ、感動しやした! 兄ちゃん、嬢ちゃん、ベルさん! まさかこんな格好いい英雄みたいなことをしているだなんて!」
「あうあうあうあうあう――」
「まあ、こんな感じで私達は異世界の怪物を処理してまわる予定で……クレオさん、ユウマを離してあげて。凄い揺れてる揺れてる」
感動のあまりか、俺の両手を掴んでブンブンと前後に振るクレオさん。心が少年のようでも筋力は大男なのである。
……なんだろう、初めて馬車に乗ったあの時を思い出すなぁ、この全身が揺れる感覚。胃の中のパンとかベーコンがドロドロのまま口から「やっほーこんにちは」ってしそうだった。死にそう。
「っと、すまねぇ兄ちゃん! いやぁ、こう、俺さんの中の少年心に火が付いちまったって言うか――」
「いや……俺の魔法はそんな凄いことじゃない……うぷっ」
『あわわ、大丈夫か……?』
「……ちょっと休憩したい」
お、思ったより衝撃が内臓に……て、転生使いの内臓を揺らす腕力って何事……?
なんとか胃の内容物は吐き出さずに済んだが、怪物と戦うよりもダメージを負った体は、無意識にフラフラと馬車の方へ足を進めていた。頭で考えなくても、これはすぐ休むべきだと体が理解していらっしゃる。
「凄いことじゃないって……兄ちゃんは何であんな謙遜をしてるんだ?」
「アイツ、魔法に関しては何ていうか……後ろめたさ? みたいなのがあるのよ。魔法を会得したのは記憶を無くす前の自分であって、魔法を使ってる今の自分は違う――とかナントカでさ。気にしないで褒めてあげて」
なんか後で色々言われているが、知った事か。俺は部屋に帰らせて貰うぞ。
……実際、駆除した怪物の後処理の対応に関してはシャーリィ達がよく知っているので任せて、俺は馬車に戻って体調の回復を試みるのだった。クレオさん、転生使いから見ても恐るべし腕力……
■□■□■
「――じゃあ、今回の反省会として異世界の怪物と転生についての講義を開始するわね」
「……シャーリィさん、今の俺、お腹の中身が口から出そうな身分なんですけど」
いつも通りの手口で俺の馬車にご訪問してきたシャーリィが、俺が寝ているベッドの上に腰掛けてそう話題を切り出した。
いやあの、シャーリィさんや。さっき宣言した通り、今の俺は体調があんまり優れない身なんですけど……ああ、聞いてないんですね。でも体調を心配してくれたのか紅茶を一杯、木製のカップで差し出してくれた。
ありがとうシャーリィ、あんたは鬼だけど優しい鬼だよ。
『私が代理で対応するよ。ユウマは体調が良くなるまで横で聞いていてくれ』
「……うす」
そして全部任せてくれと言わんばかりに対応してくれるベルは優しい天使だよ……毛布を身に纏いながら小声で答えて全てをベルに任せた。
「んじゃ、伝えておくわね……異世界で死亡した生物は流転する、ってのは言わなくても分かってるわよね?」
『厳密には、異世界に存在する死体が、だな。死体を持ち込んだ場合でも流転は起こるんだろう?』
「そうなんだけど、時間が経ちすぎる死体は起こらなかったりするかな……捕食したばかりの生物を胃に入れたまま異世界で死亡すると、流転の際に姿が混合する――なんてことが一度貴方たちも見たことあるはずよ」
姿が混合……ああ、あのトカゲとバッタの混合したような生き物なんかがまさにそれか。バッタを補食したトカゲが異世界に入り込んで、あんな事になったのか……?
