69 / 115
第五章 聖女の心ここに在らず
第六十七話
しおりを挟む
この場で最も偉そうにしているのはシーリスで、次にドレッド、それから賊とその仲間の兵士にと続く。本物の王女様はこそこそとロイエンの陰に隠れてドレッドの視線から逃れようとしている。
こんな様子では守備隊隊長が勘違いしても致し方ないだろう。ドレッドも隊長の顔の向きからそれを察していたが、訂正しない。むしろ勘違いしてくれていた方が、この場では都合が良い。判っているだけでも守備隊の中に賊が二人。他にも混じっている可能性が高く、サーシャに対して暴挙に出られるかも知れない。
「そいつを捕らえよ! 背後関係を洗うためにも生かしたままだ!」
隊長は賊の一味と思しき兵士を指差し、他の兵士達に命令した。保身には全力を尽くすし、保身と責務が一致するなら有能さも発揮するのがこの隊長だ。保身だけしかできなかったなら隊長になど成れてはいない。
ドレッドの命令では戸惑っていた二人の兵士も隊長の命令となれば否やはなく、賊の兵士の向こう側に回り込むべく動き出す。隊長が引き連れていた兵士達も賊の兵士を取り囲むように動く。ところがその中で二人、ドレッドや隊長の後ろで死角になっているのを良いことに、最後尾からジリジリと後退って行く。音を立てないようにゆっくりと。
「後ろの二人、どこへ行くつもりだ?」
振り返りもせずに問うドレッドに、「すわっ! 背中に目が付いているのか!?」と内心で驚き、足を止める二人。適当な誤魔化しを入れる。
「お、応援を呼びに参ろうかと……」
「不要だ。その場を動くな」
慌てて振り返った隊長を余所に、ドレッドはやはり振り向かない。ドレッドは既に戦闘態勢にあり、戦闘態勢のドレッドは周囲十数歩分程の範囲で人の動きを察知できる。神経を研ぎ澄ませることで身に付いた自然発生的な魔法だ。だから本人にはその自覚が無く、そのせいで範囲がやや狭い。
「動かば斬る。後で訊くことあるからそこで待っていろ」
青ざめる隊長。ドレッドの本気を読み取り、その顔色を窺う。
二人の兵士も青ざめる。しかしこちらはまだ甘く見ている。顔を見合わせて頷き合ったところで脱兎の如く逃げ出した。
その瞬間。ドレッドは隊長の視界から掻き消え、兵士二人の背後に現れる。そこで刹那に剣を一閃。二人の蹴り脚を斬り飛ばす。
「ぎゃあああ!」
もんどり打って倒れた二人が断末魔の如き悲鳴を上げた。足首から先の無くなった脚を押さえながらのたうち回る。
「動くなと言った筈だ」
「ド、ドレッド殿……」
逃げないようにするのだとしてもやり過ぎだと感じる隊長だ。他の兵士達も起きるはずのない悲鳴に驚いて思わず振り向き、斬られた二人の足首から噴き出す赤い血に目を瞠る。
そんな中で悲鳴を全く意に介さなかった一人が賊の兵士。これ幸いと包囲が完了していない方向、つまりシーリスの立つ方向へと走り出す。ところが包囲を突破したところで欲を出した。勢いのまま、シーリスに肉薄する。傍目にはぼんやりしているようにも見えるシーリスは与し易く、人質にしてしまえば楽に逃げられると考えたのだ。
「女! 一緒に来て貰うぞ!」
右手に剣を持ち、左手をシーリスの首へと伸ばす兵士。シーリスはぼんやりしたままに見える。しかしその左手がシーリスから手一つ分ほどの距離に達した時。ぐきゃっと砕けた。シーリスが目前で張った障壁に走る勢いそのままで衝突したのである。
「があああ!」
悲鳴を上げる兵士。
『馬鹿ねぇ』
シーリスは呆れるばかりだ。
『生成!』
ゴーレムを二体追加して兵士を取り押さえる。その様子を見ていた小型ゴンドラ上のロイエンは苦虫を噛み潰したような顔を右手で覆い、中型ゴンドラ上のルセアは渇いた笑いを零す。
その程度で済まないのが守備隊の兵士達だ。ある者は呆然と、ある者は戦きながら、ゴーレムが動くのを見続ける。
表面的には平然としているドレッドも、その内心は未知の脅威に驚愕していた。
こんな様子では守備隊隊長が勘違いしても致し方ないだろう。ドレッドも隊長の顔の向きからそれを察していたが、訂正しない。むしろ勘違いしてくれていた方が、この場では都合が良い。判っているだけでも守備隊の中に賊が二人。他にも混じっている可能性が高く、サーシャに対して暴挙に出られるかも知れない。
