36 / 71
35 冬の迷宮
しおりを挟む
配達で1回入っただけだから知らなかったのだけど、冬の間は迷宮が夏と比べて大賑わいらしい。特に、雪が積もっている期間は様々な冒険者が訪れるのだとか。
理由は極々単純で、夏の間は牧草刈りや薬草採取などをしていた冒険者や、冬は農地が雪で埋もれて耕作できない農民が稼ぐための受け皿が迷宮しか無いからだってことだ。
冒険者が過剰になるせいで、浅い階層の魔物は狩り尽くされて、自然と冒険者達も深い階層に足を踏み入れるらしい。
今日はそんな迷宮の奥、何の冗談だか、89階まで配達だ。
どうして配達できると思ったんだろうね? 請けたあたしもあたしなんだけどさ。
だって、いくらお客さんが増えたって言っても、まだまだ配達抜きじゃ成り立たない程度なんだよ。だから配達先をあんまり選り好みできない。今までも碌でもない場所ばっかりだったんだし。
迷宮の中は、なるほど冒険者に溢れている。じっと佇んでいる人、忙しなく歩き回っている人、何かを探すように床を見て回っている人などなど。魔物の居ない場所にも冒険者は一杯だ。狩り尽くされたんだね……。
魔物も居ない場所で、彼らが何をしているかって言うと、魔物が生まれるのを待っているらしい。迷宮の魔物は壁から突然零れ落ちるように生まれるって言うから不思議。
一見では無為に見える時間が多い彼らだけど、安全第一のためらしい。傍の壁から生まれた魔物だけを狩っていれば、他の魔物から突然襲われる虞が無い。冒険者の方が多いのだから、少し離れた場所で生まれた魔物は他の冒険者に狩られてしまう。
ただ、まあ、あたしにとっては走り難いことこの上ない。
10階を超える辺りから魔物と戦っている冒険者を多く見掛ける。冒険者と魔物の数が同じくらいになっているからかな? ただおかしなことに、冒険者同士で戦っていたりもする。初めての配達の時の連中みたいなのが他にも居るんじゃないかな。
30階ともなったら、さすがに冒険者より魔物の方が多くなった。大抵の冒険者は戦っている。この辺りならまだ、ランク7からランク6の冒険者数人のパーティで十分に戦えるらしい。収入と危険との兼ね合いがこの辺りなんだろう。
40階がランク5の冒険者がソロで到達する限界らしい。戦っている冒険者よりも、安全地帯で休憩している冒険者の方が多そうに見える。周りに冒険者が少ないから不測の事態に陥っても助けが望めないから、疲れを癒して、万全の状態で次と戦うんだと思う。
魔物って、誰かが戦ってたら寄って来るみたいなんだよね。冒険者がまばらじゃ、際限無く寄って来るかも知れない。それでも逃げる余地が有ればいいけど、逃げられなかったら殺すか殺されるかになっちゃう。「疲れさえ無ければ」なんて言葉の代償が自分の命じゃ、釣り合わないよね。
その辺りを過ぎたら、いよいよ冒険者が少なくなったので、あたしは速度を上げる。
浅い階層より深い階層の方が速いのもおかしな話だけど、いつかのでっかいトカゲと比べて怖い魔物なんて居ないんだ。ぬめぬめとして気持ち悪いのは居るけど、あの時と違って魔法が使えるから、火魔法でも叩き付けたら大丈夫。
だけど、速度を上げた分だけ事故は増えちゃった……。
浅い階層で思ったより時間が掛かったせいで、少し焦ってるんだよね。焦りはいけない。事故の元だ。だけど、焦る気持ちは勝手に湧き出て来るから、どうにも御し難い。
避けようとはしているんだけど、魔物との接触は数知れない。冒険者と戦っている魔物とも何度となく接触した。
それでも冒険者に接触するのだけは意地で避ける。
例外は、いつぞやの牛頭の魔物のように通路を塞いでいた魔物。そのままじゃ通れなかったから敢えて蹴り飛ばした。近くに冒険者も居たけど、牛頭の魔物の時みたいに文句を言われたくなかったから、無視して直ぐに先に進んださ。
89階までには2時間近く掛かってしまった。往復を考えたら、営業時間の殆どをこの配達で費やしてしまうことになるので、傍目には休業しているのと変わらない。
こんなのは嬉しくないなぁ。店の運営に差し障るもの。
魔物? 全然大丈夫。いつかのトカゲより怖いのは居なかったし、蹴り一発でケリが付いたから。
89階に在るのは軍の宿営地。注文したのはここのどこかに居る誰かだ。
そこら辺の人に聞いても誰が注文したのか知らないよね……。どこに行けばいいんだか。
こんな時は……、通話石で相手を呼び出す! 向こうから出て来て貰わないと。
連絡を入れて、出て来てくれたのは男性だった。
「お待たせしました。天ぷら屋です」
「やはり貴女でしたか。お久しぶりです」
「はい?」
どこかで会った?
