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六、農村子ども歌舞伎
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待ちに待った十一月三日、秋晴れの空がどこまでも続いていた。
準備は、近くの小学校でする。昔の映画に出てくるような本当に小さな木造の小学校だ。家庭科室と理科室を兼ねた部屋で、大樹たちは支度をする。
だれも緊張している様子もなく、どの子もわいわい楽しそうだ。
「はあい、今から『眉つぶし』だよ、顔をきれいに洗ってきてね」
順番にびんづけ油を眉にぬってもらって、眉毛を目立たないようにする。五人の子どもたちは、相手の顔を見て笑い合った。
「用意ができたらこっちへ来てね」
その日だけ特別に来てくれているお化粧担当のおばさんが言った。これから役にあったお化粧が始まるのだ。
まず健太の弁慶だ。目の縁をぐるっと赤くぬって、その上から真っ白いおしろいをべたっと刷毛でぬる。
次は大樹の徐福法師だ。ちょっと黄色がかった白いおしろいの刷毛がおでこをなぞったとき
「つめた!」
大樹は、思わず声が出た。
「あー、ごめんね。はい、肩の力抜いてね。ばっちりだよ」
そう言いながら、おばさんは手際よく仕上げていく。
「さあ、いいよ。鏡見てね」
そう言われて鏡を持った大樹は、ふきだしてしまった。
「うわ! 前の学校の友だちが来るけど、絶対分からないよ」
笑いが止まらないまま、次に代わった。
あおいの牛若丸がまっ白になっているとき、大樹は横からおばさんに聞いてみた。
「どうしてそんなにまっ白くするの?」
おばさんは、にこっと笑うと、手を動かしながら話してくれた。
「昔はね、ろうそくだけが舞台の灯りだったでしょ。だから、役者の顔が客席からよく見えるようにまっ白にしたんだって。隈取りのくっきりした線も、そのためだったみたいよ」
お化粧が終わった五人は、みんなげらげら笑っている。
舞台は午後からなので、お弁当を食べた。真っ白い顔で食べているみんなは、やっぱり面白くて、つい笑ってしまう。かおり先生が、手をパンとたたいて言った。
「はい、今から口紅を塗るからもう何も食べないでね。飲み物はストローで。でも、トイレが大変だから少しにしてね」
お父さんも山本さんも、真っ黒い着物みたいな上着にズボン、腕にも手にも黒いカバーを付けていた。頭には黒い頭巾、薄いのれんみたいなもので顔を見えにくくしている。
「いやあ、ちょっと恥ずかしいですね。まあ黒子だから見えないんですけど、やはりね」
そう言いながらお父さんは、ちょっと緊張しながら着替えをしていた。
子どもたちも、それぞれ手伝ってもらって、衣装をつけた。
支度ができた大樹が廊下に出てみた。
「おー、大樹君、かっこええやないか。まあお互いがんばろうな」
まっ白いつやつやと光る衣装を着け、いかめしい化粧をして髭をつけた人が、手をあげて言った。大樹がポカンとしていると、
「源じいやでえ、菅原道真やからな。行ってくるわ」
「うわ、すごい。今からですね。がんばってください」
そう言って、堂々と歩いて行く源じいの背中に手を振った。
教室に戻ると、先生たちも役があるので、それぞれ化粧し、豪華な衣装やかつらを身に着けていた。
おばあちゃんが、先生たちの変わりように見とれて言った。
「うわー、さすがねえ、プロの着付師の手際。あっという間だねえ」
支度ができた先生たちは、大きな日本人形みたいで、大樹はドキドキしてしまった。なつきちゃんもちょっと口紅をつけてもらって着物に着替えている。今日は、かおり先生は忙しいので、パパに甘えてずっとだっこしてもらっている。
時間が来て、大樹がお父さんの車で神社まで送ってもらうと、たくさんのお客様で境内はいっぱいになっていて、目を見張った。
