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2.辺境の密会、魔女の耳は獣耳

Remember-43 一つ目の村/珍しい訪問者たち御一行

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 以前、馬車に乗った時は酷い揺れに悩まされたものだ。脳とか首がガクガクと振り子のように揺れ動いていた。
 しかし、今俺たちが乗っている馬車は揺れと呼べるほどの衝撃がほとんど無いと言っても過言じゃないだろう。精々、「あ、今は荒道とか走っているんだろうな」程度の振動しか感じない。長期間馬車に乗るような旅でこの環境は贅沢だ。

「……ん」
『どうしたユウマ。さっきから匂いを嗅いで……変な匂いでもするのか?』
「いや、変って訳じゃないんだけど……こう、塩っぽい? って言えば良いのかな。風がちょっとしょっぱいんだよ」
『風が、しょっぱい?』

 開けていた窓を閉めながらベルに状況を体感で伝えると、首をかしげていた。こう、しょっぱいような、少し苦いような……経験が無い匂いなのでズバリと言うことができなかった。

「兄ちゃん、嬢ちゃん! 見えてきたぜ! 目的の村が!」
「!」
『いよいよ、初めての村だな』

 遠くからクレオさんの大声が聞こえて、俺は準備を始める――が、上着を着て腰に手斧の鞘を取り付けて終わった。またベッドの上に腰掛けてベルと呑気に対話を始める。いやぁ、準備が少なくて済むのは便利である。シャーリィみたいに小道具の準備とか化粧とかしなくて済むから本当に一瞬で終わる。

「村……見たことがないから、どんなところか想像がつかないな……ああいや、一回だけそれっぽいのは見たっけ」
『一回? どこでだ?』
「俺とベルが出会ったあの異世界から出た直後の時。遠くに青麦とか民家みたいなのが見えたからさ。村ってあんな感じなんだろ?」
『いや、どうなんだろ……うーん、説明が難しいけど、印象はそんな感じで大体合っている、とだけ言っておくよ。ただ、しょっぱい匂い、か……もしかすると』
「そ。想像通りよベル。これから行くのは農村だけど、湾岸近くで漁業もやっている村だから構造が少し異なるかな。平地じゃなくて山の斜面だから尚のことね」
「うわっ!? シャーリィ!? ちょっと待て、まさか馬車を跳び乗って来たのか!?」

 呑気な雑談の中、突然の訪問者に滅茶苦茶驚いた。走っている馬車を飛び移って来るなんて……ああいや、シャーリィならできるか……これだから転生使いは常識知らずなんて思われるんだ。かという俺も転生使いだし、思っているのは俺一人なんだけど。

「一応、馬車間を移動する用の小さな吊り橋みたいなのは架かっていたけどね。少し危なっかしいけど、あれなら貴方でも馬車間の移動ができると思うわよ」
「律儀にそれ使って渡ってきたの?」
「いや、面倒くさいからコレ転生して跳んだわ」
「……ああ、やっぱりね」
「なによその反応は」

 シャーリィは何もためらうことなく、指で首をピッ、と切る動作をしながら白状する。彼女が自分の首を指で切る動作は、つまるところ転生したのだろう。ノーリスクで転生出来る彼女の特権をフル活用していらっしゃる。
 しかも先日クレオさんに転生使いについて話をしたから、周りに転生使いの力を隠す必要が無くなったも同然だ。今後もシャーリィはますます暴君と化すだろう……

『つまり、ユウマが感じていたのは潮の匂いってことか』
「これが潮の匂い……もうそこまで海が近いって事か」
「近いと言っても、山を跨いでなんだけどね。ほら、準備は済ませた? あともうちょっとで到着するから、遅れないようにしなさいね」
「はいよ。シャーリィも気をつけて戻れよ~」