「憶えてらっしゃらないのも無理はありません。ギルド長の秘書をしていたランドルです」
「あ!」
なるほど、会ったことが有った。トカゲの一件を思い出したら顔が引き攣るし、身構えてしまう。
「そんなに警戒されなくて大丈夫ですよ。今の私はただの後方支援担当です」
「えっと、期間は2ヶ月じゃなかったんですか?」
ギルド長は1年間、他の人は2ヶ月が期限だった筈。
「はい。懲罰としての期間は過ぎましたが、出られないのですよ」
「それはまたどうして?」
「迷宮をご覧になったでしょう? 私の実力では途中で死んでしまいます」
「あっ!」
確かに、70階、80階ともなったら、巨大で強面の魔物が多かった。いつかのトカゲより弱かったけど。
冒険者の方は皆無だったかな。
「独りでここまで来られるのは、ランク2の3人を除けばクーロンスには貴女くらいのものでしょう」
「えーと、それではランドルさん達はどうやってここまで来たんでしょう?」
「騎士団の交替に便乗する形です」
「騎士団?」
「はい、あちらに」
ランドルさんが指差した方には揃いの防具を身に着けた集団が居た。
「彼らは、4ヶ月ほどで交替しながらこの迷宮の攻略を進めています」
「へえー」
「そのため、私がここを出られるのは次に騎士団が交替する時になります」
「なるほど」
「ここには騎士団の他、志願した冒険者、騎士団と行動を共にするように強制依頼を受けた冒険者、そして私のように懲罰として送り込まれた者達が居ます」
「随分と大所帯なんですね」
「はい。それでも人手は足りないのです。亡くなる方も少なくありませんし」
「え……?」
びっくりだよ。そうまでして迷宮を攻略しないといけないの?
「安心してください。普通に任務をこなしているのであれば、そうそう命を落とすことは有りません。安全には配慮して不測の事態が起きないようにはしていますから。ですが、それでも不測の事態が起きることも有りますし、それ以上に逃亡を図る者が多いのです」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「逃亡ですか?」
「はい。強力な魔物がいつ現れてもおかしくない場所ですから、神経を磨り減らしてしまうのでしょう。独り、或いは数人で地上に上がろうとする例が後を絶ちません。ギルド長もそんな一人でした」
「え? それじゃ、ギルド長って?」
「はい、既に亡くなっていることでしょう。一緒に送られてきた者達もその多くが同じ道を歩みました」
「そうですか……」
悪印象しか無い相手だけど、亡くなっていると聞けば痛ましい。ちょっとだけ。
「おっと、代金をお支払いしなければいけませんでしたね」
「あ、はい。薩摩揚げが200個と配達料と追加料金で、締めて10万1000ゴールドになります」
品物を確認して貰い、代金と品物を受け渡す。
「これが、薩摩揚げですか」
「はい」
「これならきっと、みんな喜びます」
「だと、いいんですが」
「いつも同じものばかりですからね。違う味が混じるだけでも違うものです」
「普段はどんなものを?」
「油漬けの肉や野菜、それに堅く焼いたパンです。それも、何ヶ月も前に作られたものです」
「油漬け、ですか?」
「はい」
何でも、ラードや油は迷宮の前線向けの保存食を作るのに大量に消費されているらしい。灯火や煮炊きの燃料にはもっと使う。
これらの油は、騎士団が交替の合わせて食料と一緒に運び込むのだとか。4ヶ月毎の交替で、片道2週間を掛けると言うから、単純計算でも5ヶ月分。途中の魔物との戦闘で失われたりする分もあるので、運ぶのは半年分以上になる。
クーロンスで油の値段が高い原因らしい。
「ありがとうございます。色々ためになりました」
「こんな話で良ければおやすいご用です」
「それでは、失……」
ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン!
失礼します、と言い掛けたところで鐘が打ち鳴らされた。
何事?
