天ぷらで行く!

浜柔

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26 配達も楽じゃない

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 配達サービスを始めてから4日目、通話石に呼び出しが入った。
「はい、天ぷら屋です」
『どこにでも配達するってのは本当なのか?』
「はい、町から5イグの範囲ならどこにでも伺います」
『なら、配達してくれ』
「はい、ではまず注文個数をお願いします。配達可能なのは天ぷらセットのみとさせて頂いています」
『4つだ』
「はい、4つですね。次に配達場所をお願いします」
『迷宮の22階だ』
「22階までのお届けをご希望ですか?」
『そうだ』
 初めての注文が迷宮の中からかぁ。それも22階って、結構深い。そりゃあ、いつだったかの89階よりは浅いけど、初めて行くには深い。もっと浅かったらいいんだけど……。
 断りたいなぁ。だけど店にお客さんは来ないし、配達の需要が迷宮みたいな所からしか無いのかも知れないんだよね。だとしたら結局迷宮にも行くことになっちゃう。
 どうせ行くなら今行っても一緒だ。何にでも初めてはあるんだし。
「配達料に2万2000ゴールドの追加料金を請求させていただきますが、宜しいでしょうか?」
『いいぜ』
「代金合計は2万5600ゴールドになりますが、宜しいでしょうか?」
『いいって言ってんだろ』
 随分と横柄な物言いだけど、冒険者なんてこんなものなんだろうなぁ。
 ん? あー、冒険者にも冒険者ギルドにも良い印象なんて持ってないから「なんて」なんだ。
「承りました」
 通話石の番号も聞いてから通話を終えた。
 さあ、来ないと思っていた配達の注文が来てしまいましたよ。だけど、追加料金を含めたら配達料が商品代金を遙か上回るので、何とも微妙な気分だ。
 ……気分に浸ってる場合じゃないから、早く商品を用意して出発しよう。

 町を出るまでには3分ほど掛かった。門を出る時にも検問が有って、身分証を提示しなくちゃいけないからね。この時間のロスを考えたら、町の中と外とで配達料金を変えた方がいいのかも。町の中の料金を下げることになるかな?
 町の門から迷宮の傍に在る集落までは1分余りで到着。22階までの地図を買った。
 だけど迷宮に入ろうとしたら、番人に止められた。
「あんた、その格好で入ろうってのか?」
「そうですけど?」
 あたしシャツとズボンに防寒着を着ている。もう寒くなっているから、外では防寒着が必要だ。
「自殺でもしようってのか?」
「そんな訳ないじゃないですか。22階まで配達ですよ」
 あたしは商品を掲げて見せる。
 ところが番人は訳が判らないと言う顔をする。
「どうしても入るのか?」
「はい」
 心配してくれてるんだとは判るけど、配達の途中で時間を取られるのは嬉しくない。だから少し対応がぞんざいになってしまう。
「遭難しても自己責任だぞ?」
「そうでしょうね」
 迷宮は洞窟みたいなものだもの。探検家が自然の洞窟を探検して遭難しても自己責任で済ませられるのと一緒だ。
 番人は溜め息を吐いて、さっさと行けとばかりに手を振った。

 初めての迷宮は当たり前のように暗かった。昔遊んだゲームなんかだったら壁が仄かに光ってたりしてたけど、ここはしていない。だから魔法で明かりを灯す。
 魔法が使えなかったら大変だな……。あ、番人が変な顔をする筈だよ。みんなランタンくらい持ってるものなんだろうから。
 明るくなったので、改めて周囲を見る。
 汚いな、これは。清潔とはとても言えない。不法投棄されたゴミが散乱した道路って感じかな。
 長居したい場所じゃないから、さっさと配達を終わらせよう。
 迷宮の壁は自然物とも人工物とも付かない。階層も便宜的なもののようで、階数が増えても降りるものとは限らない。横に繋がったり、、昇っていたりもする。ただ、全体的には螺旋を描くようにして下へと降りている。
 広ければい幅10メートルくらいは有る通路をひたすら走る。それだけの広さが有っても、擦れ違う冒険者を避けるのは大変だ。ぶつかったら大惨事だものね。あたしは大丈夫でも相手がね……。
 そんな訳で、場合によっては壁を走るようなことにもなるし、魔物なんかには疎かになって蹴飛ばしてしまうこともある。蹴飛ばした感触からすると、あまり後ろを振り返りたくない。ここで振り返らなくても、帰りにはやっぱり見ることになるんだけどね……。
 ちょっと気が重い。

