4 / 6
四、市川箱登羅と源じい
しおりを挟む
その二日後の昼過ぎ、大樹は、おばあちゃんに頼まれて、となりに回覧板を持って行った。おじいさんが、郵便受けの横に何やら厚みのある紙をはっている。
「こんにちは」
そう言いながら、大樹はそのポスターに目をとめた。『農村歌舞伎上演会』とある。
おじいさんは、
「ご苦労さん、どや、ちょっとはこっちに慣れたか? じいちゃんはな、去年大阪からこっちへ来たんや。一人で機嫌よう暮らしとうのに、娘の家に無理やり連れて来られてなあ」
大樹は愛想笑いをしたが、そんなことよりポスターが気になった。
「あの、農村歌舞伎って?」
「ああ、これな、今度上演会やるんや。まあ大樹君なんかは興味ないやろけどな」
「ぼく、『子ども歌舞伎』やることになって」
おじいさんは、目を見開いたあと、顔中しわにして大声を出して笑った。
「おーそうかあ、仲間やないか」
そして、いそいそと中へ入ってしまった。
「ほらこっちこっち」
縁側から手招きする。
「ちょっとしゃべろ。誰もおらんし、いや、おってもええんやけど。いやあ、うれしなあ」
大樹は、仕方なく庭を通って縁側に腰を下ろした。
「かき氷アイスあるで。イチゴ味でええか」
返事も聞かず、大樹にカップとスプーンを持たせると、勢い込んで話した。
「いやあ、うれしい。もう友だちやな。わし源蔵ていうんや。源じいて呼んでんか」
源じいはお茶をごくごく飲みながら話し続けた。
「わしはな、こう見えても今度は菅原道真やるんやで、知ってるか?受験ときにお参りする天神さんに祭られてはるえらい人や。大樹君は何やるの?」
「この間はじめて行ったんだけど、『子はたからわらべうた何んとか』というの」
「おー、箱登羅さんのやな。あれはええ」
大樹は、目を見張って
「箱登羅っていう人知ってるんですか?」
「この源じいはな、大阪でずっと箱登羅さんに教えてもろてたんや。ほんまは市川箱登羅師匠やけど。まあええんや」
「優しかったって聞きました」
大樹は、かき氷をサクサクくずしながら言った。
「まあ粋なお人やったなあ。粋って分からんわなあ」
「初めて聞いた」
「反対は野暮ていうんやけど、これも分からんわなあ。着てるもんはよれよれのジーンズにシャツだけ。首にスカーフ巻いたりしてて」
「かっこよかったんですね」
「そやなあ。役者になろうていうんやから、今でいうイケメンで、芝居のことばっか考えてはったなあ」
「ぼくたちを教えてくれる先生も、箱登羅さんに習ったって言ってました」
「そうかあ。場所は違うけど源じいとおんなじやな。その箱登羅さんな、昭和の初めに生まれて、東京のええとこのボンボンやったらしい。大学出てから歌舞伎の世界に飛び込んだんやて。あの世界は家柄が勝負なんや。縁故もない若者には厳しい世界や」
「ふうん」
大樹は歌舞伎のことなんて何も知らなかったから、そんな気のない返事をした。でも、源じいの勢いは止まらない。もう、アイスもなくなった。
「それでも努力重ねて『三代目市川箱登羅』ちゅう名跡をついだ。なんのことや分からんわな。歌舞伎界では立派な跡目をついだんや。名前が大きすぎて生活は苦しかったんやと」
「はあ」
大樹は、おばあちゃんも心配してると思うと、そろそろ帰りたかった。
「六十で歌舞伎引退したんやけど、ずっと借金取りに追われてたんやて。借金取りて分かるか? 今で言うたらローン返されんと追い回されるんやな。家族の面倒はお兄さんがみてたらしい。離婚してからはあちこち放浪みたいにしてたんやて。九州四国や大阪で歌舞伎の普及活動に明け暮れてるときにな、源じいがそのグループに入ったんや。面白うてなあ、夢中になった」
大樹は、空のカップをかき回しながら聞いた。
「源じいは、ずっと歌舞伎習ってたんですか?」
「そうやでえ。十年くらいかな。箱登羅さんは『プロとしての歌舞伎じゃなくってさ、みんなで楽しむ歌舞伎ってのをやりたいのね。簡単なんだよ。歌舞伎ってのは、要は体を動かしてさ、楽しみながらやればいいんだからさ』っていつも言うてはった。お酒が好きで、胃を切り取ってガリガリに痩せてはっても『酒だけはやめられん』てわろうてはった。まあそれだけは、この源じいも一緒やけどな。あはは」
「もうだいぶ前に亡くなったって」
「うん、平成二十二年に八十歳で亡くならはったときはなあ、大阪であった葬儀の席で小さいお子がわあわあ泣いて。子どもさんに歌舞伎教えてたとは聞いてたけど。今から考えたら、こっちの子が大阪の葬式まで行ってたんやなあ」
「お母さんも知ってたのかなあ」
大樹は声に出さずにつぶやいた。源じいの話しは、まだ止まらない。
「知らせを受けて駆け付けた息子さんが『妻子を捨てて好き放題した親父をずっと恨んでいましたが、こんなに子どもさんから慕われていたんですね。たくさんの方が参列してくださって、胸がいっぱいです』そう言うて泣いてはった。追悼公演も大阪でやった。このじいさんも最後や思て真剣にやったんやで。こっちから来たお子たちも懸命に演じてはった。『吾はいま傘寿祝いて舞台立つ』っていうんが、箱登良さんの最後の句や。難しいなあ。八十になっても次の公演のこと考えてはったんや。おかげで大阪にもこっちにもまだ歌舞伎が続いてるわけや」
