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第四話 気味の悪い死体
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アメリカ陸軍将校三名の遺体が安置されている病院はこのビルディングからそう遠くない場所にあった。徒歩で約二十分といったところだろうか。
本来は病院ではない建物であったが、空襲の被害からまぬがれたその建物が代用されていた。
この大阪の街も他の都市のように空襲にあい、そのほとんどがなんらかの被害にあっていた。
無事な建物のほうが少ないほどだ。
まったくヤンキーは加減をしらないのだから。
「ああっあそこもなくなっているのか。あそこのアイスクリームは美味かったんだがな……」
瓦礫とかしている元建物を学はわかりやすいほど残念そうな顔で見ていた。
その様子を見て、私も残念な気分になった。
道も整備されていないのでかなり歩きにくい。そこらじゅうに瓦礫が散らばっていて気をぬけば転びそうだ。まあ私は運動神経に自身があるので転びはしないが。でも嬉しいことに学が手をとってくれたので私は拒否することなく手を握り返した。
廃墟にちかい街であったが、学と歩くのは実に楽しかった。
「イアン・フレミングは童話からコードネームをつけられそうになったから鳥類学者の名前にしたらしいわ。たしかジェームズなんていったかしら」
私は学に言った。
「あいつらしいな」
と学は笑顔で言った。
そうこうしている間にその病院代わりの建築物に到着した。
私たちを出迎えたのは浅沼健吾という医師であった。背の高い、痩せた男であった。暗い目をしていると私は思った。戦場帰りの人間がよくそのような瞳をしていた。
案の定、彼はもと軍医で戦時中は上海にいたということだ。
その浅沼元軍医は帰国して早々、連合国に協力しているということだった。
変わり身の早い男だ。
軍医として連合国に協力するかたわら、この街の住人を診ているということだ。
よれよれの白衣を着た浅沼はペコリと頭をさげ、私たちに挨拶した。
「もうすぐ彼らは焼却される予定だったのですよ。やっと連合国、いやアメリカさんの許可がおりたんですよ。まあクリスチャンが荼毘にふされるのは嫌でしょうがこのままというわけにはいかないものでね」
ひびのはいった眼鏡の位置をなおしながら、浅沼医師は言った。
おおきな鉄のテーブルの上に三体の遺体が入れられているであろう袋が置かれていた。
学がこれかと聞くと浅沼はああっとつまらさそうに答えた。
「覚悟して見られるがいい。しばらく食事をとれなくなるかもしれないからね」
くくくっと浅沼は死神のように笑う。
「承知した」
そう言い、渡辺学はその袋の一つの紐をほどいた。
私はその中身を学の背中越しに覗き込む。
あらっいやだ。私ったらご自慢の胸を学の背中におしつけてしまったわ。
「うわっ……」
そんなちょっといやらしい感情もその遺体のむごたらしさを見て、どこかに飛んでいった。
ヨーロッパ戦線でひどい死体は見慣れたと思っていた。
これはそのどんな遺体よりもひどいと思われた。
気の弱い人間なら失神してしまうだろう。
その遺体には細長いムカデのような虫が無数にまとわりつき、わずかに残った肉や骨を貪り食っていた。
もはやそれは死体よりも寄生している虫のほうが多いのではと思われた。
これはしばらく肉料理はたべられないな。
私はもどしはしなかったが、口の中が酸っぱくなるのを覚えた。
「これは吸精虫だな。別名傾国の蟲……」
サングラス越しにその遺体にまとをりつく虫を見て、学は言った。
やはり彼はこの虫がなんたるかを知っているようだ。
「さすがは黒桜の人間だな」
感心した様子で浅沼医師は言った。
彼は元軍医だから黒桜機関をしっていても当然か。
「ああっまさか祖国でこいつに会うとはおもわなかったな。清朝は滅ぶ原因になったかもしれないやつだ」
学は紐をぎゅっと結びなおし、あの虫が外に出ないようにした。
「ありがとう、さあ行こうか赤毛のアン」
学は私の手をとり、外に連れ出した。
「あの娘たちもこれでむくわれるだろうて」
その部屋を出る間際、浅沼医師はそとの夕焼けをみながら一人そのようなことを言っていた。
学の話ではあの吸精虫という寄生虫は人から人へと宿主をかえて移るものだということだ。
主に人の粘膜から粘膜へと移動するらしい。
幼虫のサイズは小指の爪よりも小さいのだという。
特に女性の性器の中に潜むのを好むうという。
そのさい宿主に快楽物質を流すのだという。
とりつかれた女性はその快楽に支配され、それを体内でかってしまうのだという。
そして粘膜から粘膜、すまわち性交をすることによって男性にも寄生させるのだという。
もともとチビットの奥地に生息していたものを三国時代に司馬懿という男が主君である曹家を滅ぼすために用いたのがはじまりだとか。よってつけられた別名が傾国虫ということだ。