そういえばあの時、シャーリィが“混ざっている”とか何かしら言っていた覚えがあるが……うーん、如何せん時間が経ちすぎて曖昧な記憶だ。
「生物が混合すれば混合するほど、厄介さは増していくって考えて良いわ。でも、恐ろしさで言えば人間が流転するのが一番ね」
『反ギルド団体との交戦時に人間の流転は見たが……手強いとかそういう問題じゃ無かったな。なんだろう、生理的な嫌悪感って言えば良いのかな……上手く言い表せられないが、純粋に怖いって感じた』
「……ごめん、話がちょっと逸れたわね。こんな暗い話をするつもりはなかったんだけどなぁ」
サラサラ、と銀色の髪の毛を横に振る音。頭を揺さぶって仕切り直したのだろう。シャーリィは髪の毛を整えると改めてベルと向き合って講義を再開する。
「異世界の怪物と一般的な環境――つまりは異世界の外ね。そこで遭遇した際の対応について教えるわ。取り敢えずまず、その怪物を潰していると前提するわね」
「うーーん、前提???」
『怪物を潰していると前提……』
でたよ。シャーリィの物騒トーク。でも話したいところはそこじゃないのは伝わっているので、それに関してはまあ良いとする。続きをどうぞ、と毛布に包まりながら促す。
「詳しい原理とか理屈は分からないけど、異世界の外――つまり、今私達がいる世界にその死骸を晒せば良い。そうすれば灰になって綺麗に消えてくれるわ。一番良いのは日光に当てるとかかしらね。そういう感じに放置すれば怪物は跡形も無く消える」
『えっと……何かしら特別な処理は必要ない、と?』
「まあ……曇りの日とかなら埋めたりした方が良いかもね。長時間その場に死骸が残って、それがどんな悪影響を与えるか分からないから……スライムみたいなやつなら勝手に地面の染みになってくれるから楽なんだけど」
ベルホルトの遺体に関しては、そもそも今までに無い例外のようなケースだったし、火葬したのも宗教的な意味合いでの行為だ。本当ならその辺に放置して消滅させるのが普通の対応なのか。
今後は異世界の外で流転した怪物と戦闘する機会がぐっと増えるだろう。
こうした後処理の知識に関しては俺も身につけて置いた方が良い。ベルだけには任せておけない。
「と、これが異世界の怪物に関する講義だったんだけど……質問とかある?」
『異世界の中で怪物を殺した場合は? 外での事後処理云々は理解したが、異世界内の死骸はどうするんだ?』
「余裕があれば外に運び出して消滅させる。ただ、ユウマとベルを助け出した時みたいに、そんな余裕が無い場合は基本放置かな。別に今のところ流転した死骸を異世界内に放置しても支障は出ていないし」
「……思ったよりずさんなんだな」
思わず口を挟むが、シャーリィは何処吹く風って感じである。
「で、次にユウマ。貴方の話だからちゃんと聞いてよね」
「……ぅす」
「さっきは普通に喋ってたのになんで急に小声になるのよ!? いい? 転生についてもう少し教えておくからキチンと聞きなさい!」
体を起こして、シャーリィの言う“キチンと聞く”体勢を整える。
確かに転生に関して詳しく聞けるのは自分にとって有益なことだろう……いや、知らないと損すると言った方が正しいか。
実際、先程の戦闘でよく分からないことが起きた訳だし、彼女の言葉をしっかりと聞いて覚えておこう。
「私達はナイフで首を切って転生する。その理屈は……まあ、肌の上に実は見えない肌があるって言えば良いのかな。体から生命力が漏れないようにしている膜みたいなものがね。それを切って体外に生命力を出して身に纏ってるの。ここまではわかってるわよね?」
「ああ。その身に纏った生命力を魔力として使ってる、だったか」
「そうね。で、私達も切り傷が出来たら血が出る。でも時間が経てば血は止まるでしょ? それと一緒で、見えない肌の傷もそのうち塞がって出血が止まる。そうなると身に纏った魔力をそのうち使い尽くすってのは想像できるでしょ?」
……つまり、あの時魔法が使えなくなったのは、魔力の供給が途絶えて使える魔力が無くなったのが原因、という訳か。
そして、そうなったら転生し直して、もう一回その見えない肌とやらに傷をつけて魔力を補充すれば良い、と。
「あとこれは応用なんだけど、強力な一撃を決めるッ! なんて時にも転生し直すと良いわ。首を切った直後が一番魔力の供給に勢いがあるから、強力な魔法が扱える筈よ」