そこへ男子が三人走って来た。前の学校の友だちが来てくれたのだ。
「えっ、やっぱ、大樹? うわー、分からんわ。でも、マジかっこいいじゃん」
「遠いのに来てくれてありがと」
「電車が山の中に入っていくからどこへ行くんだとちょっとビビった」
「市内にこんな田舎あるとは知らなかった」
口々に話す友だちに、大樹は衣装のそでを払って言った。
「すっごい田舎だけど、なかなか住み心地いいんだよ」
友だちも、手にもったカラフルなおひねりを投げる真似をして言った。
「これぶつけてやるよ。がんばれよ」
大樹は、手に持った和傘を大きく振った。
先生の合図で舞台のそでに並んだ。みんな流石に顔がきりりとひきしまっていた。
♪いらかのなみとくものなみ~
童謡に合わせて、大樹たちが花道から登場すると、歓声と大きな拍手が起こった。
「梅が香にさそわれ来るうぐいすの」
先頭の健太の弁慶が大きな声を張り上げ、一歩前に踏み出した。
♪きょうのごじょうのはしのうえ~
「春まだ浅き、朝まだき」
続いて、あおいの牛若丸は、堂々と足を踏ん張る。
そして、大樹だ。
♪こころざしをはたして~
大樹が一歩を踏み出したとき、誰かが叫んだ。
「待ってましたあ、徐福!」
大樹は、おもいっきりお腹の底から大きな声を出した。
「淀の川瀬や、水車、交野にそよぐ春の風」
♪ももたろさんももたろさん~
彩花の桃太郎は小さな体から声があふれている。
「なにわ芦原、津の国の海、汀にすだく浜千鳥」
「あらー、かわいい」
お客さんもにこにこ見ている。
♪まさかりかついだきんたろう~
最後に登場した陽介の金太郎は、足を踏み出したところで止まってしまった。赤い顔が余計赤くなった。
(あっ、せりふ忘れた。一番元気だったのに)
大樹は何とかしたいと思うけれど、ポーズを決めたら動いてはいけない。背中に汗がふきだした。
(陽介がんばれ)
そう思っていると、
「そのささやきに励まされ」
後ろで黒子の山本さんが小さな声をだした。
陽介も思い出した。
「そのささやきに励まされ、諸国行脚の五人連れ」
ちょっと小さな声だったけれど、言えた。
(よかった。さあ、ここからが徐福の長いせりふと見得だ)
白地に紫の縦じまの着物、黒と黄色の帯、足には赤いタイツと下駄。花柄の太い鉢巻を後ろに垂らしている。そして、手には色鮮やかな和傘を持っての勇ましい姿だ。
「和田の岬や須磨の月、眺め明石の白砂に」
大樹は、目を上に向けてはっきりとせりふを言う。
「人は不老長寿を願うもの、唐土の国は秦の帝、諸国を治め万里の長城……豊芦原は瑞穂の国……薬草探して幾山川……見つけ出したる黒蓬……唐と日本の橋渡し、大役果たした徐福の法師!」
傘をたたんで、一歩前に右足を力強く踏ん張る。そして、左手を大きく後ろへ引いて目を見張り、見得を切る。
バンバン、チョチョン、バン。
お父さんの附けの音も気持ちよく響く。大きな拍手と共に色とりどりのおひねりが、あちこちから足元に飛んできた。
五人がそれぞれ長いせりふをはっきり言えた。いよいよラストだ。
「こうして五人顔揃え、今日の良き日の祭り席に連なる祝辞も他生の縁、手に手を取って表街道元気よく上を向いて歩こう!」
♪うえをむいてあるこうなみだがこぼれないように~
ババン、チョチョン、バン。
黒、萌黄、柿色に古びた幕が引かれ、すごい拍手が境内に響き渡った。色づいた樹々の葉までがふるえたようだった。
みんなはやり終えた興奮でほおが赤い。大樹も体中が熱かった。舞台の前は、おひねりで歩けないほどだ。客席で、おばあちゃんが目をまっ赤にして拍手をしている。友だちも手をふっている。
幕がまた開いた。もっと大きな拍手が起こった。マイクを持ったお姉さんにインタビューされて、五人は順に答えていった。学年と名前を言う。
大樹の横で、お姉さんはにこやかにマイクを向けた。
「この舞台は何点をつけますか?」
