魔法道具はじめました

浜柔

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第八二話 雪模様

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 ヒューヒュー。ガタタ。ヒュー。ガタタ。
 風の音と風に吹かれて何かがぶつかっている音とで累造は目が覚めた。夜が明けていれば窓がどことなく明るく感じるものだが、今はまだ真っ暗な感じがする。中途半端な時間に起きてしまったのだと判断し二度寝を選択するが、眠れるかどうかは未知数である。それ程までに外の風の音が大きい。尤も、眠れなくても問題は無い。目を瞑ってベッドでゴロゴロするのも良いものだ。思索に耽るのも良し、思索に耽るつもりで眠ってしまうのも良しである。
 コンコン。ガチャッ。
 累造が掛け布団を被り直そうとしていると、ノックの音に続いてドアが開いた。思わず掛け布団を持ち上げた状態のままでドアの方を見る。
「累造? もう起きてたのか。朝食の時間だぞ」
「もうそんな時間ですか? 暗いのでもっと早い時間なのかと思ったんですが」
「確かに暗いな。どんより曇っていて雪がちらついてきている」
「外はそんな感じなんですか……」
 暗い筈だ。雪が降ってしまえば少し明るいのだが、降る直前は最も暗い。

「今日が休みの日で良かったね。こんな日に出勤だったらショウやマレタが気の毒になるからね」
「そうですね。この天気じゃ、火祭りも中止でしょうね」
「どんなお祭りなんですか?」
「大したものじゃないよ。元々冬至は家族や友人と過ごす日だったのを、みんなで集まって焚き火を囲むようになったって話だからね。参加する家族もそんなに多くはないよ」
「家族単位なんですか?」
「言ったろ? 家族で過ごす日だって」
「納得しました」
「例年であればテンダーさんが会長を引っ張り出しに来るんですが、流石に今日は来ないでしょうね」
「おっちゃんは火祭りが好きだからねぇ」
「何だか容易に想像できます」
「だろ?」
 ルゼは呵々と笑った。
「焚き火は見てみたかった気がします」
「そうか? 初めて会った時に累造が焚いていた火くらいの大きさだぞ?」
「いやいやいや、大きさの問題じゃありませんから」
「それもそうか。だけど、また来年見ればいいじゃないか」
「……そうですね」
 累造の目が一瞬泳いだが、気付く者は居なかった。
 累造には迷いが有る。元の世界に帰還するかこの世界で暮らし続けるかだ。今はまだ結論など出せないのである。ただ、考えるだけ無駄かも知れない予感も有る。
 誰かさんの心残りによってこの世界に来たのだ。その誰かさんに思い残すことが無くなったら……。

 昼前には雪が強くなった。音から判断して、そうとしか思えない。しかし、様子を見てみたくても風が強いため、おいそれと外を見る訳にもいかない。ガラス窓は風呂場への廊下の途中に新設したものだけな上、ガラス越しの景色は少し歪む。見えるのも中庭だけだ。風の様子も雪の勢いも判らない。そのため、風や雪の様子を見るには戸か窓を開ける必要がある。だが、開ければ雪と共に風が吹き込んで、下手をすれば部屋の中がしっちゃかめっちゃかになる。風の音を聞きつつじっと我慢するのが有るべき姿なのである。
 そうは言っても、外の様子は気になるものだ。普段に無い天候は見慣れた町並みを違う風景に変える。それはとても興味深く、多少のリスクを冒してでも見てみたくなる。ただ、行き過ぎないように注意が必要だ。増水した川の様子を見に行って自らが流されるようなことになると元も子もない。見たものを人に語ることができなくなっては、何のために見に行ったのか判らなくなってしまう。尤も、この場合は考えることもできなくなるのだから、傍目からの想像でしかない。
 累造は気持ち窓を開けてみた。中庭に面していても三階だけに強い風が吹き付ける。勢い、窓の障子が風に攫われそうになって慌てて閉めた。
「危なかったー」
 安堵の溜め息と共に独り言も零れる。一仕事終えた感も滲み出る。窓を開けると言う余計なことをしなければ余分な体力を使うこともなかったのだが、こんな時は余計なことをした部分をすっぱり忘れてしまうものである。
「こんな天気なのに窓を開けようとするなんて累造君は馬鹿なんですか?」
「うぉっ!」
 思わず跳ねた。心臓もバクバク言っている。振り返って見れば、チーナが腰に手を当てて小首を傾げ、ジト目で見ている。相変わらずの神出鬼没さだ。若干唇を震わせつつ、ひょっとこみたいな顔で迎える結果となった。
「何ですか、そのお化けを見たような顔は? ぶふっ」
 累造の顔がチーナのツボにはまったようである。
 お陰で余計なことをしてしまった自覚を持つだけの時間が得られた。ここはもう話を逸らすのが一番だ。
「あの、チーナさんは何故ここに?」
「くくっ。あ、そうでした。もうお昼ですよ。くくく……」
 もう暫くチーナの笑いは収まりそうにない。
「もうそんな時間でしたか。ルゼさんはどうしたんですか?」
 休日であればルゼが累造を呼びに来るのが常である。そのルゼが来ないのは別の用事が有ることを意味している。
「会長ならニナーレと一緒に商品の値付けをやってますよ。随分と張り切っている様子です」
「明日から売り出す予定でしたっけ?」
「商品が揃えば、ですね。少しずつしか転送できないので十分な数が揃うには時間が掛かるようです」
「ままなりませんね」
 転送を速くするにはもっと大きな転送装置が必要になるが、それを用意するのは容易ではない。ニナーレの滞在費さえ手当てできるのであれば、このまま我慢して貰うのがお手軽だ。そう思いはしても、一応準備だけはしておこうと考えた。その後はニナーレの友人の希望次第である。

