魔法道具はじめました

浜柔

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第六三話 ボラデネにて

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「店長と累造君に、急に旅に出る事にした理由を聞きそびれてしまいました」
「尋ね辛かったでやすからね。仕方ないでやす」
 ショウが遠い目をした。チーナは少し伏し目になる。
「はい。だから余計に心配です。早く帰ってきてくれるといいんですけど」
「そうでやすね。まあ、いつもの仕入と同じみたいでやすから、七日から一〇日位でやすかね」
 事情が全く判らないままの二人は待つ事しかできない。
 カラン。店に来客だ。
「いらっしゃいませ」
「あ、兄貴。今日は姐さんもボウズもいやせんぜ」
 訪れたのはケメンだった。
「いや、今日は君達に聞きたいことがあってね」
「何をでやすか?」
「ルゼと累造君が旅に出たとは知っているのだけど、理由が分からなくてね。何か知らないかい?」
 チーナとショウはデイから聞いたのだろうと漠然と考え、ケメンが何故知っているのかには頓着しなかった。実際にはイナからの報告である。
「あっしらにも判らないんでやす。どうにも聞きそびれてしまいやして」
「そうなのかい。それでは何か変わった事は無かったかい?」
「変わった、と言えば、昨日、セウスペルが愚図っていたので累造君に店長の手伝いを頼んだんですけど、累造君が中庭から戻ってきた時には何だか怖い顔をしていて、最初は店長と喧嘩でもしたのかと思ったんですが、そうでもなくて、二人して旅に出ると言いだしたんです」
「後は、デイの親方がひょっこり訪ねて来たことでやすかね。夢を見たとかで、セウスペルをずっと撫でるだけだったでやすけどね」
「ふむ。セウスペル、馬か。そう言えば、随分歳を取った馬だったね」
 ケメンは考えた。重い荷物を引いて過ごした馬の寿命は短くなる傾向にあるが、セウスペルはヤッテヤ家で大切にされたためか、かなり齢を重ねている。だとすれば。いや、まさか。それでもやはり。などと、色々と考えたが、幾ら考えても仮説以上にはなり得なかった。

  ◆

 ぐーすかぴー。ルミエは夢の中だ。ガタゴトと揺れる馬車が揺りかごである。
 実際には揺りかごのような優しいものではない。動く馬車の中で眠るなど、累造にはできそうになかった。それ故にルミエが羨ましくもある。昨晩泊まった炭坑の町フィアスグラは、荒くれ者が多いのか夜が騒々しかった。お陰で少し寝不足気味だ。
「騒々しい町でしたね」
「まったくだよ。おちおち寝てもいられないんじゃ、あの町は素通りした方が良かったねぇ」
 素通りしてしまえば野宿が待っているのだが、騒々しくて眠れないのよりマシだったかも知れない。
 フィアスグラは炭坑の町である事から、特産品は石炭とその派生品である。虹の橋雑貨店程度の規模ではそれらの製品を扱う余地が無く、仕入れるものは何もない。故に、泊まるだけだったのだ。
「次のボラデネは木工の町で、細工物が特産だから寄ってくよ」
「はい」
 遠目に森が見えてきていた。
『楽しい、嬉しい、ママ、妹』
 累造の耳には、そんな声が時々聞こえている。

 ボラデネの町並みには外壁も木造の家屋が建ち並んでおり、レンガで覆われている印象のあるレザンタとは全く趣が異なっている。程近い場所には森が有り、木の種類も豊富。そのため、様々な木材を使った小物類や細工物の製造が盛んである。
「落ち着いた感じのする町ですね」
 累造がそんなことを言うが、そんな印象の無いルゼは「そう言うこともあるのかねぇ」と適当に相づちを打った。
 以前によく仕入れていたのは、テンダーが作っていない細工物だ。箱、置物、髪留めなどの比較的小さな品物は、嵩張らずに比較的利益も大きい。今回もそれらを少し仕入れる事にした。常備に近かった商品だが、ずっと仕入れていなかったために幾つかは品切れし、問い合わせを受ける場合も有るのだ。商売が目的で来ていてここから真っ直ぐレザンタに帰るのであれば沢山仕入れるのだが、今回、仕入は二の次である。
 少しだけ商品を仕入れた後は宿を取ってから夕食だ。
 この町の料理には木の実やきのこがふんだんに使われている。焼いたきのこに木の実を擂り潰して作ったソースを掛けたものが名物料理となっている。
「美味しい! これならいくらでも食べられそうです」
「そうかい?」
 累造の口にはとてもよく合っていても、ルゼは注文すらしていない。以前来た時に注文して後悔したのだ。シチューに入ったきのこは美味しいし、木の実のソースもパンに付けると美味しい。だが、この料理は全く口に合わなくて駄目なのだ。些細な組み合わせの問題で全く受け付けなくなるとは不思議なこともあったものだ。

