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しおりを挟む着いた先は、ラブホテルではなくマンションだった。ただし、見た目だけでかなり高い。階層的にも、そして家賃的にも。いや、マンションは家賃ではなく購入するものだっけか、中流家庭の下の方で生まれ育った俺にはあまりその辺の知識は無い。
「自宅……じゃ、ないですよね」
ファミレスからはカナメの運転する黒いクラウンに押し込まれ、とりあえずは大人しく従ってきた。まず地下の駐車場に入るのにカードキー。それからロビーに入るのに声紋認証を通過して、挙句最上階の部屋に上がる為にエレベータで専用のキーを取り出した時は冷や汗が背中を伝った。
倫子はいったいコイツとどんな繋がりなのか……。
「ヤリ部屋だ。なんならここに住んでもいい。待ち合わせる手間が減るからな」
先程のファミレスで店員に見せた爽やかな笑顔はどこへやら、なんでもないことのように無表情で、カナメはエレベータを降りてすぐ部屋という異次元空間へさも当然のように入っていく。
「おじゃまします……?」
玄関も廊下も無い。靴のまま要はだだっ広い空間に配置されたリビングセットらしきあたりのソファにばたんと倒れ込んだ。
閉まるエレベータのドアを背にして、しかし俺は動けない。
とにかく、広い。俺の住んでいるワンルームの部屋が丸々一個入ってしまいそうな広さのLDKには、ソファからサイドテーブル、テレビやスピーカーなどのAV機器までもが同じ色調の白で揃えられており、それらの下には毛足の長いグレーブラウンの絨毯が敷かれ、床材は磨き込まれたピカピカの大理石。備え付けの家具家電以外に生活感のある物は一つも無い。ティッシュすらあるのか疑わしい、住む人間の匂いを感じさせない部屋だ。
それより何より、正面の窓がでかい。何階建てなのか、窓からかなり離れている俺からですら外の夜景の光が見えるくらいだ。室内は照明を点けていないのに、外からの光と、それを反射する床材の輝きのせいで、要の面白がる表情すら見てとれる。
眼前に広がる光景に、ただただ圧倒的された。右奥の壁に扉が2つあり、どうやらまだ他にも部屋があるらしい。
「何突っ立ってんだ」
「いえ、土足でいいのか迷っていて」
どう見積もっても高そうな床材を、車のオイルやガソリンなんかが染み込んだ俺の靴で汚していいものか。素直に戸惑いを口にすれば、「どうせ毎日ハウスクリーニングが入るから好きにしろ」と気にした風もない。というか、高級マンションの最上階をヤリ部屋にして、更に毎日ハウスクリーニング……。だめだ、考えない方がいい。
「……そうだな。前言撤回だ。脱げ」
何事か企んだような顔で、カナメは汚れたニットを脱いでその辺に放り投げる。長い脚を組んで両腕をソファの背もたれにひっかける格好が様になり過ぎて、下着らしい首元の緩いTシャツにジーンズ姿なのにまるで映画の撮影か何かのようだ。
脱いだ靴をとりあえずエレベータの扉の横の壁の前に揃えて置くと、「全部だ」と声がかけられる。どうやらすぐにでもプレイに入りたいらしい。意図を読み、思案する。
まだカナメという男がどんなプレイを好むのか見当がつかない。ただ、先程挑発するような事を言った俺に気分を害する風は無かったから、どうやらそう短気でもないようだと少しは安心したが。
とりあえずは素直に言う事を聞いてみる事にして、するすると服を脱いでいく。ゲイでは無いというのだから、特に視線も気にならない。試す為に、恥じらいはみせなかった。
「それで、先程の話の続きですが……」