「……正直、そういうのは反ギルド団体と戦う時に知りたかったな」
「駄目。短い付き合いで分かってきたことだけど、ユウマは切り札とかすぐ使っちゃうタイプでしょ。いや、勝つために手段は問わないって言えばいいのやら。だから教えるのが怖かったのよ」
『ユウマは自分の血液も武器として使うからな。手段を問わないってのは同意する』
……それは、まあ。否定はしないですケド。
反論したいけど二対一では言い負ける自信がある。あと確かに体を張った無茶な行動を迷わず選べる自信もある。
「それに、これにはリスクも伴うわ。単純に首を誤って切る恐れがあるのと、生命力を過剰に使う恐れがあるってこと」
『? 前聞いた説明だと確か、普段は使わない余剰の生命力を使うんじゃなかったか?』
「普通はそうなんだけど、やり過ぎると肉体に活動に必要な生命力まで使っちゃうって事よ。人間だって多少出血しても大丈夫だけど、出過ぎると最悪死んじゃうでしょ? それと一緒」
なるほど、そう言われると彼女が“切り札”だと表現したり俺に教えるのを渋ったのもわかる。
安易に何度も転生して、生命力が絞り尽くされてバッタリ倒れる自分の情けない姿が、容易に頭に浮かんだ。そうならないように気をつけよう……
『なるほどな……貴重な話を聞かせて貰ったよ。ありがとう』
「ありがとうシャーリィ。その、二度転生する話は参考になった。その危険性についても」
「いいえ、こちらこそご静聴ありがとね。これで講義はおしまいよ」
「ふぅー、なんかこうやって知識を身につけるのって、結構疲れるんだな」
精神的に疲れて大きく息を吐く。
……そんな俺を、シャーリィは何か言いたげに見つめていることに気がついた。
「シャーリィ?」
「……ねぇユウマ、私このままここで暇を潰してて良いかしら? 多分目的の村に着くのは夕方ぐらいだから、それまでテキトーに二人と喋ってたいんだけど」
「それはいいけど、クレオさんの事も忘れないであげろよ。ずっと運転して疲れてるだろうから、紅茶の差し入れとか嬉しいと思うし」
「クレオさんが居る一番前を走る馬車って、私達の馬車と違って少し入りにくい構造してるのよね……差し入れの提案に関しては賛成だけど」
例の転生使いが居る村まで、あともう少しか……変な緊張を感じてしまう。
その転生使いがどんな人物なのか。シャーリィですら未知数なのだから、興味と不安が混ざり合った気持ちで落ち着かないでいる。
「なによその顔。紅茶のおかわり、いる?」
「……いただきます」
そんな不安を見抜かれた……かは分からないけど、眉をひそめながら微笑むシャーリィにティーポットを差し出されて、俺は空になった器で紅茶を受け止めた。
……まあ、なんだ。彼女のように俺ももう少し楽観的に挑むべきなんだろうなぁ。
なんてことを思いながら、俺は少しぬるい紅茶に口をつけた。
そんなことをしてしまえば、離れている間にあの村の住民達がまた襲われてしまうかもしれないのだから……というのはシャーリィの意見だ。
「――シャーリィ! ちょうど残った連中は挟み込めてる!」
「取り溢しが無いなら上出来よ! ――dipict、duplication――isa、nied!」
上空に打ち上げられた青色の閃光を中心に、氷柱が大地を円形に穿つ。その中央には逃げ場を失った獲物が――異世界から出てきた、流転して変貌した怪物が――三体、狼狽えるように周囲を見回して逃げ道を探していた。
……怪物は肉塊のような容姿をしていて、体表はぬめりを帯びている。動き方も見た目もまるでナメクジを思わせて、少々気持ちが悪い。
だが、そんな容姿のお陰でこちらとしては助かった。地を歩く生き物からすれば、この氷の檻に囲まれてしまえば完全に閉じ込められたも同然だ。羽や翼が無い以上、この怪物共に抜け出す術は無い。
逃げ場を失った怪物は逃げ道を探して円を描くように氷の檻の内部をグルグル回り――ああ、マズイ、三体も居るから重なったりしたら、踏み台のように乗り越えて逃げられるかもしれない。早くトドメを刺さなくては。
「ッ、ユウマ! トドメをお願い!」
「ああ! いくぞ!」
バッ! っと腕を構えて、手元に空気を集めて、形を与える……!
