神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

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 ふわふわ浮いていた。
 白い空間。自分の姿は見えず、なんとなく下を見下ろす感覚で視線を動かしてみるけれど、真っ白ばかりでやたら眩しい。
 この空間には覚えがあった。夢の中だと思っていたが、死んでも夢は見るのだろうか。

《 夢、というか。向こうとは別の空間だからね 》

 何も無かった筈の場所に、気がつけばシマミヤが浮いていた。
 赤銅色の肌に銀髪が流れる様は、やはり美しい。触れたいと思ったけれど、俺にはもう手が無い。

《 静汰が望むなら、こっちに体を作ることもできるけど 》

 え、そんな事出来んの?

《 ……作っちゃったらもうあっちに戻れなくなるけどね 》

 どの道、死んでるんだし。俺がそう思うと、シマミヤがまた悲しそうな顔をする。死ぬ間際のあの時も、そう言えば同じ顔をしていた。俺が死ぬのを分かっていたのだろうか。

《 うん。静汰、何度辿っても同じ事するからね。もう止めない事にしたけど、……静汰が死ぬのを見るの、何度見ても慣れない 》

 何度辿っても?

《 ほら俺、死んでから神様になるでしょ。でも、俺の存在に時間は関係無いんだよ。だから、死んだ俺は神になって、また静汰が生まれてこっちに迷いこんでくるのを待つ事になるんだ 》

 ……?

《 俺は何度もループしてるけど、そのずっと先もずっと前にも俺は神として存在してる。それでも、俺が待ってるのは静汰だけなんだよ 》

 訳が分からない。なのに、シマミヤは俺に理解させるつもりも無いらしい。勝手な事ばかり言って、とムッとするのに、彼は目を細めて愛おしげに微笑んでくる。

《 さて。静汰には、二つ道がある 》

 唐突に、シマミヤは指でピースを作って俺の前でその手を振った。

《 一つは、そのまま死ぬ。ここに魂だけで長くは居られないから、俺が輪廻に戻してあげる 》

 輪廻に……。

《 そ。静汰の魂は転生して、また他の生き物になってあっちの世界を巡る 》

 二つめは?

《 生き返る 》

 え、出来るの? じゃあそっちに決まってるじゃん。生き返らせてよ。

《 た、だ、し 》

 シマミヤは困ったみたいに首を横に振って肩を竦めた。

《 それには条件がある。当たり前でしょ、なんも無しに生き返れる訳ない。それも、あんな死体も無くなっちゃうような死に方して 》

 選んであの死に方したみたいな言い方をするな。

《 で、条件だけど。『俺の依代になること』だ。その意味、分かるよね 》

 依代。
 神様の依り所になる代物。
 俺たちの世界へ神様を降ろし、世界との結び付きを安定させる為にその魂全てを捧げる存在。輪廻転生から外れ、永久の時を仕える神様と共に在らねばならなくなる。
 死ねば終わりの神子とは違う。終わりの無い時間を、永遠に神の側でその魂を消費し続けなければならない。
 ただし。依代になれば、神と一心同体である為に、神の力を自分の力として使えるようになる。

《 そう。俺の力で、静汰を死ぬ前の時間に還してあげる。……お勧めできないですけど 》

 苦笑みたいに顔を歪めたシマミヤに、首を傾げた。どこが首だか分からないけど、なんとなく傾げた気分で。

《 永遠に俺と一緒だからね。よく考えてから…… 》

 いや、早く生き返らせてくれよ。

《 聞いてました? 依代にならないと出来ないんだって 》

 うん、なるから。だからさっさと帰してくれ。さっきの感じだと、たぶん志摩宮泣くから。待たせると可哀想だろ。

《 いや……あの…… 》

 困り果てるシマミヤの肩に掌が乗って叩いた。え、空中に手が。なにそれこわい。手首から先が消えたその何かは、シマミヤを慰めるみたいに撫でてから、また消えた。
 どこから来てどこへ消えたのか。きょろきょろと見回してみるが、それらしき気配は無い。

