天ぷらで行く!

浜柔

文字の大きさ
上 下
33 / 71

32 居心地が悪い

しおりを挟む
 年が明けた元旦の日曜日。クーロンスの景色は白い。吹雪は昨日の朝には止んでいたけれど、聞いていた通りに積もった雪が全く溶けていない。誰かが除雪した部分だけが地面を覗かせている。魔法でじゅじゅって感じに除雪したあたしの店の周りを含めてね。
 世間様は新年だからと何かお祝いをすることも無いらしい。ただ、いつもと変わらない1日が過ぎて行くだけだ。
 あたしもあたしでお節料理が有るでなし、いつもと変わったりはしない。お節なんて作りたくても、材料も無いし、作り方も知らないんだもの。一人暮らしを続けていたら、お正月なんてどうでも良くなっちゃって、お節料理の作り方なんて全然勉強していなかった。

 だから今日、前に来たことのある漁村にまた来たのは、お正月とは関係ない。たまたまそう言うタイミングだったってだけ。
 目的は石鹸と塩を作ること。塩のついでに苦汁にがりもね。持参したのは自作の石鍋と使い古しの油などだ。
 石鍋は先週の日曜に作った。大小合わせて5個用意している。
 作り方はいたって簡単。地面に穴を掘った中に、ドーム状に土を突き固めて盛り上げて、石を熔かして流し込む。それが冷えて固まったら分厚くなっている部分を水刃魔法で荒削りして、風魔法で小石を擦り付けて角を取りつつ表面を滑らかにしたら完成。簡単に言ったら、溶岩製の鋳物なのだ。
 かなり歪になっちゃったけど、使えればそれでいいんだ。

 最初に石鹸作りに使う灰汁の用意。昆布を集めて乾燥させて燃やして、出来た灰を水と一緒に石鍋に入れて、熱しながら撹拌する。そして暫くこのまま放置する。
 ここでひとまず石鹸作りは脇に置いて、塩作り。
 石鍋に海水を入れて真空乾燥させる。完全に乾いたら魔法で真水を入れて塩を溶かして、漉しながら別の石鍋に移す。これをまた真空乾燥で析出した塩が乾き切る直前まで乾かす。
 完全に乾かしたら塩が石鍋に貼り付いて、こそぎ落とすのも大変だし、苦汁も混じっちゃうものね。
 塩は麻袋に詰めて、苦汁を含んだ水が麻袋から染み出すのを待つ。粗方染み出したら、最後に麻袋を振り回して残った水分を飛ばす。これで塩の出来上がり。
 出来上がった塩は別の麻袋に移して、同じ事を麻袋が一杯になるまで繰り返す。
 苦汁も一部を壺に詰めて持ち帰るつもり。
 そして石鹸作りの続き。
 昆布の灰を浸けた水の上澄みが灰汁だから、これを掬って鍋に入れて、沸騰するくらいまで加熱して、撹拌しながら油を注ぐ。
 ここでできるのはこれだけなんだよね……。
 出来上がったものの見た目は、良く言えばピーナッツバター、悪く言えば……うん、まあ、その、なんだ。だけど一応、これを乾かせば石鹸として使える筈なんだ。

 ほぼ丸一日掛かったけど、数キログラムの石鹸と、約500グラムの苦汁と、約60キロの塩が手に入った。ついでに天日干しの昆布もだ。
 ふふふふふ、抜かりなく出汁用の昆布も乾していたのだ。
 夕食は勿論、豆腐だ。
 とってもお醤油が欲しかったよ!

  ◆

 年が変わって最初の営業日。価格改定をする。
 薩摩揚げをキャッシュカードより気持ち小さいくらいの大きさにして、50円で売る。他のものも1食の量を減らして50円に合わせる。その分、数は作らないといけないのだけど致し方無しだ。
 これに合わせてクレープも2食以下用の小さいのを作る。

「あら? 値段を下げたのね」
「はい、その分量は減らしてますけど……」
「それはそうね。それじゃ、今日は薩摩揚げとかき揚げとセロリアックを貰おうかしら」
「ありがとうございます。150ゴールドになります」
 メリラさんは、早速薩摩揚げに齧り付いた。
「あら? 前より美味しいわ」
「はい、生姜を入れたので生臭さが緩和されていると思いますが、どうでしょうか?」
「ええ、その通りね。これなら全部これにしておけば良かったかしらね」
「喜んで頂けたなら何よりです」
 メリラさんには好評のようで良かった。まあ、反応が判るのがメリラさんだけなんだけど。
 そのメリラさんはまだ何やら考え込んでいるけど、これは通常メニューだ。今日食べなかったら無くなるなんてことにはならないぞ。
 そんな変わり映えのしない一日の始まりは、ある意味では安心で、ある意味では不安なものだ。