手のひらに空気を集め……あれ、空気を……空気を集めて……集め、あれれ?
「……ん? んん? あ、あれ?」
思わず突き出していた手のひらを覗き込む。
空気の圧縮が上手くいかない……? というか、体をよく見てみれば、転生中は身に纏っている銀色の風――生命力が薄まっているというか、ぶっちゃけもう消えてる……!?
「なァに呑気に決めポーズしながら突っ立ってんのユウマ!」
「ゑっ、あーいや、違う、違うぞ! なんかもう、駄目なんだシャーリィ!」
「なんかもう駄目って何よ!?」
俺の返答に困惑半分、あと半分はキレながらシャーリィが徒歩で駆け寄ってくる。
反応は怖いけど、困ったら取り敢えず駆けつけてくれるのは有難い。
「いや、なんて言えば良いんだろう……こう、魔力が足りない! って感じ!」
「なんですって!? まさか精根尽きるような無茶はしてないでしょうね!? 実は立ち上がるのもやっとなんじゃないの!?」
「いや、そこまでじゃない! こう……体を動かす体力は残ってるけど、魔法的な力が足りないって感じ!」
……なんで俺達、怪物との戦闘中にこんなコントみたいなやり取りをしてるんですかね?
いやしかし、このガス欠のような感じは結構困ったぞ。もしかして魔法の使いすぎが原因か……?
「なんだ、そういうこと。それならほら、もう一回やりなさい」
シャーリィは若干呆れながらも、そう言うと俺の腰から包丁を抜き取って俺の胸に押しつけた。
も、もう一回……? えっと、つまりもう一度首を切れってこと……で良いんだよな?
深く考えすぎず、試しにもう一度刃物で首を掠めるように切る――と、ボッ、と音を立てて力が漲る錯覚を覚える。
「……! も、戻った! これだよコレ! 全身に力が漲るこの感じ!」
「あー、良いからホラ、頼んだわよ」
「ああ! 今度こそ任せろ!」
そういうことか……転生で身に纏っている生命力が足りなくなったのなら、もう一度身に纏い直せば良いってことか。
なんて粗雑で分かりやすい解決方法。でもお陰で、火力が足りる――!
「補充した分、ありったけ撃ち込んでやる――拡散弾! ッ! オラッ!」
氷柱を飛び越えて、上空からドン、ドン、ドン、と。三連続で広範囲に向けて散弾を射出する。
以前の散弾とは違って、礫ではなく更に小さい砂より大きい程度の小石を弾として撃ち出す。あの怪物はトカゲの時の様な装甲を身に纏っている訳ではないので、この程度でも十分殺傷力がある。
範囲は氷柱で囲った円全体。中に居る肉塊のような怪物は射出された小石に三度も全身を潰されて――そのまま、薄黄色の体液を漏らしながら絶命した……と思う。
『……ユウマ』
「ああ。以前みたいな油断はしない」
もう一度魔法で手元に散弾を用意し、一体一体、確認するように撃ち込む。
撃ち込まれた怪物からは悲鳴も抵抗も無い。どうやら完全に絶命した様子。
……今回の怪物は、なんというか気味が悪かったな。そもそも、この怪物は何の動物が流転して成ったのかも分からない。腫れ物のような肉塊で原型を留めていないせいだろう。
「ふぅ……お疲れ様、ユウマ。やっぱりその魔法の破壊力、仲間に引き入れて良かったわ。突然変なトラブルを起こしてたけど」
「こっちからすればシャーリィのその魔法の器用さの方が羨ましいんだがな……いや、それに関しては初めての事態だったから許して欲しい」
『二人ともお疲れ様。怪我が無くて良かったよ。途中で怪物を放置して話し合ってる時は肝が冷えたけどな』
やいのやいのと、一仕事成し遂げた後の打ち上げみたいな会話をする三人。反省会ってよりは互いを褒め合う会みたいになっているが、英気を養う的な意味では問題ないことだろう。
「…………」
と、それを遠くから眺めているクレオさんが、目を擦りながら、まるで目の前で起こったことを疑うみたいな仕草と共にこちらに歩いてきた。
……まあ、怪物が三匹とも絶命しているのは確認したし、ここは異世界ではないただの平野だから安全だろう。止める事無くクレオさんが来るのを三人して待った。
「実際見て貰わないと分からないだろうから実際に見て貰ったけど、これが私達、転生使いの力ってやつよ」
「こんな感じで、今みたいな怪物なら問題なく相手に出来るって感じだ。俺にとってはベルが居なかったら少し危うい場面があったけど」
