あまるべの風

はまだかよこ

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二 香住  昭和四十二年 七月

あまるべの風

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 佳也子は、生まれて初めての一週間の合宿を前に、興奮と緊張と楽しみで、頭の中で、調子はずれの小太鼓とシンバルが鳴っていた。その日の朝、大阪駅に集合し、鈍行に揺られて六時間余り。やっと着いた国鉄山陰本線香住駅の改札口の上には大きな蟹のオブジェが掛かっていた。
「うわっ、大きい!でも、さすがに道頓堀みたいには動かへんね」
 そう友だちと笑い合った。

 佳也子は、大学に入るとすぐ『児童文化研究会』というサークルに入部した。そこでは、神戸にある学校の近くでの公演だけでなく、夏休みには、日本海側の香住、竹野、浜坂方面の小学校十数校で巡回公演するのが、先輩たちからずっと引き継いで来た何年も前からの活動だった。

 少し歩いて香住中学の冬季積雪地区の生徒用の寄宿舎に着いた。夏場ということで、そこをお借りしての宿泊だった。木造の二階建ての建物で、二階には二段ベッドが二つ四人用の部屋が並んでいた。それぞれの荷物を置くと
「中学生なのに冬の間ここから学校に通うんだね。いやあ、私ら甘々やわ」
 そんなことも話した。
 一階の広い台所で近所のおばさんたちにお世話になりながら自分たちで食事の支度もした。
 一年生の佳也子には何もかもが珍しく、団扇と蚊取り線香だけが頼りの毎日だったけれど、その時間はとても濃密であった。毎夕の銭湯通いも笑ってばかりいた。

 毎朝、六十名以上の部員が班に分かれ、重い機材を担いで出かけて行った。たまにトラックの荷台に特別に乗せてもらうこともあったけれど、ほとんどが列車と徒歩であった。人形劇、影絵劇、音楽劇、劇など、春からすべて手作りで仕上げたものだ。サークルの歴史は古く、この地域での活動も定着していて、温かく迎えられた。小学校の登校日に合わせてくださったり、公演だけでなく、その後の子どもたちとの遊びなども、先生方は口出しすることなく、学生たちに任せてくださった。

 地域の子どもたちの役に立ったかどうかは分からないし、学生の自己満足だったのかもしれないけれど、部員みんなで力を出し合って、心を込めて、全エネルギーをかけて取り組んだ合宿だったと思う。
中心の香住小学校以外はとても小さな学校が多かった。複式学級も佳也子には珍しく、苗字ではなく名前で呼び合うどの子もまぶしかった。真っ黒に日焼けした子どもたちに
「バイバーイ、また来てねえ」
そう言って手をふられると、
(また頑張っていい物作って来たいなあ)
などと思いながら、佳也子たちもいつまでも手を振った。

 佳也子の心にくっきりと刻まれているいろんな景色の中でも、余部鉄橋は強烈な印象を与えた。谷と谷に架けられた巨大な赤い鉄塔。その橋梁にあった余部駅は、たどり着くまでかなり急な坂道で、息を切らして上った。公演を終えて、めったに停まらない列車を待っているとき、赤い鉄橋の間から足をブラブラさせて日本海をながめた爽快感は、忘れることができなかった。


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