召喚するのは俺、召喚されるのも俺

浜柔

文字の大きさ
上 下
10 / 27
第二章 秋

第一〇話 温泉宿へ

しおりを挟む
 ダンジョンの入り口は山を少し登った所に有る。
 その正面は直ぐに斜面になっていて建物を建てる余地が無いことから、少し手前の平地を確保できる場所に集落が作られている。
 尤も、集落と言っても食堂兼宿屋が三軒と、雑貨屋が一軒有るのみだ。

 宿屋は必要なものを全てセバルスから運ぶためか、少々お高い。
 お高いので宿屋に泊まらずに野営する者も多く、野営のための広場と誰もが利用可能なかまども宿屋近くに設けられている。
 竈はそこかしこで火を焚かれては堪らないとのことで設けられたらしいが、食事だけを宿屋で摂っても良いためか、大して使われてはいない様子である。

「ここの宿屋で昼食を摂ろうではないか」

 そのホーリーの提案に俺は同意した。
 食事代もホーリー持ちだから断る理由など無いのだ。




 宿屋の一軒に入り、案内された席に座る。
 メニューは無く、日替わり定食が有るのみだったので、それを注文する。

 待っている間のホーリーはワクワクした顔だ。

 程なくして出された料理に小首を傾げ、一口食べたら眉尻が下がった。

 気持ちは判る。
 美味しくはない。
 それもセバルスの大衆食堂よりかなり落ちる味だ。
 ホーリーの口に合わせた味付けをするペッテの料理と比べたら、彼女にとって堪え難い差にもなるだろう。

 値段がセバルスの倍程度で収まっていたのがせめてもの救いであった。




 食後には雑貨屋を覗く。
 殆どの品物がお高いが、唯一、温泉の水だけはセバルスよりお安い。

 当然と言えば当然だ。
 ダンジョンの中に在ると言う温泉宿でタダで温泉の水を分けて貰えるらしい。
 値段の全てが輸送費と商店の利益なのである。

 雑貨屋で売っているものと売っていないもの、そしてその値段を確認してから、俺達はダンジョンに向かう。
 集落の宿屋より更にお高くても温泉宿に泊まる予定なのだ。

 道すがら、ホーリーが少し浮かない顔をする。

「何か気になることでも有るのか?」

「うむ。
 先の宿屋の料理があれでは温泉宿の料理も期待できそうにないのだ」

 下見の時には温泉宿に立ち寄っただけで泊まらなかったらしい。

 確かに集落の食事から考えればパンとスープだけなんてこともあり得る。
 だが、俺にとっては全然大したことではない。
 ホーリーと違って食えれば十分である。




 ダンジョンの入り口には「温泉はこちら」との立て看板が有る。
 これが無ければ見過ごしてしまいそうなほど、普通の洞窟のような風情だ。
 周囲につたが絡まり、苔むしてもいる。
 いかにも何も無さそうで、有っても動物か魔物の巣穴くらいに見える。

 ダンジョンも魔物ではあるのだけど。

 ホーリーが購入済みだったダンジョンの地図は至ってシンプルなものだ。
 入り口を入って暫く進んだら十字路が有り、左右どちらかに曲がれば魔物の出没する大部屋へと達し、真っ直ぐ進めば温泉宿に着く。

 俺達の目下の目的地は温泉宿のため、そこを真っ直ぐ進む。

 真っ直ぐ進んでも魔物は出没する。
 全て植物系の魔物で、多少剣を振るえる腕が有れば倒せる程度のものだが、それを倒して進まなければ温泉宿に辿り着けない。
 その一方で、倒せなくても拘束されてダンジョンの外に放り出されるだけなのだから良心的だ。

 魔物が出ない方が良心的かと言うとそうでもない。
 温泉宿とその付近には魔物は出ず、動物も途中の魔物が排除することから、温泉宿の客は安心して過ごせるのだ。
 客の立場からすると、探検と称して子供が入り込むのを同じように阻止してくれるのも安心材料だろう。

 これはあくまで真っ直ぐ進んだらの話で、十字路を左右のどちらかに曲がれば動物系の魔物が出没する。
 右に行けば、比較的弱い魔物が現れ、収入が低くなる代わりに命までは取られない。
 左に行けば、比較的強い魔物が現れ、収入が高くなる代わりに命の危険が有る。

 収入になるのは倒した魔物が消える時に残される宝石である。
 牙が宝石に変化したもので、魔物が口を開けば持っているかどうかが直ぐに判るのだが、持っているものだけを倒すのは不可能だろう。

 植物系の魔物は時たま枝を残すだけだ。
 拾えば薪にくらいは使えるかも知れない。




 中に灯りは無いのでランプを点けてから入る。
 魔光石を使わないのは、長く光るものでも五分程度しか保たず、長時間の使用に向かないためだ。
 少し注意を怠っただけで真っ暗になっては危険である。

 洞窟は入り口よりも広く、二人が並んで剣を振るえるほどだ。
 しかし、えて前後にずれて進む。
 出没する魔物よりも何かの拍子に互いの剣が当たる方が怖い。
 数分毎にランプを持つのを交替するのに合わせて前後も入れ替える。

 洞窟の地面も壁も岩を削ったようにゴツゴツとしている。
 地面の方が若干滑らかではあるものの、足下には注意が必要だ。
 だからと言って足下ばかり見ていると、魔物に襲われた時に対処できないので神経を使う。