脱いだ服をわざとらしく丁寧に畳みながら、蒸し返してつまらない話しを始めようとした俺に、さすがに彼は苛立った様子を見せた。
ガツン、と靴の踵で床を叩く音が部屋に響く。
「来い」
彼の正面へと顎で呼ばれ、全裸のままそこへ直立してみせた。一応プライドの為にいっておくが、俺の息子は垂れたままだ。
「ガリガリかと思ったら、上半身は筋肉ついてるんだな」
関心した風に言われ、まあ仕事柄な、と心の中だけで返答する。が、続いた台詞に緊張が走った。
「顔と肘から先の腕は黒いが、腹は白い。外で働いてるな。この季節でも腕まくりする必要があるってなると、水仕事もある。だが、脚に筋肉が無いから土方じゃない。鳶でもねぇ。靴の汚れ方は土じゃなく油系」
「ちょっと、待って下さい! そういう詮索をするのはルール違反です!」
素直にしててやったのに、と怒りを露わにしたが、どうやらカナメにしてみれば予想通りの反応だったらしい、満足げに唇の端を上げた。
「素の見えねえ相手程、探りたくなるもんだ」
やはり、面倒くさい男だ。自分の思う通りにするために、わざと相手を挑発してくる。
「……Mが生意気な言葉遣うの、普通は嫌がるもんじゃない?」
「命令通りに出来りゃあ言葉なんてどうだっていい」
だったら敬語でもいいんじゃないか、と矛盾はあるがとりあえず気にしないでおく。使い慣れている訳でもないし、好きで使っている訳でもない。
「じゃー、お言葉に甘えて普通にするけど。で、ご主人様、俺何すればいいの」
ソファに腰掛けるカナメの脚の間に跪いて、色気も何もない言い様で問いかける。
「まずは靴を舐めろ」
出たよ。
初心者Sがやりたがる事トップ5作ったら絶対入ってくるよコレ。女Sの初心者教本にでも書いてあるんじゃないかと思う程よくやらされたが、どうやら性別は関係無かったらしい。ちなみに他のランクイン候補は『生身の他人では手首すら縛った事が無いのに亀甲縛りに挑戦』や『ド下手クソな言葉責めもどきだけで勃起させようとする』、『足コキでイけと強要』などなど。
「あのなぁ、お前がどこ歩いてきたかも分かんないのに靴舐めろって」
いきなりハイヤラセテイタダキマス、なんてMはいない、と。
注意しようとした横面を衝撃が襲った。何が起こったのか一瞬分からず、石床に強かに打ち付けたこめかみ辺りに痛みを感じてやっと、差し出されていた靴に蹴り飛ばされたのだと知った。
「なに、いきなり」
「命令通りに出来れば、って言ったよな」
睨むその眼は、今までどう隠していたのか、明らかな嗜虐を楽しんでいる。
ゾク、と怖気が背筋を通った。突然の暴力に、股間が熱をもったのが分かる。
正直、先程までの態度で彼を舐めていた所はある。羞恥プレイとか言葉責めとか、そういうのが好きな『精神的S』なのだろう、と。
だが、今俺を蹴ったその脚は、みじんも躊躇が無かった。はぁ、と吐く息にも熱が篭もる。
再度眼前に靴を差し出され、彼が何か言う前に自らそれに唇を寄せた。れ、と小さく舌を出し、靴の裏を舐める。黒い革のブーツは高級そうで、革に唾液をつけるのが躊躇われた。ぺちゃぺちゃと下品に聞こえない程度に音を出しながら舐める。やはりというか砂利だらけで、口の中が苦いし不愉快だ。経験的にそれは顔に出さず、あえての無表情。
素直に、そして熱心に靴の裏を舐める俺の姿に、しかしカナメはつまらなそうにしているのを視界の端に捉えて、思案を巡らせる。
彼は、どちらだろうか。言葉の上ではただ従順さを求めるこの男が、求めているM像はどんなものなのか。
無表情で淡々と従うMというのは、やはり味気ないようだ。この種の『従順さだけ』を求めるSはあまりいない。とすれば、大分類的にはあと2つ。大多数を占める『喜んで奉仕するM』を好むか、『嫌がりながらも倒錯的な快楽に堕ちるM』か。それとも、それとも……。
