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10 別に3人とも黒くない
しおりを挟む「あのっ……」
「とりあえず今インしてる他のギルメンに紹介すっからちょっと来い」
ポイントに釣られて言われるがままになってしまったが、城戦といえばチーム戦のはず。
ソロ戦しかしたことのない俺に務まるのか、と聞こうとするのにブラパはローディングドアを出したかと思うやいなや俺の二の腕を掴んでそこへ引きずり込んだ。
「うーい、ちょっと聞け~」
はたして移動したのはギルドハウスの最初の部屋だった。
何度か手を打って注目を集めたブラパは横に立たせた俺の背中を叩き、それで「あ」と眉間に皺を寄せた。
「忘れてた。アバター亀に戻……」
「あらあらあら!? それアタシのあげたアバじゃないのぉ!?」
広い応接間のような洋風のルームには十数人が居て、その中から一人が大きな声を上げながらこちらに近寄ってくる。
さっきのロード直後、ブラパの近くに立っていた筋肉美形だ。
あの時は現実の普段着と遜色ない普通の服装だったけれど、今はタンクトップに灰汁色の革のパンツを履いて肘膝手首に鉄甲を着けた、いわゆる拳闘士の装備に変わっている。どこか狩りに行ってきたのだろうか。
腰まである柔らかそうな黒髪をなびかせながら俺の前にやってきた筋肉男は、腰に手を当てて俺を検分するみたいにジロジロ見下ろしてくる。
「ブラパと一緒にいるってことはさっきの亀の子よねぇ? なんで貴方がソレ着てるのぉ?」
「あ、えっと……」
「俺がやったんだ。亀以外のアバ持ってねぇっつうから」
「はあ? そんなの亀でヤれば良かったじゃないの!」
「アホか勃つかあんなん!」
「アンタ見た目に拘り無いって普段から言ってるじゃない」
「最低限人類の形をしてれば、って話だよ!」
言い争いを始めてしまった二人にほぼ初対面の俺では口を挟めなくなって、二人より頭一つぶん低いところからオロオロしているしかない。
亀吉のアバターよりは身長設定が高いけれど、やたらすらっと脚が長くスタイルの良い彼らの横に立つとまだ小さく感じる。
床までが見慣れた距離感だから、おそらくは俺の生身の体と近い、175センチ前後だろうか。
「アンタに着せたいから特別可愛らしく作ったっていうのにぃ……」
ギリ、と歯噛みする音が聞こえるほど恨めしげに睨まれ、やっぱり特別な物だったんじゃないか、と半泣きでブラパへ視線を向けると彼は俺を後ろに庇うように筋肉男との間に割って入った。
「うるせぇうるせぇ。これはゲームの景品だろ。俺が受け取るかどうかなんて確定じゃなかっただろうが」
「このギルドにアンタに勝てるやつがいると思ってるの?」
「……とにかく。俺が受け取った物は俺の物で、どうしようが誰に渡そうが俺の自由だ。ごちゃごちゃ文句言うな、鬱陶しい」
「アンタって人は……!! ギルメンに下げ渡すならまだしもっ」
「あ。そう、こいつギルメン」
「……は?」
酒焼けしたようなハスキーボイスでキィキィ喚いていた筋肉男は、しかしそれを聞いて急に口を閉じ、真顔になって俺を見る。
「入ったの? 確定?」
「もう入れた。最低一ヶ月はここにいるだろうよ」
「そう……そうなの」
「……!」
俺への敵意を浮かべていた目の色が変わり、値踏みするようにじっとりと視線でアバターの表面が舐められていくような心地がした。
声にならない叫びを飲み込んでブラパの背に隠れようとしたが、軽く横に一歩踏み出すだけでブラパを回り込んできた筋肉男は急に満面の笑みを浮かべて俺を見る。
「ごめんなさいね、急に怒鳴ったりして。アタシは鹿花。このギルドのサブマスターをやってるわ。なんでも気軽に『相談』してね、新入りさん」
「っ!」
優しげな顔も声も、それだけならギルドに歓迎しているように聞こえただろう。
けれど横目に見るブラパがニヤニヤと意味ありげに笑っているから、これがただの親愛表現ではないのを察せてしまう。
とはいえ、笑顔で握手の手を差し出してくるサブマスだという人を無視は出来ない。
「あ、いえ、あの……極力、ご迷惑にならないようにしますので……」
ブラパの体を半分盾にするような格好で鹿花の指先を軽く握ると、離す前にぎゅっと向こうから両手で握り込まれて飛び上がった。
「っ……!」
「やだわぁ、そんな寂しいこと言わないで? お兄さん、なんでも協力してあげるわよ? 大型フィールドmobの討伐でも、特殊アイテムの錬金でも、コロシアムのトレインでも。なぁんでも出来ちゃうんだから」
いちいち語尾に♡がついたような甘ったるい喋りで握った手を上下に振られ、引っ張られるようにバランスを崩して鹿花の方に倒れ込みそうになった瞬間、服の首根っこを後ろに引っ張られて「ぐぇっ」と呻く。
「しばらくの間、俺はコイツと城戦の防衛チームに入る」
「……は?」
守ってくれたのかと思いきや、また鹿花さんの表情に暗雲が立ちこめたのを見て背中に冷や汗をかいた。
もしかしなくても、ブラパ、結構なワンマンギルマスなんじゃ……?