「そいつを捕らえよ! 背後関係を洗うためにも生かしたままだ!」
隊長は賊の一味と思しき兵士を指差し、他の兵士達に命令した。保身には全力を尽くすし、保身と責務が一致するなら有能さも発揮するのがこの隊長だ。保身だけしかできなかったなら隊長になど成れてはいない。
ドレッドの命令では戸惑っていた二人の兵士も隊長の命令となれば否やはなく、賊の兵士の向こう側に回り込むべく動き出す。隊長が引き連れていた兵士達も賊の兵士を取り囲むように動く。ところがその中で二人、ドレッドや隊長の後ろで死角になっているのを良いことに、最後尾からジリジリと後退って行く。音を立てないようにゆっくりと。
「後ろの二人、どこへ行くつもりだ?」
振り返りもせずに問うドレッドに、「すわっ! 背中に目が付いているのか!?」と内心で驚き、足を止める二人。適当な誤魔化しを入れる。
「お、応援を呼びに参ろうかと……」
「不要だ。その場を動くな」
慌てて振り返った隊長を余所に、ドレッドはやはり振り向かない。ドレッドは既に戦闘態勢にあり、戦闘態勢のドレッドは周囲十数歩分程の範囲で人の動きを察知できる。神経を研ぎ澄ませることで身に付いた自然発生的な魔法だ。だから本人にはその自覚が無く、そのせいで範囲がやや狭い。
「動かば斬る。後で訊くことあるからそこで待っていろ」
青ざめる隊長。ドレッドの本気を読み取り、その顔色を窺う。
二人の兵士も青ざめる。しかしこちらはまだ甘く見ている。顔を見合わせて頷き合ったところで脱兎の如く逃げ出した。
その瞬間。ドレッドは隊長の視界から掻き消え、兵士二人の背後に現れる。そこで刹那に剣を一閃。二人の蹴り脚を斬り飛ばす。
「ぎゃあああ!」
もんどり打って倒れた二人が断末魔の如き悲鳴を上げた。足首から先の無くなった脚を押さえながらのたうち回る。
「動くなと言った筈だ」
「ド、ドレッド殿……」
逃げないようにするのだとしてもやり過ぎだと感じる隊長だ。他の兵士達も起きるはずのない悲鳴に驚いて思わず振り向き、斬られた二人の足首から噴き出す赤い血に目を瞠る。
そんな中で悲鳴を全く意に介さなかった一人が賊の兵士。これ幸いと包囲が完了していない方向、つまりシーリスの立つ方向へと走り出す。ところが包囲を突破したところで欲を出した。勢いのまま、シーリスに肉薄する。傍目にはぼんやりしているようにも見えるシーリスは与し易く、人質にしてしまえば楽に逃げられると考えたのだ。
「女! 一緒に来て貰うぞ!」
右手に剣を持ち、左手をシーリスの首へと伸ばす兵士。シーリスはぼんやりしたままに見える。しかしその左手がシーリスから手一つ分ほどの距離に達した時。ぐきゃっと砕けた。シーリスが目前で張った障壁に走る勢いそのままで衝突したのである。
「があああ!」
悲鳴を上げる兵士。
『馬鹿ねぇ』
シーリスは呆れるばかりだ。
『生成!』
ゴーレムを二体追加して兵士を取り押さえる。その様子を見ていた小型ゴンドラ上のロイエンは苦虫を噛み潰したような顔を右手で覆い、中型ゴンドラ上のルセアは渇いた笑いを零す。
その程度で済まないのが守備隊の兵士達だ。ある者は呆然と、ある者は戦きながら、ゴーレムが動くのを見続ける。
表面的には平然としているドレッドも、その内心は未知の脅威に驚愕していた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
魔法道具はじめました
浜柔
ファンタジー
趣味で描いていた魔法陣によって間川累造は異世界へと転移した。
不思議なことに、使えない筈の魔法陣がその世界では使える。
そこで出会ったのは年上の女性、ルゼ。
ルゼが営む雑貨店で暮らす事になった累造は、魔法陣によって雑貨店の傾いた経営を立て直す。
※タイトルをオリジナルに戻しました。旧題は以下です。
「紋章魔法の始祖~魔法道具は彼方からの伝言~」
「魔法陣は世界をこえて」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる