隣り合うように瞬く

wannai

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 無事数学の授業が終わり、中庭へ向かう。
 昼休みはパパ製の弁当を持って俺と虹と澄晴の三人で食べるのがいつもの光景だ。
 そういえば、俺は間に合ったのに、俺を呼びにきた澄晴は何故か授業に出ていなかった。腹でも下していたんだろうか。
 来なければ後で保健室に行ってみよう、と校舎から中庭に出ると、いつもの木陰にはすでに二人の後ろ姿が見えた。
 背丈的に虹と澄晴に違いない。
 声を掛けようとしたら、急に澄晴が虹の肩を掴んで顔を寄せた。

「俺じゃ駄目か……?」

 真剣な声と共に、ぶわっと濃いフェロモンが数十メートル離れた俺の所まで漂ってきて慌てて飛び退いた。
 マジか、澄晴、虹のことが好きだったのか。
 フェロモンを吸わないように口元を掌で覆いながら校舎の中まで戻り、通用口を閉めて窓越しに二人の様子を見る。
 何か話している様子だったが、幸いな事に二人はそれ以上の行為に及ぶことはなく、しばらくすると昼飯を食べ始めたようだった。
 ……虹は断ったんだろうか。いや、それにしてもフラれた直後に一緒に飯食えるって心臓強いな澄晴。
 ずきずきと痛む胸を押さえ、乾いた唇を舐めて湿らせた。
 同じ顔なのに、やっぱり選ばれるのは虹なんだな、なんて妬みはもう何十回も経験済みで今更だ。
同じΩからも、虹は嫉妬されるけど俺はライバルにならない、みたいな扱いをされる。
 俺の方が愛想は良い筈なんだけど、と思いながら、中身のアホさ加減が出てるんだと言われる顔を両手で揉んだ。
 他のαはどうでもいい。けど、澄晴はちょっと辛い。
 どの道、俺も虹も澄晴とは番になれないのだけれど、でも、澄晴まで虹を選んだのは少しばかり心をえぐられた。
 諦めている。澄晴とは番えない。知っている。理解している。……なのに、まだだめだ。
 みっともなくもう九年も片想いを終えられない自分にため息を吐き、そして大きく息を吸ってから通用口のドアを思い切り開いた。

「けーいーーっ! ミッション完了したーっ!」

 心のもやを吹き飛ばす為にとびきり大きな声を出すと、振り返った二人は呆れたような顔をしていた。

「そんな大きな声出さなくても聞こえるよ、星」
「ほんとにいちいちうるせぇなお前は」
「頑張った俺にねぎらいの言葉はぁ? めちゃ怖かったんだぞー?」

 ばたばたと色気のない走り方で二人の所まで行って虹の左隣へ腰を下ろすと、虹の右側に座っていた澄晴が空いている右隣を叩いた。

「日陰来いよ、また肌焼けるぞ」

 七月の直射日光はそれはまぁ、熱い。
 いや、熱いを通り越して痛いんだけれど、さっき彼が虹に告白めいたことをしているのを見てしまったから、素直にウンソッチスワルー、とも言い辛い。

「いーよもう諦めてるし。俺今年はこんがり俺でいくから」
「なんだよ『こんがり俺』って」
「星、澄晴の横行きな。またお風呂の時に染みるよ」
「いーの、俺今日は日向ぼっこ気分だから」
「はぁ……、お前はほんとに自由だよな……」
「おう!」

 元気よく返事して、弁当の包みを解いて食べ始めた。
 星も澄晴も俺のアホさには慣れているから、呆れた顔をしていてもそれ以上しつこくは言ってこない。

「あ、そうだ一つだけ。『番に興味無いから読むだけでいいか』って聞かれて、ウンって答えちゃったんだけど大丈夫だったか?」
「大丈夫」

 さすがに中身を読んだりしていないので、なんと書いてあったのかまでは把握していない。
 だからあの場ではああ答えるしかなかったのだけど、と虹に訊くと、彼は好物の切り干し大根を咀嚼してから俺に視線を向けた。

「一度話がしたいから次の土曜の11時に駅前公園で待ってます、って書いた。ほんとに興味ないなら来ないだろうし、それならそれで諦めつく」
「……え。星、初対面の人と喋れるの?」
「無理なら縁が無かったってことで」

