高尚とサプリ

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 金曜日、二十二時。
 またあの店に行こうと思っていた俺の現在地はしかし、バイト先のコーヒーショップである。
 急に当日欠勤が出たとかで、二週連続で金曜夜という忙しいシフトを休もうとしていた俺に真っ先に連絡が来たのだ。重要な用件でもないから断り辛く、結局昼過ぎから入って閉店まで働いてしまった。
 最後の客を見送って出入り口の札をオープンからクローズにひっくり返し、自動ドアのスイッチを切って鍵を掛けた。店内の卓上はもうほとんど片付け終わっているから、あとは床にモップ掛けして機械の洗浄をするだけだ。

「八幡くん、外、外」
「はい?」

 在庫チェックしていた店長が不意に声を掛けてきて、彼の指差す方を見ると店の外に人影があった。
 黒髪ボブの女の子……にしか見えない男が手を振ってきて、俺も笑顔で手を振り返す。

「外寒いし、ちゃちゃっと終わらせて上がっちゃいな」
「はーい、ありがとうございます」

 店長は窓の外のたーくんを俺の『彼女』だと思い込んでいて、だから屋外で俺を待つ様子なのを見て心配しているようだ。店長だけじゃない、他のバイトも大学の友人ですら、一度もたーくんの性別を疑ってきた事はない。
 たーくん──藍沢あいざわ 拓也たくや、二十一歳。俺の一個上。
 とびきり美少女というわけではないけれど、目が大きくて鼻が小さくて、ほっぺたがふかふかして小動物みたいな可愛さがある。化粧はかなり薄くしかしていないようだし、今日だって薄いオレンジのパーカーにブラックスキニーというシンプルな格好だ。女を強調するような服装をしていなくても、たーくんを男だと思う人はいない。喋っても女の子にしては少し低いハスキーな声、くらいの扱いで、誰も俺が男と付き合ってるなんて考えもしない。

「いい子だよね。バイト上がり毎回迎えに来てくれてるんだって?」
「そーですね。夜は危ないからいいって言ってんですけど、少しでも会いたいから、って」
「うわー、惚気られた! いいな~、俺の嫁さんも昔はそういう可愛いことちゃんと言葉にしてくれてたんだけどな~」

 最近は全然だよ、と店長が愚痴るのを聞き流しつつ、掃除を進めていく。
 いい子だ。俺を好きで、そして何より男なのがいい。
 たーくんとは大学で同じ講義をとっているうちに仲良くなって、そしてつい先日告白された。中学の頃にはもう普通のエロ本で抜けずにプロレスの試合で抜ける自分はゲイだと気付いていて、だから当然断ろうとした。その時はまだ藍沢という姓しか知らなかった俺もたーくんを女だと思っていたのだけれど。

「ナツくん、ゲイだよね? 私、男なんだけど、……それでもダメかな」

 どうやら俺を好きになって観察しているうちに女に全く興味を寄せていないのがバレたらしく、それで逆にイケるかも、と思ったらしい。
 急にそんな事を言われてもと困っていたらたーくんに手を掴まれて、そして彼の股間に押し当てられた。初めて触った他人の股間は柔らかいけれどちゃんとそこに生えていて、俺の股間はそれだけでガチガチに勃起した。

「私、まだ、なんだ。ナツくん、私の初めてになってくれる?」

 そこまで言われて拒絶出来ようもなく、たーくんに押される形で付き合うことになった。
 けれど、そんな熱烈な告白を受けてから数週間経っても、まだキスと軽く触る程度までしか出来ていない。
 先日その軽い触れ合いの最中に言われたのだ、「私、SMに興味あるんだ」と。
 完全に体目当てで付き合い始めただけれど、だからってヤり捨てしようと思うほどクズでもない。だから、顔を真っ赤にしてそう性癖を告白してきたたーくんの思いに応える為にあの店に行ってSの心得的なものを習得しようとしたのだ。
 イツキの教えは概念的で、覚えの悪い俺にはあまり身になったと言い難いから、もう一度彼に会いたかったのだけれど、たーくんが来ているから今夜行くのはもう無理だろう。

「お疲れ様、ナツくん」
「うん。待っててくれてありがと、寒かったでしょ」

 仕事を終わらせて店長に挨拶してから店の裏口を出ると、街灯のある辺りでたーくんが待っていた。

「下にいっぱい着てるから平気だよー」

 パーカーのお腹をぽんぽんと叩いたたーくんはすぐに俺の腕に絡んできて、べったりと寄り添いながら帰路を歩くことになる。
 バイト先から家までは徒歩で十五分くらいで、それほど遠くもない。雨の日は少し憂鬱になるけど、たーくんと二人で喋りながら帰るにはちょうどいい距離だ。