すなわち、あの三人の将校は何者かと関係を持ったということだ。そしてその何者かと肉体の関係をもったとき、あの世にも恐ろしい虫を寄生させられたのだ。そして、成虫とおなった吸精中に内側から食い殺されたのだ。
本来は病院ではない建物であったが、空襲の被害からまぬがれたその建物が代用されていた。
この大阪の街も他の都市のように空襲にあい、そのほとんどがなんらかの被害にあっていた。
無事な建物のほうが少ないほどだ。
まったくヤンキーは加減をしらないのだから。
「ああっあそこもなくなっているのか。あそこのアイスクリームは美味かったんだがな……」
瓦礫とかしている元建物を学はわかりやすいほど残念そうな顔で見ていた。
その様子を見て、私も残念な気分になった。
道も整備されていないのでかなり歩きにくい。そこらじゅうに瓦礫が散らばっていて気をぬけば転びそうだ。まあ私は運動神経に自身があるので転びはしないが。でも嬉しいことに学が手をとってくれたので私は拒否することなく手を握り返した。
廃墟にちかい街であったが、学と歩くのは実に楽しかった。
「イアン・フレミングは童話からコードネームをつけられそうになったから鳥類学者の名前にしたらしいわ。たしかジェームズなんていったかしら」
私は学に言った。
「あいつらしいな」
と学は笑顔で言った。
そうこうしている間にその病院代わりの建築物に到着した。
私たちを出迎えたのは浅沼健吾という医師であった。背の高い、痩せた男であった。暗い目をしていると私は思った。戦場帰りの人間がよくそのような瞳をしていた。
案の定、彼はもと軍医で戦時中は上海にいたということだ。
その浅沼元軍医は帰国して早々、連合国に協力しているということだった。
変わり身の早い男だ。
軍医として連合国に協力するかたわら、この街の住人を診ているということだ。
よれよれの白衣を着た浅沼はペコリと頭をさげ、私たちに挨拶した。
「もうすぐ彼らは焼却される予定だったのですよ。やっと連合国、いやアメリカさんの許可がおりたんですよ。まあクリスチャンが荼毘にふされるのは嫌でしょうがこのままというわけにはいかないものでね」
ひびのはいった眼鏡の位置をなおしながら、浅沼医師は言った。
おおきな鉄のテーブルの上に三体の遺体が入れられているであろう袋が置かれていた。
学がこれかと聞くと浅沼はああっとつまらさそうに答えた。
「覚悟して見られるがいい。しばらく食事をとれなくなるかもしれないからね」
くくくっと浅沼は死神のように笑う。
「承知した」
そう言い、渡辺学はその袋の一つの紐をほどいた。
私はその中身を学の背中越しに覗き込む。
あらっいやだ。私ったらご自慢の胸を学の背中におしつけてしまったわ。
「うわっ……」
そんなちょっといやらしい感情もその遺体のむごたらしさを見て、どこかに飛んでいった。
ヨーロッパ戦線でひどい死体は見慣れたと思っていた。
これはそのどんな遺体よりもひどいと思われた。
気の弱い人間なら失神してしまうだろう。
その遺体には細長いムカデのような虫が無数にまとわりつき、わずかに残った肉や骨を貪り食っていた。
もはやそれは死体よりも寄生している虫のほうが多いのではと思われた。
これはしばらく肉料理はたべられないな。
私はもどしはしなかったが、口の中が酸っぱくなるのを覚えた。
「これは吸精虫だな。別名傾国の蟲……」
サングラス越しにその遺体にまとをりつく虫を見て、学は言った。
やはり彼はこの虫がなんたるかを知っているようだ。
「さすがは黒桜の人間だな」
感心した様子で浅沼医師は言った。
彼は元軍医だから黒桜機関をしっていても当然か。
「ああっまさか祖国でこいつに会うとはおもわなかったな。清朝は滅ぶ原因になったかもしれないやつだ」
学は紐をぎゅっと結びなおし、あの虫が外に出ないようにした。
「ありがとう、さあ行こうか赤毛のアン」
学は私の手をとり、外に連れ出した。
「あの娘たちもこれでむくわれるだろうて」
その部屋を出る間際、浅沼医師はそとの夕焼けをみながら一人そのようなことを言っていた。
学の話ではあの吸精虫という寄生虫は人から人へと宿主をかえて移るものだということだ。
主に人の粘膜から粘膜へと移動するらしい。
幼虫のサイズは小指の爪よりも小さいのだという。
特に女性の性器の中に潜むのを好むうという。
そのさい宿主に快楽物質を流すのだという。
とりつかれた女性はその快楽に支配され、それを体内でかってしまうのだという。
そして粘膜から粘膜、すまわち性交をすることによって男性にも寄生させるのだという。
もともとチビットの奥地に生息していたものを三国時代に司馬懿という男が主君である曹家を滅ぼすために用いたのがはじまりだとか。よってつけられた別名が傾国虫ということだ。
すなわち、あの三人の将校は何者かと関係を持ったということだ。そしてその何者かと肉体の関係をもったとき、あの世にも恐ろしい虫を寄生させられたのだ。そして、成虫とおなった吸精中に内側から食い殺されたのだ。
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