 温泉宿へ向かう途中に出て来る植物系の魔物は触手のようにうねるつるを巻き付けてくる。
 そこいらの農夫が迷い込んだとしたら、蔓に巻き付かれて連れ出されるのだ。

 倒すには、その蔓を斬り払いながら近付いて本体を攻撃すれば良い。
 動きも速くないので、俺の腕なら鼻歌交じりに何回か剣を振るだけで倒せる。
 それは、それだけの剣の鍛練を俺がして来たからである。

 ところがホーリーは巻き付こうとする蔓を引き千切りながら本体を一撃で斬り捨てる。
 さすがは騎士と言うべきか。
 などと、安易に済ませられない。
 ホーリーはその計り知れない膂力りょりょくを持ちながら、俺と同い年なのだ。
 どんな訓練をすればそうなるのだろうか。
 属性的に膂力を増す効果の有る火の魔法の使い手であることを考え合わせても想像しきれない。

 機会が有ったらペッテに尋ねてみよう。
 何となく、ホーリーに尋ねても漠然とした答えが返されるだけな気がする。




 温泉宿の有る広間には入り口から一時間と掛からずに着いた。
 ダンジョンの中としてはかなり浅い場所だ。
 途中の魔物にそれなりに時間を取られることを考えれば、町中や街道を歩く一時間より距離的にもかなり短い。

 ダンジョンの踏破にはダンジョンの年齢と同じ時間が目安とされ、このダンジョンなら三〇時間となる。
 途中の十字路を左右のどちらに曲がっても地図上では温泉宿と距離が変わらない大部屋で行き止まっていて、大部屋の広さを考え合わせたとしても踏破されていない部分がかなり多いことが窺える。

 ホーリーの言うエリクサーが有るとすれば、その未踏破の場所な訳だ。

 広間はセバルスの町に準ずる広さが有り、天井も高い。
 その高さは正面奥に建てられている温泉宿に三倍する。
 温泉宿付近には灯籠が並べられ、天井まで光を届けているのでそれが見えるのだ。
 その光量たるや大部屋全体にうっすらとその光を届けるほどだ。

 壁がここまでの洞窟と同様のゴツゴツしたものである一方、地面は自然ではあり得ない平坦さで、砂利が一面に敷き詰められている。
 固く締められていて、とても歩きやすい。

 そんな大部屋の左右、それぞれ手前側の角付近には野営する者のものだろう灯りもちらほらと見える。
 宝石目当ての狩りをする者の一部だ。
 外の宿屋付近と比べて狩り場となる大部屋まで少し遠くなるものの、寝る時には安全である。
 外か中かは一長一短なため、各人の都合次第となる。
 時間的に人の少ない夜間に狩りをするつもりだろう。

 何にせよ、ここまで来れば一安心。
 俺としても物珍しさが先に立つ。
 しかし、立ち止まってキョロキョロと見回していると、周りが暗くなった。
 何ごとかと振り向けば、ランプを持ったホーリーがすたすたと先に進んでいる。
 どうやらホーリーはダンジョンそのものには興味が無いようだ。




 大部屋を七割方過ぎた辺りから灯籠が灯されていて、ランプはひとまずのお役御免となる。
 その先からは、あたかも回廊のように並べられている灯籠の間を通って行く。

 温泉宿の近くまで行くと、その荘厳なたたずまいに圧倒される。
 床と柱には大理石が、壁や天井には御影石が使われている。
 驚くべきことに、複数の石を積み重ねている筈が、継ぎ目が全く判らない。
 建築技術は超一流だ。
 そしてそれらが全てピカピカに磨かれている。

 こんな場所にこんな建物をどうやって建てたのだろうか。

 遠目からはよく判らなかった建物の高さにも感心させられる。
 一階だけでも庶民の家なら二階建て以上の高さが有る。
 壁も高いが、何より天井がアーチ状に組まれている分だけ余計に高い。

「凄い建物だな……」

 思わずそう呟くと、ホーリーがきょとんして振り返る。

「貴族を相手にする宿屋としては普通だぞ」

「お、おう」

 ホーリーはこんな建物がこんな場所に在ることに疑問を持たない様子でこの状況を受け入れている。
 実に素直なものだ。

 しかしそれで良いのだろうか。
 いや、まあ、良いんだろう。
 そのお陰で俺の魔法にも疑問を持たれていないようなのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法世界の綺沙羅

みちづきシモン
ファンタジー
この世界は魔法に溢れ、魔法に愛された者たちが生きる世界。 火、水、雷、木、光、闇の六つの魔法に区分けされ、人々の生活を豊かにしていた。 王国の中でも特に優秀な魔法使いが集まる鍵弦魔法高校に、魔力が少なく魔法を上手く使えない綺沙羅(きさら)という少年が通っていた。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

魔☆かるちゃ~魔王はこたつで茶をすする~

浜柔
ファンタジー
 魔王はダンジョンの奥深くでお茶をすすりながらのんびり暮らしている。  魔王は異世界の物を寸分違わぬ姿でコピーして手許に創出することができる。  今、お気に入りはとある世界のとある国のサブカルチャーだ。  そんな魔王の許にビキニアーマーの女戦士が現れて…… ※更新は19:30予定

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

天ぷらで行く!

浜柔
ファンタジー
天ぷら屋を志しているあたし――油上千佳《あぶらあげ ちか》、24歳――は異世界に連れて来られた。 元凶たる女神には邪神の復活を阻止するように言われたけど、あたしにそんな義理なんて無い。 元の世界には戻れないなら、この世界で天ぷら屋を目指すしかないじゃないか。 それ以前に一文無しだから目先の生活をどうにかしなきゃ。 ※本作は以前掲載していた作品のタイトルを替え、一人称の表現を少し変更し、少し加筆したリライト作です。  ストーリーは基本的に同じですが、細かい部分で変更があります。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

処理中です...