「それでね、結城ちゃんの明日提出の課題が終わらないからってみんなで手伝ってたんだぁ」
「へぇ」
「結城ちゃんったらね、彼氏の課題代わりにやって自分の忘れてたんだって! なんでそうなるかな~!? ってめっちゃ叱ったんだけど、あの子彼氏のこと大好きだからまたやりそうなんだよねー」
「どうしようもないな」
「ねー? 私たちが彼氏をシメるのも違う気がするしさー、ほんと恋は盲目って感じ? 依存し過ぎって怖いよねぇ」
「そーだねぇ」

 大学の友人知人の中でもたーくんが女だと知っているのは俺だけで、だからかたーくんは当然のように女の子の中に混じっている事が多い。彼の友人関係はほぼ女の子で、それで違和感も無い。
 ……だからこそ、どうにもたーくんが寄せてくる愛情と同じ分を返せない。
 見た目も中身も女の子っぽくて、ただ股間にチンコが付いてるだけで。それでたーくんを男扱いして付き合ってるって、もうそれは男が好きなんじゃなくてチンコが好きで付き合っているんじゃないか、と自分に凹みそうになる。
 俺が異性愛者だったら、たまたまチンコが付いてる女の子を好きになっちゃっただけ、と納得出来るんだろうか。

「ねえナツくん、聞いてる?」
「聞いてるー」
「もーっ、また聞いてない!」
「聞いてるって」

 いっそ本当に身体目当てと割り切って自分をクズだと認めてしまえれば楽なのかもしれないけれど、それだとたぶんたーくんを傷付けてしまう。
 いい子を傷付けるのは忍びない。
 どう気持ちに折り合いを付ければたーくんを好きになれるだろうか、と悩んでいると、ポツポツと小雨が降り出した。

「あ、雨」
「降ってきたね」
「……じゃあ、私」

 そろそろ俺の家に着く頃合いで、いつもはその少し手前のバス停で別れるのだけど。

「寄ってけば? 最終までには止むかも」

 俺が誘うと、たーくんは少し俯き気味にもじもじしてから小さく頷いた。
 ……可愛いけど、好みじゃない。
 性癖のせいで付き合ってる相手を素直に可愛いと思ってやれないのが辛い。
 家に連れ込んで、どうでもいい雑談をしながらそれとなくキスをして、身体に触れる。平然としようとしながら話を続けるたーくんの耳が赤くて、それは可愛いと思える。
 これは可愛い、これは可愛くない、なんて。点数を付けるみたいに相手を判定するなんてどれだけ傲慢だ、と思いつつもやめられない。『可愛いポイント』がたくさん貯まればたーくんを本気で好きになれるだろうか。

「ナ……ナツくん、だめ、だめ……っ」

 ズボンの中に手を突っ込んでナマの陰茎を撫でてその熱さにゴクリと唾を飲むのに、たーくんは萎えるような高い声で俺の手を剥がそうとする。

「触るだけ」

 Mの嫌がることはダメ、だっけ。
 イツキの言っていた事を思い出して一度手を止めてからたーくんの了解を取る為にこめかみにキスしながら優しく囁いたのだけど、彼はふるふると首を振って嫌がった。

「触るだけだよ。気持ちいいことしかしないから」

 ズボンから手を引っこ抜いて腹から胸を撫で上げるとたーくんは小さく喘いで、尖った乳首を捏ねると泣きそうな顔でしがみついてくる。

「ナツくん、ナツくん、まだ私、気持ちの準備が……」
「最後までしないよ。触るだけ」

 ね、と愚図るたーくんをキスであやしながら、彼の身体から力が抜けていくまで丁寧に優しく愛撫した。くったりと脱力して俺の肩に頭を預けてきたのを確認してから再び彼のズボンの中に手を入れると、もうそこは先走りで下着まで濡れていた。

