神は絶対に手放さない

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神と貴方と巡る綾

08

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「どうしました? あー、すいません急で……え? あー……。いいんですか? 分かりました、伝えます。はい、はい。それじゃあ、えーと、……はい、五時で」

 掛かってきた電話をとって、少し話して切った。
 洲月さんと話す俺を悔しそうに見つめる蛍吾の顔が面白くて、そしてそれ以上に可愛くなって、彼の頭を抱えて撫でまくった。

「な、にすんだ、静汰」
「静汰、それはちょっといやだ」
「蛍吾、喜べ。洲月さん家でお別れ会やってくれるってさ」

 ぐりぐり撫でていると、すかさず志摩宮が寄ってきて腕を掴んで止めさせられてしまった。が、俺の言葉を聞いて蛍吾と二人して首を傾げる。

「……は?」
「お別れ会?」
「料理とか飲み物の用意するのに時間かかるから、五時にこっちに迎えに来るって」

 通話の終わったスマホで時間を確認すると、午後二時を回ったところだった。

「なんでそういうこと、相談もせずに決めるんだよ!」
「えー、だって会えるの最後だしー、タダ飯食えるの嬉しいしー」

 ぬうぅ、と頭を抱える蛍吾の肩を叩いて、「最後だぞ」と囁きかける。常に傍に居られなくても、連絡を取り合ってたまに会うくらいの関係でもいい。蛍吾にも、仕事や沙美ちゃん達の事を忘れられる時間があったほうがいいに決まってる。
 蛍吾はしかし俺を見て目を伏せ、緩く首を振った。
 俺は立ち上がってトランプを片付けると、志摩宮を誘って部屋を出る。洲月さんが迎えに来るまで時間潰しにゲームコーナーで卓球をしたのだけれど、結局一回も勝てなかった。

「幽霊電車がきっかけとはいえ、せっかく仲良くなれたのに……本当に残念だよ」

 洲月さんはまた軽トラックで迎えに来てくれて、宿から五分くらい山の中へ入ったところにある小さな平家の前で停まった。
 小さくて古いそこは賃貸だとかで、洲月さんが町の仕出し屋さんで買ってきてくれた大量のご馳走に舌鼓を打ちながら、初めて洲月さんの素性を聞いていた。

「あれね、地元の人達でもよっぽど運が悪くないと見ないらしいよ。俺もこっちに来たばかりの頃すぐ見て騙されそうになったんだけど」
「馴染んでるから、てっきり地元民だと思ってましたよ」

 俺が言うと、洲月さんは苦笑しながらジュースを一口飲んだ。

「職業柄、色んな場所に転勤することが多くてね」
「本当の地元は何処なんですか?」
「何処だと思う?」

 これまであまり自分の事を話してくれなかった洲月さんだったけれど、もう明日にはサヨナラだからか、色々と話してくれた。蛍吾はそれを彼の横で楽しそうに聞いている。

「訛りが少ない感じがしますし、関東っぽいですよね」
「いや、標準語はかなり練習させられたよ。場に馴染む為には違和感を残しちゃいけないって言われて。……あ、これ、訛りのある土地生まれって言ったも同然だな」
「洲月さん、嘘吐けなさそうですよね~」

 転勤が多いのならたまに会うことくらい出来そうなものなのに、蛍吾は結局これ以上彼に入れ込まないと決めたらしい。俺から見れば洲月さんの方が必死で誘いを掛けていて、なのに蛍吾はそれを受け流してしまっている。そもそもの恋愛観が違うと断じられてしまったからもう余計な手出しはしないけれど、惜しいなぁと思わざるをえない。
 俺は雰囲気を壊さない程度に会話に参加しつつ料理を食べ、しかしこれまで洲月さんに対して全く警戒していなかった筈の志摩宮が、ここにきて何故か一口も食べず飲まずでスマホに釘付けになっていた。

「……おい、志摩宮。お前も食えよ、夜中に腹減るぞ」
「すみません、今溜まったクエの消化中なので」

 横から箸でたこ焼きを摘んで志摩宮の口元に運ぶのだけど、いつもなら迷いなく食べる志摩宮が頑として口を開けてくれない。それほど必死になるほど、クエスト消化はきついのだろうか。ゲーマーじゃないので理解出来ず呆れていると、洲月さんが志摩宮へ笑い掛けた。

「この辺は電波弱いし、宿のWIFIも遅かったでしょ? 好きなだけ使っていいからね」
「ありがとうございます、助かります」
「すみません……」

 チラッと目線を上げた志摩宮が律儀に洲月さんへ頭を下げたので、最低限の礼儀は弁えるんだなと感心しつつ、俺も保護者として彼へ一礼した。

「次は何処へ行くの?」
「一度北上して八戸へ寄って、それから南下しようかと」

 全国津々浦々を巡ってきたという洲月さんは、蛍吾の返事を聞いて八戸のオススメの宿や店、お土産のチョイスまで仔細に語ってくれた。そこそこ年齢が離れているとは思えないくらい、話していて気負わせないでくれる。人徳というやつだろうか。徹さんにも見習ってほしい。

