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第六章 勇者として
第八十三話
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その建物は魔法の爆心地らしき凹みから見ると、城壁の尖塔の陰になっていたらしい。城壁跡の土砂の山が部分的に高くなっている傍に在った。ただ、建物の状態はそれだけでは説明できないほど当時の面影を残している。二階建て、もしくは三階建てだっただろう建物の二階以上は完全に崩壊しているが、一階の一部が原形を留めたままだ。
「かなり身分の高い人の屋敷だったんでしょうね」
建物の敷地は随分と広い。ノルトのゴンドラなら二十艘を並べたくらいだろうか。
一部が原形を留めていると言っても瓦礫に埋もれたままのため、オリエやリリナの腕力やエミリーの土魔法の助けを借りながら瓦礫を撤去する。そうして出て来たのは書斎らしき部屋だった。
部屋は実用性重視の極めて質素なものだ。鎮座する机や椅子の脚、椅子の背もたれに装飾的な造形が見られる程度で、時代がそうだったと言うよりも、質素なのはこの部屋の主の性格によるものと思われた。
「こんな部屋がよく無事でいられたものだな」
クインクトはこの部屋が残った偶然に感心するが、ノルトの見方は少し異なる。
「恐らくこの部屋だけは魔法的な何かで保護していたのでしょう」
そう考えるほどに内部は当時のままだ。
「できるのか?」
「今でも障壁を使えば似たようなことはできます。現実的ではありませんが」
部屋一つ分を丸々防御できるバリアを張れる魔法士は限られている上、常時張り続けるには交代要員が必要だ。何人もの優秀な魔法士を雇い続けるには莫大な費用を必要とする。
「だからきっと今には伝わっていない魔法だと思います。その効力はこの年月ですから、流石に切れたのでしょう」
クインクトは酸っぱいものを食べたような顔をする。
「それ、ただの想像だろ?」
「そうとも言います」
ノルトは悪びれもせずに答えた。
部屋を調べると、棚や机の引き出しには数十冊の本と幾らかの書類が有った。
「こいつら、運び出すんだろ?」
「はい。お願いします」
ノルトが肯定の返事をすると、エミリーはリリナとオリエと共に作業に取り掛かる。本をカバンに詰め、浮遊器で釣り上げてゴンドラに運ぶ。カバン一つに十冊程度しか入らないので、この三人ならフローターを使わずに抱え上げられるが、背負えば本を傷める可能性が高いためだ。
三人が二往復ずつして見えている本を全て運んでいる中、ノルトは机を更に調べる。殆ど直感によるものだ。そして二番目の引き出しを引き抜いた場所に二重底を見つけた。開ければ一冊の本が有る。何かの記録らしい。隠すくらいだから見つかれば身の破滅に結び付くものに違いない。
しかしクインクトにはそんなものを残す気持ちが理解し難い。
「隠さなきゃならないものをどうして書くかね?」
「剣士が命を賭けて魔物と戦うようなもの、と考えたらどうでしょう?」
「俺は魔物と戦う方が楽だがな……。まあ、戦い方も人それぞれか」
クインクトは肩を竦めた。
ノルトは他にも何か残されていないか調べてみたが、二重底らしき場所などはもう見つからなかった。
「他には無さそうですから一旦引き上げましょう」
ノルトの自己満足でしかないが、この部屋の主に敬意を示して机の引き出しを元の位置に収める。そして入り口に向けて足を踏み出した瞬間のこと、ミシッと異音がした。
「やべ!」
クインクトがノルトを小脇に抱え上げ、「わわっ」とノルトが叫ぶのも無視して一目散に部屋を出る。その背後でがらがらと崩れる部屋。間一髪だ。
「助かりました」
ノルトは礼を言いつつ今まで部屋だった瓦礫を見る。瓦礫はまるで「役目を終えた」と語っているようであった。
二人がゴンドラに戻ると、「あたしらは続きをやってるぜ」とエミリー達がまた出掛けるところだった。彼女達を見送ったノルトは残されていた記録に目を向ける。
古ログリア語で書かれた記録の冒頭には「召喚された勇者について記録する」と書かれていた。
最初のページを開きながらノルトははたと気付く。
「ちょっと待ってくださいよ。貴方は誰なんですか?」
著者が勇者の召喚について政権中枢に近い位置で直接関わっていたか、又聞きかでは信憑性が天地ほども違う。それを本に尋ねても答えは返らないのだが、本の表紙、冒頭、巻末などを矯めつ眇めつ見て答えを求める時にはついつい言ってしまうものだ。
残念ながらこの本自身からは答えを得られなかった。だったらと、エミリー達に運んで貰っていた本や書類を漁る。
本の著者の多くは同じ人物だ。ヘライトスと言う名の宮廷魔法士。本の中に占める割合から、あの部屋の主と推測できるが、残念ながら断定はできない。単にこの著者の著作を集めただけの可能性がある。書類の方は殆ど署名無しで、署名が有ってもそれぞれがばらばらの別人の名前だった。しかし、書類に紛れて一通の手紙が有った。表には差出人の名は無く、宛名にヘライトスと書かれている。中を見ると、記録とは明らかに違う筆跡の文字が並ぶ。あの部屋の主は手紙の受取人だったのだ。つまり、記録の著者はヘライトスと言う宮廷魔法士なのである。