「……ぁ、やっ、ナツく」
「もっと気持ちよくなろうね」

 Sは与える側、というイツキの言葉を胸中で繰り返しながらなんとか自分の興奮を抑えてたーくんを追い上げるのに集中する。

「あ、……ぁ、んっ」

 擦り立てた掌の中でたーくんの肉が弾けて、熱い飛沫が指を濡らした。

「いっぱい出たね」

 手の中に溜まった白濁をぬちゃぬちゃと粘らせてたーくんに見せ付けると、彼は真っ赤になって顔を逸らしてしまう。

「ねぇたーくん、俺のも……」
「わ、私っ、帰るっ」
「え」

 そろそろ俺の番だろう、と触ってもらおうと思ったのに、たーくんは近くに置いてあったティッシュで股間を拭うと慌ただしく立ち上がった。

「たーくん、待って」
「あの、……ごめんなさいっ」

 乱れた着衣を整えたたーくんは俺に頭を下げると靴に爪先を入れただけで踵を踏み潰しながら部屋を出て行ってしまう。
 残された俺は呆然とそれを見送るしかなくて、勃起した股間を見下ろし、またお預けか、とため息を吐いた。










 翌週の金曜日、またバイトが入っていたけれど上がりの時間にたーくんが来ないのは分かっていたからその足で錘に向かった。
 先週のあれから、たーくんに露骨に避けられている。
 大学で顔を合わせてもこれまでみたいに向こうから話し掛けてこないし、俺から話し掛けようものなら周りの女子がガードするみたいに睨んできてうざったい。バイト上がりにも当然会いに来なくなって、店長やバイト仲間に喧嘩したのかと揶揄われたけれど笑って誤魔化した。
 男友達にたーくんの女友達と繋がってる奴がいたから事情を探ってくれと頼んだら、どうやらたーくんは俺が強引に身体の関係を迫ってくるのだと周囲に吹聴しているらしい。初めてを貰って、なんて告白してきた癖にとキレそうになったけれど、純朴そうな見た目のたーくんがそんな事を言ったと言っても、たぶん俺の方が嘘を吐いていると思われるだけだ。
 かくして俺は泣き寝入りするしかなく、数週間も脱童貞の期待にお預けさせられていた俺のチンコはまた右手のお世話になる生活に戻った。
 たーくんとはたぶんこのまま自然消滅ってやつになるんだろう。
 だからもうSMについて教わる必要は無いのだけど、なんだか無性にイツキに会いたくなった。イツキなら俺の情けないフラれ話に何か大人なアドバイスをくれそうだと思ったのが半分、あともう半分は彼のする緊縛というものへの興味。
 前回は開けるのを躊躇った重そうな扉も、今日はその中が割と普通の店だと知っているから怖くない。ドアノブを捻って押すと、店内からは先週と違ってワイワイと騒がしい声がした。

「いらっしゃいませ~。あ、この前の……えっと」
「棗です」
「うんうん、棗くん。また来てくれたんだ、嬉しい~」

 真っ先に出迎えてくれたのは紫さんで、人の多い店内に座る場所を探して視線を泳がすと「こっちこっち」と空席に案内してくれた。

「また話聞きにきたの? 誰かサドの人付けようか?」
「あー、いや、今日はイツキ目当てで」

 俺が素直に来た理由を話すと、紫さんは目をまたたかせてから何か言いたげな表情になる。

「あの?」
「うーんと、違ったら笑い飛ばしてくれていいんだけど。イツキさんには深入りしない方がいいよ? あの人すっごい優しいからみんな勘違いするんだけど、誰の事も好きになったりしないから」
「はあ。……あ、違います。そういう意味であの人に興味があるわけじゃないです」

 紫さんはどうやら俺が恋愛的な意味でイツキに会いたがっていると思ったらしく、違うと首を振ると安堵したように笑顔を見せた。

「そっか、良かった。イツキさんが復帰したって聞いて結構なお客さんがイツキさん目当てに来るから、ちょっと警戒しててね」

 何飲む? と聞かれたのでオレンジジュースを頼むと、紫さんはそのままカウンターに入って俺の注文を作ってくれる。グラスに氷とジュースを注ぐだけなのですぐに渡されて、紫さんはカウンターの中で腰高のゴミ箱の蓋の上に腰を下ろした。

「警戒って、そんなに食い散らかすんですか、あの人」

 優しそうな面差しを思い出して、そんな人には見えなかったけど、と訊くと紫さんはブンブンと両手を振って否定する。

「無い無い。あの人、固定のマゾですら滅多に抱かないタイプだよ。食い散らかすとか絶対無い」
「じゃあ何を警戒するんです?」
「マゾ同士の揉め事を、だよ。誰にでも優しくするからみーんなメロメロになっちゃって、自分こそが一番イツキ様に気に入られてるんだ! って喧嘩になるの」

 店で揉められると困るんだよねぇ、と可愛らしく小首を傾げて、紫さんはビールジョッキに水を注いで一口飲んだ。
 確かに。俺だって、先々週少し話しただけの相手に愚痴ろうと思って来たくらいだ。彼なら気持ちを汲み取って甘やかしてくれそう、と思わせる人なんだろう。問題はそれが誰にでも、って所。