『私はユウマに状況報告って感じだな。ユウマは一つの事に対して一点集中しがちって言えば良いのかな。周りを見て状況を伝えたり、こうするべきだって判断する役をさせていただいているよ』
「…………」
それぞれが語る中、無言でポカンとしているクレオさん。
……まあ、クレオさんからすれば信じられない出来事なのだから、それも仕方ないか。運送業で噂になっていたその怪物を直接見るのも、それを転生使いが魔法を行使して倒す様を見るのも初めてなのだから。
「…………」
「クレオさん? あの、なんでさっきから無言でいらっしゃられる……?」
「えっと……どうかしたのかしら。大丈夫……?」
「ッ――かっっっっっこいいっすね! お三方!!!」
……で、今度は逆にこっちがポカンとした。
拳を握り締めて、目を輝かせてそう口にするクレオさん。なんだろう、反応が瞬間的に少年ぐらいの若さに戻っているって感じがした。
「いやぁ、感動しやした! 兄ちゃん、嬢ちゃん、ベルさん! まさかこんな格好いい英雄みたいなことをしているだなんて!」
「あうあうあうあうあう――」
「まあ、こんな感じで私達は異世界の怪物を処理してまわる予定で……クレオさん、ユウマを離してあげて。凄い揺れてる揺れてる」
感動のあまりか、俺の両手を掴んでブンブンと前後に振るクレオさん。心が少年のようでも筋力は大男なのである。
……なんだろう、初めて馬車に乗ったあの時を思い出すなぁ、この全身が揺れる感覚。胃の中のパンとかベーコンがドロドロのまま口から「やっほーこんにちは」ってしそうだった。死にそう。
「っと、すまねぇ兄ちゃん! いやぁ、こう、俺さんの中の少年心に火が付いちまったって言うか――」
「いや……俺の魔法はそんな凄いことじゃない……うぷっ」
『あわわ、大丈夫か……?』
「……ちょっと休憩したい」
お、思ったより衝撃が内臓に……て、転生使いの内臓を揺らす腕力って何事……?
なんとか胃の内容物は吐き出さずに済んだが、怪物と戦うよりもダメージを負った体は、無意識にフラフラと馬車の方へ足を進めていた。頭で考えなくても、これはすぐ休むべきだと体が理解していらっしゃる。
「凄いことじゃないって……兄ちゃんは何であんな謙遜をしてるんだ?」
「アイツ、魔法に関しては何ていうか……後ろめたさ? みたいなのがあるのよ。魔法を会得したのは記憶を無くす前の自分であって、魔法を使ってる今の自分は違う――とかナントカでさ。気にしないで褒めてあげて」
なんか後で色々言われているが、知った事か。俺は部屋に帰らせて貰うぞ。
……実際、駆除した怪物の後処理の対応に関してはシャーリィ達がよく知っているので任せて、俺は馬車に戻って体調の回復を試みるのだった。クレオさん、転生使いから見ても恐るべし腕力……
■□■□■
「――じゃあ、今回の反省会として異世界の怪物と転生についての講義を開始するわね」
「……シャーリィさん、今の俺、お腹の中身が口から出そうな身分なんですけど」
いつも通りの手口で俺の馬車にご訪問してきたシャーリィが、俺が寝ているベッドの上に腰掛けてそう話題を切り出した。
いやあの、シャーリィさんや。さっき宣言した通り、今の俺は体調があんまり優れない身なんですけど……ああ、聞いてないんですね。でも体調を心配してくれたのか紅茶を一杯、木製のカップで差し出してくれた。
ありがとうシャーリィ、あんたは鬼だけど優しい鬼だよ。
『私が代理で対応するよ。ユウマは体調が良くなるまで横で聞いていてくれ』
「……うす」
そして全部任せてくれと言わんばかりに対応してくれるベルは優しい天使だよ……毛布を身に纏いながら小声で答えて全てをベルに任せた。
「んじゃ、伝えておくわね……異世界で死亡した生物は流転する、ってのは言わなくても分かってるわよね?」
『厳密には、異世界に存在する死体が、だな。死体を持ち込んだ場合でも流転は起こるんだろう?』
「そうなんだけど、時間が経ちすぎる死体は起こらなかったりするかな……捕食したばかりの生物を胃に入れたまま異世界で死亡すると、流転の際に姿が混合する――なんてことが一度貴方たちも見たことあるはずよ」
姿が混合……ああ、あのトカゲとバッタの混合したような生き物なんかがまさにそれか。バッタを補食したトカゲが異世界に入り込んで、あんな事になったのか……?