辺りを見回していたら、ランドルさんが答えをくれた。
「魔物の襲撃です」
「ええ!?」
「滅多に有ることではないんですが……」
兵士や冒険者達が忙しなく走り回る。
あたしが今居る場所は、89階の安全地帯の広間に1つだけ有る入り口付近。安全地帯と言っても、魔物が湧き出さないだけで襲われない訳じゃない。つまり、あたしは魔物に真っ先に襲われてもおかしくない位置に居ることになる。
見張りの兵士や冒険者が駆け込んで来た。負傷者も出ている様子。
魔物のものらしい足音も近付いて来た。でも音はそんなに大きくない。
大したこと無さそう。
のほほんと構えていたら、魔物が広間の入り口から顔を出した。
ぞぞっとした。思ったよりずっと大きい。反射的に蹴りを入れた。
ずずんと大きな音を立てて倒れた魔物は首が変な方向に曲がっていて、もう動かない。
焦った。いつかのトカゲに似ていたから最初に足が出てしまった。
あれ? 何だか静か? 変なの。
周りを見たら、みんなポカンとしていた。
ジャリッ。
誰かが砂利を踏んだ音が響いた。たったそれだけだったのだけど。
「うおおおおおおおおっ!」
雄叫びが上がった。1人が声を出した途端に連鎖的に雄叫びが乱れ飛んだ。
ええー。
あたしはちょっと引いた。いや、もの凄く引いた。
配達は終わったんだから、もう逃げよう。
それからは、そんなに日を空けずに迷宮89階から配達依頼が来るようになった。
変なのは、配達する度に魔物に襲われてあたしが蹴り飛ばす羽目に陥ることだ。
1度や2度なら偶然だろうけど、毎回となったら嫌でも判る。
あたしは利用されてる。
彼らとの付き合いは考え直さないと……。
「次は90階だ」
誰かのそんな言葉が耳に木霊した。
理由は極々単純で、夏の間は牧草刈りや薬草採取などをしていた冒険者や、冬は農地が雪で埋もれて耕作できない農民が稼ぐための受け皿が迷宮しか無いからだってことだ。
冒険者が過剰になるせいで、浅い階層の魔物は狩り尽くされて、自然と冒険者達も深い階層に足を踏み入れるらしい。
今日はそんな迷宮の奥、何の冗談だか、89階まで配達だ。
どうして配達できると思ったんだろうね? 請けたあたしもあたしなんだけどさ。
だって、いくらお客さんが増えたって言っても、まだまだ配達抜きじゃ成り立たない程度なんだよ。だから配達先をあんまり選り好みできない。今までも碌でもない場所ばっかりだったんだし。
迷宮の中は、なるほど冒険者に溢れている。じっと佇んでいる人、忙しなく歩き回っている人、何かを探すように床を見て回っている人などなど。魔物の居ない場所にも冒険者は一杯だ。狩り尽くされたんだね……。
魔物も居ない場所で、彼らが何をしているかって言うと、魔物が生まれるのを待っているらしい。迷宮の魔物は壁から突然零れ落ちるように生まれるって言うから不思議。
一見では無為に見える時間が多い彼らだけど、安全第一のためらしい。傍の壁から生まれた魔物だけを狩っていれば、他の魔物から突然襲われる虞が無い。冒険者の方が多いのだから、少し離れた場所で生まれた魔物は他の冒険者に狩られてしまう。
ただ、まあ、あたしにとっては走り難いことこの上ない。
10階を超える辺りから魔物と戦っている冒険者を多く見掛ける。冒険者と魔物の数が同じくらいになっているからかな? ただおかしなことに、冒険者同士で戦っていたりもする。初めての配達の時の連中みたいなのが他にも居るんじゃないかな。
30階ともなったら、さすがに冒険者より魔物の方が多くなった。大抵の冒険者は戦っている。この辺りならまだ、ランク7からランク6の冒険者数人のパーティで十分に戦えるらしい。収入と危険との兼ね合いがこの辺りなんだろう。
40階がランク5の冒険者がソロで到達する限界らしい。戦っている冒険者よりも、安全地帯で休憩している冒険者の方が多そうに見える。周りに冒険者が少ないから不測の事態に陥っても助けが望めないから、疲れを癒して、万全の状態で次と戦うんだと思う。
魔物って、誰かが戦ってたら寄って来るみたいなんだよね。冒険者がまばらじゃ、際限無く寄って来るかも知れない。それでも逃げる余地が有ればいいけど、逃げられなかったら殺すか殺されるかになっちゃう。「疲れさえ無ければ」なんて言葉の代償が自分の命じゃ、釣り合わないよね。
その辺りを過ぎたら、いよいよ冒険者が少なくなったので、あたしは速度を上げる。
浅い階層より深い階層の方が速いのもおかしな話だけど、いつかのでっかいトカゲと比べて怖い魔物なんて居ないんだ。ぬめぬめとして気持ち悪いのは居るけど、あの時と違って魔法が使えるから、火魔法でも叩き付けたら大丈夫。
だけど、速度を上げた分だけ事故は増えちゃった……。
浅い階層で思ったより時間が掛かったせいで、少し焦ってるんだよね。焦りはいけない。事故の元だ。だけど、焦る気持ちは勝手に湧き出て来るから、どうにも御し難い。
避けようとはしているんだけど、魔物との接触は数知れない。冒険者と戦っている魔物とも何度となく接触した。
