魔王へのレクイエム

浜柔

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第四章 魔王を求めて北へ

第五十九話

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 翌日。ノルトとクインクトはリリナ、エミリー、オリエを迎え入れる準備である。
 ノルトのゴンドラは船内への入り口が後部に有り、入り口から入ると水回り、そこを過ぎたらリビング、その奥が寝室になっている。その寝室部分を三人のために空ける。元より誰を雇ってもそこを使って貰い、ノルトとクインクトはリビングのソファで寝るつもりで準備していたため、これ自体には殆ど時間は掛からない。
 午前中にノルトが船内の準備をし、その間にクインクトがダンジョンで狩りをして資金調達をする。午後には食料の買い出し。ログリア帝国の帝都が在ったと思われる場所までが三日、更にその遺跡を見つけ出すのに三日、遺跡の調査に五日、帰還に三日の計十四日を大まかに見積もっている。その間と予備に数日分、都合二十日分程度の食料を積み込まなければならない。勿論五人分だからかなりの量だ。冷蔵庫は有っても小型のため、買い込む殆どが干し肉などの保存食料になる。味気ない食事が続くことになるが、ノルトとクインクトは改善する術を持たないのでどうにもならないのだった。

 リリナ、エミリー、オリエは魔王に会いに行った。
「ああ~ん、魔王さまっあ~ん。いいの~、いいの~、イッちゃうのぉ~ん!」
 \ビクン/\ビクン/
「くっ、殺せ!」
 \ぼっかーん/
「……」
 リリナとオリエのお約束が終わるのをずっと待つエミリー。暫くしてリリナが吐息に淫靡さを残しつつも起き上がったらお約束も終わりである。
「暫くお会いできなくなってしまいますので、ご挨拶に伺いましたわん」
「今住んでいる町を少し離れることになったのだ」
「用が済んだらまた会いに来るから待っててくれや」
「好きにするが良い」
 魔王にとっては三人が来るか来ないかは重要ではないので気の無い返事をした。
「あ~ん。魔王さまったら、いけずですわ~ん」
 冷たくあしらわれたことに何を思ったのかリリナがくねくねと肉体をくねらせながら艶やかな声を上げる。
「でも、そこが堪りませんわ~ん」
 魔王は言葉も無い。エミリーも三白眼で見るだけである。
 三人は銘々に魔王に別れを告げ、仲間のカーミットだったスライムにも別れを告げて魔王の居室を後にする。
「まったく騒がしい……」
 小さく呟いた魔王はまた微睡みの中に落ちて行った。

 帰宅したリリナ達三人は旅の荷物を纏める。魔王には「また会いに来る」と言ったが、この家に戻るかは未知数だ。五年も家を空けたままにすると死亡扱いされるので身辺整理もする。幸いかどうか、住み始めて半年にも満たない家だから増えた荷物も多くない。それでももう住み慣れた我が家だ。思い出らしきものも有る。一部の木材だけ未だ真新しく見える壁がエミリーの目に映る。
「越して来たばっかりなのにオリエがぶっ壊したのには参ったな」
「そんなに昔のことではないのに懐かしく感じられますわね」
「むむ……」
 汚点を引き合いに出されたことが少し不満なオリエであった。
 家の荷物が片付いた後は追加で旅に持って行く荷物の買い出しだ。これで準備も調い、この日も終わった。
 この夜。この家で最後かも知れない睡眠の時を三人並んで迎える。
「出て行くとなると何だか寂しく感じられますわね」
「この町に来てから一年も経ってねぇのにな」
「うむ。長年住んでいたかのようだ」
 この町のことを語らいながら眠った。

 翌朝。
「よう、宜しく頼むぜ」
 リリナ、エミリー、オリエは大型のカートを伴ってノルトのゴンドラを訪れた。
「よく来てくださいました。直ぐに案内します」
 ノルトはそう言ったものの、カートの扱いには困る。ゴンドラには大きく重量のある物を載せるスペースが無い。できるのは牽引だけで、そうするにはカートの浮遊器フローターを起動させたままにしなければならず、魔法結晶の消費もその分多くなる。
「ところで、そのカートは?」
「なーに、マストに繋がせて貰やぁ、こいつはこいつのフローターで浮かばせとくぜ」
 エミリーは自分達の持ち込みで魔法結晶を賄うと説明した。そう言われればノルトに断る理由が無い。
「判りました。先に繋いで戴けますか? 入り口は後部に有ります」
「おう」
 エミリーはカートに乗ったままするすると上がってゴンドラのマストに向かう。ノルト、リリナ、オリエは階段はしごを昇って甲板に昇る。ゴンドラの甲板は人の背丈ほどの位置に有り、船室はその甲板から少し上に突き出した形をしている。そして四人は甲板で合流し、船内へと入った。
 ノルトは水回りとリビングの説明をし、最後に奥の寝室の説明をする。
「この奥でお休みください。ボクとクインクトは入りませんので、自由に使って戴いて結構です」
「解っちゃいたが、やっぱりせめぇな」
 覗き込んだエミリーがぼやくように言った。三人がぶつからないように並んで眠ったら残るスペースが殆ど無い。
「ごめんなさいね。エミリーさんたら……」
「いえ、本当のことですし、ボクの方こそ心苦しくて……」
 リリナに謝られたノルトは恐縮するばかりである。
「ところで、食いもんの方を見せてくれねぇか?」
「は、はい。こちらです」
 エミリーのリクエストに応えてノルトは案内する。干し肉や堅パン、穀物類が殆どの食料庫だ。
「やっぱりな」
 エミリーは呆れたように呟いた。
「しゃあねぇ。料理はあたしがやってやんぜ」
 こう見えても料理もできる女なのだ。
「そうして戴けるのは嬉しいんですけど、材料が……」
「こんなことだろうと上のカートにたんまり持って来てるから安心しな」
 エミリーはニカッと笑った。
「おーい、準備はいいかーっ!?」
 入り口から顔を覗かせたクインクトが叫んだ。リリナ、エミリー、オリエは顔を見合わせて頷き合う。
「宜しくてよ」
「判りました。いつでもいいですよーっ!」
 リリナに答えたノルトはクインクトに向けて叫んだ。
「おーし。そんじゃ、出発進行だ!」
 クインクトがフローターを起動する間に他の四人も甲板に出る。間もなくゴンドラは浮かび上がった。
「進路はどっちだ!?」
「北へ!」
 ゴンドラは北に舳先を向け、ゆっくりと速度を増して行く。リリナ達三人は遠ざかる町をずっと眺めていた。

 数日後のリリナ達の自宅。いつまでも魔王討伐隊への参加要請に返事をしない三人に、痺れを切らした組織責任者が訪れていた。
 ドアを幾ら叩いても返事が無いことに業を煮やし、ドアを破壊して家に踏み込んで、駆け付けた町長らと一悶着を起こすと言う、少々残念な御仁であった。
 これが切っ掛けで事の次第を知った町長から宰相へと苦情が申し入れられ、宰相が禿る思いをしたのはまた別のお話。
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