源じいは、はるか向こうの空を眩しそうに見つめていた。
「あっ、すまんことやった。ついうれしゅうて長話になってしもた。ジュース飲むか」
「いいです」
大樹がそう言って道路の方を見ると、帰りの遅いのを心配したおばあちゃんがこっちをのぞいていた。やっと大樹は家に帰った。今度はおばあちゃんが縁側に腰かけて、源じいの相手をしている。
(話の好きなおじいさんだなあ。おばあちゃん、しばらく帰ってこれないな)
大樹はくすっと笑って、もらったCDをセットした。
「こんにちは」
そう言いながら、大樹はそのポスターに目をとめた。『農村歌舞伎上演会』とある。
おじいさんは、
「ご苦労さん、どや、ちょっとはこっちに慣れたか? じいちゃんはな、去年大阪からこっちへ来たんや。一人で機嫌よう暮らしとうのに、娘の家に無理やり連れて来られてなあ」
大樹は愛想笑いをしたが、そんなことよりポスターが気になった。
「あの、農村歌舞伎って?」
「ああ、これな、今度上演会やるんや。まあ大樹君なんかは興味ないやろけどな」
「ぼく、『子ども歌舞伎』やることになって」
おじいさんは、目を見開いたあと、顔中しわにして大声を出して笑った。
「おーそうかあ、仲間やないか」
そして、いそいそと中へ入ってしまった。
「ほらこっちこっち」
縁側から手招きする。
「ちょっとしゃべろ。誰もおらんし、いや、おってもええんやけど。いやあ、うれしなあ」
大樹は、仕方なく庭を通って縁側に腰を下ろした。
「かき氷アイスあるで。イチゴ味でええか」
返事も聞かず、大樹にカップとスプーンを持たせると、勢い込んで話した。
「いやあ、うれしい。もう友だちやな。わし源蔵ていうんや。源じいて呼んでんか」
源じいはお茶をごくごく飲みながら話し続けた。
「わしはな、こう見えても今度は菅原道真やるんやで、知ってるか?受験ときにお参りする天神さんに祭られてはるえらい人や。大樹君は何やるの?」
「この間はじめて行ったんだけど、『子はたからわらべうた何んとか』というの」
「おー、箱登羅さんのやな。あれはええ」
大樹は、目を見張って
「箱登羅っていう人知ってるんですか?」
「この源じいはな、大阪でずっと箱登羅さんに教えてもろてたんや。ほんまは市川箱登羅師匠やけど。まあええんや」
「優しかったって聞きました」
大樹は、かき氷をサクサクくずしながら言った。
「まあ粋なお人やったなあ。粋って分からんわなあ」
「初めて聞いた」
「反対は野暮ていうんやけど、これも分からんわなあ。着てるもんはよれよれのジーンズにシャツだけ。首にスカーフ巻いたりしてて」
「かっこよかったんですね」
「そやなあ。役者になろうていうんやから、今でいうイケメンで、芝居のことばっか考えてはったなあ」
「ぼくたちを教えてくれる先生も、箱登羅さんに習ったって言ってました」
「そうかあ。場所は違うけど源じいとおんなじやな。その箱登羅さんな、昭和の初めに生まれて、東京のええとこのボンボンやったらしい。大学出てから歌舞伎の世界に飛び込んだんやて。あの世界は家柄が勝負なんや。縁故もない若者には厳しい世界や」
「ふうん」
大樹は歌舞伎のことなんて何も知らなかったから、そんな気のない返事をした。でも、源じいの勢いは止まらない。もう、アイスもなくなった。
「それでも努力重ねて『三代目市川箱登羅』ちゅう名跡をついだ。なんのことや分からんわな。歌舞伎界では立派な跡目をついだんや。名前が大きすぎて生活は苦しかったんやと」
「はあ」
大樹は、おばあちゃんも心配してると思うと、そろそろ帰りたかった。
「六十で歌舞伎引退したんやけど、ずっと借金取りに追われてたんやて。借金取りて分かるか? 今で言うたらローン返されんと追い回されるんやな。家族の面倒はお兄さんがみてたらしい。離婚してからはあちこち放浪みたいにしてたんやて。九州四国や大阪で歌舞伎の普及活動に明け暮れてるときにな、源じいがそのグループに入ったんや。面白うてなあ、夢中になった」
大樹は、空のカップをかき回しながら聞いた。
「源じいは、ずっと歌舞伎習ってたんですか?」
「そうやでえ。十年くらいかな。箱登羅さんは『プロとしての歌舞伎じゃなくってさ、みんなで楽しむ歌舞伎ってのをやりたいのね。簡単なんだよ。歌舞伎ってのは、要は体を動かしてさ、楽しみながらやればいいんだからさ』っていつも言うてはった。お酒が好きで、胃を切り取ってガリガリに痩せてはっても『酒だけはやめられん』てわろうてはった。まあそれだけは、この源じいも一緒やけどな。あはは」
「もうだいぶ前に亡くなったって」
「うん、平成二十二年に八十歳で亡くならはったときはなあ、大阪であった葬儀の席で小さいお子がわあわあ泣いて。子どもさんに歌舞伎教えてたとは聞いてたけど。今から考えたら、こっちの子が大阪の葬式まで行ってたんやなあ」
「お母さんも知ってたのかなあ」
大樹は声に出さずにつぶやいた。源じいの話しは、まだ止まらない。