それでも冒険者に接触するのだけは意地で避ける。
例外は、いつぞやの牛頭の魔物のように通路を塞いでいた魔物。そのままじゃ通れなかったから敢えて蹴り飛ばした。近くに冒険者も居たけど、牛頭の魔物の時みたいに文句を言われたくなかったから、無視して直ぐに先に進んださ。
89階までには2時間近く掛かってしまった。往復を考えたら、営業時間の殆どをこの配達で費やしてしまうことになるので、傍目には休業しているのと変わらない。
こんなのは嬉しくないなぁ。店の運営に差し障るもの。
魔物? 全然大丈夫。いつかのトカゲより怖いのは居なかったし、蹴り一発でケリが付いたから。
89階に在るのは軍の宿営地。注文したのはここのどこかに居る誰かだ。
そこら辺の人に聞いても誰が注文したのか知らないよね……。どこに行けばいいんだか。
こんな時は……、通話石で相手を呼び出す! 向こうから出て来て貰わないと。
連絡を入れて、出て来てくれたのは男性だった。
「お待たせしました。天ぷら屋です」
「やはり貴女でしたか。お久しぶりです」
「はい?」
どこかで会った?
「憶えてらっしゃらないのも無理はありません。ギルド長の秘書をしていたランドルです」
「あ!」
なるほど、会ったことが有った。トカゲの一件を思い出したら顔が引き攣るし、身構えてしまう。
「そんなに警戒されなくて大丈夫ですよ。今の私はただの後方支援担当です」
「えっと、期間は2ヶ月じゃなかったんですか?」
ギルド長は1年間、他の人は2ヶ月が期限だった筈。
「はい。懲罰としての期間は過ぎましたが、出られないのですよ」
「それはまたどうして?」
「迷宮をご覧になったでしょう? 私の実力では途中で死んでしまいます」
「あっ!」
確かに、70階、80階ともなったら、巨大で強面の魔物が多かった。いつかのトカゲより弱かったけど。
冒険者の方は皆無だったかな。
「独りでここまで来られるのは、ランク2の3人を除けばクーロンスには貴女くらいのものでしょう」
「えーと、それではランドルさん達はどうやってここまで来たんでしょう?」
「騎士団の交替に便乗する形です」
「騎士団?」
「はい、あちらに」
ランドルさんが指差した方には揃いの防具を身に着けた集団が居た。
「彼らは、4ヶ月ほどで交替しながらこの迷宮の攻略を進めています」
「へえー」
「そのため、私がここを出られるのは次に騎士団が交替する時になります」
「なるほど」
「ここには騎士団の他、志願した冒険者、騎士団と行動を共にするように強制依頼を受けた冒険者、そして私のように懲罰として送り込まれた者達が居ます」
「随分と大所帯なんですね」
「はい。それでも人手は足りないのです。亡くなる方も少なくありませんし」
「え……?」
びっくりだよ。そうまでして迷宮を攻略しないといけないの?
「安心してください。普通に任務をこなしているのであれば、そうそう命を落とすことは有りません。安全には配慮して不測の事態が起きないようにはしていますから。ですが、それでも不測の事態が起きることも有りますし、それ以上に逃亡を図る者が多いのです」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「逃亡ですか?」
「はい。強力な魔物がいつ現れてもおかしくない場所ですから、神経を磨り減らしてしまうのでしょう。独り、或いは数人で地上に上がろうとする例が後を絶ちません。ギルド長もそんな一人でした」
「え? それじゃ、ギルド長って?」
「はい、既に亡くなっていることでしょう。一緒に送られてきた者達もその多くが同じ道を歩みました」
「そうですか……」
悪印象しか無い相手だけど、亡くなっていると聞けば痛ましい。ちょっとだけ。
「おっと、代金をお支払いしなければいけませんでしたね」
「あ、はい。薩摩揚げが200個と配達料と追加料金で、締めて10万1000ゴールドになります」
品物を確認して貰い、代金と品物を受け渡す。
「これが、薩摩揚げですか」
「はい」
「これならきっと、みんな喜びます」
「だと、いいんですが」
「いつも同じものばかりですからね。違う味が混じるだけでも違うものです」
「普段はどんなものを?」
「油漬けの肉や野菜、それに堅く焼いたパンです。それも、何ヶ月も前に作られたものです」
「油漬け、ですか?」
「はい」
何でも、ラードや油は迷宮の前線向けの保存食を作るのに大量に消費されているらしい。灯火や煮炊きの燃料にはもっと使う。
これらの油は、騎士団が交替の合わせて食料と一緒に運び込むのだとか。4ヶ月毎の交替で、片道2週間を掛けると言うから、単純計算でも5ヶ月分。途中の魔物との戦闘で失われたりする分もあるので、運ぶのは半年分以上になる。
クーロンスで油の値段が高い原因らしい。
「ありがとうございます。色々ためになりました」
「こんな話で良ければおやすいご用です」
「それでは、失……」
ガンガンガンガンガン! ガンガンガンガンガン!
