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23 笑顔プレィ・ごまだんご・トングカチカチ(威嚇)・HAYATO0418
しおりを挟む「なんだよ」
『なんだじゃないわよ! アンタ達ふたりとも状態がルーム内って事は練習なんてしてないんじゃないの!』
ブラパが応答するとすぐに鹿花さんの怒り声が響いて、「今すぐギルドルームに戻ってらっしゃい!」という命令と共にブチッと向こうから通話が切られた。
「俺はある意味練習中だったんだけどなあ」
横目でこちらを見ながらニヤつかれ、何を示しているか気付いて思わずブラパの横っ腹をグーで殴った。
「ウッ……おい」
「い、今のはブラパが悪いです!」
片鱗を思い出すだけでみるみる顔が熱くなってきて最中より恥ずかしい。
ゴシゴシ顔を擦って表情を普通に戻そうとしているのに、ブラパは「あーそーかい」と半笑いで頬に唇をぶつけ、ぐしゃぐしゃっと乱暴に俺の頭を撫でた。
「ちょっ、ブラパ!」
「こわーいサブマス様のお呼びだからな。行くぞ」
ぎゅっと横から腹に腕を回されたかと思えばそのまま荷物みたいに小脇に抱えられ、目を丸くしている間にローディングドアをくぐっていた。
移動した先はギルドルームの応接室ではなく、反省部屋の方だ。
数人がめいめいカーペットの上に座ったり寝転がったりしている。
俺とブラパが出現すると彼らの前で一人立っていた鹿花さんが振り向き、「あら」と意外そうな顔をした。
「真っ最中だと思ったから用件だけ言って切ってあげたのに。シてなかったのねぇ?」
「お預けされてっからな」
「ふぅん? 意外と遊び上手じゃないの、亀ちゃん」
あけすけな鹿花さんに対してブラパが冗談で答えるのに、鹿花さんはそれを信じてしまったようで俺に過大評価が下される。
訂正したいけれど、すると実際どこまでしているのか、なんて言わなきゃならなくなる。それは嫌だ。
仏頂面の俺を床に置いたブラパはそのまま当然のように鹿花さんの隣に立ち、メンバーと向かい合う。
「んで? どういう方向性でいくかは決まったかよ」
「方向性なんて防衛一択よ。とにかく今保有してる西城を奪われないようにするのが最優先。今までの運営の傾向からするに、本当にお城が報酬になるなら正式発表されるのは一ヶ月前よ」
報酬目当ての蝗を蛇蝎の如く嫌ってるから、と鹿花さんが言うと、ブラパも同意するように頷いた。
「なら何も問題ねぇだろ。なんで俺らを呼んだ?」
「メンバーをどうするかで揉めてるのよ」
「ブラパサァン。俺ら、防衛なんかでチマッチマ弱い者イジメしたくないでェ~す」
「ですー」
ため息を吐く鹿花さんが答えるのと同時に腕が2本挙手されて、背中に羽の生えた2人がゆらゆら揺れる。
パッと見違う所を見つけられない同じ垂れ目の童顔で、首から下をすっぽりケープマントで隠しているのも同じ。
違う所といえば、黒いマントが白い羽、白いマントが黒い羽なくらいか。
カールしたショートヘアはどちらも金髪で、頭身の高い天使のようなアバターだが、言葉遣いは違和感を覚えるような間延びしたものだった。
「笑顔とごまは棄権。トングは?」
「俺はどっちでもいいよ。やる事変わんないし」
ブラパに話しかけられた人は大きなクッションにうつ伏せで埋まったままそう答えた。
アフロ頭で、背中にでかでかと『謹賀新年』と書かれたTシャツとデニムの半ズボン、ウツボに食われているように見える靴。横には大きな鮭の切り身が転がっている。
……全部公式配布の無課金ネタアイテムだ。
「チョ、棄権とは言ってないけど!」
「けどー」
さっきの2人がゆらゆら揺れて抗議しているが、ブラパは無視して「HAYATOは?」と一人だけ離れた壁際で体育座りしている黒ずくめの青年に話しかけた。
「強き者と闘う……それが我の宿命……」
「防衛でも良いんだな。なら基本メンバーは俺と鹿花、HAYATOで相手の編成によって前衛をトングとオルテガとマシューで使い分ける。スナは亀と地球で交替」
「シレネはどうする気?」
「5人に絞るならあいつの枠はねぇだろ」
「気に入って防衛に入れたくせに冷たい人ねぇ」
「思ったほど伸びなかったし、最近手抜きが目立つ。俺とやりてぇって言うわりに行動が伴ってねぇんだから自業自得だ」
「チョット! ねえ! 弱い者イジメがイヤってだけで防衛ヤダとか言ってないからネ!」
「ねー」
ブラパと鹿花さんが2人で話を勧める横で、ゆらゆら双子が右に左に揺れている。
トングさんは寝ていて、オルテガさんとマシューさんは静かに向き合って何かしていると思ったらトランプでスピードをしていた。
HAYATOさんは体育座りで、俺まで届かないけれど口がモゴモゴ動いているから何か呟いているらしい。
地球さんとシレネさんは不在。
……なんというか、変わったギルドに入ったなぁ、と今さら実感する。
ロキワでプレイを始めるより前、他の世界で複数のギルドに短期加入したけれど、こんなに自分勝手な人たちばかりが集まっているギルドは初めて見た。