 俺の馬車を出て行くシャーリィに手を振りながら見送る。多分また転生して跳んで戻るんだろうな~とか呑気に考えながら、馬車の到着をボーッとしながら待つのだった。



 ■□■□■



「……よし、止まれ! ……おーい、兄ちゃん、嬢ちゃん! それから。えっと、ベルちゃん! 着いたぜ!」
『別に私の名はわざわざ呼ばなくても良いと思うんだがな……』
「クレオさんがそういう人だから仕方ない……よっ、と。馬車の車高が高いから、上り下りするのが大変ってのが唯一の欠点かな……」

 馬車から降りると、見慣れない土の地面の感触を靴の裏で感じる。同じく降りてきたシャーリィと合流しながらクレオさんの元へ集まった。

「それで、どうするんだい嬢ちゃん。この村に何の用なんだ?」
「もしかしてこの村に転生使いが居るってやつか?」
「二人同時に質問は止めて欲しいんだけど……えっと、まずユウマ。会いに行く予定の転生使いはこの村には居ないわ」
「? この村じゃない?」
「この村は異世界のせいで悪影響を受けている村なの。近辺に異世界ができて、その内部の怪物が外に出ているせいで交通の便に影響が出たり、実際村の住民が襲われるのが三件もあったり……まずはその問題を解決する」
「異世界……昨日嬢ちゃんが言っていたスモッグのことか。確かにスモッグ近辺は変な生物の住処になりやすいから、近づくなってのが輸送業の間じゃ常識だが……まさか、あの霧の中から化け物が生まれていたなんて」

 シャーリィの説明を聞いている横で、クレオさんが呟きと共に奥歯を噛む。あんな新常識をシャーリィに叩き込まれておきながら、既にある程度適応している辺り、確かに根は冷静な人なのかもしれない。
 ……それで気になっていた点だが、てっきりこの村にその転生使いが住んで居るから、わざわざ馬車を走らせたのかと思っていたのだが違うらしい。なんか当初の目的と違うから首をかしげてしまう。

『だがシャーリィ、戦力や人手としてを考えると、先にその転生使いを仲間に引き入れた方が良かったんじゃないか? その方がこの村の問題解決も早く安全に済むと思うんだけど』

 その疑問をちゃんと言語化して尋ねてくれるのがベルの有難いところだ。彼女の言う通り、その仲間に引き入れる予定の新たな転生使いを先に仲間に入れ、それからこの村にやって来て問題解決した方が効率的ってやつだ。普段のシャーリィならそうするだろうに、なんで今回は少し回りくどいのだろうか。

「ん、それについて理由は二つ。一つ目は出発前に出した手紙――仲間として助力をお願いするって内容の手紙なんだけど、郵送の都合で恐らくだけどまだその人の元へ届いていないこと。二つ目は勧誘に使える実績が欲しかったってところ」
「勧誘に使える、実績?」
「そ。例えば……“これから色々な村を救いに行きます! まだ救ったことは無いけど、やる気はあります! どうか助力をお願いします!”ってよりは、“一度村の問題解決に取り組んだことがあり、今後もこのような形で辺境の異世界問題に取り組んでいきます! どうか助力をお願いします!”ってな感じで勧誘した方が聞こえが良いでしょ? その実績が欲しかったって訳」

 ……なるほど。言ってしまえばこれは、その人の人生を大きく変えてしまうような長い長い旅への勧誘なのだ。そんな今後の人生を左右する事に、無実績よりは実績がある方が信用できる……といった感じか。

『そういうことか……なら人手不足も仕方ないか。流石にクレオさんを戦わせる訳にはいかないもんな』
「うへぇ、俺さんは戦えないぞ? いや、腕っ節には自信があるし、罠で動物を狩るぐらいならできるけどさ……って、おいおい兄ちゃん、嬢ちゃん、周りを見てくれ」

 クレオさんに言われた通り、周りを見る――までもなく、周囲にはこの村の住民と思われる人々が既に集まっていて、ザワザワと仲間内で小声の会話をしていた。
 なんだろう……歓迎とも少し違うような反応な気がする。“どうすれば良いのか分からない、どう対応すればよいのだろうか”的な反応。

