魔王へのレクイエム

浜柔

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第四章 魔王を求めて北へ

第五十三話

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「共存てだけなら、今でもそうなんじゃねぇの?」
 魔の森は刻一刻と広がりを見せているものの、一方ではその魔の森の下に在るダンジョンの魔物を倒すことで得られる魔法結晶が現文明の礎になっている。魔物が人の町を襲ったとしても散発的なものに過ぎず、組織的に人をどうこうしようと言う意志は感じられない。そもそも一般には魔王の存在が疑われているのだから、共存と言うのもおかしな話だ。
「そうかも知れません。しかし今のまま、何も知らないままで魔の森の拡大し続ければ、人はただ魔王を憎みます。そうしたらいつか取り返しの付かない事態を引き起こしてしまいます」
 エミリーはリリナと顔を見合わせながら肩を竦めた。既にナペーラ王国は行動を始めているし、それ以前にエミリーがもうやらかしている。魔王に全くその気が無かったから無事で済んでいるだけのことなのだ。それでも討伐隊のようなものが接触したなら取り返しが付かなくなるに違いない。魔王からの反撃を受けなくても、攻撃を繰り返して魔王の纏う瘴気を拡散させてしまえば人にとっては致命的なまでに魔の森が広がる懸念が有る。
「取り返しの付かない事態って、具体的には?」
「それは判りませんが、魔王について知ることで、それも自ずと判ると考えています」
 ノルトは淀みなく答えた。これは幾度となく人から問われたことであり、それ以上に自問自答したことだった。
「ふーん」
 エミリーの相槌は素っ気ない。在り来たりな答えであり、漠然とし過ぎていて取って付けた感が否めない。普通なら、それこそ女将のように怒ってもおかしくない話だ。
 一方のノルトは目の前の少女――外見だけならそう見える――のあまりの素っ気なさに怯んだ。いつもこの辺りで呆れられたり、怒られたりして話を切られてしまう。
 しかし、エミリー、リリナ、オリエの三人には普通でない事情が有った。
「そんで? 魔王の真実とやらを知るのに、魔の森のどこに行こうってんだ?」
「は、はい!」
 予想に反して話を促されたことで、ノルトは勢い込む。
「嘗てのログリア帝国の帝都です! そこには何か手掛かりが眠っているに違いないんです!」
「それって、魔の森のどこだ? 北か? 南か?」
「真ん中よりも少し北側です」
 ノルトは空目で地図を思い出しながら答えた。
「そこまではどうやって行くんだ?」
「狭いですが、ボクのゴンドラです。魔物猟師の方には魔物からそのゴンドラを守って戴きたいのです」
 地上に降りた後でなら、余程のことでなければクインクトが対処できるし、ノルト自身も障壁バリアを多少使える。咄嗟には使えないのが玉に瑕だが、端から警戒していればどうにかなるものだ。
「ふーん。どうする?」
 エミリーはノルトに素っ気ない相槌をしてからリリナに尋ねた。
「そうですわね……」
 リリナは左手で支えた右手で頬杖を突きながら考える。
「魔の森の北の方、雨風も凌げるのなら良いかも知れませんわね……」
「決めちまうぜ?」
「そうですわね」
 リリナは腰に手を当てて頷いた。エミリーが成り行きを不安げに見ていたノルトに向き直る。
「いいぜ。あたしらが乗ってやるぜ」
「本当ですか!?」
「ちょっと待ちな!」
 驚いて聞き返すノルトの横から、女将が割り込んだ。
「あんた達、こんな話の乗るって言うのかい!?」
「あたし達にも事情が有るんだよ……」
「その事情ってのは何だい?」
「事情は事情だよ……」
 答えるエミリーの眉尻が下がる。エミリー、リリナ、オリエの懸念は国が強硬手段に訴えること。十中八九はただ脅しているだけだと考えているが、万が一の可能性を拭えない。その万が一が有ったら巻き込まれるのはこの町だ。なんだかんだで愛着の湧いたこの町を思えば出て行った方が良いように思える。しかし、魔王に会えなくなるのも問題だし、目的も無しに出て行くにはこの町に愛着が湧きすぎた。まあ、離れがたく感じるからこそ、巻き込みたくもないのだが。
「そうかい……」
 女将は女将で項垂れた。多少の事情なら話して貰えるくらいに親しくなっていると思っていたのだが、それが勘違いだったように感じられたのだ。
「すまねぇな」
 事情を話してしまえば女将はきっと張り切って味方してくれるのだろうと思うエミリーだ。しかし魔王のことを知らない振りをしながら町の人に守られるような状況は想像するだけで心苦しい。だから謝るだけである。
 ノルトはと言えば、少し重苦しくなった空気に少し挙動不審になっていた。
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