ギルマスはギルメンへ意思確認はするけれど意見は聞かないし、ギルメンは自分への質問に返事するだけ。
普通なら緩衝材になりそうなサブマスの鹿花さんもブラパに嫌味を言うだけでワンマンを嗜めるわけではない。
個性の強過ぎるギルメンに囲まれた状態で、俺だけ場違いな気がしてそわそわしていると、不意に頭に何か乗せられた。
「……?」
「やる。『Y』押して」
仰ぎ見るとブラパだった。
やる? 何を? と思いつつ目の前に出たポップアップのYESを押すと、頭の上に乗った何かが動きに合わせて揺れる感覚がした。
手で触ると、ふわふわして長い何かがある。
「あっ、ちょっと! まぁたアタシの可愛いアバターに余計な物付けて!」
「作ったのはお前でも使ってんのは俺なんだから自由にさせろ」
「それはそうだけど、せめてもっと良い物を……あぁぁ、またコレ……しかも『特別な贈り物』扱い……」
鹿花さんが俺の頭の上の何かを引っ張って取ろうとして、出来ずに舌打ちした。
「『特別な贈り物』?」
「プレゼントした側が許可しないと外せない装備アイテムよ。亀ちゃん、アンタ現実でもなんでもかんでもハイハイ言ってるんじゃないでしょうね? 借金の保証人とかなってない? 契約書とかよく読まずにサインするでしょやめなさいそういうの」
「え、あ、はい」
急にお叱りが飛んできて、けれど確かに良くない癖だと反省しながらプロフィール画面を開く。
『亀吉』というプレイヤーネームの下に今の自分のアバター全体が表示されて、それで俺の頭にくっつけられたのがウサ耳だと知れた。
艶々した黒の毛並みに、ほんのり薄ピンクの内側。
鹿花さんは憎らしげに見つめてくるけれど、それほど質が悪いようには見えない。
装備のタブを押してウサ耳を選ぶと、アイテム名が出てくる。
『春の祝祭ウサギの耳(黒)』。
文字が紫色だから、公式のアバターガチャ産のようだ。
その下に、白文字で『祝祭が始まると何処からか卵を持って現れる可愛らしいウサギたち。だが、卵を貰えるのは良い子だけ。今年も私は蹴り飛ばされた……。』とロキ様のコメントが書かれている。
普通のアイテムなら説明はそこまでなのだけど、そのウサ耳にはまだ先があった。
黄色い文字で、『特別な贈り物:BUCK LAPIN より』と見慣れないものが追加されている。
街中でいいなと思った他プレイヤーの装備を確認することはよくあるが、こんな追記があるアイテムは見たことがない。
「この『特別な贈り物』って、ブラパの許可が無いと外せないんですか? なんで?」
アバターや課金アイテムのプレゼント機能はあるが、そこに贈った相手の名前が記載されるような機能は無かった筈だ。
しかも、ロック機能まで付くなんて。
非公式プログラムかと一瞬疑ったけれど、だとしたらアイテム自体に説明文が追加されることはない。
それを出来るのは公式だけだから。
「俺の弟子だから。ギルド抜ける時には外してやる」
「……ああ、そういう」
首を捻る俺のウサ耳をギュッギュと抜けないか確かめるみたいに軽く握ってから、ブラパは答えた。
つまり、何らかの事情でプレイヤーに目印を付けておきたい時に使う機能なのか、と納得した。
ブラパの白いウサ耳もおそらくは同じ祝祭シリーズの物だし、確かに繋がりとして分かりやすい。
……いや、待て。
「弟子ってなんですか? なった覚えないんですけど」
「似たようなもんだろ。細けぇこと気にすんな」
「ブラパの弟子って肩書き、プレッシャーすごいんですけど……」
チムコロランク2位の弟子となれば相応の実力を期待されるに違いなく、けれど現状俺はただの亀砂。
ブラパほどの超人技能など持ち合わせていないのに、と肩を竦めると、ブラパはニィと口角を上げた。
「そのハッタリは相手にも効くってことだ。意味は分かるな?」
「…………ああ!」
つまり、さっきマイルームで説明された俺にやらせたいプレイ──ガチ警戒からの隙を作って奇襲を誘う戦法を強化する為の布石として機能するのだ、このウサ耳は。
100%全方位を警戒出来ている、というフリをフリと見抜かれない為には、相手にも全力で警戒させなければいけないから。
俺を脅威として認識させる為に、『BUCK LAPINの弟子』という看板は『亀砂』より大きく強固だろう。
「さすが2位ですね……!」
「万年2位で悪かったな」
アバターすら戦略に絡める本気具合に心底感激して言ったのに、嫌味として受け取ったブラパは頬を抓ってきた。
痛い、とボヤきながら視線を上げるとこちらを見ていた双子と目が合って、すると彼らは同時に俺を指差した。
「これカモ!」
「かもー」
これかも? 何かもしれないんだ?
「頭が悪いのかもしれないわねぇ……」
目を瞬かせていると横から鹿花さんに呟かれて、内心結構ショックを受けながらも引き攣った笑いを浮かべて「すいません」と言うしかない。
ブラパがため息を吐きながら抓った頬を撫でてきて、泣きそうなのをその温かさで忘れようとした。
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