少しだけの希望を持ちつつ、しかし期待はすまい、と自らの希望を打ち消すように崩れた笑顔を作ってみせた。
「ああ、ご主人様……。ご主人様のお靴、美味しい。もっと甜めさせて下さい」
知らず、言葉までもプレイに引き摺られる。敬語を使った事でまた怒りを買うかとも思ったが、どうやらお気に召したらしい。もう片方の靴を許可なく勝手に舐めだしてもお咎め無しだ。
残念無念、もう一度あの蹴りを期待していたが、どうやらこのタイプのままプレイを続行すればそれは叶わないだろう。
或いは、教育を口実に激高させるのも手か、と思う。少しくらい、自分の利を求めてもいいじゃないか……。
ぴたりと舐めるのを止め、
「やっぱ、やだ。男にしても興奮しないし、やめやめ」
肩を竦めて、ぺっぺと口の中の砂利を吐き出した。綺麗な床が砂利と唾液で濡れて、少しばかり罪悪感があるが。すぐさまくるかと身構えた蹴り足は、しかし優雅に組まれたままだ。
「さっきからコロコロと、忙しい奴だな。何を試してる?」
全てではないにせよ、こちらが何か意図を持って態度を変えているのは気付いていたらしい。Mの様子を見ながらプレイするという初歩は出来ているのか、感心しながらも素っ気なく立ち上がる。
「試してたのは自分を、だよ。男でもプレイするだけならできるかなーと思ったけど、やっぱ無理。帰るわ」
興醒め感を出しつつカナメに背を向ければ、背後の男が無言で立ち上がる気配を感じた。
ぞくぞく、と身体を震わせる。ああ、早く。早く、もう一度。俺を蹴り飛ばして、痛めつけてくれ。倒れた身体を厚く硬いブーツで思いきり踏みつけ、悲鳴も出ない程殴ってくれ──。
しかし、期待は再度裏切られた。
「エレベータは俺の鍵が無きゃ来ねぇぞ」
平坦な声で告げるカナメに、ガッカリしたのを隠しもせず振り返る。
「だったらそれ使って呼んでく」
れ、と。言い終える前に、平手で頬を叩かれた。勢いにふらつく肩を掴まれ、反す手でもう一度。パシン、パシン、と音は軽いが、力の入り方が本気のそれだ。
「や、め」
制止の声をあげようとしたのに、更にもう一度。叩かれる度、首が右へ左へ跳ね飛ばされそうになるのに、肩口をしっかり掴まれているため倒れ込むことすら許されない。
張られた頬が熱く、ジンジンと痛む。殴られるような鈍痛と違うそれは、しかし俺の興奮を呼ぶには十分な痛みだ。おそらく、申し訳ありませんと一言謝るだけで、この仕置きらしき行為は止むだろう。だが俺はそうしない。
久々の、痛み。繰り返されるそれを、続けさせる為に、制止の声を出す。
「ゃ、やめ……、ごしゅじ、さま、……お、ねが」
やめてくれ、とは、むしろ反抗の言葉だ。Sに対して命令する言葉。だからこそ、何度も繰り返す。
カナメの瞳は昏く、何を考えているか分からない。俺が、わざと挑発しているのに気付いているのだろうか。或いは、謝ればいいだけなのに理解の遅い奴だと憤っているのか。
どちらか測りかねたまま、何分だろうか。体感にして、十五分程。おそらく叩く要の手ですら痺れてきただろうに、まだそれは続いていた。
バチン、と一際大きな音をたてて叩いたカナメの手が、ハッと正気に戻ったように止まる。頬に濡れたような感覚があるから、おそらく爪が当たって皮膚が破れたのだろう。
チッ、と小さく舌打ちし、俺から手を離して奥の部屋へ消えていく。へなへなと床に座り込むと、どっと疲労感が襲ってきた。
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