俺の不安を肯定するように鹿花さんは握っていた手を離し、頭痛がするみたいに額にこめかみを指で押さえてため息を吐いた。
「この子が防衛チームに入る、それはまあいいわ。それは良いとして、アンタまで防衛に回ったら誰が明星攻撃チームに入るのよ?」
「シレネでいいだろ」
「防衛チームから一人あぶれることになるけど、納得させられるの?」
「前からトイレ休憩するのにもう一人メンバー余分に欲しいって言ってたろ。交代で休憩入れさせりゃいい」
呆れ半分諦め半分のような表情でブラパと話した鹿花は、どうしてか一瞬俺へ哀れむような目を向けて、肩を竦め「わかったわ」とお手上げのポーズをとった。
「つーわけだから、地球、オルテガ、マシュー、シレネ。今週末の城戦からメンバー代わるから戦略確認と練習予定の組み直し頼むぞ」
ブラパが名前を呼ぶと数人が前に出てきて、了解とばかりに手を挙げて頷く。
一人一人の顔を確認していたらしいブラパは、しかし足りない顔があったのか鹿花へ向き直って訊いた。
「鹿花、シレネは? 一緒にハーピィのレアドロ拾いに行ったんだろ?」
「回復ポットが足りなくなったっていうから戻ってきたのよ。今はマイルームで生産中じゃない?」
鹿花が答え、それを聞くとブラパは少し考えるように黙ってから「ま、いいか」と呟いた。
「んじゃお前から言っといてくれ」
「はぁ? アンタから言いなさいよ。拗ねたら面倒よ、あの子は」
「だからだろ」
「冷たい男ね」
ブラパと鹿花の会話は気兼ねのない親しさを滲ませていて、聞いていると羨ましくなる。
こんな風に会話出来る友達がいたらな……。
現実でもVRでも孤独を極めている自分が急に寂しい人間に思えてきた。
けれど、じゃあまた頑張って友人を作ろうと奮起するかといえば……しないだろう。
もう高校で散々やった。
無理して好かれる人柄を目指して自分を偽って、周りに合わせようとして空気を読めず何度も何度も恥をかいて。
その結果が、今だ。
他人から見て『仲良くなりたい』と思えない、箸にも棒にもかからないツマラナイ人間。
それが俺。
ブラパを見る。
アバターの造形は奇跡みたいに美しい。
けど、愛想が無くて口が悪くて執念深くて、たぶん結構スケベ。
最初は怖かったけど、少し話せばそこまで怖くない人だって分かる。
コロシアムだけじゃなく、他のゲームモードも上手いんだろう。
そう思わせる態度と、そうじゃなくても面白いだろうな、と思わせる印象。
鹿花を見る。
アイドルの女の子みたいな可愛い顔と、格闘ゲームのキャラみたいなムキムキマッチョの身体。
そこから出るのがオネエ言葉。
面白さの塊。
自分を見下ろした。
借り物ではなく、いつものアバターをそこに思う。
亀。
ただの亀。
俺の大好きな亀吉を模した、けれど他人から見たら興味も湧かない『亀』。
そう。結局は、他人から魅力的にみえるかどうか。
俺にはその視点がないから、俺を『俺にとって魅力的なもの』で飾りつけるしか出来ないから。
だから俺は、人に好かれない。
「……い、おーい。亀ー。帰ってこーい」
考えに沈んでいたらいつの間にかブラパの顔が目の前にあった。
ヤンキー座りで下から覗き込んで、俺の頬を柔らかく抓っている。
「え、あ、あの」
「おっ、戻ってきた。よし。まだ時間あるか? 軽くこのメンバーでチムコロいってみようや」
ブラパが顎をしゃくって示した方を見ると、さっき名前を呼ばれて前に出てきた人たちが俺を見ていた。
4人がそれぞれ薄っすら表情を曇らせているのが、見覚えがあるもの過ぎてひゅっと息を飲んだ。
「あ、いや、あの」
「なんだ? 時間キツいか?」
「そ、じゃなくて、いや、えっと」
「一戦だけでも無理か? 序盤の動きくらいは指示なくても覚えといて欲しいんだが」
「あっ、あの、あの……っ」
落ち着いて答えようとするのに声が震えて、意味のない音が何度も繰り返し喉から勝手に出ていく。
早くやめないと気持ち悪いと思われると分かっているのに早く意味のある返事を返そうと思うほど動悸が早くなって、必死に口を閉じようとしながら返事をしようとする。
黙るのと答えるのどっちを先にしようと慌てる俺を見上げ、ブラパは眉間に皺を寄せた。
あ、やばい。
群れのリーダー格に異物扱いを受けたら、その後は──。
「んむっ」
まず一度黙るべきだ、と決めて噛んだ唇に、ブラパがぶつかってきた。
頭が両側から掴まれて、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっと何度も大きな音を立てながら吸われる。
突然のことに呆然としていたらブラパは顔を離してまじまじと俺の顔を覗き込んで、そしてクッと喉を鳴らして笑った。
「もっかい俺の部屋行くか?」
「……!」
ぶんぶん勢いよく首を横に振るとブラパはもう一度笑って、「ならチムコロな」と立ち上がる。
ブラパの姿を追って上げた視界の中に他の人たちが入って、今起きたことを反芻して急激に顔が熱くなった。
人前でなんてことするんだ、この人!
叫びたくなったけれど、どんな表情をしたらいいか分からないので黙って俯く。
ブラパに手を引かれ、コロシアムへのローディングドアをくぐる。
見ていた他の人たちの無言が何を意味しているのか分からなくて、ただただ心の中で『試合中にこれ以上みっともない姿を晒さない』と呪文みたいに繰り返した。
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