魔王へのレクイエム

浜柔

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第九章 魔王はここに

第百一話

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 目的の町はシーリスがサーシャと出会った町より東、神聖ログリア帝国との国境から遠くない場所に在る。ログリア帝国帝都跡からは少し遠いが、最寄りの町よりも規模が大きく、取り扱っている商品の数も多いことから、買い出しには専らこの町を利用している。
 ところが、着いた町は奇妙に賑わっていた。数日前に来た時よりも格段に人通りが多い。その上、ライナーダ語ではない言葉が飛び交っている。
「何かあったのかしら」
「誰かに聞いてみるしかねぇんだろな」
「……そうしてみるわ」
 誰かに聞こうにもエミリーはライナーダ語を話せないのでシーリスの担当になってしまう。エミリーの言ったことは間違っていなくても、微妙に釈然としないシーリスであった。
 しかし一歩歩く間に脱力する。そもそも、マリアンから頼まれたもの以外に何を買うのか決めるのがエミリーでも、実際に買い物するのはシーリスだ。そのついでで尋ねれば良いことなのだ。
 ともあれ、まずは怪鳥を始めとした魔物を売りに行く。これと言うのも、どこから現れるのか、魔物は殆ど毎日ゴンドラや発掘中のリリナ達を襲って来る。倒した魔物の肉を食卓に供しても食べ切れる筈もないほどにだ。大半を焼き払うか遠方に捨てなければいけない。しかしこうして売れば、ただ焼き払うだけだったその手間が節約でき、何より食料調達の資金になる。取引相手の肉屋も喜ぶ。一石三怪鳥と言った塩梅だから、売らない手は無いだろう。
『あ、お姉ちゃん。また肉を売りに来てくれたのかい?』
 何度も売りに来て馴染みになった肉屋の店主が良い笑顔で声を掛けてきた。
『左様』
 魔物が詰まったコンテナを下ろして開いて見せる。半分以上が怪鳥だ。怪鳥は癖が少なくて人気が高く、丸ごと運べる大きさなので取り引きでの間違いが無い。もっと大きな魔物の場合は枝肉にしてから運ぶことになるため、何の肉か見た目だけでは判別できず、試食やらで確かめるのに時間が掛かってしまう。
『ほおお、これはまた立派な怪鳥だ』
 肉屋が感嘆の声を漏らす。普段にはそうそうお目に掛かれない大きさの獲物だったのだ。ただ、大きなもの程身が締まっていて、言い換えれば固い傾向にあるので、大きなものが良いか小さなものが良いかは好みが別れる点である。
 ほくほく顔で値付けを行った店主は、最後に合計額を言った。
『以前より少々多かりし』
 前と比べると五割増ほどの値段にシーリスは疑問を口にした。何度か売りに来ているので値頃感は掴んでいたつもりだったが、それより明らかに多いのだ。
 すると店主は急に困り果てたような顔をする。
『ここ数日で食料品の値段が上がっちゃったんだよ』
何故なにゆえや?』
『あれだよ』
 店主は通行人達に向けて小さく顎をしゃくりながら言った。
 幾ら何でもそれでは説明不足だ。意味が判らないとシーリスが重ねて問うと、店主が溜め息混じりに言う。
『帝国の方から魔物猟師が大勢流れて来たんだ』
 神聖ログリア帝国から、この町の元の住人の数と同じくらいの人数の魔物猟師が流れ込んだと言う。
 簡単に移り住んでしまえるのは魔物猟師だからと言うより無い。魔物猟師に求められるのは、決められた買い取り屋で魔法結晶を換金することと、ダンジョンの入場記録への記入することだけだ。町によっては後者さえ無い。前者は徴税絡みの決まり事だからどの町も同じ仕組みになっている。縛りが緩く、魔物猟師を続ける限りはどこに行ってもすることが変わらないので、移住しやすい。
 そんな彼らが食料を持参している筈もないが、消費はする。その急に増えた需要のためにこの町の幾つかの食料品が不足して高騰。それに引き摺られるように他の食料品の値段まで上がってしまった訳だ。
 しかしどうしてそんなことになったのか。
『彼の国の民が何故や?』
『何でも第三皇子率いる軍に魔王討伐の拠点にするからって、町を占拠されたんだとさ』
 軍に町を占拠され、町の出入りもダンジョンへの出入りも制限されてしまったらしい。それも期限が定められないままだ。ダンジョンに入れなければおまんまの食い上げになる魔物猟師は町を移るしかない。しかし町の出入りまで制限されていたことで動くに動けずにいた。それが最近になって検問が緩くなったため、集団で逃げ出したと言う。そしてその場合にどの町に移るかだが、神聖ログリア帝国内の町ではまた同じ目に遭うかも知れないし、場合によっては何かとんでもないことをやらされるかも知れない。だったらそんな心配のいらないライナーダ王国に渡ろうと言うことになったとのことだ。そしてそこそこプローゼン語の通じるこの町に大勢が滞在している。
 しかしシーリスにはどうして第三皇子なのかが疑問だ。禁固を言い渡されていた筈である。いつ牢から出されたのだろうか。罰が軽すぎではないかと。
 今になって魔王討伐に動いたのも疑問だ。やろうと思えばもっと前に実行できた筈だし、魔物猟師の町を占拠するような乱暴なやり方はその場凌ぎの感が拭えない。何か事情が変わったのだろうが、あまりに乱暴だ。
 第三皇子は碌なことをしないわね、と言うのが率直な感想だった。
『傍迷惑也』
 シーリスのぼそっとこぼした呟きに、店主も肩を竦めてみせる。迷惑に思う気持ちは店主も強いのだろう。
 そしてもう一つ浮かんだ疑問。物価の上昇を黙っていて前と同じ値段で買い取ればもっと儲けられたのではないか、と言う点については、これっきりの取り引きで止めたくはないし、何より阿漕なことをしたら胸を張って商売できなくなるからだとの答えだった。
 そんな風にされたらまたこの店に売りに来なければならないと思ってしまうシーリスである。エミリーもまた同様に考えたような表情をした。