そういえばあの時、シャーリィが“混ざっている”とか何かしら言っていた覚えがあるが……うーん、如何せん時間が経ちすぎて曖昧な記憶だ。
「生物が混合すれば混合するほど、厄介さは増していくって考えて良いわ。でも、恐ろしさで言えば人間が流転するのが一番ね」
『反ギルド団体との交戦時に人間の流転は見たが……手強いとかそういう問題じゃ無かったな。なんだろう、生理的な嫌悪感って言えば良いのかな……上手く言い表せられないが、純粋に怖いって感じた』
「……ごめん、話がちょっと逸れたわね。こんな暗い話をするつもりはなかったんだけどなぁ」
サラサラ、と銀色の髪の毛を横に振る音。頭を揺さぶって仕切り直したのだろう。シャーリィは髪の毛を整えると改めてベルと向き合って講義を再開する。
「異世界の怪物と一般的な環境――つまりは異世界の外ね。そこで遭遇した際の対応について教えるわ。取り敢えずまず、その怪物を潰していると前提するわね」
「うーーん、前提???」
『怪物を潰していると前提……』
でたよ。シャーリィの物騒トーク。でも話したいところはそこじゃないのは伝わっているので、それに関してはまあ良いとする。続きをどうぞ、と毛布に包まりながら促す。
「詳しい原理とか理屈は分からないけど、異世界の外――つまり、今私達がいる世界にその死骸を晒せば良い。そうすれば灰になって綺麗に消えてくれるわ。一番良いのは日光に当てるとかかしらね。そういう感じに放置すれば怪物は跡形も無く消える」
『えっと……何かしら特別な処理は必要ない、と?』
「まあ……曇りの日とかなら埋めたりした方が良いかもね。長時間その場に死骸が残って、それがどんな悪影響を与えるか分からないから……スライムみたいなやつなら勝手に地面の染みになってくれるから楽なんだけど」
ベルホルトの遺体に関しては、そもそも今までに無い例外のようなケースだったし、火葬したのも宗教的な意味合いでの行為だ。本当ならその辺に放置して消滅させるのが普通の対応なのか。
今後は異世界の外で流転した怪物と戦闘する機会がぐっと増えるだろう。
こうした後処理の知識に関しては俺も身につけて置いた方が良い。ベルだけには任せておけない。
「と、これが異世界の怪物に関する講義だったんだけど……質問とかある?」
『異世界の中で怪物を殺した場合は? 外での事後処理云々は理解したが、異世界内の死骸はどうするんだ?』
「余裕があれば外に運び出して消滅させる。ただ、ユウマとベルを助け出した時みたいに、そんな余裕が無い場合は基本放置かな。別に今のところ流転した死骸を異世界内に放置しても支障は出ていないし」
「……思ったよりずさんなんだな」
思わず口を挟むが、シャーリィは何処吹く風って感じである。
「で、次にユウマ。貴方の話だからちゃんと聞いてよね」
「……ぅす」
「さっきは普通に喋ってたのになんで急に小声になるのよ!? いい? 転生についてもう少し教えておくからキチンと聞きなさい!」
体を起こして、シャーリィの言う“キチンと聞く”体勢を整える。
確かに転生に関して詳しく聞けるのは自分にとって有益なことだろう……いや、知らないと損すると言った方が正しいか。
実際、先程の戦闘でよく分からないことが起きた訳だし、彼女の言葉をしっかりと聞いて覚えておこう。
「私達はナイフで首を切って転生する。その理屈は……まあ、肌の上に実は見えない肌があるって言えば良いのかな。体から生命力が漏れないようにしている膜みたいなものがね。それを切って体外に生命力を出して身に纏ってるの。ここまではわかってるわよね?」
「ああ。その身に纏った生命力を魔力として使ってる、だったか」
