鬼が啼く刻

白鷺雨月

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第七話 真相

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 私たちは浅沼医師がいる病院に戻ってきた。
 この事件を裏で操っていたのが、彼だというのが私と学の共通した意見だ。
 時刻はすでに夕刻になろうとしていた。街灯もない道は暗く、歩きにくかった。
 夜目がきく学は私の手をとり、道を歩く。
 私はこの瞬間のために海を超えてきたのだ。
 彼の硬い手を握っているとどこか安心感がみなぎった。


 浅沼医師がいるであろう病室に入ると彼は椅子に深く腰掛け、じっと私たちを冷たい目で見ていた。
「やあ、お早いお戻りだね」
 にやりと憎らしい笑みを浮かべ、浅沼医師は私たちを出迎えた。

虫の王ベルゼバブの呪い事件を画策したのはあなたですね」
 私は言う。

「ふっふっふつ……」
 浅沼医師はただ笑うのみだ。

「なぜだ?」
 学は浅沼医師に問う。

「それは私の研究成果を証明するためだよ。私は大陸から持ち帰ったあの虫たちの効果を証明したかったのだよ。馬鹿な陸軍幹部は私の策を用いなかったからね。何が誇り高き帝国陸軍だ。だからあのような惨めな負け方をしたのだよ」
 浅沼医師は言った。

「あなたはその研究成果とやらを見たいがためにあの娘をつかい吸精虫をアメリカ陸軍の将校に寄生させたのか?」
 私は浅沼医師に訊く。
 なにか彼のもつ空気というか雰囲気がおかしい。
 学もそれを察したのか、鬼斬丸の柄に手をかけようとしていた。

「そうだよ、御名答。私は彼女らを診ていたからね。ひどいものだったよ。よくもまあ女性にあのようなことができるなと思ったよ。恨みをはらしたいというあの女と私の利害は一致したのだよ」
 浅沼医師は立ち上がる。
 白衣の胸ポケットに浅沼医師は手を入れる。
「あの娘も恨みをはらせて本望だろう」
 ぎろりと濁った目で浅沼医師は私たちを見ていた。興奮して充血している瞳だった。
 彼は自分に酔っているのだろうか。

「あなたの自己満足のためにあの娘は犠牲になったというの?」
 私は訊かずにおれなかった。
 心の中に怒りがこみ上げてくる。
 私は人を人とも思わない人間が大嫌いだ。
 あの若い女性はこのマッドサイエンティストの自己顕示欲のために亡くなったというのか。

「それがどうしたというのだ。それはあの娘も望んだことなのだ。さて、渡辺学中尉、黒桜最強の君も私の研究成果の材料になってくれるかね」
 浅沼医師は手のひらに金色の卵を持っていた。ぬるぬるとてかり、気味の悪いことこのうえない。
 彼はそれを一息で飲み込んだ。
 浅沼医師の喉が卵の形に膨らみ、それが嚥下される。

「まずいぞ、あれは竜鱗虫りゅうりんちゅうの卵だ」
 学は左足を引き深く腰を落とす。臨戦態勢だ。


 ばりばりいと浅沼医師の衣服が破れる音がする。
 細身の浅沼医師の体が瞬時に変化する。
 両手の指に鋭いナイフの爪が生える。体中に黒い鱗が生える。びっしりと生え、体中を覆う。
 筋肉が膨れ上がり、こぶのような山となる。身長は二メートルは軽くこえているだろう。頭頂部が天井すれすれだ。
 瞳だけが濁ったままで変わっていなかった。
 浅沼医師は見るもおぞましい怪物になったのだ。
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