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三章

48話 世界の敵

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 グレイとメィシーが、押し寄せる敵の大群へと駆ける。その光景を見ていたレオンは、震える手で、剣を握りしめた。
「……はは、正気の沙汰じゃないな。――リセナ、オレも出るよ」
 あの二人と同じように戦えるとは、到底思えない。しかし、自分がリセナを置いて逃げるなんて、彼にはありえないことだった。

 彼女は、レオンの背に手を当てながら戦況を見守る。グレイは地上を、メィシーは空を、大まかに分担して襲い来るものたちを迎え討っている。
 そんな中、こちらの攻撃を掻い潜って走る猟犬のようなものが目に入った。
 顔の中心に大きな単眼を持つそれは、まだ遠くにいるはずなのに不思議とこちらを見つめているのがわかる。

 すると、突然、リセナの背後で唸り声がした。

「――!?」

 先ほどまで遥か前方にいた猟犬が、彼女の背後に転移してその首筋に飛びかかる。
 首飾りの防御魔法が発動し、猟犬は光の盾に弾き飛ばされたが、彼女はその特異な能力に驚愕した。

「っ、目を合わせないで!」
 レオンへと叫ぶ。
 彼は猟犬へ剣を振るい、反撃に出た。
 ――なんだ今のは、全く反応できなかった……!

 得体の知れない敵への戸惑いは、前線にいるメィシーも同じだった。
 空を飛ぶ異星生物を片端から撃ち抜いていると、なんの前触れもなく、視界がぐにゃりと歪む。

 ――っ……! 一体どれの仕業だ……!?

 治まる気配もなく、魔力も限界を迎えていた。空と地平線の境も曖昧なほど歪んだ視界で、彼はリセナの元へ走る。

 猟犬を倒したレオンが、彼と入れ違いで前へ出る。メィシーが魔力増幅アンプリフィエを受けようとした矢先、それは姿を現した。

 彼の背に、無数の、細い糸が絡みついている。先の方には、その禍々しい翅では支えきれないほど体が膨れ上がった、蝶のような生き物が取り付いていた。

「あ――」

 リセナがその存在を視認し、メィシーの背に悪寒が走った直後、それは中に詰まった矢じりほどの針をぶちまけながら破裂する。リセナの眼前を襲った針は、いとも簡単に二つ目の防御魔法を消費させた。

「リセナ――!」

 避けきれずに肩に刺さった針を抜きながら、メィシーが未だに歪んだ視界で彼女を探す。

「メィシーさん! 大丈夫です! でも、もう……これで、防御魔法は全て使い切りました」

 それは、これまでに二度も、致命傷となる攻撃が彼女を襲っていることを示していた。魔力増幅アンプリフィエを受け、徐々に視界が正常化するのを感じながらも、メィシーの表情は晴れない。

「リセナ、もう、これ以上は……」

 最前線では、グレイすら異星生物を相手に苦戦していた。自在に伸縮する、漆黒の帯の塊が、触手のように彼の体を縛り動きを封じる。

「っ……」

 その頭上で、体まで口が裂け広がった巨人が拳を振り下ろした。

「――!」

 グレイが、魔力で編んだ鎧を一瞬だけ解除して拘束との隙間を作り飛び退く。巨人の拳がかすめた額から血が流れるが、構わず二体の異星生物に剣を叩き込んだ。

 敵を仕留め、後退してくるグレイ。彼の姿を認めて、リセナは迷いを捨て踏み留まった。

「いえ、想定よりこちらが押してる……!
魔力増幅アンプリフィエの出力を上げます!」

 メィシー出撃の直後、同時に戻ってきたレオンとグレイの背に手を当てる。わずか一秒。それで魔力の充填を完了させ、リセナは、地を蹴って飛び出して行く彼らの背中を押した。

 心臓に痛みが走る。全身の血管も、魔力回路も、焼けるように熱い。しかし、無限にも思える戦いに終わりが見えてきた。視認できる限りでは、残り、五体。

 リセナは門を見やる。

 ――もう、敵の流出も止まった……!

 しかし、そう思ったのも、つかの間のことだった。門の中から、ぼたぼたと青黒い溶岩状のものを垂らしながら、巨大な腕が伸びてくる。今まで見た巨人など比べ物にならない、超巨大なその体躯。

「――――」

 それは、たった一体で、門を通り抜けるのも難しいほどの大きさをしていた。関節を異様な方向へ曲げ、じりじりと、こちら側へ這い出でようとしている。地に落ちた体の一部が、大地を溶かして大穴を開けた。

 同時に後退してきたグレイとメィシーも、今までとは桁違いの相手に目を見張る。それでも、リセナが二人の背に触れようと、手を伸ばした時――

 彼らの足元に落ちていた影から、無数の目が開いた。

「――!?」

 途端に影は形を変え、彼らを丸く取り囲み、その範囲にかかる重力が急激に増していく。あまりの重さに、二人は武器を取り落とし、地面へと押し潰されないようにするのがやっとだった。

 メィシーの口の端を、血が伝う。
「っ、く……!」
 強すぎる重力に、全身が悲鳴をあげていた。

「ッ……!」
 グレイでさえも、体を動かせず、苦痛に耐えるばかりだ。

 脱出できるほどの身体強化には魔力が足りない。魔力増幅アンプリフィエを使えば、あるいは――。

「メィシーさん……グレイ……っ」

 このままでは二人が死んでしまう。震える声で手を伸ばそうとする彼女を、グレイは強く拒絶した。

「来るな」

 影に近づけば、巻き添えになりかねない。彼は、これ以上リセナが命をかけることを、許してはくれなかった。

 遠くでは、門の中から、依然として巨人が這い出ようとしている。

 その時、レオンは、一体を倒した直後に吐いた血を拭って巨人を見上げていた。臓器についた傷が開いてから、それなりの時間が経ったが――彼が、一番、異星の門に近い場所にいた。

 巨人が手をついた場所が、青黒いものに侵され溶けて霧散する。

 ――今の魔力量で、アレを倒せるか……?

 いや、考えるまでもなかった。そこには、圧倒的な力の差がある。

 ――無理だろうな……。でも、体も限界だ。リセナの所に戻る余裕がない……。

 遠目から見ても、グレイとメィシーが動けないことはわかった。まだ、異星生物は他にも残っている――。レオンは、彼女を振り返ると、迷わずに叫んだ。

「リセナ、逃げろ!」

 状況は最悪だ。絶望を、絵に描いたようだった。

 ――これで立ち向かっても、勝てないだろうな。

 そう、確実に、思うのに。

「……でも、時間稼ぎとか……。少しは、リセナのために、なったりするかな……」

 なんの保証もないけれど、真っ暗闇の隙間から、彼の行動原理が顔をのぞかせる。リセナとはじめて会ったとき、自分のクッキーを彼女に差し出したのと同じくらいの調子で、自然と体が動く。

 彼は、走り出す。前へ。言うことを聞かない体で、無理矢理にでも。ありったけの魔力を、炎の剣に込めながら。
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