「そうね。で、私達も切り傷が出来たら血が出る。でも時間が経てば血は止まるでしょ? それと一緒で、見えない肌の傷もそのうち塞がって出血が止まる。そうなると身に纏った魔力をそのうち使い尽くすってのは想像できるでしょ?」
……つまり、あの時魔法が使えなくなったのは、魔力の供給が途絶えて使える魔力が無くなったのが原因、という訳か。
そして、そうなったら転生し直して、もう一回その見えない肌とやらに傷をつけて魔力を補充すれば良い、と。
「あとこれは応用なんだけど、強力な一撃を決めるッ! なんて時にも転生し直すと良いわ。首を切った直後が一番魔力の供給に勢いがあるから、強力な魔法が扱える筈よ」
「……正直、そういうのは反ギルド団体と戦う時に知りたかったな」
「駄目。短い付き合いで分かってきたことだけど、ユウマは切り札とかすぐ使っちゃうタイプでしょ。いや、勝つために手段は問わないって言えばいいのやら。だから教えるのが怖かったのよ」
『ユウマは自分の血液も武器として使うからな。手段を問わないってのは同意する』
……それは、まあ。否定はしないですケド。
反論したいけど二対一では言い負ける自信がある。あと確かに体を張った無茶な行動を迷わず選べる自信もある。
「それに、これにはリスクも伴うわ。単純に首を誤って切る恐れがあるのと、生命力を過剰に使う恐れがあるってこと」
『? 前聞いた説明だと確か、普段は使わない余剰の生命力を使うんじゃなかったか?』
「普通はそうなんだけど、やり過ぎると肉体に活動に必要な生命力まで使っちゃうって事よ。人間だって多少出血しても大丈夫だけど、出過ぎると最悪死んじゃうでしょ? それと一緒」
なるほど、そう言われると彼女が“切り札”だと表現したり俺に教えるのを渋ったのもわかる。
安易に何度も転生して、生命力が絞り尽くされてバッタリ倒れる自分の情けない姿が、容易に頭に浮かんだ。そうならないように気をつけよう……
『なるほどな……貴重な話を聞かせて貰ったよ。ありがとう』
「ありがとうシャーリィ。その、二度転生する話は参考になった。その危険性についても」
「いいえ、こちらこそご静聴ありがとね。これで講義はおしまいよ」
「ふぅー、なんかこうやって知識を身につけるのって、結構疲れるんだな」
精神的に疲れて大きく息を吐く。
……そんな俺を、シャーリィは何か言いたげに見つめていることに気がついた。
「シャーリィ?」
「……ねぇユウマ、私このままここで暇を潰してて良いかしら? 多分目的の村に着くのは夕方ぐらいだから、それまでテキトーに二人と喋ってたいんだけど」
「それはいいけど、クレオさんの事も忘れないであげろよ。ずっと運転して疲れてるだろうから、紅茶の差し入れとか嬉しいと思うし」
「クレオさんが居る一番前を走る馬車って、私達の馬車と違って少し入りにくい構造してるのよね……差し入れの提案に関しては賛成だけど」
例の転生使いが居る村まで、あともう少しか……変な緊張を感じてしまう。
その転生使いがどんな人物なのか。シャーリィですら未知数なのだから、興味と不安が混ざり合った気持ちで落ち着かないでいる。
「なによその顔。紅茶のおかわり、いる?」
「……いただきます」
そんな不安を見抜かれた……かは分からないけど、眉をひそめながら微笑むシャーリィにティーポットを差し出されて、俺は空になった器で紅茶を受け止めた。
……まあ、なんだ。彼女のように俺ももう少し楽観的に挑むべきなんだろうなぁ。
なんてことを思いながら、俺は少しぬるい紅茶に口をつけた。
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