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1.5.閑話休題

閑話2 職場見学/日常的なギルドの内風景

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 予定も約束もなんにもない、そんな日の穏やかな朝。先日は全身日焼けと火傷で治療しなきゃならなかったけど、そんなのは朝起きたらもう良くなっていたのだった。
 で、そんな中でなんとなーく日差しをまぶた越しに感じていると、これまたなんとなーく些細なことが気になった。

「……ギルドの人たちってさ、どんな感じに働いてるんだろ。日中のギルドの仕事もよく分からないし、酒場のあの荒れ具合をたったの三人でどう捌ききっているんだろな」
『……さあ? いっつも私たちって外出してるから、あの人達がどう働いているのかは分からないな』
「むぅ……」

 なんとなく聞いた質問に、まあその通りな解答が返って来た。俺と共に外出しているベルが知ってる訳がないのだ。
 そうだな……確かに、外出しないで此処にいれば、ギルドについてもう少し詳しく知ることができるかもしれないな――



 ■□■□■



――と、そんなやりとりがあったもので。

「こうして飲み物を注文している訳です」
「んー、ちょっと待って。突拍子過ぎてちょっと私混乱してる」

 メーラの果汁の入ったジョッキをトレーに乗せて運びながら、レイラさんは眉間に指を当ててそう答えた。
 時間は昼を通り越したぐらい。ギルドとしての仕事はとっくの前に始まっているが、酒場はまだ営業していないから静かだ。

「えっと……つまり、職場見学ってこと?」
「それですそれです」
「なるほどね……でもそれならお客さん側にならなくても良かったんじゃない? 職場見学ならちゃんと見学させてあげたわよ? まあ、仕事の片手間だから付きっきりにはなれないけど」
「それも考えたけど問題はそこなんですよ。見学ってなると仕事の邪魔になりそうだったので、こうやって遠巻きに見学している方が良いかな~っと。ただの興味で始めたことですし。あと日焼けはともかく、火傷の方がまだ完治までしてないかもだったので……」
「あー、そうよね、昨日まで完っ全に怪我人だったものね……むしろなんでそこまで良くなってるの? 若さ?」

 以前の国王の依頼で報酬金はたんまりと貰っているので、料理とか今こうして注文した分は自分で払える。なのでちゃんと客として――迷惑にならない範囲で――座る分には店側として問題ないはず。身内として許可も降りている訳だし。
 怪我に関しては……俺も聞きたい。自分の体についてだけでなく、今日は異世界の近辺調査に向かっているシャーリィに対しても。なんであの子あんなに逞しいの?

「話を戻すけど、別に邪魔だなんて思わないわよ? ユウマ君をお客さんとして見ていたあの頃は断ってたけど、今なら私から断る理由なんて無いし」
「これは勝手な考えなんですけど、客側でギルドの仕事を見てみたかったので。普段通りのギルドを見たかったと言いますか」
「……なるほど、客側の視野でね……ふむふむ。それじゃあついでにお願いしちゃおうかしら」

 レイラさんは俺にジョッキを渡しながら何か閃いたように微笑んで、人差し指を立ててその“お願い”を口にする。

「客側の視点で私達がどんな風に見えてるかとか、不備とか見つけてくれないかしら?」
「不備って……お店の不備とかですか?」
「そそ。サービスの良し悪し、客として気になった点とかそういう店の改善点を見つけて欲しいかなって。ああでも、無理に探さなくて良いからね。それは二の次にして、満足するまで見学してて良いから」

 そう言い残して手をヒラヒラと振ると、レイラさんは厨房の中に入って行った。

「……よし、今日は丸一日ここで見ることにする」
『丸一日だぁ? 流石に迷惑になるんじゃ……』
「大丈夫、金はある」
『あー駄目だ、それ駄目な使い方だよユウマ』
「取り敢えず注文さえしていれば利益的な意味では邪魔にならない筈。ずっと居座ってやる」
『ずっと居座るって……ちなみに、トイレとかは?』
「魔法で誤魔化す。肉料理を頼めばフォークとナイフが出てくるだろ? 鋭めなナイフなら転生は出来る」
『そうか、そうだな。トイレはちゃんと行こうな』

 メーラの果汁を飲みながら作戦会議を終える。
 ……うーん、酸っぱい。暴力的な酸味だ。口から唾液を引っこ抜かれる感覚がして正直痛いぐらいだ。蜂蜜を入れるのはそういう理由か。そのままの味を味わいながら、今更飲み物に蜂蜜を混ぜる。

「でも酸味の中にも風味はちゃんとあるし、ほんのりと甘みもある。蜂蜜を入れると酸味が和らいで風味を味わいやすくなるけど、入れなくてもちゃんと味わえる訳で――」
『……オイ、一体誰に何を語ってるんだ』
「あ……ごめん。いつの間にか声に出してた」

 今は語ってる場合じゃない。今はギルドの三人が普段、どのように働いているのかを見学しよう――



 ■□■□■



「んあぁあああああもぉおおおお!! まーたどっか行っちゃった!!」

――ギルドの仕事見学開始直後。レイラさんの怒りが炸裂した。

『いきなり何事!?』
「……さっき別れたばかりなのに」

 厨房の暖簾を押し飛ばす勢いでレイラさんが飛び出して辺りを見回す。酒場は夕方からなので俺以外に人は居ないのだが、間違いなく十人のうち十人が聞けば振り返る程の大声だった。

「ユウマ君ッ! ギルドマスターを見なかった!?」
「うわぉ迫真。見てないです」

 首を横に振って知らないことを伝えながら答える。怖い。目がマジだ。優しい笑みとかその他諸々は何処へ消えてしまったのか。
 ……と、そんな中でペーターさんが酒瓶の籠を両手で抱えて建物に入って来る。話によると、ペーターさんは毎朝欠かさず業者から酒類を受け取る仕事をしているらしい。バーンさんは厨房の管理を。男二人組は昼以降に酒場の準備を始めるのだ。

「……! ペーター! ギルドマスターが仕事放置して――」
「……西の階段降りた先。子供達に混ざってボール遊び」
「おーけー。バーン、何時もの」
「この流れ……いつも通り」
「よしきた、すぐ戻る!」

 呆れているのかもう諦めているのか、ペーターさんは目を閉じて通りすがりに情報を伝え、厨房からひょっこり出てきたバーンさんは縄を手渡し、それを受け取ったレイラさんが凄まじい勢いで縄を片手に飛び出して行く。

「……転生してたか今? めっっっちゃ速かったんだが」
『レイラは転生使いじゃない筈なんだがなぁ……あ、戻ってきた』
「宣言通りとは恐れ入った」

 僅かな時間で収穫された簀巻きエルフギルドマスターが、レイラさんの手によってテーブルに投げ置かれる。危ない危ない、メーラ汁入りのジョッキを守ってて良かった。蜂蜜の小瓶は今の衝撃で哀れ倒れてしまったが。

「ぬわーっ! 年寄りも楽しみを! 健康の秘訣を奪うのかレイラァ!」
「年寄りが子供に混ざってボール遊びしますか! 自由のための責任責務! キッチリやってもらいますからね!」
「うわぁあああぁあああ……書類の山はもう嫌じゃああああああぁぁぁぁ……」

 哀れ簀巻きエルフギルドマスターはレイラさんの脇に抱えられ、書斎の奥に連行されて行った。きっとギルドマスターが帰ってくることはないだろう……実際、レイラさん一人だけが帰ってきたし。

「これは客視点で見ると高評価で良いのか? 問題への迅速な対応ってことで」
『その問題作ってるのはギルドのお偉いさんだし……マッチポンプみたいなものなんだよなぁ……』

 ……ごめん、レイラさん。評価は難しそうです。



 ■□■□■



 ……時間は夕方、だろうか? 腹時計から推測すると多分それぐらいである。
 鶏の胸肉にチーズと香草を挟み込み、“カヴォロ”という野菜で包んで、“ポモドーロ”のスープに浸した料理を食べながらのんびりと見学を続行していた。
 シャーリィが呪文として唱えそうな名前の食材を使いまくっているので、注文する時は一体何が来るのか想像できなかったが、とても美味しい料理だった。
 具が美味しいしスープもうんまい。余すことなく美味しくいただけた。

「…………」
「……」
「…………む」

 ……なんて言えば良いんだろ。訪れる人が居ないギルドの中は客観的に言うと雰囲気が退屈していた。
 二回ほど来客があってギルドのカウンターを訪れていたが、書類に何かを書いて判子をポン、と押すだけで全てが片付いてしまったので、ほぼ仕事が無いのと同じ状況だった。ギルドマスターのその後は知らない。