 20階の広間の、21階に続く通路の前には牛頭の魔物が立ち塞がっていた。右手には棍棒らしきものを持って、冒険者らしき誰かと戦っている様子だ。
 その誰かは苦戦しているみたいだけど、あたしには関係無いから避けて通ろう。冒険者なんて、あたしにとっては不愉快な噂を垂れ流すだけの存在でしかないんだもの。
 こっちからは右、魔物から見れば左を迂回する。棍棒は避けたい。
 ところが、近付いた途端に魔物があたしの目の前に棍棒を振り下ろして来る。
「ひゃっ」
 あたしは跳んで避けた。跳んだ先は魔物の手。これはたまたまそうなっただけ。そのまま腕、肩、頭と踏み付けて回避して、魔物を飛び越えて着地する。
 僅かに遅れて、魔物の倒れる音がした。
 足にぬるっとした感触がまとわり付いて気持ち悪い。頭を踏み潰してしまったっぽい。
「何てことをしてくれたんだ!」
 誰かが叫んだ。声のする方を見てみたら、1人の冒険者があたしに向かって剣を突き出していた。
「もうちょっとで倒せそうだったんだ! それを横から掻っ攫うとはどう言う了見だ!」
 こいつは何を言ってるんだ? あたしからしてみたら、魔物が勝手に死んだだけだ。
 百歩譲ってこいつが魔物を倒せそうだったのかと言うと、周りを見る限りはとてもじゃないけど考えられない。
 こいつは5人の仲間と一緒に魔物と戦ったんだろうけど、その中の2人は血を流して倒れている。気を失っている様子。他に1人が蹲ったままで、立っているのはこいつを含めて3人。それもみんな傷だらけで。
 傷付いた仲間をほったらかしにして魔物と戦い始めたなんてのは、ちょっと考えられないよね。6人で戦い始めて3人が途中で倒されたんじゃないかな?
 魔物の方はどう思い返してもピンピンしていた。あたしが踏み付けた部分の他にも魔物の身体からだには傷が沢山付いてはいるんだけど、元気よくあたしに棍棒を振り下ろしたくらいだから、まだまだ力は残っていた筈だ。
「おい……やめ……」
 蹲っている冒険者がこいつを止めようとしているみたいだけど、こいつは何にも聞いちゃいない。
「おい! 何とか言ったらどうなんだ!」
 叫び声が耳障りでイラッとする。噂のことと言い、目の前のこいつと言い、どうしてこう冒険者って連中は苛立たせてくれるんだ。
 こいつを蹴飛ばしたいけど、それをやったら殺しちゃうことになるからちょっとね……。
 だから代わりに、通路を塞いだままの牛頭だった魔物を蹴り飛ばそう。
 ドカッ!
 蹴る一瞬だけ拘束魔法で魔物を保護したので潰れずに、返り血も散らさずに吹っ飛んで行った。壁にぶつかって砕け散る。
 そして腰に手を当てて、こいつに向かって言い放つ。
「邪魔なのよ!」
 こいつとその仲間達はガチガチと歯の根から音を立て始めた。
 この程度で震えるくらいなら、端から文句を言わなきゃいいのに。
 ほんとに馬鹿馬鹿しい。先を急ごう。