大樹は、ちょっと息を吸って吐き出すと
「百点」
胸を張って答えてから、空を見上げた。雲の向こうで、お母さんが、あの最高の笑顔で手を振っているのが、はっきり見えた。
準備は、近くの小学校でする。昔の映画に出てくるような本当に小さな木造の小学校だ。家庭科室と理科室を兼ねた部屋で、大樹たちは支度をする。
だれも緊張している様子もなく、どの子もわいわい楽しそうだ。
「はあい、今から『眉つぶし』だよ、顔をきれいに洗ってきてね」
順番にびんづけ油を眉にぬってもらって、眉毛を目立たないようにする。五人の子どもたちは、相手の顔を見て笑い合った。
「用意ができたらこっちへ来てね」
その日だけ特別に来てくれているお化粧担当のおばさんが言った。これから役にあったお化粧が始まるのだ。
まず健太の弁慶だ。目の縁をぐるっと赤くぬって、その上から真っ白いおしろいをべたっと刷毛でぬる。
次は大樹の徐福法師だ。ちょっと黄色がかった白いおしろいの刷毛がおでこをなぞったとき
「つめた!」
大樹は、思わず声が出た。
「あー、ごめんね。はい、肩の力抜いてね。ばっちりだよ」
そう言いながら、おばさんは手際よく仕上げていく。
「さあ、いいよ。鏡見てね」
そう言われて鏡を持った大樹は、ふきだしてしまった。
「うわ! 前の学校の友だちが来るけど、絶対分からないよ」
笑いが止まらないまま、次に代わった。
あおいの牛若丸がまっ白になっているとき、大樹は横からおばさんに聞いてみた。
「どうしてそんなにまっ白くするの?」
おばさんは、にこっと笑うと、手を動かしながら話してくれた。
「昔はね、ろうそくだけが舞台の灯りだったでしょ。だから、役者の顔が客席からよく見えるようにまっ白にしたんだって。隈取りのくっきりした線も、そのためだったみたいよ」
お化粧が終わった五人は、みんなげらげら笑っている。
舞台は午後からなので、お弁当を食べた。真っ白い顔で食べているみんなは、やっぱり面白くて、つい笑ってしまう。かおり先生が、手をパンとたたいて言った。
「はい、今から口紅を塗るからもう何も食べないでね。飲み物はストローで。でも、トイレが大変だから少しにしてね」
お父さんも山本さんも、真っ黒い着物みたいな上着にズボン、腕にも手にも黒いカバーを付けていた。頭には黒い頭巾、薄いのれんみたいなもので顔を見えにくくしている。
「いやあ、ちょっと恥ずかしいですね。まあ黒子だから見えないんですけど、やはりね」
そう言いながらお父さんは、ちょっと緊張しながら着替えをしていた。
子どもたちも、それぞれ手伝ってもらって、衣装をつけた。
支度ができた大樹が廊下に出てみた。
「おー、大樹君、かっこええやないか。まあお互いがんばろうな」
まっ白いつやつやと光る衣装を着け、いかめしい化粧をして髭をつけた人が、手をあげて言った。大樹がポカンとしていると、
「源じいやでえ、菅原道真やからな。行ってくるわ」
「うわ、すごい。今からですね。がんばってください」
そう言って、堂々と歩いて行く源じいの背中に手を振った。
教室に戻ると、先生たちも役があるので、それぞれ化粧し、豪華な衣装やかつらを身に着けていた。
おばあちゃんが、先生たちの変わりように見とれて言った。
「うわー、さすがねえ、プロの着付師の手際。あっという間だねえ」
支度ができた先生たちは、大きな日本人形みたいで、大樹はドキドキしてしまった。なつきちゃんもちょっと口紅をつけてもらって着物に着替えている。今日は、かおり先生は忙しいので、パパに甘えてずっとだっこしてもらっている。
時間が来て、大樹がお父さんの車で神社まで送ってもらうと、たくさんのお客様で境内はいっぱいになっていて、目を見張った。
そこへ男子が三人走って来た。前の学校の友だちが来てくれたのだ。
「えっ、やっぱ、大樹? うわー、分からんわ。でも、マジかっこいいじゃん」
「遠いのに来てくれてありがと」