 昼の食卓に少し遅れて現れたルゼの顔には一仕事終えた満足感が滲み出ていた。累造と違って本当に仕事をしていたので本物だ。その一方でニナーレは何か釈然としない風に首を右に左にと傾げている。
「ニナーレさん、何か気になることでも?」
「会長さんの値段の付け方が理解できないだけですの」
 ルゼは仕入れ値を確認しないまま売り値を決め、その後で仕入れ値と売り値の摺り合わせをする。そうして利益が見込めない商品は弾いてしまう。その閾値となる利益は、余所の町で仕入れてくる場合であれば仕入れ値に対して概ね十割だ。旅費を考慮すればそれ以下の利益率では成り立たないのである。ニナーレの故郷からの商品については旅費が掛からないため五割の利益が目途となっている。
 転送した商品たちは値付けの結果、継続して売る商品とそうでない商品とに分けられた。継続して売るのではない商品については既に仕入れ済みのものだけを値段も割り増しにして売る。そんな商品には比較的大きめのものが多い。
「大きめのものを何故避けるんですか?」
「元々数が捌けるものじゃないし、柳なんかの素材のものと競合するからね。売れる数が限られるんだよ」
「そうなんですか……」
 売ってみなければ判らないと思えるのにルゼは断言している。累造もニナーレ同様に首を傾げてしまった。

 昼食後、累造は昼前の行いを反省して一枚の魔法陣を描く。遠見の魔法陣の簡易版のようなもので、魔法陣の後方一〇センチメートルの映像を映す。そんなものが何の役に立つのか。それは、窓に張り付けるように設置すれば窓からの景色が見えるのである。これなら窓を開けずとも外の様子が判る。
 魔法陣を描き終わると、早速窓に取り付けて起動した。目に飛び込んでくるのは激しく降る雪の様子だ。
「これはまた激しく降ってますね」
「うぉっ!」
 気付かない内にまたチーナが居た。
「いちいち驚かないでください」
「でも、だって」
「デモもダッテも有りません」
「は、はい……」
 ずずずいっとチーナに凄まれると思わず首を縦に振る累造だった。
「そんなことより、この魔法陣はいいね。あたしの部屋にも欲しいよ」
 累造の部屋に来ていたのはチーナだけではなく、ルゼもニナーレも一緒だった。
「変な影が出来るので、表通りに面している部屋にはちょっと……」
 遠見の魔法の受光面は光を転送している都合で影が出来る。傍目には何も無い場所であるために不自然な影になるのだ。
「そう言うのも考えないといけないのか。それじゃ仕方ないね」
 どう仕方ないかと言うと、日が暮れるまで累造の部屋に入り浸るのも仕方ないと言うことだった。
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