生活魔法は万能です

浜柔

文字の大きさ
上 下
31 / 627

31 迷子

しおりを挟む
 ルキアスがグライオルに到着したのは昼過ぎのこと。まだ少し早い時間ではあったが、この日は情報収集だけに留めて一泊し、次の町に向けては翌朝に出発する。
 そして二日後の夕方、アークラーに居た。
 このグライオルからアークラーまでの三日間は特筆するべき出来事は何も無い。途中で洗濯したり、髪や身体を洗ったりはしているが、旅の途中だから疎かになりがちなだけで、そうでなければするのが日常だ。それ以外は、いつものように野草を摘んで食事の足しにしたり、乗り合いバスが通り過ぎるのを眺めたり、人に道を尋ねたりと言った事だけだった。
 このことにルキアスは若干の物足りなさを感じた。
 別に何か起きるのを期待している訳ではない。何も起きないのが普通なのだ。だが二日目から五日目が濃密に過ぎて、何も無いと肩透かしを食らったような気分になっただけである。

 ところがそんな風に感じたのが悪かったのか、夕食にと馬鈴薯を焼く途中、ルキアスの目の前に五歳くらいの女の子が目の前にしゃがみ込み、そのエメラルドの瞳でじっと馬鈴薯を見詰め始めた。
 女の子は見るからに上等なコートとマントを着けている。裾にポンポンがあしらわれた厚くても柔らかそうで気品のある生地の華やかなコート。その上に羽織っているのがコートとお揃いの色の腰までの小さなマント。マントはコートの付属品だろう。
 ルキアスから見ても良い所のお嬢さんだった。耳の上で括って両脇に垂らしたツインテールも愛らしく、将来はきっと美人になると約束されたように整った顔をしている。独りで彷徨いて良い存在ではない。

(保護者は?)

 ルキアスが辺りを見回してもそれらしい人が居ない。

(迷子なのか……)

 馬鈴薯はルキアスが目の前の女の子の事を考えている間に焼けていた。あまり焼きすぎると固くなるので直ぐに『加熱』を止め、馬鈴薯が熱い内に箸で二つに割って塩を振る。
 女の子の視線はまだ馬鈴薯に注がれたままだ。ルキアスが試しにフライパンを右に左に動かしてみれば、女の子の顔がフライパンに合わせて右に左に動く。

「もしかして食べたいの?」

 女の子はルキアスを見上げ、コクンと頷いた。
 ルキアスは薄々にはそうでないかと感じていたが、その通りとまでは思っていなかった。焼いただけの馬鈴薯など、高価そうな服を着ているお嬢さまの食べるものではないとも感じるからだ。
 しかし目の前の女の子は迷子。親とはぐれて腹を空かせているのかも知れないと思えば無下にもできない。
 旅立った日のルキアスであれば女の子を無視して馬鈴薯を食べる選択もあり得たが、ここまでに幾人もの人に助けられた身とあっては見捨てるような真似には抵抗がある。
 林檎屋台の店主の言葉を実践するにはまだまだ寸足らずをルキアスは自覚している。だが……。

(これも何かの縁だし、いつかのおじさんが言ってた巡り巡って恩を返す相手がこの女の子でも良いんじゃないかな。
 それでなくても放っておける訳もないし)

「まだ熱いからもうちょっと待ってね」

 女の子はまた素直に頷いた。
 何分か待つと、どうにか火傷しない程度に馬鈴薯は冷めたようだ。

「どうぞ。まだ中の方は熱いかも知れないからゆっくりね」

 ルキアスがフライパンを添えながら馬鈴薯を箸で挟んで女の子に差し出すと、女の子はまた一つ頷いて両手で取って、はぐはぐと囓り始めた。
 ところが暫くして食べ終わっても、まだ物足りなそうにする。

「もう一つ食べる?」

 馬鈴薯半分を食べ終わったばかりの女の子は頷いた。ルキアスがその手にもう半分を載せれば、また馬鈴薯をはぐはぐと囓る。

(可愛いもんだな……。
 って、和んでいる場合でもない。)

「君、お名前は?」
「ユアはキミじゃないの。ユアなの」
「そっか。ユアちゃんだね」
「ユアはユアチャンじゃないの。ユアなの」
「そっか……。じゃあ、ユア。ユアのママはどこかな? 一緒じゃないの?」

 ユアは一度後を振り返って見てから首を横に振った。

「それじゃ、ママが来るのをお兄ちゃんと待ってようか」

 ユアは頷いて立ち上がると、とことことルキアスに歩いて近付き、あれよあれよと言う間にその膝に座る。

(どうしてここ!?)

 ルキアスが混乱していると、ユアは「むふー」と鼻息も荒くドヤ顔をした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

きっと幸せな異世界生活

スノウ
ファンタジー
   神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。  そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。  時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。  異世界レメイアの女神メティスアメルの導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?  毎日12時頃に投稿します。   ─────────────────  いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

【完結】僕は今、異世界の無人島で生活しています。

コル
ファンタジー
 大学生の藤代 良太。  彼は大学に行こうと家から出た瞬間、謎の光に包まれ、女神が居る場所へと転移していた。  そして、その女神から異世界を救ってほしいと頼まれる。  異世界物が好きな良太は二つ返事で承諾し、異世界へと転送された。  ところが、女神に転送された場所はなんと異世界の無人島だった。  その事実に絶望した良太だったが、異世界の無人島を生き抜く為に日ごろからネットで見ているサバイバル系の動画の内容を思い出しながら生活を開始する。  果たして良太は、この異世界の無人島を無事に過ごし脱出する事が出来るのか!?  ※この作品は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さん、「ノベルアップ+」さん、「ノベリズム」さんとのマルチ投稿です。

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...