魔法道具はじめました

浜柔

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第二四話 凹レンズの応用

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「親方、眩しくって仕事になんねぇっす」
「おー、俺っちもそう思ってた所だ」
 テンダーの木工所では鉄の反射板を使った照明を試していたのだが、その眩しさが気になって作業にならないのである。
「明るいのは間違いねぇんですけどね」
「光らせりゃいいってもんでもねーな」
 テンダーはぎらつく反射板を眼の端で見ながら呟いた。
 光の魔法陣から発せられる光は、空気で乱反射する分が全く無いため、真夏の太陽より強い。直視すれば確実に眼を痛めるだろう程の強さだ。それが球面のような反射板で反射して広がっているのだとしても、点に近い状態で視線の端に入ってしまえば眩しくて仕方がないのである。
「小僧を驚かせたかったんだけどなぁ」
 累造に内緒にしたまま商品として売り出す照明を完成させてやろうと思っていたテンダーだったが、魔法陣の光を扱いあぐねていた。

  ◆

「おう、わざわざ来て貰ってすまねーな。早速だが、これを見てくれ」
 テンダーの呼び出しを受けて累造が木工所に赴くと、直ぐに一つの品物を手渡された。
「これは……」
 それは、鉄製で表面が磨かれた半球状のものだ。薄い鉄板を半球状に加工しているため意外と軽い。内側には平行に二本の棒が取り付けられている。
 累造は矯めつ眇めつその品物を検分して、その正体に気付いた。そしてその顔に気色を浮かべる。
「もしかして、反射板ですか!?」
「おー、なかなかすげーもんだろ?」
「はい! こんなのが欲しかったんです!」
「お、おー」
 累造の勢いはテンダーが少々面食らう程だった。「やー、いいなー」などとニコニコしながら反射板を撫で回す累造に、見ている方が困惑してしまう。
「喜んでるとこ悪いんだけどよ、ちょっと問題があんだよ」
 テンダーはそう言うと、反射板を累造から取り上げて照明のスタンドへと取り付けた。そして、照明を点す。
「うわっ」
 あまりの眩しさに、累造は目を瞑って仰け反った。それから暫く顔を顰めつつ眼をしばしばさせてしまう。
「これは眩しすぎです」
「だろ? これじゃ使い物になんねぇんだ」
「そうでしたか。それなら、どうせ今のままの魔法陣だと売り物にはできないので大丈夫です」
「売り物にできねーってどう言う事だ?」
 これは意外とばかりに問い質すテンダーは、かなり迫力がある。
「光が強すぎるので、弱くしないと駄目なんです」
「そんな事したら、暗くなっちまうだろ?」
「そうなんですが、今の魔法陣の光を直接見てしまうと、下手をすれば眼が潰れてしまいます」
「おう」
 テンダーはここまで強い光ならそれも有り得ると頷いた。
「幾ら注意を促しても、買った人は何をやらかすか判りませんから、失明する事故が起きても不思議じゃありません」
「それで?」
 テンダーはそれが不幸な事だろうとは考える。
「そんな事故が起きると、照明を売った俺達が恨まれるかも知れません」
「なんだと!?」
 勝手な事して事故に遭ったら自業自得だ。照明を売った者を恨むなど逆恨みも甚だしい。テンダーはそう思う。
「変に思うかも知れませんが、俺の暮らしていた所では商品を売る側はそう言う事のための対策をしています」
「なんだか理不尽じゃねーか?」
「そうですね。だけど、逆恨みで命を狙われたりするよりいいんじゃないでしょうか?」
「なるほど、ちげーねぇ」
 テンダーが納得した所で累造は話を進める。
「光の強さは今の二割か三割程度に抑えるつもりです。そうすると、その鉄の反射板が生きてきます」
「光の強さって変えられんのか? だったら端から光を広げらんねーのか?」
「魔法陣は平面にしか描けませんし……」
 累造は首を傾げる。
「だからよぉ、その魔法陣とやらで反射板みたいに光を曲げりゃいいんじゃねーのか?」
 累造はキョトンとする。
「光を曲げる? 光を曲げる……。光を曲げる!」
 累造は突然ひょっとこのような顔をし、両手で頭を抱えて天を仰いだ。
 その累造の奇行にテンダーの方こそ驚いた。
「お、おい、小僧、大丈夫か?」
 姿勢はそのままで視線だけをテンダーに移した。そしてゆっくりと顔の力を抜き、手を下ろすと、一度だけ深呼吸をした。
「ありがとうございます。どうやら俺は平面に囚われすぎていたようです」
「なんだか知らねーが、なんとかなりそうなのか?」
「はい。直ぐにとはいきませんから、帰ってから試そうと思います」
「そうなのか、それじゃ、結果はまた今度だな」
「はい。それで反射板は借りていっても良いでしょうか?」
「おう、構ねーよ。持ってきな」

  ◆

 累造が思いついたのは凹レンズだ。これを魔法陣に盛り込めば問題が解決する。
 これまで累造は、平面的な魔法については平面的に動作する機能で考えてしまっていた。水であれば水だけを通すフィルターを、光であれば可視光だけを通すフィルターをである。
 だが、立体を平面に投影する形にすれば、平面であっても立体的な動作を再現可能なものもある。レンズはその最たる例と言える。凹レンズの作用、つまり外側ほど大きく光が屈折する作用を魔法として定義すれば良いのである。
 早速、光量を絞る定義と凹レンズを再現する定義を図形にして加えた魔法陣を作成する。しかしそれは元のものより二回りほど大きくなってしまった。彫刻刀で彫った場合には作成時間が二時間程度延びるので嬉しくない。
 そして動作試験。魔法陣を起動すると、部屋が前と比べて明らかに満遍なく明るくなった。
 その瞬間にまた気付きが有って若干落ち込んだ。光源が壁際に有ると明るさに斑ができる上、家具の影が長く伸びたりで暗い部分が余計に暗く感じてしまう。最初から気付いていて然るべきだった。
 新しい凹レンズを応用した魔法陣であれば、天井の梁に打ち付ける事で部屋を満遍なく明るくできるのだが、これはこれでスイッチをどうするかと言う問題がある。紐を垂らしてスイッチを動かすような仕組みも必要だろう。それに、ガラスで覆うなりしなければ、魔法陣が剥き出しになってしまい売り物としては少々問題だ。落下の危険を考えると、品質が安定するかどうか怪しいガラスで覆うのは避けたい面もある。
 一筋縄ではいかないと累造が考えていると、借りてきていた反射板が眼に入った。そう、借りてきたまま使っていない。凹レンズ抜きの魔法陣で最適な光量も探っておくべきだろうと、累造は実験を行った。

  ◆

「それでまた来たのか」
「はい、どの程度まで工作ができるのかよく分かりませんので、結論が出せないんです」
「そりゃ、まあそうだな」
 テンダーはあっさりと納得した。累造の試作品を見た事も大きい。
「そんじゃ、後は俺っちに任せな」
「お願いします」
 累造は、反射板を返した他、鉄の反射板で眩しくない程度まで光量を絞った魔法陣と、凹レンズを応用した魔法陣にスイッチを描き加えたものをテンダーに渡して木工所を後にした。魔法陣は鉛筆書きのままである。
 帰り道、累造は少しばかり罪悪感を覚えた。照明に関する事をテンダーに丸投げにしてしまった故だ。

  ◆

「わっはっはっはっ、面白くなってきやがった!」
 一方、累造の罪悪感を余所に、テンダーの気合いは十二分である。
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