その手紙の最後に差出人の名前が有った。アルル。そう書かれている。
「かなり身分の高い人の屋敷だったんでしょうね」
建物の敷地は随分と広い。ノルトのゴンドラなら二十艘を並べたくらいだろうか。
一部が原形を留めていると言っても瓦礫に埋もれたままのため、オリエやリリナの腕力やエミリーの土魔法の助けを借りながら瓦礫を撤去する。そうして出て来たのは書斎らしき部屋だった。
部屋は実用性重視の極めて質素なものだ。鎮座する机や椅子の脚、椅子の背もたれに装飾的な造形が見られる程度で、時代がそうだったと言うよりも、質素なのはこの部屋の主の性格によるものと思われた。
「こんな部屋がよく無事でいられたものだな」
クインクトはこの部屋が残った偶然に感心するが、ノルトの見方は少し異なる。
「恐らくこの部屋だけは魔法的な何かで保護していたのでしょう」
そう考えるほどに内部は当時のままだ。
「できるのか?」
「今でも障壁を使えば似たようなことはできます。現実的ではありませんが」
部屋一つ分を丸々防御できるバリアを張れる魔法士は限られている上、常時張り続けるには交代要員が必要だ。何人もの優秀な魔法士を雇い続けるには莫大な費用を必要とする。
「だからきっと今には伝わっていない魔法だと思います。その効力はこの年月ですから、流石に切れたのでしょう」
クインクトは酸っぱいものを食べたような顔をする。
「それ、ただの想像だろ?」
「そうとも言います」
ノルトは悪びれもせずに答えた。
部屋を調べると、棚や机の引き出しには数十冊の本と幾らかの書類が有った。
「こいつら、運び出すんだろ?」
「はい。お願いします」
ノルトが肯定の返事をすると、エミリーはリリナとオリエと共に作業に取り掛かる。本をカバンに詰め、浮遊器で釣り上げてゴンドラに運ぶ。カバン一つに十冊程度しか入らないので、この三人ならフローターを使わずに抱え上げられるが、背負えば本を傷める可能性が高いためだ。
三人が二往復ずつして見えている本を全て運んでいる中、ノルトは机を更に調べる。殆ど直感によるものだ。そして二番目の引き出しを引き抜いた場所に二重底を見つけた。開ければ一冊の本が有る。何かの記録らしい。隠すくらいだから見つかれば身の破滅に結び付くものに違いない。
しかしクインクトにはそんなものを残す気持ちが理解し難い。
「隠さなきゃならないものをどうして書くかね?」
「剣士が命を賭けて魔物と戦うようなもの、と考えたらどうでしょう?」
「俺は魔物と戦う方が楽だがな……。まあ、戦い方も人それぞれか」
クインクトは肩を竦めた。
ノルトは他にも何か残されていないか調べてみたが、二重底らしき場所などはもう見つからなかった。
「他には無さそうですから一旦引き上げましょう」
ノルトの自己満足でしかないが、この部屋の主に敬意を示して机の引き出しを元の位置に収める。そして入り口に向けて足を踏み出した瞬間のこと、ミシッと異音がした。
「やべ!」
クインクトがノルトを小脇に抱え上げ、「わわっ」とノルトが叫ぶのも無視して一目散に部屋を出る。その背後でがらがらと崩れる部屋。間一髪だ。
「助かりました」
ノルトは礼を言いつつ今まで部屋だった瓦礫を見る。瓦礫はまるで「役目を終えた」と語っているようであった。
二人がゴンドラに戻ると、「あたしらは続きをやってるぜ」とエミリー達がまた出掛けるところだった。彼女達を見送ったノルトは残されていた記録に目を向ける。
古ログリア語で書かれた記録の冒頭には「召喚された勇者について記録する」と書かれていた。
最初のページを開きながらノルトははたと気付く。
「ちょっと待ってくださいよ。貴方は誰なんですか?」
著者が勇者の召喚について政権中枢に近い位置で直接関わっていたか、又聞きかでは信憑性が天地ほども違う。それを本に尋ねても答えは返らないのだが、本の表紙、冒頭、巻末などを矯めつ眇めつ見て答えを求める時にはついつい言ってしまうものだ。
残念ながらこの本自身からは答えを得られなかった。だったらと、エミリー達に運んで貰っていた本や書類を漁る。
本の著者の多くは同じ人物だ。ヘライトスと言う名の宮廷魔法士。本の中に占める割合から、あの部屋の主と推測できるが、残念ながら断定はできない。単にこの著者の著作を集めただけの可能性がある。書類の方は殆ど署名無しで、署名が有ってもそれぞれがばらばらの別人の名前だった。しかし、書類に紛れて一通の手紙が有った。表には差出人の名は無く、宛名にヘライトスと書かれている。中を見ると、記録とは明らかに違う筆跡の文字が並ぶ。あの部屋の主は手紙の受取人だったのだ。つまり、記録の著者はヘライトスと言う宮廷魔法士なのである。
その手紙の最後に差出人の名前が有った。アルル。そう書かれている。
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