「そんなに人気なんですか」
「先週は凄かったね。ブランクあるから勘が戻るまでプレイしないよ、って言ってるのに縛って下さいってマゾがイツキさんに群がって」

 今日も来るとしたら同じ事にならないように店に入れる客数を制限しないと、とため息を吐くのを聞いて、思ったよりすさまじい人気なんだな、と感心した。
 イツキに師事すれば、俺も彼みたいにモテモテになるだろうか。彼と俺は似てる、そう言ってくれていたから、可能性はゼロじゃないと思うんだけど。
 オレンジジュースを喉に流し込みながらぼうっと考えていたら、後ろのボックス席がワッと湧いた。

「嘘っ、嬉しいー!」
「アタシ、次ね! アイくん!」
「はいはい。順番だからいい子で待っててね」

 カウンターチェアに座ったまま振り返ると、どうやら店員が客に鞭打ちするらしい。鞭を片手に巻きながら店の端の広いスペースへ歩いて行ったのは先々週も居たアイという男の店員で、打って貰える客の表情は喜びに満ちている。
 特にやる事もなく、他の席の客もそちらを眺めているから見ちゃいけないって訳でもないのか、と俺も眺めることにした。

「いくよ」

 静かな声で合図をしたアイは、目の前で尻を突き出す女性客に向けて緩く鞭を振り下ろした。

「アッ!!」

 鞭は尻ではなく背中に当たり、その遅さと裏腹にバヂッと重い音がした。女性客は一度呻き、しかし耐えるようにぶるぶると震えている。

「大丈夫?」
「ひぃ……っ」

 痛みを堪えているのは素人の俺ですら見て分かるのに、アイは震える背中を掌で撫でた。また細く悲鳴を上げる女性客を見るアイは薄っすらと笑っていて、撫でたのが気遣いではなく更なる痛みを与える為にわざとなのだと気付いて若干引く。
 ……俺がサドに? いやいや、無理。あんなわざわざ痛くさせるとか無理。ああでも、イツキはああいうのをしないサドだろう。アイとは真逆だって言ってたし。うん、やっぱりイツキ系のサドを目指そう。
 客からのリクエストに応えて何人か打ったアイは、「まだいる?」と他に打って欲しい客を探すように店内を見回して、そして俺と視線が合った。

「あ。この間の、変わった子」

 にこ、と綺麗な顔が笑い掛けてきたから思わず笑顔を返してしまって、おいでおいでと手招きされて青褪める。

「え、いやいや、俺は」
「アイが顔覚えてるなんて珍しいにゃー。行っておいでよナツメくん、新しい扉開けちゃうかもよ?」

 開きたくないです。
 勢いよく首を振って嫌がるのに、わざわざアイは俺の所まで来て腕を掴んだ。椅子から下りるよう促され、更に周囲の客からの視線に急かされては従うしかない。

「あの、俺痛いのはちょっと……」
「サドになりたい、だったっけ。自分がどういう事するか、痛みを知っておくのも良い経験になるよ。……ついでに俺の欲求不満を解消させて」

 女の子相手だと全力で叩けないから、と小声で囁かれて、そっちが本音だろ! と突っ込みたい。
 確か先週イツキも同じような事を言っていたし、全くの無駄にはならないだろう。
 ……たぶん、『絶対に痛い事はしないぞ』という覚悟を新たにするだけだと思うけど。

「お腹に力入れて、気合入れて立っててね」
「えぇぇ……」

 どれだけ力を込めて打つつもりなんだ。俺は素人で、そもそもMですらないんだぞ、とアイを見つめるのに、彼は目を細めて笑いながら鞭を構えた。
 いくよ、という小さな囁き声の後に、背中を衝撃が打つ。

「……ッ」

 悲鳴すら出なかった。痛いというより、焼かれたみたいに熱い。ジンジンと痺れた後にやっと痛みがきて、それでやっと止めていた息と一緒に呻き声を吐いた。

「立って」
「ひぅっ」

 膝が震えてその場にへたり込みそうになった俺の背中を、アイの掌が撫でていく。打たれたばかりの鞭の軌跡を正確になぞられて、壁に手をついて震える膝に力を込めた。
 背筋がしなって、これじゃまるで尻を打ってくれとせがんでるみたいな姿勢だ。お願いだから勘違いしないでくれよ、と背後のアイに視線を送ると、彼は愉しげに双眸を歪めて鞭を構える。