 就寝までの殆どの時間はセウスペルの傍で過ごした。累造に寄り添い、累造の腕を抱いた。ふと、傍から見れば恋人同士にでも見えるのだろうか、と考えた。だが次の瞬間、馬鹿馬鹿しいと自ら一笑に付した。せいぜい姉弟、下手すると母子に見られるだけだろう。
 それでも今ここに累造が居てくれて良かった。切に思う。累造は口には出さないが、態度が正直だ。だから悟った。累造にはセウスペルの声が聞こえる事も。そして、セウスペルの命がもう長くはない事も。知らず、累造の腕を抱く力が強くなる。
「ルゼさん?」
 累造が不思議そうに問い掛ける。
「もう、寝ようか」
「そうですね」

「あの、これは一体?」
「ん? 何がだ?」
「何故、ルゼさんは俺と一緒に寝てるんでしょう?」
「いいじゃないか、部屋は二つしか取れなかったんだし」
 ルゼが累造の腕を抱き締めた。
 暫くするとルゼは寝息を立て始めたが、累造は全く眠れない。ルゼの胸の感触に神経が高ぶってしまう。悶々とするだけの時間が過ぎていった。
「……嫌だ……」
「ルゼさん?」
 ルゼの呟きに問い返してみたが、反応は無い。寝言だったらしい。
「セウスペル……死んじゃ嫌だ……」
 見れば、ルゼの瞼からは涙が零れ、その顔は悲しみに歪んでいる。セウスペルが逝く夢を見てしまっているのだろう。そしてもうルゼは気付いてしまっているのだ。落ち着かせるように、ゆっくりとルゼの髪を撫でた。
「まだ、死んだりしませんよ」
 耳元で囁いた。それが聞こえたのかどうか、ルゼの寝息が穏やかになった。
 累造はもう暫くルゼの髪を撫で続けた。

  ◆

 深夜になってもワルノメ商会はてんやわんやの大騒ぎである。昨晩、フィアスグラの組織がほぼ壊滅したためだ。フィアスグラの組織は裏の仕事もしているが、ワルノメ商会の馬車の警護も一手に請け負っていた。それが壊滅したのでは馬車などが無防備になってしまう。ワルノメ商会を狙っていると思われる襲撃が多く、護衛は欠かせない。
 だからと言って他の護衛をそうそう簡単には雇えないのが悩みどころである。
 壊滅の切っ掛けはフィアスグラに宿泊した累造とルゼを拉致しようと試みたことだった。ルミエ・シリマが居ても総力で当たれば拉致が可能だと踏んで事を起こしたのだ。
 元々は一〇〇人以上の組織だったが、度重なる失敗で稼働人数を減らし、既に五〇人程に落ち込んでいた。その五〇人での総力戦を臨み、ルミエに悉く打ち据えられてしまった。
 その結果、手足の一、二本を折られた者の集団が一つ出来上がったのである。
 その前に可動人数が減ったのは全て虹の橋雑貨店に探りを入れようとした結果だった。特にルミエとイナ・チョコザと相対した場合が悲惨で、大半の者が稼働不能に陥ってしまっていた。それにも拘わらず、ルミエを甘く見すぎていたのだった。

  ◆

「累造、おはよう」
 翌朝のルゼは少しスッキリした表情をしていた。
「おはようございます」
 一方の累造は寝不足で、どんよりした気分を味わっている。
「どうしたんだ? その顔は」
「いや、まあ、その……」
 何とも答え難かった。
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