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第五章 聖女の心ここに在らず
第六十三話
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シーリスの返答は明快に一言のみ。
「賊也」
「それは見れば判る。どうして賊だと判ったんだ?」
「乙女の勘也」
「あのな……」
ロイエンの眉間に深く皺が刻まれた。勘で騒動に首を突っ込まれたら堪らない。ここは神聖ログリア帝国ではなく、隣国のライナーダ王国の領土なのだ。下手をすると国際問題になる。賊を倒した結果で自分達が賊扱いされるようにでもなった日には目も当てられない。だからくどくどと説教してやりたい。しかしそれは目の前の問題を片付けてからだ。
改めて状況を確認する。シーリスの他には三人。まずは重傷を負って甲板に倒れている男。次に苛立たしげな表情で佇む男。最初はこの男がどうして逃げようとしないのかが疑問だったが、男とその周囲が少し歪んだりずれたりして見えていることで障壁によって拘束されていると気が付いた。非常識な使い方の上、バリアは透き通っているので遠くからでは見えづらいのだ。直ぐに気付けるものではない。最後にシーリスの傍に佇む女性。この女性に、ロイエンは見覚えがあった。
「あ、貴女は……」
目を白黒させながら、こんな場所になど居ないはずのライナーダ王国の王女を見る。少し憔悴した姿に別人ではないかとも考えたが、湧き出るような気品は隠し切れていない。どうにか声に出して名前を呼ぶのは思い止まった。
動揺を押し殺しながらシーリスに依頼する。
「そ、その賊をそのゴンドラから下ろしてくれ」
「承知」
元よりそのつもりだったシーリスは頷いてから二人の賊に移動を掛ける。賊二人が宙に浮かぶ。
「わわっ! 何をしやがった!」
気絶したままの男は静かなものだが、起きている男は足が地に着かない感覚に狼狽えた。勿論シーリスはそんなものは取り合わず、自らもムービングで浮き上がって二人の男と一緒に地面に降りる。
その様子に驚き、目を瞠るのがサーシャだ。浮遊器も使わずに人が宙に浮くなど信じられるものではない。軽く自分の頬を叩いて、現実であることを確かめる。
「もし! もし!」
耳には呼び掛ける声が聞こえた。そちらを向けば、恩人の女性と話していた男性の姿。
「そちらに伺っても宜しいでしょうか?」
その問い掛けにはサーシャも逡巡する。不用意に人を、特に男性を近づけないのは王女としての嗜みだ。しかし恩人の女性と親しい人を無下にはできない。
「どうぞ」
「感謝いたします」
了承を得られたロイエンはフローターを使って飛び移る。そして直ぐにゆっくり大きく袈裟懸けに右手を振り下ろしつつ、左手を後ろに回して左足を引き、頭を垂れた。そして下の賊には聞こえないように小声で言う。
「ライナーダ王国第三王女殿下とお見受けいたします」
サーシャは一歩後退る。よもやこんな場所に自身の正体を知る者が居るとは思いもしていなかったのだ。
ロイエンはそんなサーシャの動きを気に留めることもなく続ける。
「私は神聖ログリア帝国の外交官でロイエンと申します。殿下には一度会議の場にご同席戴いたことがございます」
ライナーダ王国では、重要ではないが無視もできないような案件には国の威信を示すために実権を持たない王族が同席することがある。ロイエンが関わっていたのも主にそう言った案件であり、その際に一度サーシャに会っていたのである。
ところがサーシャは戸惑いを隠せない。所詮は飾りだと考えて、興味の持てない分野の会議では上の空だった。
その戸惑いを見抜いたロイエンがサーシャに会った会議の日時とその内容を伝えると、サーシャの表情が緩んだ。
サーシャとて何の会議に出席したかは憶えているので、会議が特定されればそれを元にして記憶を引き摺り出すのは不可能ではない。朧気ながらロイエンの顔も思い出す。