「任せな嬢ちゃん、兄ちゃん。運送業者としての歴は長いんだ。多分あのお年寄りが村長みたいな人だろう。挨拶してくるよ」
「そうね……うん、任せたわ」

 ビッ、と親指を立ててクレオさんは堂々と村長と思われる老人の元へ歩いて行く。そして会話を始め――いや、待て。な、なんかクレオさんが聞き返す動作を連発している……でも会話を続け……いや、“ちょっと待って”と言わんばかりのジェスチャーをして、クレオさんがそそくさと我々の元に戻ってきた。

「ちょっと、どうしたのクレオさん」
『何かトラブルでもあったのか?』
「……えっと、俺さんからもなんて言えば良いんだろうか」

 ボリボリ、とクレオさんは頭を掻きながら、

「……夕飯は山岳でコーヒーを床に描く……とか言われた」

 と、あまりに意味の分からない言葉の羅列を言いはじめた。

「は?」
「???」
『え、えっと……夕飯が、なんだって?』

 で、当然訳が分からなくて頭に“?”を浮かべる我々。この瞬間、この場は酷く話が混沌としていた。

「俺さんだって変なことだってのはわかってるんだよ! え、えっと、夕飯が……あれ、なんだったっけ……」
「クレオさん、多分昨日のシャーリィの講義で疲れてるんだよ、きっと」
「な、なによ私が悪いって訳!?」
『ユウマ、代わりに行ってきてあげてくれ。私もちゃんと聞いているからさ』

 ポケットの中からそう提案されたので、代理で俺が村長のところへ征くのだった。クレオさんがなんか素っ頓狂なことを言っていたけど、まさかそんな意味不明な……

「えっと、初めまして。俺たちはネーデル王国から来ました、ユウマです」
「……? ユーハ、ンガサ、ンガク、コー、ヒーヲユカ、ニカク?」
「な――、え???」

 何今の……なんだ? 今俺は、何を会話した……?

『ッ……ユウマ、撤退。撤退しろ!』
「あ、ああ。ちょっと、ちょっと待ってください……」

 クレオさんと全く同じジェスチャーをしながら、二歩、三歩とすり足で下がってシャーリィ達の元へ撤退する。なんだあれ、意味が分からない。なんだあれ、ちょー怖い。

「どうしたのよユウマ」
「ハァ……ハァ……夕飯が山岳で、コーヒーを床に描いてた……」
「ほらそうだよな兄ちゃん!? 夕飯が山岳だっただろ!?」
「うん、コーヒーを床に描いてた……」
「いやどうしたのよユウマ、言っている意味が全っ然わからないんだけど?」
『言ってる意味がわからないのは私達もだよ。確かにそう聞こえる言葉を返されたんだ』
「……二人は待ってて。私が直々に行ってくる」

 今度はシャーリィが行くらしい。堂々と、またしても同じく村長と思われる老人に話しかける。

「……兄ちゃん、どうなると思う?」
「さあ……俺たちと同じじゃないの?」
『これは担当が変われば解決するとは思えないな……』

 三人それぞれ、ヒソヒソと相談するが、満場一致でお手上げだと結論が出た。そりゃ、あんないきなり会話不能だったら誰も打つ手がねーのである。
 ……と、そんなことをしている間にシャーリィが戻ってきた。足取りは変わらず、表情も特に変化無く帰って来た。これは、まさか……?

