天ぷらで行く!

浜柔

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16 計算

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 営業許可を取るのは申請して登録料を支払うだけの簡単なものだった。またがっつりお金が減ったけどね。
 それについてはこれ以上振り返るまい。哀しくなるからね。そんなことより市場調査だ。
 まずは油。
 油として売られているものは、おかみさんが言っていたように随分と高い。1キログラムで1万円の感覚だ。1日に5キロ使うと想定したら、油だけで5万円にもなる。天ぷらの単価が100円なら油代を稼ぐだけで1日に500個売らなきゃいけない。その他の材料費や利益を考え合わせたら、更に100個以上は売らないといけない計算になる。
 1日だけならともかく、毎日はそこまで売れないよね。せいぜい100個から200個なんじゃないかな。
 つまり、5キロの油を毎日買うのでは商売にならない。だけど、おかみさんに話を聞いた時から自力で搾油するつもりだったから、がっかりすることはない。
 でも、油の値段は少し異常じゃない? 何か理由が有るんじゃないかな。追及してもしょうがないんだけど。
 じゃあ、油を何から絞ろう? 菜種は入手性が悪い。オリーブやヒマワリは結構なお値段。食用に出回っているものを買って絞ろうものなら、油を買うより高くついてしまう。だから、普通なら圧搾しないような物からあたしのチートで圧搾しようと思う訳だ。
 候補になるのはとうもろこし、大豆、玄米。それらを約10キロずつ買って帰ることにしよう。
 とうもろこし粒が約1000円、大豆と米は約2000円。本当は枡を使って量を計っているから、重さはだいたいそのくらいでしかない。とうもろこし、大豆、玄米の順に軽いから、重さは同じにはならないんだ。だけど大差は無いので誤差は無視しよう。
 一緒に麻袋も10枚買った。でも1枚2000円もするのには天を仰ぎたくなった。油を入れるための壺も買った。1つ2万円だよ、コンチクショウめ!

 大豆は全体から、とうもろこしは胚芽から、米は糠から油が取れる。
 最初に大豆を絞ってみる。
 鍋に入れて板を被せ、拘束魔法と腕力を駆使して絞る。鍋や板は魔法で保護しているので問題無い。約1500グラムの油が採れた。

 次はとうもろこし。
 まずは風魔法で作った刃、つまり風刃魔法で皮に切れ目を入れて、小さな竜巻を使って皮を剥いて吹き飛ばす。次に風刃魔法で荒く砕いて桶に入れ、強風を下から断続的に当てながら上下に揺する。小1時間揺すり続けてある程度胚芽が上の方に集まったら、胚芽の多い部分を絞る。約150グラムの油が採れた。もっと上手く胚芽を分離できればこの2倍近く採れるだろうけど、実に面倒で現実性が無い。

 最後に米。
 強い竜巻で玄米同士を擦り合わせて精米する。それをふるって糠と白米を分けて糠を絞る。約150グラムの油が採れた。
 この結果をそのまま当てはめると、5キログラムの油を絞る材料費は、大豆で約6700円、とうもろこしで約3万3000円、米で約6万7000円だ。値段的には大豆なのだけれど供給量が心許なかった。あたしが市場で売られていた1割を買い占めたような感じだったんだよね。毎日34キロの大豆を購入し続けるのは結構厳しい。かと言って、米やとうもろこしを毎日330キロ購入しても後始末に困るし、米に至っては油を買った方が安くなってしまう。

 白米や、絞った後のとうもろこしを粉にして、買ったのと同じくらいの値段で売ることができれば採算は取れる。だけど売る当てなんてどこにも無い。何だか店を開く前から詰んでない?
 はぁ……、今日はもう寝よう。
 だけどその前に、飛び散っているとうもろこし粒の皮を掃除しなきゃだ。ついでに絞った大豆の1割も水に浸けておこう。

 一夜明けても知恵なんて浮かばない。当たり前だ。眠ってる間に浮かんだら凄いことだよね。
 ともかく、加工作業をしよう。
 まずは、水に浸けていた大豆を水刃魔法を駆使してペースト状にして、水を加えて加熱する。大豆ペーストを加熱している間にとうもろこしと大豆の残りを風刃魔法を駆使して粉にする。できた粉はそれぞれ麻袋に詰める。加熱が終わった大豆ペーストを麻袋に入れて絞る。つまり豆乳だ。油を絞った大豆だから脱脂豆乳になるのかな? 飲んでみると、普通の豆乳との違いは牛乳と低脂肪乳との違い程度のものだった。

 とうもろこしの粉は一部を水で捏ね、拘束魔法で圧力を掛けて薄く延ばして焼く。焼くと言っても焦げ付かせない程度の火力でだ。魔法を使えばオーブンの真似も簡単にできてしまう。水分が飛んでパリパリになったら加熱を止めて親指の爪くらいの大きさに砕く。製造方法は多分違うと思うけど、これでコーンフレークの完成だ。これも麻袋に詰める。

 米は7合程度を炊く。朝食にするつもりだったけど、そのまま食べるともそもそとして美味しくない。日本の米とは違うからね。仕方がないので、1食分だけ昨日絞った油を使って炒めて、塩胡椒で味付けして食べる。いくらかはマシになった。おかずは……。
 他の食材を買い忘れたから、何にも無いんだよね。

 こうしてできあがった副産物は、とうもろこし粉が約9キログラム、コーンフレークが約1キロ、潰れた大豆が8キロ弱、大豆粉が1キロ弱、おからが1キロ強、豆乳が約4リットル、白米が約8キロ、米糠の油滓が約1キロ、それと7合炊いたご飯の残り。
 大豆は、また豆乳を作るなら粉にしない方が良さそうだから、粉にするのは一部だけにした。豆乳は少し濃い目に作っている。
 これらが売れるかどうか、おかみさんに相談しようと思っている。尤も、相談できる相手がおかみさんしか居ないだけなんだけどね。冒険者の時ならギルドに持ち込んでみたかも知れないけど、今はなるべくギルドと関わりたくない。子供っぽいと笑わば笑えだ。
 わっはっはぁ……。

 おかみさんに相談する前に少し経営の方から考えてみる。昨日は沢山の油を使って一度に沢山の天ぷらを揚げるのを前提で考えていたのだけど、少し販売予想から逆算してみよう。
 1日の販売個数を200個、揚げる時間を1回5分と考えた場合、一度に2個揚げられれば2時間程で全て揚げることができる。半分に割っただけのナスやかき揚げでも、2個だけなら油が2キロも有れば十分だ。それなら油を買ったとしても1日2万円になる。注ぎ足していけばもっと消費量を下げられる。
 ナス1本が50円で、半分に割ったものを200個売ると仮定すると、ナスは100本で5000円。他に味付けのための塩胡椒や、衣のための小麦粉などで1000円くらい必要と見積もる。すると、油と合わせて原価が2万6000円。利益を1万円と見込んで200個で割ると、単価は180円。ナスの値段からすれば、なんと6倍だ。売れる方が奇跡だと思える値段だよね。やっぱり油を買うのでは駄目だ。

 元々、単価は100円が限界だと思っていたので、今度は単価から考える。単価を100円に抑えるには油代を4000円に抑える必要がある。大豆から絞れば収まるので、最悪大豆から絞ろう。実際に何から油を採るかは、おかみさんに相談した結果次第だ。
 取り敢えずの整理ができたところで酒場に行ってみる。

「あのぉ、おかみさん、相談したいことがあるんですが」
「おや? 何だい?」
「大豆ととうもろこしと米から油を絞ってみたんですが、その絞った残りを売り物にできないかと思いまして……」
「ぷっ! くくくくくくっ」
 おかみさんがいきなり笑い出した。どこかにおかしいところが有った?
「おかみさん!?」
「あっはっは、ごめんごめん。だけど、何なんだい? この手は?」
 そう言って、おかみさんは「がおぅ」って感じのポーズをした。指を軽く曲げた掌を右手を右肩辺りで、左手を左胸の辺りで前に向けて構えている。そう、熊とか虎とかの真似をする時のアレ。
 それをあたしが……。
 うん、やってたよ! それも随分こじんまりした感じで! 右手は殆ど首の下、左手は左胸よりも内側だったよ。でもしょうがないじゃないか、相談自体がおっかなびっくりなんだよ。
「あの、この手は癖……みたいなものです」
「そうかい。癖ならしょうがないね!」
 しょうがないと言いながら、おかみさんは暫く笑い続ける。
「いやいや、悪かったね。えーと、油だったかい? 話だけじゃよく判らないからちょっと見せてみな」
「それがその、色々有って運び難くて……」
 副産物を全部抱えて酒場へ来ようかとも思ったけど、副産物の種類が色々有るし、鍋に入れたままのコーン油と米油と豆乳の扱いに困ったんだ。だから先に話だけと思って持って来ていない。
 何だかおかみさんが笑いを噛み殺していると思ったら、あたしの手が相変わらずだった。
「じゃ、あたしが見に行くよ」
 そうと決めたおかみさんの行動は早い。あっと言う間に置いて行かれてしまった。
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