「電車が山の中に入っていくからどこへ行くんだとちょっとビビった」
「市内にこんな田舎あるとは知らなかった」
口々に話す友だちに、大樹は衣装のそでを払って言った。
「すっごい田舎だけど、なかなか住み心地いいんだよ」
友だちも、手にもったカラフルなおひねりを投げる真似をして言った。
「これぶつけてやるよ。がんばれよ」
大樹は、手に持った和傘を大きく振った。
先生の合図で舞台のそでに並んだ。みんな流石に顔がきりりとひきしまっていた。
♪いらかのなみとくものなみ~
童謡に合わせて、大樹たちが花道から登場すると、歓声と大きな拍手が起こった。
「梅が香にさそわれ来るうぐいすの」
先頭の健太の弁慶が大きな声を張り上げ、一歩前に踏み出した。
♪きょうのごじょうのはしのうえ~
「春まだ浅き、朝まだき」
続いて、あおいの牛若丸は、堂々と足を踏ん張る。
そして、大樹だ。
♪こころざしをはたして~
大樹が一歩を踏み出したとき、誰かが叫んだ。
「待ってましたあ、徐福!」
大樹は、おもいっきりお腹の底から大きな声を出した。
「淀の川瀬や、水車、交野にそよぐ春の風」
♪ももたろさんももたろさん~
彩花の桃太郎は小さな体から声があふれている。
「なにわ芦原、津の国の海、汀にすだく浜千鳥」
「あらー、かわいい」
お客さんもにこにこ見ている。
♪まさかりかついだきんたろう~
最後に登場した陽介の金太郎は、足を踏み出したところで止まってしまった。赤い顔が余計赤くなった。
(あっ、せりふ忘れた。一番元気だったのに)
大樹は何とかしたいと思うけれど、ポーズを決めたら動いてはいけない。背中に汗がふきだした。
(陽介がんばれ)
そう思っていると、
「そのささやきに励まされ」
後ろで黒子の山本さんが小さな声をだした。
陽介も思い出した。
「そのささやきに励まされ、諸国行脚の五人連れ」
ちょっと小さな声だったけれど、言えた。
(よかった。さあ、ここからが徐福の長いせりふと見得だ)
白地に紫の縦じまの着物、黒と黄色の帯、足には赤いタイツと下駄。花柄の太い鉢巻を後ろに垂らしている。そして、手には色鮮やかな和傘を持っての勇ましい姿だ。
「和田の岬や須磨の月、眺め明石の白砂に」
大樹は、目を上に向けてはっきりとせりふを言う。
「人は不老長寿を願うもの、唐土の国は秦の帝、諸国を治め万里の長城……豊芦原は瑞穂の国……薬草探して幾山川……見つけ出したる黒蓬……唐と日本の橋渡し、大役果たした徐福の法師!」
傘をたたんで、一歩前に右足を力強く踏ん張る。そして、左手を大きく後ろへ引いて目を見張り、見得を切る。
バンバン、チョチョン、バン。
お父さんの附けの音も気持ちよく響く。大きな拍手と共に色とりどりのおひねりが、あちこちから足元に飛んできた。
五人がそれぞれ長いせりふをはっきり言えた。いよいよラストだ。
「こうして五人顔揃え、今日の良き日の祭り席に連なる祝辞も他生の縁、手に手を取って表街道元気よく上を向いて歩こう!」
♪うえをむいてあるこうなみだがこぼれないように~
ババン、チョチョン、バン。
黒、萌黄、柿色に古びた幕が引かれ、すごい拍手が境内に響き渡った。色づいた樹々の葉までがふるえたようだった。
みんなはやり終えた興奮でほおが赤い。大樹も体中が熱かった。舞台の前は、おひねりで歩けないほどだ。客席で、おばあちゃんが目をまっ赤にして拍手をしている。友だちも手をふっている。
幕がまた開いた。もっと大きな拍手が起こった。マイクを持ったお姉さんにインタビューされて、五人は順に答えていった。学年と名前を言う。
大樹の横で、お姉さんはにこやかにマイクを向けた。
「この舞台は何点をつけますか?」
大樹は、ちょっと息を吸って吐き出すと
「百点」
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