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待合室ではお静かに
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先日、チャトラのジュン(9才)を連れて動物病院へ行った。猫にはありふれた病気だそうだが、『腎不全』と診断されて以来一年半、点滴に通っている。
当日は、夫と二人朝からできるだけ自然体を装うのだが、何か感じるらしく、捕まりにくいところに隠れてしまう。
(アホなネコやのになんでかなあ)
夫とのバトルの末、なんとかケージに収まる。夫の腕にひっかき傷を残して。
朝九時の診察開始を少し過ぎて、待合室に入った。そこには、トイプードルをやさしく抱っこした女性が座っていた。軽く会釈したあと、
「ジュンちゃん、今日は早く帰れるよ。よかったね。ちょっと我慢しててね」
私は、ケージのふたを少し開けて、そうささやいた。
ジュンは家では威張って好き放題しているが、外では正に『借りてきた猫』、「ニャー」とも言わず、私の手のひらをザラッとなめた。
突然、ドアを蹴破るようにして、おじさんが入って来た。持っているケージは乱暴に揺れて傾いている。
「電話した山坂や」
受付のカウンター越しに奥へ怒鳴った。
「診察券お出しくださいね」
出て来た看護師さんがそう言うと、
「そんなもん持ってく暇あるか! はよ診たってくれ」
「ちょっとお調べしますので、お待ちください」
カルテを調べるのか、奥へ入ってしまった。
「こらー、医者! 出て来い。はよ診んかい!」
響き渡る大声でそうわめきながら、それでも足りないのかカウンターの下を蹴っている。
私は、もうひとりの女性とひきつった顔を見かわした。ジュンのケージをしっかり抱えて。
そうっとおじさんの持っているケージを見ると、白いものが動かずにいる。どうやら子猫のようだ。それにしても、あんなに傾けて持ったら猫のいる場所がないではないかと、ハラハラする。初診の猫だろうか。余程重篤なんだろう。
診察室では、何やら相談しているのかもしれないが、物音はない。
「はよ診たれや。おなかが痛い言うてるんや。かわいそうやないか!」
またしても怒鳴る。
(えっ、子猫が『おなかが痛い』って言った?)
私は、ジュンの頭をなでながら、自分の頭のクエスチョンマークも激しくなでていた。
とうとう、おじさんはいかつい肩を強張らせて、診察室のドアを開けて入ってしまった。
「いつまで待たせるんや」
大声が聞こえてくる。静かな医師の声も。
「怖かったですね」
私たちはささやき合った。
ずいぶん時間がたった。診察室は静かになった。
(チラッと見たあの子猫は死んでしまったのだろうか)
去年の今頃看取った我が家の三毛猫を思い浮かべて、胸がキリリと痛む。
(緊急手術だろうか。少なくとも入院だろうな)
しばらくしておじさんがケージを持って出て来た。そして私たちに頭を下げると、
「順番抜かしてすんませんでした。ほんまに申し訳ありませんでした」
そう言ったおじさんを見て、私はポカンと口を開けてしまった。ごく普通の体格の人ではないか。怒鳴り声と後ろ姿だけ見ていたからか、もうすごく大柄な人だと思っていたのだ。
おじさんは、会計を済ますと、だまって帰って行った。
投薬すらないあの子猫、きっと大丈夫なんだろう。子猫かわいさのあまり、余程気がたっていたんだろうけど、それにしても、あれはないよなあ。
ジュンは予想からだいぶ遅れて点滴を受け、家に帰った。
待合室では、せめて人間は静かにしていてくださいね。
当日は、夫と二人朝からできるだけ自然体を装うのだが、何か感じるらしく、捕まりにくいところに隠れてしまう。
(アホなネコやのになんでかなあ)
夫とのバトルの末、なんとかケージに収まる。夫の腕にひっかき傷を残して。
朝九時の診察開始を少し過ぎて、待合室に入った。そこには、トイプードルをやさしく抱っこした女性が座っていた。軽く会釈したあと、
「ジュンちゃん、今日は早く帰れるよ。よかったね。ちょっと我慢しててね」
私は、ケージのふたを少し開けて、そうささやいた。
ジュンは家では威張って好き放題しているが、外では正に『借りてきた猫』、「ニャー」とも言わず、私の手のひらをザラッとなめた。
突然、ドアを蹴破るようにして、おじさんが入って来た。持っているケージは乱暴に揺れて傾いている。
「電話した山坂や」
受付のカウンター越しに奥へ怒鳴った。
「診察券お出しくださいね」
出て来た看護師さんがそう言うと、
「そんなもん持ってく暇あるか! はよ診たってくれ」
「ちょっとお調べしますので、お待ちください」
カルテを調べるのか、奥へ入ってしまった。
「こらー、医者! 出て来い。はよ診んかい!」
響き渡る大声でそうわめきながら、それでも足りないのかカウンターの下を蹴っている。
私は、もうひとりの女性とひきつった顔を見かわした。ジュンのケージをしっかり抱えて。
そうっとおじさんの持っているケージを見ると、白いものが動かずにいる。どうやら子猫のようだ。それにしても、あんなに傾けて持ったら猫のいる場所がないではないかと、ハラハラする。初診の猫だろうか。余程重篤なんだろう。
診察室では、何やら相談しているのかもしれないが、物音はない。
「はよ診たれや。おなかが痛い言うてるんや。かわいそうやないか!」
またしても怒鳴る。
(えっ、子猫が『おなかが痛い』って言った?)
私は、ジュンの頭をなでながら、自分の頭のクエスチョンマークも激しくなでていた。
とうとう、おじさんはいかつい肩を強張らせて、診察室のドアを開けて入ってしまった。
「いつまで待たせるんや」
大声が聞こえてくる。静かな医師の声も。
「怖かったですね」
私たちはささやき合った。
ずいぶん時間がたった。診察室は静かになった。
(チラッと見たあの子猫は死んでしまったのだろうか)
去年の今頃看取った我が家の三毛猫を思い浮かべて、胸がキリリと痛む。
(緊急手術だろうか。少なくとも入院だろうな)
しばらくしておじさんがケージを持って出て来た。そして私たちに頭を下げると、
「順番抜かしてすんませんでした。ほんまに申し訳ありませんでした」
そう言ったおじさんを見て、私はポカンと口を開けてしまった。ごく普通の体格の人ではないか。怒鳴り声と後ろ姿だけ見ていたからか、もうすごく大柄な人だと思っていたのだ。
おじさんは、会計を済ますと、だまって帰って行った。
投薬すらないあの子猫、きっと大丈夫なんだろう。子猫かわいさのあまり、余程気がたっていたんだろうけど、それにしても、あれはないよなあ。
ジュンは予想からだいぶ遅れて点滴を受け、家に帰った。
待合室では、せめて人間は静かにしていてくださいね。
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