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番外小話

小話 副官リュファスの華麗なる日常

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 リュファス・ドゥ・ラクロ、王立辺境警備隊ノエリア支部、隊長付き副官にして、ノエリア領事であるコリーヌ婦人の甥。そりて、泣く子も黙る鬼教官なのです。

 主に私的にですが、何か?

 さて今日はですね、なぜ私がリュファスさんについて申し上げているかといえば、遡ること三日。偶然ではありましたが、私はとんでもない物を見つけてしまったのです。
 あれは市場での買い物帰りのこと。市場周辺は古くからの街の中心地です。細く入り組んだ路地が多く、しかも袋小路になっている場所もたくさんあるそうです。道に迷いやすい私は常に路地には入らないよう、皆さんから注意を受けていました。ですがその日はたまたまスケッチ場所を探していたというのもあり、ある路地を何の気なしに覗いて見たのです。それはもう、本当に偶然でした。

「……あれ、リュファスさん?」

 入り組んで先が見えない路地を、一瞬でしたが明るい栗毛のすらりとした男性が、歩いていくのを目にしたのです。よくは見えなかったのですが、警備隊の制服に、細身の長剣を差していましたし、何よりその美しく整った横顔は他に思い当たりません。
 いえ、べつに警備隊の面々が美しくないとは言っていませんよ。若干一名を除き、皆さん野性的といいますか……うん、ごめん。

 私は自信満々で後を追っていました。
 曲がりくねった路地は、古びた石畳でとても歩きにくく、走ったら転びそうです。私は買い物かごを小脇に抱え、足早にリュファスさんの去った路地を進みます。
 表通りとは違い、軒すらない店や民家が繋ぎ合わされて、どこからどこまでが境目なのか分かりません。ひび割れた煉瓦と苔むした漆喰の壁、怪しげな入口がいっぱいです。リュファスさんの曲がった角までたどり着いて、私は慌てて足を止めます。
 目の前は行き止まりでした。
 袋小路で立ち尽くしていましたら、かすかに声が聞こえます。壁にはいくつか、古びた木戸があるので、きっとリュファスさんはそれらの一つに入ったのでしょう。
 まさか不法侵入してまで、後をつけるわけにはいかないですから、諦めることにしました。残念です、隙のないリュファスさんの、面白ネタでも拾えるかと思ったのですが。

 諦めて帰ろうと二、三歩踏み出したところで、後ろから物音がしたのです。咄嗟に物陰に身を潜めてしまいました。

「じゃあ、また来るよ」
「ええ、待ってるわ」

 ひゃあぁ、リュファスさんです。そして彼を見送っているのでしょうか、黒髪の美しい妙齢の女性が、続いて出てきました。か、かか彼女でしょうか。
 ああっ、女性の手がリュファスさんの肩にしなだれかかります。なんて羨ましいっ。あ、違った。
 なのに、リュファスさんてば、美女の腕をさりげなく払いのけました。何様ですか。

 きっとあれです、美女はリュファスさんに遊ばれているに違いありません。貧しさに耐えかねた美女の足元を見るように、数ある浮き名の一つにされているのです! なんて見下げた人でしょう!

「そこまでにしてくれるかな?」

 あれ?
 物陰だと思ってた暗がりは、背の高い人物の影にとって変わっていました。

「は、はは。リュファスさん、奇遇ですね」
「ずいぶん大きな独り言だよね。どういうつもりか、聞かせてもらおうか、カズハちゃん?」

 ひいぃ。にっこり笑う美しい顔が、こんなに恐ろしいものとは知りませんでした。
 無念です、見つかってしまうとは。まるで猫の子を掴むように、私はリュファスさんに連れていかれました。



 その翌日。
 あれはちょうど、市場でもらったリコのおすそわけを持って、紙屋のおじいちゃんを尋ねた時のことです。店を出てきたリュファスさんと、偶然にも遭遇しました。彼が紙屋にわざわざ出向く用事があるとは、意外です。

「こんにちは、リュファスさん。こんなところで奇遇ですね?」
「ああ、諸々の雑務が仕事だからね。カズハちゃんは紙を買いに?」
「いえ、今日は新作の下見に」
「ああ、例の糊を使ったっていう?」

 とりとめのない会話をして、リュファスさんとは店先で別れました。

「こんにちはー、おじいちゃん。これ、エルザさんからのおすそわけ」
「美味そうだな、すまんないつも」

 おじいちゃんは長い前掛けを外しながら、私に椅子を用意してくれました。そして、問題の試作品を渡してくれます。

「それは前回のだよ、新しいのはちょうど乾いたところだから、待ってな」
「うん、わかった」

 店の奥にある作業場に消えてったおじいちゃん。私は渡された紙を光に透かし、眺めてみる。密度が均一になり、使いやすそうな紙になっていることに、大満足です。まだまだ改良の余地はあると思いますけれど、そこはプロであるおじいちゃんにお任せしていいはずです。