 肉屋を離れ、食料の調達に八百屋や穀物屋へ。
「買い物の番なんだけど……」
「殺気立ってやがんなぁ」
 店先に並ぶ商品が明らかに少ない。値段が高いだけなら良かったのだが、十人の五日分の食料を買い求めるのが憚られるほどに品薄だ。そこに大勢の客が押し寄せて我先にと買えるだけの品物を買って行く。品薄にも拘わらず、本当に食べきれるのか疑わしい量をだ。するとその様子を見た後からの客がますます殺気立ち、奪い合いまで起きる始末だ。
 そんな客の一人が立ち尽くしていたシーリスにぶつかって「邪魔だ! 退きやがれ!」と悪態を吐きながら通り過ぎた。ぶつかられた勢いでシーリスが少しよろめく。
「やってられないわね」
「同感だ」
 ぶつかられたことに怒る気も起きず、二人は早々に退散した。しかし、食料は調達しなければならない。
「隣町に行きましょう」
 予定外に時間が掛かることになるため、シーリスの操縦で隣町へ。
「肉屋の旦那にはわりぃが、次からは別の町に行くしかねぇかもな」
 エミリーの呟きにシーリスは黙って頷いた。肉屋で魔物を売るまでは良い。しかしそこから別の町に行かなければならないようでは時間が掛かり過ぎる。商人なら町を移ってでも高く売って安く買おうとするかも知れないが、魔物を売るのはあくまで食料調達費用の足しにするためでしかない。受け取った金額の方が使う金額より多いのが常ではあっても、商売ではないのである。
 そして隣の町に着き、商店街を覗く。
「ここも駄目っぽいわね……」
 この町にも人が溢れていた。先の町より格段に規模の小さい町で、受け入れられる人数も限られているのだが、その限界を超えて人が流れ込んでいる様子だ。人々の殺気は先の町より酷いものがある。
「次に行くわよ」
 この様子であれば、もう一つ西の町と、その次の町も小さな町だから期待薄だ。だから更に西の、もう少し大きな町へと真っ直ぐ向かう。そこはできれば避けたかった、シーリスがサーシャと出会った町でもある。
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