「ちがっ」

 欲しくない、と訂正する前に尻も鞭に打たれて、バチ、と大きな打撃音がすると目の前が真っ赤になった。
 また刺すように熱くて痛い。たった二発打たれただけで泣きたくなるくらい痛くて、情けなく見えるのなんて承知の上で壁に縋り付いて頭を振った。

「お、願……、アイさん、も、やだ……っ」

 喉から絞り出した声は思ったより涙声で、周囲の客席から失笑のような声が聞こえてくる。
 うるさい、俺はマゾじゃないんだ。痛いのが嫌で何が悪い。俺の方が普通だからな、痛いのが好きなお前らの方がおかしいんだからな!
 脳内で俺を笑った奴らに食ってかかっていると、後ろにいたアイが寄ってきて頭を撫でてきた。

「俺の為に我慢してくれて、ありがとね。少しはスッキリできたよ」

 素直に謝意を示されて、ついでに顔の良い男に優しく頭を撫でられるというレアさに少しだけ気分が浮上する。我ながら現金だと思うけど、仕方ない。アイは不気味なほど綺麗だけれど、女っぽくはない。性対象としてめちゃめちゃ範囲内なんだから喜んでしまうのは正常な反応だ。

「……少し、ですか」
「うん。俺、ヒロでしか満足出来ないから」
「ヒロ?」
「俺の恋人」

 恋人がいて、しかもマゾなのか。この言い方だとそのヒロさんとやらは俺以上に全力でぶっ叩かれてるんだろう。ヒロさんは痛いのが嬉しいんだろうか。嬉しいんだろうな。
 もういいよ、と言われて痛む尻を摩りながら席に戻ると、空席だった隣席に男が座っていた。
 しかも、勝手に俺のジュースを飲んでいる。彼の前には日本酒の小さなグラスが置いてあって、間違えるにしてもグラスの大きさで気付けよと眉を顰めた。

「あの、それ俺の……」
「ああ。お酒かな、って確認してたんだ」

 今日もノンアルなんだね、と振り返ったのはイツキで、前に会った時とガラリと変わった印象に面食らってしまう。
 何のセットもされていなかった髪は今日は前髪ごと緩く後ろに撫でつけられていて、少しだけ額に落ちた髪が色っぽい。服装も普通の勤め人っぽいスーツではなく光沢のあるVネックの薄手ニットにデニムという、ラフなのに大人っぽいエロ……絶妙な格好だ。

「おーい?」
「……あ、すいません、えっと、まだ十九なので」

 一瞬彼が四十代というのを忘れそうになって、起きてるか確認するみたいに目の前で皺だらけの手を振られて正気に返る。
 顔自体は変わっていないのに、髪型と服装でここまで雰囲気が変わるのか。
 脚を組んで高いカウンターチェアに座る姿は早くも他の席からの視線を集めていて、俺と話しているところにどう入っていくか迷っている空気をビシビシ感じる。

「あれ、未成年だったんだ。僕が誘うの、犯罪っぽくない? 今日は紫にしとこうかなぁ」

 自分の日本酒のグラスを持ち上げて一口飲んだイツキはカウンターの向こうの紫さんに話し掛けて、紫さんは「僕は別にいいけど」と小首を傾げて俺を見た。

「え、イツキ……さん、また俺に教えてくれるんですか?」

 紫さんの話では引く手数多というか争奪戦になりそうな雰囲気だったから諦め気味だったのだけど、イツキの方から誘ってくれるなら有り難い。
 元の席に座り直すと、周囲からの嫉妬じみた視線が集まってきた。

「イツキでいいよ。そのつもりで僕を待ってたんじゃないの?」

 紫に僕目当てだって聞いたんだけど、と言われて、コクコクと頷くとイツキはふふっと朗らかな笑顔を向けてくる。

「いいねぇ、若くて素直で、育て甲斐があるよ。気が散り易いのは意識して直せるようになった?」
「……ぅ」

 前回何度も注意された事だけど、そう言えば全然直そうとしてなかった。
 宿題を忘れて先生に叱られている時みたいな気分で肩を竦めると、イツキは見透かすみたいにくつくつと喉を鳴らして笑い出す。
 その笑顔はマゾが奪い合うというのもさもありなんという雰囲気で、前に会った時に感じた身の置き所が分からなくなるような不安も感じない。

「行こうか」

 クッとグラスに残った酒を呷ったイツキがそう言って席を立ったので、俺も慌ててオレンジジュースを飲み干してその背を追った。


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