『……シャーリィ? どうだった……?』
「……夕飯が山岳コーヒーを床に描くって言われた」
「ほら見ろやっぱりー!」

 うーん、案の場の全滅であった。というか駄目だったならその成し遂げたような凜とした顔で戻って来ないで欲しい。何か失敗したらしい表情をしてくれ。

「でも今ので分かったことがあるわ」
「分かったことって、会話不能ってことかぁ?」
「んなのクレオさんの時点で分かってるわよ! アレは“地域語”ってやつね」
「えっと、地域語……?」
「転生者伝説は前に話したわよね? 彼の者達によって世界は共通言語で統一された……けど、それでも一部にはこうした現地特有の言語が根強く残ってることがあるの。それらをまとめて地域語って呼ばれているわ」
「確かに、違う言語を話す国があるって話は俺さんも聞いたことがありやすが、本当にそんな人が、しかも王国の近くに居ただなんて」
「地域語が根強く残っているのは閉鎖社会――基本的に村の中で需要と供給が成り立っていて外部からの干渉……輸送業なんかが必要ない集落や国だもの。その輸送業で働いていたクレオさんが知らないのは無理もないことよ」
「……なるほど、確かに嬢ちゃんの言っている事は理にかなってる」

 シャーリィの解説にクレオさんと共に納得する……が、そう解説したシャーリィ自身は困惑気味というか、腕を組んで俯いてしまっている。何か疑問点でもあるのか。

「でも……変ね。この村からの依頼はギルマスを介して紹介してもらったのなんだけど、依頼書そのものは共通言語で書かれていたはず」
『? この村の住民は地域語しか話せないのに? 話せないけど文書でなら共通言語を書けるとかか?』
「いいえ、さっき私が尋ねに行った際に筆記で会話を図ってみたけど、この村は共通言語の読み書きが出来ないことは確認済みよ。となると……ギルマスめ、王国の通訳者を介したことを伝え忘れたのかしら。お陰で出鼻を挫かれたじゃないの」

 苦虫でも噛み潰したみたいな表情を浮かべてシャーリィは唸る。とにもかくにも、今話されたのが地域語ってことは分かった……いや、それが分かったところで我々にはお手上げだという事実は変わらない。
 どうしたものか……と、頭を抱えたところでシャーリィがハァ、と一度だけ溜め息を吐いた。

「シャーリィ?」
「……予定変更。今から転生使いに会いに行く」
『! 突然だが、それはどうしてだ?』
「その転生使いならこの“言語の壁”を解決できるかもしれない。その転生使いは魔法使いであると同時に、“通訳者”でもあるの。さっきも口にしたけど私の王国にも何人か居て、地域語に対する学術的な研究――まあ、ザックリ言うなら私達にも分かるように翻訳を仕事にしている人達よ」

 “通訳者”……聞き慣れない単語だが、確かにそれならこの現状をどうにかしてくれるかもしれない。
 ……もっとも、その転生使いが仲間として行動を共にしてくれるのが前提なのだが。

『? “その転生使い”って呼び方をしているが、もしかして相手の名前はわかっていないのか?』
「……ええ、そうよ。その人は転生使いであることを隠してひっそりと暮らしている身だからね。逆に私みたいに転生使いってことを公言している方がレアなのよ」
「えっと、とにかくその人に来て貰って、この村の言葉の通訳して貰う……ってことなんだな?」
「そういうこと。集まったこの村の住民には悪いけど、一旦この村を離れましょう。会話が成り立たない以上、どうしようもないわ」
「ああ、そうだな。兄ちゃん、嬢ちゃん。馬車に乗ってくれ。すぐ出発する。次の目的地はカーレン村で良いんだな? ここから真っ直ぐ北に行けば半日で着くが――」
「いえ、目的地はそこだけど、その前に寄り道して欲しいかな。とにかく、ここを離れるわよ!」

 そんなやり取りを済ませてしまえば、行動に移すのにそう時間は要らない。俺達はそれぞれの馬車に乗り込んで出発に備えた。

『……寄り道? この村以外に寄るところがまだあるのか……?』

 少しだけ慌ただしい中、ベルがポツリと俺の疑問を代弁するかのように呟いていたが、俺も分からない以上答えることはできなかった。
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