失礼します、と言い掛けたところで鐘が打ち鳴らされた。
何事?
辺りを見回していたら、ランドルさんが答えをくれた。
「魔物の襲撃です」
「ええ!?」
「滅多に有ることではないんですが……」
兵士や冒険者達が忙しなく走り回る。
あたしが今居る場所は、89階の安全地帯の広間に1つだけ有る入り口付近。安全地帯と言っても、魔物が湧き出さないだけで襲われない訳じゃない。つまり、あたしは魔物に真っ先に襲われてもおかしくない位置に居ることになる。
見張りの兵士や冒険者が駆け込んで来た。負傷者も出ている様子。
魔物のものらしい足音も近付いて来た。でも音はそんなに大きくない。
大したこと無さそう。
のほほんと構えていたら、魔物が広間の入り口から顔を出した。
ぞぞっとした。思ったよりずっと大きい。反射的に蹴りを入れた。
ずずんと大きな音を立てて倒れた魔物は首が変な方向に曲がっていて、もう動かない。
焦った。いつかのトカゲに似ていたから最初に足が出てしまった。
あれ? 何だか静か? 変なの。
周りを見たら、みんなポカンとしていた。
ジャリッ。
誰かが砂利を踏んだ音が響いた。たったそれだけだったのだけど。
「うおおおおおおおおっ!」
雄叫びが上がった。1人が声を出した途端に連鎖的に雄叫びが乱れ飛んだ。
ええー。
あたしはちょっと引いた。いや、もの凄く引いた。
配達は終わったんだから、もう逃げよう。
それからは、そんなに日を空けずに迷宮89階から配達依頼が来るようになった。
変なのは、配達する度に魔物に襲われてあたしが蹴り飛ばす羽目に陥ることだ。
1度や2度なら偶然だろうけど、毎回となったら嫌でも判る。
あたしは利用されてる。
彼らとの付き合いは考え直さないと……。
「次は90階だ」
誰かのそんな言葉が耳に木霊した。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった
根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
陶器の鎧のパラディン
片遊佐 牽太
ファンタジー
『主人公以外の人物がチートだったら』をテーマにした、ヒロイックファンタジー。
ある日、セシルは念願だった騎士叙任の打診を受けた。ただ、この街で正式な騎士になるためには、高価な手造りの金属鎧(プレートメイル)を用意しなければならない。ところが、セシルのために金属鎧を造ってくれる職人は、どうしても見つからなかった。悩むセシルに手が差し伸べられたのは、ふらりと立ち寄った『奇跡の酒場』でのこと。セシルは酒場の主人から、金属鎧を作ることができる人物の紹介を受け、期待を胸にその人物を訪ねた。
だが、その人物が手掛ける鎧は、普通の鎧ではなかったのである――。
これは、とある街の騎士団を舞台に繰り広げられる、勇気と情愛の物語。
※他サイトにも掲載。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

魔法道具はじめました
浜柔
ファンタジー
趣味で描いていた魔法陣によって間川累造は異世界へと転移した。
不思議なことに、使えない筈の魔法陣がその世界では使える。
そこで出会ったのは年上の女性、ルゼ。
ルゼが営む雑貨店で暮らす事になった累造は、魔法陣によって雑貨店の傾いた経営を立て直す。
※タイトルをオリジナルに戻しました。旧題は以下です。
「紋章魔法の始祖~魔法道具は彼方からの伝言~」
「魔法陣は世界をこえて」
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

魔☆かるちゃ~魔王はこたつで茶をすする~
浜柔
ファンタジー
魔王はダンジョンの奥深くでお茶をすすりながらのんびり暮らしている。
魔王は異世界の物を寸分違わぬ姿でコピーして手許に創出することができる。
今、お気に入りはとある世界のとある国のサブカルチャーだ。
そんな魔王の許にビキニアーマーの女戦士が現れて……
※更新は19:30予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる