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前編 異変
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二人の新居――早く一緒に住みたいからと、新築ではなく空き家を掃除して住んでいる家は、ライランド邸とシーリグ邸のちょうど中間地点くらいにあった。
リセナたちが家の前で馬車から降りると、玄関の前に見知った男性が二人立っていた。一人は、長い金髪をひとつにくくった中性的な美男子――エルフのメィシー。もう一人は、鎧と同じ黒い髪を無造作に後ろへなでつけた、大柄な美丈夫――暗黒騎士のグレイ。
はじめはそれぞれの目的のために、リセナの魔力増幅の能力を得るため現れたのだが――レオンいわく『簡単にリセナに惚れて恋路を邪魔してきた顔の良いクソ野郎』である。
レオンが思いきり顔をしかめる。
「うわっ、なんでお前らがいるんだよ!」
メィシーが、レオンではなくリセナに答える。
「今日は、あなたのお父様と打ち合わせがありまして。シーリグ邸へ向かう前に、ご挨拶をと思って立ち寄ったんです」
「ああ、今日でしたね。父も、エルフの里長と直接話せるって楽しみにしてました」
彼は、これまでの閉鎖的なエルフの里長とは打って変わって、人間と協力して技術を発展させていこうとしている。それで(リセナが好きなので)シーリグ商会と交易や知識の交換を行っているのだ。
隣にいるグレイは、リセナが見上げてもなにも言わない。彼は話しかけないと、なかなかしゃべらないのだ。
「えっと、グレイも、おかえりなさい。実家の方で部屋を空けてあるので、直接そっちに行って大丈夫ですよ」
彼は、元魔王軍の暗黒騎士だが、魔王亡きあとはリセナの騎士として(彼女は平和的に解決してほしいと思っているが)魔物や魔族を制圧して回る旅をしている。それで、たまに、彼女の元へ休養に帰ってくるのだ。
どちらも、レオンは、気に入らない。
「じゃあ、さっさとシーリグ邸へ行ってくれ」
冷たく吐き捨てるレオンに、メィシーは肩をすくめた。
「まあまあ。きみたちの為になりそうな話を持ってきたんだ。お金が入り用なんだろう」
「それは、そうだけど」
「国が出してる、新しい討伐依頼を耳に挟んでね。南へ向かう街道で、ゴーレムの群れが道を塞いで困っているらしい。大勢で挑まないといけない分、賞金はかなりの高額だったよ」
「ゴーレムか……。オレの魔力、炎属性だから、ああいう岩っぽいやつと相性悪いんだよなあ」
すると、リセナの“直接実家に行って大丈夫”には答えなかったグレイが、彼女に手を差し出す。
「魔力を回してくれ。……そいつらなら、魔力増幅さえあれば殲滅できた」
「えっ、一人で挑戦したんですか!? ただでさえ各地で戦って回ってるのに、無茶しないでくださいよ」
魔力増幅を使うには、対象者に触れる必要がある――リセナが彼に触れようとする手を、レオンがつかんでやめさせた。
「えっ、レオ?」
「触っちゃダメ。オレが倒すから。メィシー、詳しい場所を教えろ」
「それはいいけれど……グレイを連れて行かなくて大丈夫かい? 僕はあまり時間がないから、同行できないよ」
「お前らの助けなんかいらないよ。最近は、オレとリセナの二人でちゃんと魔物討伐できてるんだから」
「そう……。くれぐれも、彼女に無理をさせないようにね」
「言われなくてもわかってる!」
リセナを二人から隠すように抱きしめて、ふんと鼻を鳴らすレオン。
相変わらず仲が悪いなあと、彼女は苦笑した。
◆
岩で出来た巨人が、十体、そこかしこにいる。
それを遠目に確認して、リセナは栗毛馬から降りようとするのを一旦やめた。
「ちょっと多くないですか……? グレイが五体倒したって言ってましたけど、その倍ですよ?」