「ここか?」
「入ってみれば判るさ」
 表からそんな声が聞こえたと思ったら、扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
「おお! あんただ、あんた!」
 入って来た男性は、あたしの顔を見るなり叫んだ。
「はい?」
「おい! ここだ!」
 男性はあたしの疑問の声が聞こえていないのか、扉から顔を外に出して叫んだ。
「見つかったか!」
 外から男性に応える声がした。どうやら外に居る仲間を呼んだらしい。
 何なのかしらね?
 男性は、呼び寄せた相手が店に入ったところで漸くあたしに向き直った。
 おや? どこかで見覚えが有る? どこだったか……。
 あたしが内心で首を傾げていたら、呼ばれた方の男性が前に出た。
「ありがとう。俺が生きて今ここに居られるのはあんたのお陰だ。本当にありがとう」
「はい?」
 意味が判らない。コテンと首を傾げる。
 そのせいか、二人が戸惑った表情をした。
「ほら、先週、西の森に来てくれただろ?」
「ああー、あの時の方達でしたか」
 言われてみれば、目の前にいるのはあの時の冒険者その壱と冒険者その四だ。あの時の疲れ切った様子とは違って、さっぱりしていて清潔感もあるから判らなかった。
 あたしが思い出して、二人はホッとした様子。
 あっさり忘れていたあたしは若干冷や汗だ。
「俺からも礼を言う。あんたが食い物を持って来てくれて、火を焚いてくれなかったら、こいつだけじゃなく俺たちみんなが死んでいたかも知れないんだ。ここに居ない仲間達もみんな同じ気持ちだ。本当にありがとう」
「あのぅ、感謝の気持ちは受け取っておきますが、あたしも商売でやったことですから……」
 むむむ、若干居心地が悪いぞ。別にこの人達のことを思ってしたことじゃないもの。あたしの寝覚めが悪くなりそうだっただけだ。
「商売か……、そうだな。だがそれで助かったのも事実だ。噂に賭けてみて良かったよ」
「噂……ですか?」
「ああ、知ってるかも知れないが、あんたがぼったくりだって噂が流れたことが有ったんだ」
「ああー、はい」
 不愉快な噂だった。思い出すだけでイラッとして、少し顔が引き攣ってしまう。
「噂を最初に聞いた時は、迷宮の22階に食い物を届けたって部分がホラだと思ってたんだ。噂を流している連中が話を盛ってるだけってな。それでも魔の森で吹雪に閉じこめられて後が無いとなったら、そんな噂にも縋りたくなったんだ。ホラにしては具体的過ぎるし、ミノタウロスと戦って死にかけた連中が『変な女がミノタウロスを蹴り殺して行った』なんて話していたのを聞いた奴も居たんで、駄目もとで賭けることにしたんだ」
「あー、でも、ギルドの方が確実ではないですか?」
「ギルドはなぁ、依頼を出しても翌日にしかならなくてな。それじゃ間に合わないと思ったんだ」
 冒険者その壱は冒険者その四をちらりと見た。冒険者その四は小さく頷いた。
「なるほど」
「そんで、少々ぼったくられたって、命の方が大事だからな。迷宮の22階に配達できるなら吹雪いている魔の森も大丈夫なんじゃないかってな。そしたら、噂は当てにもなったし、当てにもならなかったな」
「はあ……」
「それでちょっと聞きたいんだが、ぼったくりなんて言ってた連中に一体幾ら請求したんだ?」
「それは、商品代金と配達料の2000ゴールドと、追加料金の2万2000ゴールドですが……」
「2万2000?」
「はい、迷宮1階層につき1000ゴールドと言うことで」
「そう言うことか! 他には?」
「それだけです」
「それだけ?」
「はい」
 冒険者二人は顔を見合わせる。
「どう思う?」
「安くはないが、場所が場所だけに、ぼったくりと言うほどでもねぇな」
「だな」
 そんな会話が聞こえた。
「そうすると、その連中と何か有ったのか?」
「ええ、まあ、配達するかどうか賭をしただけで代金を払うつもりが無かったようで、ついでに襲い掛かられもしまして……」
「それでどうなったんだ!?」
「えーと、まずは温和しくして頂いて、説得? したら、支払いに応じて貰えました」
 答えながら若干冷や汗が出た。嘘は言ってないよ?
 だけど冒険者二人は脱力して、「判ってますよ」と言う感じで顔を見合わせた。
「独りで22階まで短時間で行けるんだからな……。その程度の相手に遅れは取らないよな。それで相手が逆恨みって訳か」
「なあ、その1階層につき1000ゴールドの根拠って何だ?」
「それは、また行くかどうか判らない場所の地図の代金は出せないかなぁ、と」
「地図か! 確かにあれは1000ゴールドだ!」
「もしかして、迷宮の89階だったとしても、追加料金ってのは8万9000ゴールドでいいのか?」
「そうなりますかね……」
「あんたにとっては迷宮の1階も89階も変わらないんだな」
「いえ、あの、23階から先には行ったことが無いから判りません。配達できないかも知れませんし」
「そうなのか。まあ、奥の方が魔物が強くなるから、行く時は気を付けてな」
「あ、はい」
「それじゃ、このまま帰るのも何だから、何か買わせて貰うとするか」
「じゃがいも、セロリアック、ケール、ビーツ、かき揚げ? 薩摩揚げ?」
「かき揚げってのは玉葱と人参か。この薩摩揚げってのは何で出来てるんだ?」
「魚の鱈が主な材料です」
「魚だって!?」
「これは、魚で出来てたのか!」
 冒険者二人の鼻息が荒い。そんなに魚で興奮できるものなの?
「えーと、どれも1個50ゴールドか。じゃあ、薩摩揚げを5つと他のを1つずつで6人分くれ」
「はい、ありがとうございます。締めて3000ゴールドになります」
 商品を渡して代金を受け取ると、冒険者二人は「また寄らせて貰うよ」と言い残して帰って行った。
 冒険者にも律儀で良い人が居たんだね……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...