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第一章 幼少編
006「ベクターの日記」
しおりを挟む——私の名はベクター・シュタイナー。
シュタイナー領の領主をやっている下級貴族の者だ。
私には五歳の息子がいる。名前はカイト・シュタイナー。私と同じ黒髪で素直ないい子だ。
そんな私の息子が最近、なにか様子がおかしい。
いや、最近どころか、生まれてすぐに息子は少し他の子とは違う『何か』を感じていた。
その『何か』というのをうまく説明できないが、わかりやすい言い方だと『子供らしくない』ということだ。特にそれを感じるのは普段の何気ない会話のときだ。
話すと、ハキハキと答え、愛らしい屈託のない笑顔を見せるので外から見れば『素直な良い子』に見えるが、私にはそれすらも『演技』ではないかと感じるのだ。
ただ、それは「私たちを騙して何かよからぬことを考えている」という意味での演技ではなく、どちらかというと「私たちに余計な心配をかけさせたくない」という意味での演技のように思うのだ。
妻のジェーンにその話をすると、妻も私と同じように感じるところがあると言っていた。ただ、そんな思いは息子に対してあまりにも非道いと感じていたらしく、また、私も同じことを思っていたのかどうかわからなかったので口に出せず一人で悩んでいたと言っていた。
それから私と妻は息子に私たちの疑念を悟られないよう接する努力をした。幸い、息子も私たちが何か勘繰っているという風には特に感じていないようだった。
そんなちょっとした疑念を息子に感じていた矢先⋯⋯⋯⋯事件は起きた。
それは、カイトが三歳の時だった。
深夜、突然巨大な魔力を感じた私と妻は一緒に目を覚ました。そして、その巨大な魔力の存在を探していると、それは私の書斎からであることがわかった。
急いで書斎へと行き、ドアを開けると本が散らかった状態になっており、さらにベランダの方を見るとそこにカイトが倒れているのが見えた。
私と妻は慌ててカイトのところへ行った。どうやら息はあるようなので気絶しているだけのようだったが、それを見た私と妻はカイトが『ただの気絶じゃない』ということを察知した。
カイトは⋯⋯⋯⋯『魔力切れ』を起こし気絶していたのだ。
私と妻はあまりにも『あり得ない気絶』をしているカイトに呆然とした。魔力切れを起こして気絶したということ、それはつまり⋯⋯⋯⋯『三歳で魔法が使えるという事実』を示していたからだ。
それだけでもあり得ないことなのだが、しかし、カイトの倒れた現場の痕跡を見ると、それは⋯⋯さらにあり得ない『仮説』を浮上させた。
魔力切れを起こして気絶したカイトの横に転がっている一冊の魔法書——それは選ばれた者しか扱えない『超級魔法』の魔法書だった。
「あ、あなた⋯⋯まさかカイトが魔力切れを起こしたのって⋯⋯」
「なっ!? 何を言ってるんだ、ジェーン! そんなことあるわけないだろ! カイトは三歳なんだぞ! そもそも魔力切れで気絶などあり得なん! 何かの間違い⋯⋯我々の勘違いに過ぎんっ!」
「で、でも! その⋯⋯倒れているカイトの横にある魔法書⋯⋯これって⋯⋯」
「そ、そんな⋯⋯そんなことあるわけないだろっ! 君は、カイトが超級魔法を発動させたから魔力切れを起こしたとでも言いたいのか! そ、そんなこと⋯⋯そんなこと⋯⋯ある⋯⋯わけ⋯⋯」
「⋯⋯あ、あなた」
結局、私も妻もその『仮説』を「単なる私たちの勘違い」として、すぐに頭の中から消し去った。
次の日——私たちはカイトに「難しい本を読んで目を回して倒れるようなことはしちゃダメだぞ」と言ってカイトが魔力切れで気絶したことに関しては知らないフリをした。
カイトが「バレたか?」とでも言いたげな表情をうまく隠しながら私たちを見ているように感じたので、私と妻は昨日の衝撃を顔に出さないよう必死に隠し冷静を装った。
カイトには気づかれていないようでホッとしたが、しかし、昨日の一件と今のカイトのわずかな表情を見て私と妻は確信した。
カイトは三歳という年齢ですでに魔法を習得していると。
*********************
私と妻は、カイトが隠しているのはこの『独学での魔法習得』のことだと確信した。
どの程度の魔法を習得しているのかはわからないが、少なくとも独学で魔法を習得したことがそもそも前代未聞⋯⋯あり得ないのだ!
しかし、あのベランダで倒れていたカイトは間違いなく『魔力切れ』による気絶だった。それは間違いない。となれば⋯⋯⋯⋯カイトが魔法を使えるというのは信じられないがれっきとした事実なのだ。
この世界では魔法の才がある者は将来プラスになることが多いので、カイトのその事実は喜ばしいことではある。ただ、一つだけ⋯⋯一つだけ⋯⋯懸念材料がある。それは、
「超級魔法⋯⋯よね?」
「ああ、そうだ」
そう『超級魔法』の存在だ。
カイトの倒れていた横にあった超級魔法の魔法書⋯⋯。もし、現場の推察どおりであればカイトは超級魔法を発動させたのが原因で魔力切れを起こしたことになる。ということはつまり、カイトの魔力は三歳の時点ですでに超級魔法を発動できるほど、とんでもない魔力量を秘めていることを意味する。
それは、私と妻が一度無理矢理頭から消し去った『仮説』だった。
「もし、その『仮説』が真実なら⋯⋯それが公にバレた時カイトの身柄は危うくなるやもしれん」
「⋯⋯そうね。まだ、私には信じられないけど」
私たちは悩んだ結果、一度自分たちからカイトに話をしようとした。だが、
「いえ、待ちましょう、あなた。カイトのほうから私たちに言ってくれるのを⋯⋯」
私は妻の提案を受け入れ、カイトが自分から私たちに告白するのを待つことに決めた。
しかし、その後、カイトから私たちに告白することがないまま⋯⋯⋯⋯二年の月日が流れた。
「ジェーン。君には悪いが、やはりどうにかしてカイトから聞き出したいのだがいいだろうか?」
「⋯⋯そうね。あの子、二年経っても魔法が使えるような素振りを全く見せないんだもの。どうせなら早めに聞き出して⋯⋯⋯⋯いろいろ応援してあげたいじゃないっ!」
妻はどうやら、こんな幼いうちから魔法が使えるカイトを褒めたくて褒めたくて仕方がないようだった。まったく⋯⋯⋯⋯まあ、私もカイトを褒めて褒めて褒めまくりたいのは妻と一緒だがな。
「よし、ではどうだろう? 騎士団長のあいつにカイトの調査依頼を頼むのは?」
「あ、いいわねー。彼なら適任ね。あ、でも、彼が来てもカイトにうまく誤魔化されるんじゃないかしら?」
「ふむ、大丈夫だ。頼むのはあいつに⋯⋯ではない。頼むのはあの天才上級魔法士の⋯⋯」
「ああ! なるほど、そういうことね! たしかにあの子なら打って付けかも!」
そうして、私はすぐに騎士団長宛に『家庭教師を装っての息子の調査依頼』を指名依頼という形で依頼をかけた。
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