『……起きてるか? ユウマ』
「寝てないよ。ただ単にやることが無いって感じ」
『そう言いながらパンをスープに浸すな。とことん味わうな』

 チーズの旨味がスープに溶けてまろやかで、それにパンを浸すとパンまで大変美味でした、はい。

「ふう……ごめんねユウマ君、あんまり見応えの無い職場で」
「いえいえ、俺が興味で勝手に始めたことですし、レイラさんが気を遣う必要は――ん」

 ……と、そんなやりとりをしている所、戸から屈強な見た目をした男が三人入ってくる。
 三人とも腰に剣を帯びていて、何度か死線を潜り抜けてきた身からすると、思わず椅子から腰を僅かに浮かせて臨戦態勢を取ってしまう――一方、レイラさんは少し嬉しそうにその男たちの元へ駆け寄った。

「お疲れ様です。ギルドへのご用件ですか?」
「ああ。鉱山地帯の件を先日終えてきた。次の依頼を紹介して欲しい。出来れば上質な馬車か、移動日数が少ないところで。毎度ツレが馬車酔いするんだよ」
「正直……さっきのも、駄目だ……」
「こんな感じにな。ほら薬飲んでこい薬。酔い止めがあるんだろ? ……失礼、それで用件なのですが」
「オーケー、移動日数が少ない仕事ね……近辺の山の怪物退治、なんてのは大丈夫そう? 馬車はギルド管理下の振動の少ない馬車だし、報酬も今回より高めよ。あなた方なら何度か経験があるみたいだし、どう?」
「ちょっと待ってくれ。……ああ、あのスモッグ周辺の……よし、仲間も問題ないみたいだ。それを頼みたい。仲介料は今回の報酬から引いといてくれ」
「いつもありがとうございます! ……ちなみに、ニガヨモギの煎汁でも持ってきます? 乗り物酔いで酸っぱくなった喉とかに良いらしいから」
「……その代金も、報酬から引いておいてくれ……すまない」
「ごめんよ……うぷ」

 レイラさんが慌てて持ってきたニガヨモギを煎じた汁の入った小瓶を受け取りながら、男たちは礼をしてギルドから立ち去る。
 と、そんな様子を見ていた俺に向けてレイラさんは笑顔でピースサインを向けていた。仕事が大成功、とでも言いたげだ。

「と、こんな感じ~よかった、ちゃんと仕事してるところを見せられて」
「今のがギルドの……えっと、仕事の紹介ってやつですか?」
「そ。あんな感じにフリーランスな仕事人に対して仲介役をするの。農漁業、狩り、あと今回だとスモッグ周辺の異形の生き物? とかの退治」
「異世か――ッ、スモッグの怪物って……大丈夫なんですか!? あんな危険なの一般人が相手にして本当に――」
「大丈夫よ、ユウマ。スモッグ内部ならともかく、周辺なら……まあ、あれぐらい腕に自信があるなら問題ないはずよ」
「! シャーリィ!」

 今出て行った男たちと入れ違うように、シャーリィがギルドに入ってくる。
 キョロキョロと警戒した様子で――書斎へ続く入り口の奥の様子を見て、ホッと一息つくと、俺とレイラさんの元に軽い足取りでやってくる。
 登場して話の割り込みの仕方は格好良かったのだが、相変わらずギルドマスターを警戒している様は日常感すら感じてしまう。

「怪物どもはスモッグ内部を縄張りに生息するんだけど、その縄張りから追いやられた弱小の怪物はスモッグ近辺で彷徨っているの。内部に踏み込める私達が相手にするのがスモッグ内部のボス。彼らみたいな腕っ節の良い連中が相手にするのがその近辺の怪物って感じ」
「あの怪物、外にも漏れ出ていたのか……知らなかった」
「スモッグ絡みで一番実害を出しているのが、外に漏れた怪物に襲われて――ってのだから、優先的に排除されてるの。見る機会が無くても不思議じゃないし、それはむしろ良い傾向よ。失礼、レイラさん。スモッグの報告書を持ってきました」
「解説から何までありがと、シャーリィさん。この後はどうするの?」
「これで小遣い稼ぎもできたし、長期の旅に備えた準備かなぁ。日用品なんだけど、交換前提で安いのを多量に買うか、長持ちする一品にお金かけるかで悩んでるのよね~」

 独り言のように、シャーリィはレイラさんからお金の入った小袋を受け取りながら立ち去っていく。
 ……そうだ、まだ期間はあるがそのうち、このギルドを――いや、この王国を出ないといけないのだ。シャーリィみたいに特別準備がある訳ではないのだが、それまでに心残りになるようなことを済ませておかないと――

「シャーリィさん、やっぱり大人な女って感じよねぇ」
「……えっ? シャーリィは子どもですよ?」
「違う違う、体じゃなくて精神的な方! ……今の発言、聞かれてたらお互い怒られてたかも」

 咄嗟に戸の方を見るが――シャーリィの姿は無し。我々の安泰は保たれた。
 よっこいしょ、とレイラさんは俺の隣に座って遠くをぼんやりと見つめているのだった。

「……何かあったんですか?」
「何も無い……いや、何も無いってのが問題かなぁ。シャーリィさんはこう、未来を見て動けているでしょ? これから自分がやること、それに必要なこと――そういうのを計算して日々過ごしてるのを見ていると、“ああ、私ってまだまだ子どもなんだなぁ”って思っちゃってさ」
「それなら俺はもっと子どもですよ。計画なんてこれから食べる今日のご飯のことしか考えてないですし」
「お? それは私への慰めかしら? フフ、私から見ればユウマ君なんて子どもの子ども、弟分に見えてるからねぇ~うりうり」
「……地味にこめかみが痛いんですけど」

 親しみ深そうに、片側の頭をグリグリとされる……けど力加減が少し痛いですレイラさん。
 だけど、これからやる未来と、それに必要なことの計算かぁ……俺もちゃんとその辺を出来るようになった方が良いんだろうな。例えベルの助けがあったとしても。

「でも、それに気がついたってことは、レイラさんも十分凄いんじゃないですか? ほら、自分で失敗とか問題に気がつけて、ここを見直さなきゃな~とか、そういう考えが出来るのは凄いことですよ。これから考えていけば良いんですから」
「……これから、ねぇ」

 外の様子を長めながら、レイラさんは呟く。思いに耽っているのか、返事はぼんやりとしていた。

「……ごめんなさいね、ユウマ君」
「? レイラさん……?」

 ……なんか、不穏な風。
 こう、“これから大変なことになるぞ”と虫の知らせを感じて、鳥肌が立った。

「……これから、明日のことを考える暇なんてないかもしれない」

 そう答えるレイラさんの瞳は、とてもとても、遠い。
 そんな彼女への返事は、ガヤガヤとした喧噪と共に開けられたギルド――いや、酒場の戸の音だった。



 ■□■□■



「――ステーキ三人前! ……エールもすぐ用意する」
「ちょっと僕、空き瓶捨ててくる! 保管庫が瓶の山みたいになってるぞ……!」
「はいおまちどうさま! エールは少々お待ち下さいね!」

 中身も方向性もない喧噪の中、明確に指示とか受け答えが聞こえてくる。
 時間は夜。今日の酒場は絶好調だ。客の数は昼の比じゃない程の人数だ。テーブルは隙間なく人で埋ってるんじゃないかと、ここからではそう見えた。

「えっと――はい、エール三人前! どうぞ!」
「お、なんだ坊主、ギルドの新入りか?」
「臨時の働き手ですよ……!」

 そんな中、俺も慌ててエールのジョッキを三人分、客の目の前にトントントンと並べていく。
 ……忙しそうに働くギルドの三人をずーっとみて、流石に同情の念が、不幸にも俺の心の中に湧いてしまった。その結果、俺までこんな感じに、まるで走り回る子どものように、各場所へ食べ物や飲み物を運んで回っているのだった。

「ごめんね……! 本当に、ごめんねユウマ君……ッ!」
「いいんです……はい、良いんです……」

 こんな忙しい環境に苦しんでいるレイラさんは悪くないし、仮に悪人を決めるとしたら変に同情して手伝いを立候補した自分なのだ。
 ……ああ、確かに。これだと未来の自分なんて考えている暇は無い。次の注文のことで頭がいっぱいだ。

「すんませーん! エール四杯! いや、六杯! 頼んだ!」
「はーい! ただ今いきまーす! ッ、ぜぇ……こんな大声出すの滅多に無いぞ……」

 こんな大声を出して喉を酷使するのは初めてな気がする。
 喧噪に耳をやられながら脳味噌と目を回し、夜が更に深くなるまで、俺は酒場を駆け巡るのだった……

『……本当、なにやってるんだか。やっぱりユウマはおばかだよ』

 何だと貴様。
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