彼女の前にいたレオンは、ぴょんと馬から飛び降りる。
「とにかくやってみようよ! ヤバかったら逃げるからさ」
「じゃあ、あと、もうちょっと。あなたの容量ギリギリまで魔力増幅を使わせてください」
リセナがレオンの手をにぎる。リセナもそうだが、彼は精神状態が魔力の巡りに直結するタイプなので、彼女と結婚してからは別人のようにやたらと強くなっているのだ。
「じゃあ、行こうか!」
レオンが、腰に差していた柄だけの剣を抜いて魔力を流す。たちまち炎の剣身が現れると、彼は身体強化の魔法をかけてゴーレムの方へと走り出した。
リセナも、戦闘の巻き添えにならない範囲で、いつでも彼が後退してこられる距離まで付いていく。立ち止まって開戦を見守っているとき、彼女は、ふと自分の異変に気づいた。
――あれ……心臓が、まだ、ドキドキしてる。まただ。
魔力増幅により、大量の魔力を循環させる必要があるとき、心臓はその鼓動を早める。走った後も頻脈が続くように、短時間であればこれは普通のことなのだが。
――最近、多いなぁ。そんなに無理してないのに……。でも、お医者さんに診てもらっても、命に関わるような異常はないって言われたし……。
少し離れたところでは、レオンが、思ったよりも簡単にゴーレムを倒せてはしゃいでいる。
「リセナ! これ行けそう! 魔力ちょうだい!」
「はい!」
平気なふりをして、彼女は答えた。
――まあ、レオも楽しそうだし。長くても数分で元に戻るし、放っておいていいか……。
その、三十分後。全てのゴーレムを倒したレオンは、歓喜してリセナを振り返った。
「ははっ、やったよリセナ! なんだ、大したことないじゃん!」
「ええ、おつかれさまです」
返される微笑みが、なんだか弱々しいことに、彼はようやく気付く。
「リセナ……? どうしたんだ?」
「ちょっと、動悸が、元に戻らなくて……」
「えっ!?」
彼女の呼吸が荒い。レオンは血相を変えてリセナを抱え上げると、遠くに待機させていた馬のところまで走った。
リセナたちが家の前で馬車から降りると、玄関の前に見知った男性が二人立っていた。一人は、長い金髪をひとつにくくった中性的な美男子――エルフのメィシー。もう一人は、鎧と同じ黒い髪を無造作に後ろへなでつけた、大柄な美丈夫――暗黒騎士のグレイ。
はじめはそれぞれの目的のために、リセナの魔力増幅の能力を得るため現れたのだが――レオンいわく『簡単にリセナに惚れて恋路を邪魔してきた顔の良いクソ野郎』である。
レオンが思いきり顔をしかめる。
「うわっ、なんでお前らがいるんだよ!」
メィシーが、レオンではなくリセナに答える。
「今日は、あなたのお父様と打ち合わせがありまして。シーリグ邸へ向かう前に、ご挨拶をと思って立ち寄ったんです」
「ああ、今日でしたね。父も、エルフの里長と直接話せるって楽しみにしてました」
彼は、これまでの閉鎖的なエルフの里長とは打って変わって、人間と協力して技術を発展させていこうとしている。それで(リセナが好きなので)シーリグ商会と交易や知識の交換を行っているのだ。
隣にいるグレイは、リセナが見上げてもなにも言わない。彼は話しかけないと、なかなかしゃべらないのだ。
「えっと、グレイも、おかえりなさい。実家の方で部屋を空けてあるので、直接そっちに行って大丈夫ですよ」
彼は、元魔王軍の暗黒騎士だが、魔王亡きあとはリセナの騎士として(彼女は平和的に解決してほしいと思っているが)魔物や魔族を制圧して回る旅をしている。それで、たまに、彼女の元へ休養に帰ってくるのだ。
どちらも、レオンは、気に入らない。
「じゃあ、さっさとシーリグ邸へ行ってくれ」
冷たく吐き捨てるレオンに、メィシーは肩をすくめた。
「まあまあ。きみたちの為になりそうな話を持ってきたんだ。お金が入り用なんだろう」
「それは、そうだけど」
「国が出してる、新しい討伐依頼を耳に挟んでね。南へ向かう街道で、ゴーレムの群れが道を塞いで困っているらしい。大勢で挑まないといけない分、賞金はかなりの高額だったよ」
「ゴーレムか……。オレの魔力、炎属性だから、ああいう岩っぽいやつと相性悪いんだよなあ」
すると、リセナの“直接実家に行って大丈夫”には答えなかったグレイが、彼女に手を差し出す。
「魔力を回してくれ。……そいつらなら、魔力増幅さえあれば殲滅できた」
「えっ、一人で挑戦したんですか!? ただでさえ各地で戦って回ってるのに、無茶しないでくださいよ」
魔力増幅を使うには、対象者に触れる必要がある――リセナが彼に触れようとする手を、レオンがつかんでやめさせた。
「えっ、レオ?」
「触っちゃダメ。オレが倒すから。メィシー、詳しい場所を教えろ」
「それはいいけれど……グレイを連れて行かなくて大丈夫かい? 僕はあまり時間がないから、同行できないよ」
「お前らの助けなんかいらないよ。最近は、オレとリセナの二人でちゃんと魔物討伐できてるんだから」
「そう……。くれぐれも、彼女に無理をさせないようにね」
「言われなくてもわかってる!」
リセナを二人から隠すように抱きしめて、ふんと鼻を鳴らすレオン。
相変わらず仲が悪いなあと、彼女は苦笑した。
◆
岩で出来た巨人が、十体、そこかしこにいる。
それを遠目に確認して、リセナは栗毛馬から降りようとするのを一旦やめた。
「ちょっと多くないですか……? グレイが五体倒したって言ってましたけど、その倍ですよ?」
彼女の前にいたレオンは、ぴょんと馬から飛び降りる。
「とにかくやってみようよ! ヤバかったら逃げるからさ」
「じゃあ、あと、もうちょっと。あなたの容量ギリギリまで魔力増幅を使わせてください」
リセナがレオンの手をにぎる。リセナもそうだが、彼は精神状態が魔力の巡りに直結するタイプなので、彼女と結婚してからは別人のようにやたらと強くなっているのだ。
「じゃあ、行こうか!」
レオンが、腰に差していた柄だけの剣を抜いて魔力を流す。たちまち炎の剣身が現れると、彼は身体強化の魔法をかけてゴーレムの方へと走り出した。
リセナも、戦闘の巻き添えにならない範囲で、いつでも彼が後退してこられる距離まで付いていく。立ち止まって開戦を見守っているとき、彼女は、ふと自分の異変に気づいた。
――あれ……心臓が、まだ、ドキドキしてる。まただ。
魔力増幅により、大量の魔力を循環させる必要があるとき、心臓はその鼓動を早める。走った後も頻脈が続くように、短時間であればこれは普通のことなのだが。
――最近、多いなぁ。そんなに無理してないのに……。でも、お医者さんに診てもらっても、命に関わるような異常はないって言われたし……。
少し離れたところでは、レオンが、思ったよりも簡単にゴーレムを倒せてはしゃいでいる。
「リセナ! これ行けそう! 魔力ちょうだい!」
「はい!」
平気なふりをして、彼女は答えた。
――まあ、レオも楽しそうだし。長くても数分で元に戻るし、放っておいていいか……。
その、三十分後。全てのゴーレムを倒したレオンは、歓喜してリセナを振り返った。
「ははっ、やったよリセナ! なんだ、大したことないじゃん!」
「ええ、おつかれさまです」
返される微笑みが、なんだか弱々しいことに、彼はようやく気付く。
「リセナ……? どうしたんだ?」
「ちょっと、動悸が、元に戻らなくて……」
「えっ!?」
彼女の呼吸が荒い。レオンは血相を変えてリセナを抱え上げると、遠くに待機させていた馬のところまで走った。
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