 わーお。
 大人しい顔をして、たまに虹は俺でも驚くくらい積極的な事をする。
 物静かだけど、気が弱いわけじゃないんだよなぁ、と弟の難儀な性格に思いを馳せつつ弁当を食べていると、いつもより早く食べ終えた虹が「よいしょ」と立ち上がった。

「俺、日直だから少し早めに戻るね。次の古文の先生、黒板汚いとわざとそこに重ねるように書いてくるから板書し辛いんだよね」
「あー、ヤギケンか。頑張れー」

 俺と澄晴は同じB組だけれど、虹はC組だ。
 双子だからか俺と虹は違うクラスなのが当たり前で、けれど中学までは必ず虹と澄晴が一緒のクラスだったから安心だったのだけど、高校に上がってから逆になってしまった。
 ちょこちょこ覗きに行っている感じ、苛められてはいないようなのだけど、馴染んでいるとも言いがたい。

「澄晴、手伝ってやれば? お前のその無駄な身長を生かす時がきたじゃん」

 春の身体測定でとうとう百九十の大台に乗ってしまった、と何故か凹んでいた澄晴を揶揄いがてら、彼を後押しするつもりで言ってみたが、澄晴は短く「え、やだ」と言うし、虹も「要らない」とすげなく断ってきた。

「ほら、虹どけたんだから、もっとこっち寄れよ星。言動じゃなく色で虹と判別されんぞ」
「いーよ別に。言ったじゃん、今年はガングロでいくんだよ」
「より黒くなろうとすんな」

 絶対似合わねーから、と言われて、日焼け肌の自分を想像して確かに、と少し笑う。
 薄幸の美少年、バージョンブラック。うん、似合わない。エロ同人誌かな? 闇堕ちエルフってなんで褐色肌になるんだろうな。エロくて好きだけど。……いや、エロくなるならΩとしては正解か? ああ、虹のような清純派より、俺には合っているかもしれない。
 弁当袋を纏めて中庭から出ていく虹を見送って、俺も急いで残りのご飯を口に詰め込んだ。

「星?」
「おぇもはやめにもろる」
「は? なんで」

 なんで、って言われても。
 高校入学から三ヶ月、ようやく澄晴が常に俺の近くにいるのにも慣れてきたけれど。今までは虹と澄晴がペアなのが当たり前で、そこに俺が合流する形だったからどうにも澄晴と二人きりだと緊張する。
 いや緊張しちゃだめなんだけど。さっさと諦めないとだめなんだけど。
 ……人間の心って不便だよなぁ。

「俺と一緒にいると、俺が番だって勘違いされるぞ?」

 ごくん、と口の中の食べ物を飲み込み、お茶で奥まで流し込んでから肩を竦めた。
 中学までは澄晴狙いのΩが虹に嫉妬してあれやこれやしてきて大変だった。うちの家系がどんなスジの仕事をしているか教えてやろうかと何度も思ったが、たぶん、いや確実にパパにガチ説教されるから我慢していた。
 三人でいれば確実に澄晴は虹狙いだと思われるけれど、俺と一緒だとややこしい事になりかねない。
 今は入学したてで、根は割と気さくで話しやすい澄晴の性格が知られていないから怖がられているが、それも二学期に入ってクラス内でもっと交流するようになれば自ずと知れ渡るだろう。
 そうなったらきっと、流される噂は『虹狙いの澄晴におれが付き纏ってる』というものに違いない。
 残念ながら澄晴は虹にフラれたみたいだし、虹がうまくいったら次は俺自身のことを考え始める頃合いだ。どっちにせよ、お互いにとって何の利もない。
 だから二人きりになるのは避けような、と提案すると、澄晴はじっと俺の顔を見つめ……ようとして、数秒で赤くなって目を逸らした。

「お、俺は……、別に、噂に、なっても……」
「…………」

 あ、こいつ、もしかしてさっきもこんな風になったのかな。そりゃ虹にフラれるわ。あいつ、意外と硬派な男が好きみたいだし。
 うろたえる様は俺は好ましくて胸がきゅんきゅんするのだけど、それは俺の顔が虹とそっくりだからであって、俺の顔だから照れているわけじゃない。
 ──もし、外見だけじゃなくて、性格も虹と同じ清楚系だったら。
 そうしたら、もしかしたら澄晴は……と、そこまで考えて、だからモシモボックスは存在しないんだって、と自分を嗤った。

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