《 ちゃんと選択肢あげてるのに、結局俺を選んでくれるんだから……静汰、俺の事好きすぎ 》

 今更だろ。

《 生きてる間は、あんまり実感出来なかったよ 》

 ……。

《 向こうに戻ったら、少しは俺に頼ったり甘えたりしてくれよ 》

 善処するよ、と思ったら、シマミヤは口ばっかり、と拗ねたような表情になった。

《 あとね。俺の名前呼びながら、「お前じゃない」っていうの、アレほんとやめて。言ってないけどめちゃくちゃ傷付いてるから 》

 ごめん。
 っていうかお前、神様になってまでシマミヤって名前なの、紛らわしくない? そんなに下の名前イヤなの?
 思いきって、今まで聞かないでいた事を尋ねてみた。志摩宮に聞くのは辛い思いをさせそうで嫌だけど、このシマミヤなら大丈夫だろう。何度も俺に会いに来るくらいは神様になって長そうだし。

《 ま、ゴミみたいな名前で気に入らなかったのは事実だけど。シマミヤって名乗ってるのは、静汰がそう呼んで、名付けてくれたからだよ 》

 俺が? いや、そりゃ俺は志摩宮って呼んでるけど、俺が付けた訳じゃないだろう。
 そう思うのに、シマミヤは笑って誤魔化した。

《 そのうち分かるよ。……じゃあ、いいんだね? 依代になって、後悔しない? 》

 さあ。

《 ……静汰、どこまでも静汰だよねぇ 》

 それ褒めてる?

《 呆れてる。分かった、これ以上聞いても時間の無駄だし、静汰を向こうに還すね 》

 そうして。
 シマミヤは俺の方に手を伸ばして、俺の中にその指を入れてくる。魂の中に、じわりじわりと浸食してくるものが感じられてくすぐったい。温かくて、だけど酷く重苦しい。段々と息が詰まってくるようで、苦しさに呻くとシマミヤが笑った。

《 たぶん、これから一生その息苦しさが付き纏うよ。俺と一心同体になったから、俺の『嫉妬』も静汰に流れ込む 》

 ごめんね、と謝られて、でも悪い気はしなかった。
 だって、それってつまり、志摩宮と同じ気持ちでいられるって事だ。

《 ほんと単純だね、静汰は。……はい、終わり。依代になった気分はどう? 》

 え、ごめん、ちょっと息苦しい以外はよく分かんないかも。

《 大丈夫、それ以外の感想聞いたこと無いから、たぶん正常に完了してる 》

 何度繰り返しても、俺が語彙力の無い馬鹿なのに変わりは無いらしい。
 そういえば、依代になるのを嫌がった俺って今まで一人もいなかったのかな。

《 ……。居ないね。色々、細かい生活の出来事とかで変化はあったし、俺を選ばない静汰も、一度だけ居たけど……。それでも、その静汰も、俺の依代になった 》

 シマミヤを選ばないのに、依代になった?
 なんのこっちゃ、と頭を傾げるのに、シマミヤはこれ以上話したくないみたいに頭を振った。
 というか、なら、シマミヤの傍には大量の俺が居るって事か?

《 なら良かったんだけどね。残念ながら、死ぬと俺と同じように記憶が統合されて一つの存在に落ち着……あ、そうか、例外も居たっけ。さっき言った、俺を選ばなかった静汰は統合されたくないって言うから、別個の存在に落ち着いたんだよ。だから、二人って事になるかな 》

 なにその我儘な俺……。

《 二人とも仲悪いから、鉢合わせさせないように俺が気を遣ってるんだよ 》

 あ、そりゃどうも。
 なんだか死んでも色々あるらしい。苦しんだり痛かったりはしなそうだけど。

《 それじゃ、向こうに還すよ。もう俺は向こうで話かけたり姿を現したりしないから、好きに力使って 》

 え、出てこないの?

《 だから、言ったろ。俺の名前呼びながら、俺じゃない奴を呼んでるあんた見るの、すごく嫌なんだよ。だからもう向こうには行かない 》

 そっかー。その姿、死ぬまでお預けか。

《 ……死んだらいくらでも見れるし、いくらでも相手してあげるから 》

 にぃ、と意味ありげに笑われて、相手する、の意味を邪推して赤くなった。たぶん。そんな気がする。

《 それじゃ、また 》

 あ、待って待って。一個だけ聞きたい。

《 何? 》

 志摩宮って、いつになったら敬語抜ける感じ? 前にタメ口で良いって言ったのに、また敬語に戻ってるから気になってさ。
 俺の問いに、シマミヤは眉をハの字にして溜め息を吐いた。