「そなたも健勝のようでなによりです」
「恐れ入ります」
二人はそれぞれに内心で安堵した。
「賊也」
「それは見れば判る。どうして賊だと判ったんだ?」
「乙女の勘也」
「あのな……」
ロイエンの眉間に深く皺が刻まれた。勘で騒動に首を突っ込まれたら堪らない。ここは神聖ログリア帝国ではなく、隣国のライナーダ王国の領土なのだ。下手をすると国際問題になる。賊を倒した結果で自分達が賊扱いされるようにでもなった日には目も当てられない。だからくどくどと説教してやりたい。しかしそれは目の前の問題を片付けてからだ。
改めて状況を確認する。シーリスの他には三人。まずは重傷を負って甲板に倒れている男。次に苛立たしげな表情で佇む男。最初はこの男がどうして逃げようとしないのかが疑問だったが、男とその周囲が少し歪んだりずれたりして見えていることで障壁によって拘束されていると気が付いた。非常識な使い方の上、バリアは透き通っているので遠くからでは見えづらいのだ。直ぐに気付けるものではない。最後にシーリスの傍に佇む女性。この女性に、ロイエンは見覚えがあった。
「あ、貴女は……」
目を白黒させながら、こんな場所になど居ないはずのライナーダ王国の王女を見る。少し憔悴した姿に別人ではないかとも考えたが、湧き出るような気品は隠し切れていない。どうにか声に出して名前を呼ぶのは思い止まった。
動揺を押し殺しながらシーリスに依頼する。
「そ、その賊をそのゴンドラから下ろしてくれ」
「承知」
元よりそのつもりだったシーリスは頷いてから二人の賊に移動を掛ける。賊二人が宙に浮かぶ。
「わわっ! 何をしやがった!」
気絶したままの男は静かなものだが、起きている男は足が地に着かない感覚に狼狽えた。勿論シーリスはそんなものは取り合わず、自らもムービングで浮き上がって二人の男と一緒に地面に降りる。
その様子に驚き、目を瞠るのがサーシャだ。浮遊器も使わずに人が宙に浮くなど信じられるものではない。軽く自分の頬を叩いて、現実であることを確かめる。
「もし! もし!」
耳には呼び掛ける声が聞こえた。そちらを向けば、恩人の女性と話していた男性の姿。
「そちらに伺っても宜しいでしょうか?」
その問い掛けにはサーシャも逡巡する。不用意に人を、特に男性を近づけないのは王女としての嗜みだ。しかし恩人の女性と親しい人を無下にはできない。
「どうぞ」
「感謝いたします」
了承を得られたロイエンはフローターを使って飛び移る。そして直ぐにゆっくり大きく袈裟懸けに右手を振り下ろしつつ、左手を後ろに回して左足を引き、頭を垂れた。そして下の賊には聞こえないように小声で言う。
「ライナーダ王国第三王女殿下とお見受けいたします」
サーシャは一歩後退る。よもやこんな場所に自身の正体を知る者が居るとは思いもしていなかったのだ。
ロイエンはそんなサーシャの動きを気に留めることもなく続ける。
「私は神聖ログリア帝国の外交官でロイエンと申します。殿下には一度会議の場にご同席戴いたことがございます」
ライナーダ王国では、重要ではないが無視もできないような案件には国の威信を示すために実権を持たない王族が同席することがある。ロイエンが関わっていたのも主にそう言った案件であり、その際に一度サーシャに会っていたのである。
ところがサーシャは戸惑いを隠せない。所詮は飾りだと考えて、興味の持てない分野の会議では上の空だった。
その戸惑いを見抜いたロイエンがサーシャに会った会議の日時とその内容を伝えると、サーシャの表情が緩んだ。
サーシャとて何の会議に出席したかは憶えているので、会議が特定されればそれを元にして記憶を引き摺り出すのは不可能ではない。朧気ながらロイエンの顔も思い出す。
「そなたも健勝のようでなによりです」
「恐れ入ります」
二人はそれぞれに内心で安堵した。
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