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397~404 ただいま

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【397.お土産】
 オリエはダンジョン横町の隣町の実家を訪れた。ただ、猟師を始めて以降、宿を取って暮らしていたオリエのためのスペースはここにはずっと前から無くなっている。

「オリエ! 生きてたのか!」
「オリエ! 良かった……。死んだと聞かされていたものだから……」
「オリエ、よく無事で!」
「姉さん! お帰りなさい!」
「姉ちゃん!」

 父、母、たまたま実家に顔を出していた姉、妹、弟と、オリエの帰還を家族は喜んだ。

「ただいま!」

 オリエも家族に変わりが無いのを喜んだ。そして大きな袋を家族に渡す。

「これはお土産」
「牛肉だ!」
「「やったー!」」

 迷宮産の牛肉は地上では希少だ。牛の魔物の居る迷宮の深部で狩りをできる者は少ない。

「今夜は焼肉だ!」
「腕を振るうわよ!」
「〃「わーい!!」〃」
「……」

 家族がオリエの帰還以上に喜んでいるらしい様子に少し微妙な気分になるオリエである。



【398.帰らない】
「え? ダンジョンで暮らすからここにはもう来れない?」
「うん」
「おかしな格好をするようになったと思っていたら、今度はダンジョンに住むだなんんて、この子は……」

 オリエの母は頬に手を当てて溜め息を吐いた。

「ごめんね」
「だけど、どうしてダンジョンなんかに……。魔王を倒すって言ってたじゃないか」
「魔王は別に悪い人じゃなかったんだ。昔の人が魔王を怖がって悪く言ったんじゃないかな」

 オリエもダンジョンから家族の家まで歩く途中で自身もそうされる兆しを感じたばかりだ。

「それにあたしは魔王と暮らしてるんだ」
「「ええっ!?」」

 父母は素っ頓狂な声を上げた。

「けけけけけ、結婚するのかい!?」
「ええっ!? ち、違うよ!」

 父の予想外の言葉に、オリエは全力で首を横に振って否定した。



【399.関係】
 オリエが結婚を否定したことでホッとした表情を見せる父だったが、そんな彼を母が白けた目で見る。

「それじゃあオリエ、魔王とはどう言う関係なの?」
「んー、家主と居候かな」
「それならいつまで一緒に住むの?」
「……ずっとかな」
「それは結婚じゃないの?」
「ち、違うよ!」
「どう違うのかしら?」
「だって、エッチなことはしないもん!」
「……その格好で言いますか」

 オリエは家に入ると当たり前のように鎧を脱いだ。つまり今は全裸。だから口調も騎士っぽくないのである。



【400.どこに出したって】
 オリエの母は額に手を当て溜め息を吐いた。

「だけどまあ、オリエが五体満足平穏に暮らせるのなら好きにしなさい」

 この言葉に狼狽えるのが父だ。

「母さん! 本当にいいのかい!? よりにもよってダンジョンだなんて!」
「いいんですよ。却ってダンジョンの方がいいんじゃありませんか? どこに出したって恥ずかしい娘なんですから」
「どこに出したってって……。母さん、酷いよ!」

 オリエは憤慨した。
 しかし母がバンとテーブルを叩く。

「だまらっしゃい! その格好で恥ずかしくない筈がないでしょう!」
「ぐ……」

 オリエは家の外ではビキニアーマー、家の中では全裸なのだ。



【401.襲撃】
「死ねやーっ!」

 オリエは襲撃された。家族と簡単に別れを告げた後、再びダンジョン横町に差し掛かった時のことだ。
 襲撃者の剣はオリエの腹部を正確に捉えた。

「うおっ!?」

 ところが剣先がつるっと滑った。少なくとも襲撃者はそう感じた。跳ね返されるでもなく、かと言って貫けるでもなく、ふにっとした感触と共に剣先がずれ、そちらへと一気に流されたのだ。

「糞がーっ!」

 襲撃者はめったやたらに剣を振り回す。その悉くがオリエに中らない。
 最初の一撃はオリエの気が緩んでいたこともあるが、悪意の視線が多くて紛れてしまったためだ。死角からだったこともあって回避が若干遅れた。
 しかしその後はもう油断をせず、全てを回避する。反撃はしない。人相手に不用意な反撃をすると大惨事を招きかねない。
 暫くすると、襲撃者は肩で息をしながら杖のように剣で地面を突いた。



【402.鬱陶しい】
 オリエは襲撃者を放置して歩き出す。
 襲撃を受けるのは町中の方が多い。……と言うか、いつからか町中ばかりになった。それもオリエにとって少々理不尽とも言える理由からだ。
 ダンジョン内部は地上の法が及ばないため、人を殺しても罪に問われない。しかしそれは襲撃する側だけでなく襲撃される側も同じこと。反撃して襲撃者を殺しても何も気にする必要が無い。
 ところが地上で反撃すると、怪我を負わせただけでも罪に問われる。自らも怪我を負っているならそうはならないのだが、オリエのようにいつも無傷なら一方的な傷害と見なされる。
 襲撃者は自らの弱さと方を盾にとって無法を働いているのである。
 そしてそんな無法者が息切れ一つで諦める筈もない。荒れた息が治まったらまたオリエを追い掛けて剣を振り回す。
 明らかにどうかしているが、襲撃する時点でどうかしているので今更だ。魔王に会う前のオリエはこんな襲撃を受けるのが日常茶飯事であった。
 とは言え、煩わしいことに代わりはない。以前は怒ることすら面倒に感じていたが、久方ぶりに遭遇したら心がざわめいた。

「鬱陶しい!」

 ぐらぐらぐらっ。

 足下が揺れた。オリエが襲撃者に一喝して殺気を飛ばした瞬間だ。

「ふぁっ!」

 オリエは周囲を見回す。歩いていた人が動きを止め、あるいはパニックを起こしている。襲撃者は殺気に当てられたらしく泡を噴いて倒れている。
 オリエは足早に立ち去った。



【403.物理的に】
「びっくりした」

 ダンジョンに急ぐオリエの足下は覚束ない。
 別段、身体に変調は無いし、精神的にも軽い動揺があるだけなので、思うように動けないなんてことはない。しかしその動揺に合わせて足下の地面が不規則に揺れる。物理的に覚束ないのである。
 オリエは原因に気付いて心を静めようとするが、「動揺したらいけない」と動揺するのだからなかなか上手くは行かない。
 オリエに挑もうと先回りして待ち構えた男がオリエの切羽詰まったような気配に即座に道を譲った。

「びっくりした……」

 ダンジョンに入ったら動揺していても地面は揺れなかった。
 オリエはホッと一息を吐いた。



【404.ただいま】
「ただいま」

 オリエは魔王の居室に帰って来た。直ぐに着ぐるみパジャマに着替えて「よいしょ」とこたつに座る。

「ん? もういいのか?」
「うん。全く会えなくなる訳じゃないし」

 とは言え、オリエは不用意にダンジョンから出てはいけないことを悟った。だから家族と会うにはダンジョンに来て貰わなければならないと魔王に訴える。

「そうだな。連絡を取る手段を作っておこう」
「ありがと」

 オリエは屈託の無い笑顔で言った。
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