《 ……死ぬまで抜けないよ。静汰、死んでからもずっとそれ言うから 》

 なんだそれ、と俺が笑おうとしたら、急に意識を引っ張られる心地がした。
 ぐいぐいと頭の先から引っ張られていって──。










「いでっ」

 どすん、と尻餅をついた。
 床に強かに尻と肘を打ち付けて、電流が走ったように痺れる腕を摩る。

「……せ、いた」

 蛍吾が俺を呼ぶ声の後、ことり、と何かが床に落ちた音がした。
 見回せば、そこは学校の小ホールだ。蛍吾や染井川さん達が、突然後ろに現れた俺を見て驚愕に動けないでいる。
 そりゃそうだ。彼らにとってみれば、俺は今目の前で炭になって消え掛けてた所だったんだから。

「志摩宮!」

 彼だけが俺の方を見ずに掌の中の煤を見つめて動かないので、心配になって呼び掛けた。けれど、志摩宮は顔を上げてくれない。

「おーい、志摩宮?」

 立ち上がって尻についた埃を手で払いながら志摩宮に近付くのに、彼は頑ななまでに顔を伏せ、寄ってしゃがんで見てみれば、どうやら目を閉じているらしかった。

「しーまーみーや。大丈夫だって。生きてるってば」

 肩を叩くのに、志摩宮は目を閉じたまま首を振る。

「目ぇ開けろって」
「……嫌です」
「なんで」
「だって、もし、今聞こえてるのが、俺の幻聴だったら……目を開けて静汰が居なかったら、俺、俺……」

 なにそれかわいい。思わずキュンとしてしまった。
 そんな場合じゃない、と思い直して、俯く志摩宮の頭を撫でた。うねうねですべすべで、撫でているこっちが気持ちいい。

「シュレディンガーの猫箱か」
「しゅれ……?」
「箱を開けなければ、中の猫は死んでるかもしれないし生きてるかもしれない。だったら猫は死んでいるし生きている、ってやつ」
「意味分からないです……」
「今のお前だよ。目ぇ開けなければ俺は死んでないし生きてもない」
「どっちなんですか」
「生きてるって言ってるじゃん」

 もー頑固な奴だな! と立ち上がって、呆気に取られつつもまだ結界を張った中で様子見している蛍吾たちの方を見た。

「染井川さん、さっきのやつもっかいやる?」
「……あ?」
「俺の頭撫でて頭にチューしまくるやつ。いいよなぁ志摩宮、なんたって俺、幻かもしれないしなぁ?」

 わはは、と笑ったら、志摩宮が勢いよく顔を上げた。その目はきっちり開かれていて、でも怒ったように眇められている。

「そんな事させたんですか!?」
「なんだよ志摩宮、俺が死んだままでも良かったんじゃないのか?」
「あんたはまたそうやって誰にでも……!」

 ごめんて、と謝るのに、志摩宮に抱き着かれてバランスを崩してまた尻餅をついた。痛いけど、そういえばそこまで痛くない。ソコまで治してくれたのかと思い当たって顔を赤くしたのを、どうやら志摩宮は違う意味でとったようだ。

「思い出してそんなに赤くなるくらい嬉しかったんですか? 俺じゃなくてもいいんですか?」
「違うって」

 ぎゅううう、と抱き締められて、志摩宮の背をゆっくり撫でた。

「ほら、生きてるだろ?」

 志摩宮の頰を掌で包んで、ちゅっとその唇を奪う。みるみるうちに緑の瞳が潤んで、志摩宮の目尻から涙が溢れて慌てた。

「え、おい泣くなよ。俺生きてるってば」
「……っし、死んだかと、思っ……」
「あ~……」

 ぐすぐすと泣き始めてしまった志摩宮に胸を貸して、腕で隠した。泣き顔が可愛すぎる。他の奴に見せたくない。
 見るなよ、と牽制するつもりで蛍吾達の方を睨んだら、まだ結界の中の彼等は、何故かうんざりした雰囲気で俺たちの方なぞ見ていなかった。え、何その感じ。

「落ち着いたらでいいんで、そっちの呪物どうにかして下さい。それまで僕ら動けないので」

 森さんが指差した方を見ると、俺が投げた布袋が落ちていた。

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