「だいぶ長旅なんだね。何か目的があるの?」
「目的というか、仕事があって」
「仕事? 卒業旅行じゃなかった?」

 首を傾げる洲月さんに、蛍吾が笑顔のまま固まった。蛍吾の失言は珍しいなと思いながら、すかさず助け舟を出す。

「あ、旅費稼ぐのに日雇いのバイトしながら進んでるんですよ」
「そっか、そうだよね、宿代だけでも結構嵩むもんね」
「俺の食費もかなりかかりますしね」

 モリモリ食べながらの俺の台詞に、洲月さんは声を上げて笑った。

「そうだね。静汰くん、すごい食べるもんね。……ね、やっぱり霊力の補充は食事で補ってる系なの?」
「あーいや、若干は速まりますけど、それほど影響は……、……え?」

 答えてから、自分の口を押さえた。今、なんて?

「そっか、じゃあいっぱい食べるのは元からなんだ」
「そうですね。……へ? え?」
「洲月さん……?」

 ニコニコと穏やかに笑ったままの洲月さんは、動揺する俺と蛍吾を交互に見てから、志摩宮を見て首を傾げた。

「君が飲み食いしなかったのは、気付いてたから?」
「……なんとなく、危なそうなもんって体が受け付けないんスよ。あんたから敵意を感じなかったし、俺らの保護者に聞いたら『気付かないなら自業自得だ、放っとけ』って言われたので止めなかったんですけど」
「噂通りスパルタな感じだね」

 納得したように頷く洲月さんを見つめて、蛍吾が「どういうことですか?」と言ってから、また口を押さえる。

「なんだこれ、まだ言うつもりなんか」
「ああ、うん。思ったことそのまま出ちゃうように仕込んであるから。怖がらなくていいよ、毒じゃないから体に影響はない」

 口元を掌で覆って目だけで洲月さんを見る蛍吾は、信じられないと瞳で語っている。

「なんでこんな、ってか、思ったことを? え、洲月さんが? 志摩宮は知ってて黙ってたのか? てか、保護者って」
「はいはい静汰、ちょっとあんたはうるさくなりそうなんで食べてて下さい」

 頭に浮かんだ疑問がマシンガンのように飛び出してしまった俺の口に、志摩宮が横からスルメを突っ込んできたので、それをもちゃもちゃと噛みながら目を白黒させた。

「なんでこんな事をしたのか。それは俺が静汰くんの実力を見たかったから。思った事を言ってしまうのは、飲み食いすると自白するように俺が仕組んだから。志摩宮くんはたぶん、ここに来てテーブルの上を見た時にもう気付いてたね?」

 一つ一つ俺の質問に答えてくれた洲月さんが、その続きを志摩宮にパスしてジュースを一口ごくりと飲んだ。

「ええ、まあ。ユーレイとかそういうの全然見えないですけど、勘だけは良い方らしいので。あ、保護者ってのは染井川のことです」
「は? 染井川さんに連絡したのか?」
「さっきメッセ送ったら即レスきましたよ」
「放っとけって!? あのクソ鬼悪魔っ」
「それも伝えましょうか?」
「やめて」

 スルメイカだけでは止まらない俺の口に今度は大きな唐揚げが放りこまれて、口いっぱいのそれを頬張る俺から、志摩宮が洲月さんへ値踏みするような視線を向けた。

「一個だけ、俺からも質問いいですか」
「どうぞ?」
「蛍先輩に気があるフリしてたのも、静汰に近付いて様子見する為ですか」
「……っ」

 口を覆って何も言わずにいる蛍吾は、志摩宮の言葉を聞いて辛そうに目を伏せた。
 肯定するなら容赦はしない。俺と志摩宮からの殺気めいた気迫を受けた洲月さんは、一瞬真顔になってから、また一口ジュースを飲んで、そしてみるみるうちに顔どころか耳まで真っ赤になった。

「……あ、あの、え? 俺、……俺、そんな気がある感じ出してた? 嘘、だって、ちゃんと我慢して……出来るだけ静汰くんと話してたし、あんまり近寄らないようにしてたのに……、え? なんで?」

 なんでバレたの? と慌てる様子に、俺はホッと安堵して、志摩宮は肩を竦めて、けれど蛍吾は信用出来ないみたいに彼の方を見ない。

「蛍先輩、脈ありですよ」
「……俺たちをハメた奴だ。信用出来ない」

 志摩宮は蛍吾を安心させたいみたいに声を掛けるけれど、彼は真顔で首を横に振った。それを見て、洲月さんが傷付いたみたいに顔を歪める。

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