 ふと、紙を切る作業台の上に、違和感のある物があります。何だろうと思い手に取るとそれは、細かく何か書いてありました。手紙だったなら読んでしまっては悪いと思い、紙を戻そうとしたのですが、ちらりと気になる文字が目に飛び込んできます。
 思わず食い付くようにして読み取った文章に、私は驚きのあまり目が点になりました。

『回覧・レヴィナス隊長の落ち人考察観察記その二とオッズ』
 なんですか、これは。
 焦る気持ちを抑えて読み進めると、出てくる出てくる、私の名前が。なんでこんなに観察されてるのでしょう。昨日のリュファスさん追跡ごっこまで!
 そこまで考えてはっと気づきます。先程のリュファスさん、彼が怪しいです。昨日の出来事は、当のリュファスさんと私、居合わせた美女と、それからアルベリックさんくらいしか知らない事です。犯人はリュファスさんですね!

「お待たせカズハ…………あ、それは」

 戻ってきたおじいちゃんを、締めて問い詰めます。
 へえ、回覧なんだね、コレ。それで、賭けとやらの胴元はおじいちゃんなんだ。そう。うふふ。


 ということで。只今作成中なのは、新たなる回覧板です。題して『副官リュファスの華麗なる日常』です。もちろん、回覧は女子限定。
 華麗なるリュファスさんの主に女性遍歴を書いてあげます。需要は十二分にあるのです。こうして近くにいるとですね、彼がいかに女性におもてになるのか、よく分かります。街にでれぱ沢山の愁波を貰うし、そのあしらいもまた巧みなのです。さすが見た目王子の色男さん。
 その日々の観察結果を書いてさしあげますよ、ふふふ。これで更に人気が出れば良いですね、リュファスさん!
 いえ、決して復讐などではありませんよ?


 そしてその後、回覧はどうなったかといえば。

「聞いているのか」

 はいはい、聞いてます。悪いことはするものではありませんね。翌日、回覧は一度も回覧することなく、没収されました。アルベリックさんに。
 そして只今絶賛、叱られ中です。淑女のすることではないのだそうです。
 ですがこのカズハさん、ただでは転びません。アルベリックさんの手には、もう一つの回覧板があります。そうです、リュファスさんもまた、こってりと絞られたそうです。

「はーい、聞いてます」
「カズハ……」

 お前は反省していないだろうと、アルベリックさんの視線が、雄弁に語っています。

「ところで、裏路地の美女は、本当に彼女じゃないんですか?」
「カズハ、仕返しは駄目だ。リュファスには二度とふざけないよう言ってある」
「不公平です!」
「……カズハ」
「アルベリックさんの分からず屋。賭けまでされてたんですよ?」
「街の爺さんたちの、遊びだろう。本気なわけじゃない」

 アルベリックさんも遊ばれたのに、ずいぶん寛大ですね。まさか、アルベリックさんまで一枚かんでる……は無いかな。でも癪なのです。
 だから良いことを思いついたのです。

「はいはい、反省してまーす。だから早く解放して下さい。……でないと、皆さんの期待に応えて、襲っちゃいますよ!」

 アルベリックさんは一瞬固まったかと思うと、ため息をついて、大きな手で自らの額を覆っています。全身全霊で、呆れてますね。

「……反省しているなら、もういい」
「やったー、じゃあ失礼しまーす」

 アルベリックさんは肩を落として、執務室から逃げる私を見送ります。その頬が、桜色に見えたのは、気のせいだと思う。

 やれやれ、ようやく説教から解放されました。最後のアレは、少々両刃の剣ではありましたが、結果オーライでしょう。
 大手を振ってにがお絵屋に帰るところ、またしてもリュファスさんにばったり。悪い予感しかしないから、早く帰らせて。

「あれ、カズハちゃん?」
「なんですか、色男さん?」

 もちろん、嫌味です。だけど帰ってきた言葉は、意外と真面目なもので。

「風邪でもひいた? 顔が赤いけど」
「……!」

 反射的に蹴りあげた右足を、華麗に避けられました。ちっ。

「何するんだよ、足癖悪いねきみ」
「う、うるさいのです」

 リュファスさんは動揺する私と、後ろの扉とをちらりと見比べます。そしてあろうことか、はーん、とほくそ笑むのです。

 困ったような顔をしたアルベリックさんを、何故か思い出してしまったじゃないですか。
 なおもからかおうとするリュファスさん。私は居たたまれなくなり、彼の笑い声から逃げるように、警備隊宿舎を走り抜けました。

 悔しい。
 書いてやる。
 絶対書いて回してやろうじゃありませんか。

『リュファスさんの嫌味な日常』と題し、評判落として差し上げることを、私は固く心に決めました。

 
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