 22階に達した。
 リュックから通話石を取り出して、配達先を呼び出す。ここからは相手の居場所が判らないと、どっちに行ったらいいのかも判らないからね。
『なんだ?』
「天ぷら屋です。今、22階に着きましたので、通話石はそのままで暫くお待ちください」
『何!?』
『はっはっは、俺の勝ちだな』
『まさか、ほんとに来るとは……』
 通話石から不穏当な発言が聞こえてくる。
 むむむ。嫌な予感。でも錯覚かも知れないし……。とにかく配達先の冒険者4人を捜してからだ。
 それ程時間は掛からずに見付かった。
「お待たせしました。ご注文の天ぷらセットをお持ちしました。2万5600ゴールドになります」
「は? そんな金払う訳ないだろ? もう用は済んだから帰っていいぜ」
「今、何と?」
「帰れって言ってるんだ」
「ひゃっはっはっ、そうだ、もう用はねぇから帰んな」
「それとも、今から気持ちいーことでもすっか?」
「おー、それ、いいんじゃね? どうせこんな所、誰も来ねぇんだし。ひゃーっははは」
 冒険者達は下品に笑いながら、下卑た台詞を吐いた。
 さすがにこめかみが引き攣っちゃうよ!
「ご注文を取り消されるとおっしゃるのでしょうか?」
「注文? 元々賭のネタ相手に注文なんてする訳ねぇだろ。馬鹿じゃねぇの?」
「そう、ですか」
 あたしは近くに転がっている石を拾って冒険者達の前に突き出した。あたしに襲い掛かるつもりで立ち上がったらしいこいつらの動きは無視だ。
「迷惑料は3万ゴールドとなっております。きっちりお支払いくださいませ」
 とにかくもう、さっきの冒険者と言い、こいつらと言い、苛々する!
 ゴキャッ。
 あたしは石を握り潰した。手を開いたら、砂がさらさらと落ちて行く。
 ここで必殺の愛想笑いだ。少々頬が引き攣ってる感じはあるけど。
「それとも皆様の股間のものをこうして差し上げましょうか?」
 奴らは顔を引き攣らせて、今度は剣や杖を向けて来た。2人が前衛、2人が後衛の様子。
「温和しくしていれば気持ち良くはなっても痛い思いをせずに済んだのになあ、おい!」
 実にチンピラらしい言葉と一緒に、奴らは一斉に襲い掛かって来た。
 あたしは後衛からの魔法は無視して、前衛から振り下ろされる切っ先を掴んで握り潰す。そして、胸元に潜り込むようにして前衛を後衛にぶつけるように押す。
 殴ったら相手が死んじゃうからね。こんな奴ら相手でも、あたしは人殺しになりたくないんだ。
 奴らはもつれながら向こうの壁まで転がった。
 呻き声が響く。奴らはたったこれだけで起き上がれないようだ。
「温和しくしていれば痛い思いをしなくて済んだのに、残念ですねー。それで、お支払いの方はどうなさいますか?」
 再び必殺の愛想笑いだ。
「わ、判った! 払う! 買わせて貰う!」
「毎度ありー」
 何にしても、完全な無駄足にならずに済んだのだけは良かった。

 帰り道。転がっていると思っていた魔物の骸は無くなっていた。代わりに転がっていたのは赤い石だ。仄かに輝いて見えるその石を幾つか拾ってから、あたしは迷宮を出た。
「あんた、大丈夫なのか!?」
 入る前に話した番人があたしの足を見ながら、驚いたように問い掛けて来た。
 何のことやらなので、改めて自分の身体を見てみる。
 上半身は概ね無事なんだけど、下半身がでろでろに汚れていた。念入りに洗わないと。
「平気ですよ。これは返り血ですから」
 番人が絶句した。
 だけどあたしは、返り血なんかよりも赤い石のことが気になってるんだ。
「こんな石を見つけたんですが、何か判りますか?」
「ああ、これは魔石だ。魔物の身体の中に出来るものだ。いや、魔石を持つから魔物なのか」
「それで、何かに使えるものなのでしょうか?」
「おいおい、魔石が魔法道具の材料なのは常識じゃないか。ここに入る冒険者達の殆どは魔石を集めるために入ってるんだぞ?」
「なるほど、ありがとうございます」
 少しだけ迷宮のことが判った。
 そして、あたしの初めての配達は終わった。

  ◆

 それから程なくして、あたしの店がぼったくりだと言う噂が流された。
 今後はもう、迷宮の中では冒険者に容赦してなんてやるもんか。
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