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暗闇を照らしてくれたのは明るい太陽でした。

新たな一面

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 俺は今、ホテルのエレベーターの中にいる。
 ここに向かうまで煌びやかなロビーが、ホテルの品格を表しており、堂々と歩くことなんて出来なかった。
 すれ違う人は、いかにもお金持ちという雰囲気が出ていて、ホテル関係者は「お帰りなさいませ」と鈴音に頭を下げていた。
 やっぱり鈴音は、社長令嬢なんだな。

「なあ、俺は鈴音がこんなハイスペック女子なんて知らなかったぞ……」

「はい、私言ってないので」

 というかなんで黙ってたんだよ。
 もっと早くに説明してくれても良かったんじゃないか?
 うーん、わからない。
 
「すいません翔太さん、ちょっとしたドッキリです」

 こちらを振り向き、ウィンクをする。
 可愛い、控えめに言って可愛い。
 ただそれどころではない。
 あまりに緊張して心臓が痛いし、吐きそうだ。
 極限まで緊張すると人間ここまで気分悪くなるのか。
 エレベーターの中は、自分の姿が反射するほどに磨かれた生成きなり色のタイルに金の手すり、背後には天井まで届くくらいの大きな鏡と、いかにも高価な内装だった。
 というかエレベーターガールなんて初めて見たぞ。本当に実在したんだ。

「なあ、俺こんな普通の格好だけど大丈夫か? 物凄く場違いだぞ……」

 黒のデニムに白のパーカー、ここに来ると知っていたらもう少しましな格好をして来た。

「大丈夫です、私もそこまでしっかりした格好って訳では無いので」

 鈴音は大丈夫かもしれないが、俺はもう限界だ。
 誰も俺の事なんて気にしていないと思うが、どうしても周囲の視線が気になってしまう。
 エレベーターから、到着のベルが鳴る。
 心の準備が出来てないが、扉はそれを待ってくれない。
 視界が開けるとそこには、一人の長身の男性が優雅な姿勢で立っていた。
 スーツに関して詳しくない俺でも一目見ればわかる。
 ネイビーのスラッとした形のスーツ、ズボンには余分なシワが一つも見当たらない。
 革靴は輝いて見えて、いかにも高そうだ。
 自分とは別次元の姿に後ずさりそうになる。
 
「初めまして、渋谷翔太くんだね? 私は鈴音の父、相川千尋あいかわちひろと言います。いつも娘がお世話になってるよ」

 物凄く落ち着いた雰囲気で、ダンディとはこういう人のことを指すんだと気付かされた。
 一瞬だが、本当に鈴音の父親なのかと疑ってしまった。

「は、初めまして。いつも娘さんにお世話になっています」

 あまりの緊張で噛んでしまった。
 普段丁寧に話すことなど無いため、何が正解なのかもわからない。
 こんな在り来りな返答でよかったのか。

「まあ、そんなに緊張なさらず。私の事は千尋でいいので」

 気遣って貰えるのは嬉しいが、かえって緊張する。

「ねえ、お父さん。あんまり翔太さんを緊張させないでよ。普段通りでいいじゃん」

「でも初対面だし、第一印象って大切じゃないか」

「お父さん!」

 家の中ではこんな感じなのか、新たな一面をしれたような気がした。
 
「ごめんね、翔太くん。いつも娘が迷惑かけてるだろ?」

「いや、そんなことないですよ。料理を作ってくれたり、こちらの方が迷惑をかけてますよ」

「そうか、それならいいんだ。これからもよろしく頼むよ」

 そう言って軽く頭を下げる。
 動作ひとつをとっても綺麗だ。

「それじゃあ、これから仕事があるのでこれで失礼するよ」

 そう言って、エレベーターへと乗り込む。
 扉が閉まるのを確認すると、ホッと一息つく。

「緊張しました?」

「めっちゃ緊張した。あんなダンディーな人が現れるとは思わなかった……」

「まあ、初めてだったんで丁寧でしたけど、普段はもっとフランクですよ」

 あの姿からはなかなか想像できない。
 そんなことを考えながら、鈴音の部屋へと向かっていく。

「翔太さん、二分だけ待ってください」

 そう言って、鈴音は部屋の中へ入っていく。
 まあ、女の子だしそういうのは気になるよな。
 廊下で待っている間、周りを眺める。
 所々に、絵や壺が飾ってあった。一体いくらするのだろう。
 一分も立たないうちにドアが空いた。

「入って大丈夫ですよ」

 中へと案内される。
 ピンクを基調とした家具や壁紙、普段の鈴音のイメージとは少し違い、可愛らしい部屋だった。
 さすがお嬢様、ベッドが大きい。
 大人二人が寝ても十分なくらいある。

「可愛い部屋だな」

「ほんとですか? ありがとうございます!」

「とてもじゃないけど一時期、パーカーとジャージばかり着てた人間の部屋とは思わないな」

「翔太さん、そういうのは失礼ですよ。まあ、確かに否定できませんけど……」

 鈴音は少し肩を落としていた。
 さすがに冗談とはいえ、言いすぎただろうか。

「ごめんね、つい可愛いから」

「もしかして翔太さん、私に可愛いとか好きだよとか言ったら機嫌よくなると思ってました?」

「いや、そんなことないと思うよ?」

 はい、正直思っていました。
 さすがに「可愛い」と言っただけでは機嫌を直してくれなかったか。

「実は正解です。私それだけでなんでも許せちゃう単純な子だったらしいです」

 鈴音は耳まで赤くしていた。
 その姿が愛おしくてたまらない。
 この気持ちをどう表現したら伝わるのだろうか。
 彼女をそっと抱きしめる。これが今の自分の答えだ。

「翔太さん、もっと強くしてください」

「うん、わかった」

 その華奢な体が折れそうなくらい強く抱きしめる。
 静穏なひと時に安らぎを感じていた。
 しかし、それでもまだ足りない。溢れる思いを伝えきれない。
 密着している体を話すと、自然と目が合う。
 そこにもう言葉はない。瞼を閉じ、互いに顔を近づける。
 あと少し、あと少しで──

「おーい、今大丈夫かな?」

 ノックとともに、ドア越しから重みのある声が聞こえる。

「仕事がキャンセルになったから食事でもどうかな?」

 返事を聞こうと鈴音の方に視線を戻すが、鬼のような形相で扉を睨んでいた。
 あ、これ完全に怒ってる。というかこんなに怒った鈴音を見たことがない。
 「チッ」と小さく舌打ちまでしていた。こんな可愛い女の子でも舌打ちするんだな。

「お父さん……後で覚えておいてね」

 壊れるくらいの勢いで扉を開け、一人先に向かう。
 千尋さんの目が点になっていた。どうして怒っているのか分かっていないんだろう。

「私が何かしたかな?」

「千尋さんは何も悪くないですよ。ただ、タイミングが悪かっただけです。」

 理由はわかっているが、それを教えるわけにはいかない。
 さすがに恥ずかしいし、鈴音が起こるだろう。
 食事の間もなぜ怒っているかと鈴音に聞いていたが、その度に千尋さんを睨みつけている。
 その後鈴音は、帰る直前まで機嫌が悪かった。
 帰ろうとすると、鈴音は「今日は泊まってく」と言って家を出ていこうとするが、さすがに千尋さんの前で「いいよ」とは言えないので、駐車場の入り口で別れる。
 なんというか衝撃的な一日だった。


 
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