「知らせを受けて駆け付けた息子さんが『妻子を捨てて好き放題した親父をずっと恨んでいましたが、こんなに子どもさんから慕われていたんですね。たくさんの方が参列してくださって、胸がいっぱいです』そう言うて泣いてはった。追悼公演も大阪でやった。このじいさんも最後や思て真剣にやったんやで。こっちから来たお子たちも懸命に演じてはった。『吾はいま傘寿祝いて舞台立つ』っていうんが、箱登良さんの最後の句や。難しいなあ。八十になっても次の公演のこと考えてはったんや。おかげで大阪にもこっちにもまだ歌舞伎が続いてるわけや」
源じいは、はるか向こうの空を眩しそうに見つめていた。
「あっ、すまんことやった。ついうれしゅうて長話になってしもた。ジュース飲むか」
「いいです」
大樹がそう言って道路の方を見ると、帰りの遅いのを心配したおばあちゃんがこっちをのぞいていた。やっと大樹は家に帰った。今度はおばあちゃんが縁側に腰かけて、源じいの相手をしている。
(話の好きなおじいさんだなあ。おばあちゃん、しばらく帰ってこれないな)
大樹はくすっと笑って、もらったCDをセットした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
お弁当ミュージカル
燦一郎
児童書・童話
学校の行事で六年生の「ぼく」は一年生のユウトとペアで遠足にでかける。
ぼくはお弁当を作ってくれる人がいないのでコンビニ弁当。
ユウトはおかずの種類が豊富な豪華な弁当。
ユウトの前でコンビニ弁当を開きたくなくて、お腹が痛いといって寝てしまう。
夢の中で見たのはお弁当ミュージカル。
弁当の惣菜が歌をうたったり、踊ったりする。
ぼくはそのミュージカルを見て、お弁当への感謝の気持ちを持つ。
♪ぼくの母さん生きている
ぼくが優しい気持ちを持ったとき
そこに母さんいるんだよ
お店の弁当に優しさを
ユウトの弁当に優しさを
ぼくは心に 誓います♪
おっとりドンの童歌
花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。
意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。
「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。
なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。
「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。
その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。
道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。
その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。
みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。
ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。
ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミでヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。
ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?
ひみつを食べる子ども・チャック
山口かずなり
児童書・童話
チャックくんは、ひみつが だいすきな ぽっちゃりとした子ども
きょうも おとなたちのひみつを りようして やりたいほうだい
だけど、ちょうしにのってると
おとなに こらしめられるかも…
さぁ チャックくんの運命は いかに!
ー
(不幸でしあわせな子どもたちシリーズでは、他の子どもたちのストーリーが楽しめます。 短編集なので気軽にお読みください)
下記は物語を読み終わってから、お読みください。
↓
彼のラストは、読者さまの読み方次第で変化します。
あなたの読んだチャックは、しあわせでしたか?
それとも不幸?
本当のあなたに会えるかもしれませんね。
台風ヤンマ
関谷俊博
児童書・童話
台風にのって新種のヤンマたちが水びたしの町にやってきた!
ぼくらは旅をつづける。
戦闘集団を見失ってしまった長距離ランナーのように……。
あの日のリンドバーグのように……。
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
【総集編】日本昔話 パロディ短編集
Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。
今まで発表した
日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。
朝ドラの総集編のような物です笑
読みやすくなっているので、
⭐︎登録して、何度もお読み下さい。
読んだ方も、読んでない方も、
新しい発見があるはず!
是非お楽しみ下さい😄
⭐︎登録、コメント待ってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる