魔王へのレクイエム

浜柔

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第二章 魔王は古に在り

第十八話

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 日記を読み終えた――何それを買ったとか、どれそれを食べたとか、誰それが出産するからそのお祝いがどうのとか言う部分は多少読み飛ばしつつだが――ノルトは一息入れようと席を立った。部屋の端の作業用テーブルから部屋の反対側の休憩用テーブルへと移って椅子に座る。テーブルを分けているのは資料を間違って濡らしたりしないための配慮だ。
 テーブルに置いていたグラスに、同じくテーブルに置いていた水筒から水を注ぐ。細長い水筒はカップを兼ねた構造をしているので直接飲むこともできるし、フィールドワーク中なら誰もが直接飲んでいるのだが、少し気分を入れ替えたい時にはグラスに注いでから飲むのも良いものだ。お茶を入れればもっと気分転換できそうなものだが、そこまではしないのがノルトである。
 そうして多少気分が変わっても、ノルトが気になるのはやはり日記のことだ。特にラインク王国が勇者召喚をしたと言う噂の二度目から大崩壊までが十年近く空いている。この間に魔王が何をしていたかも謎だ。ラインク王国が新たに勇者召喚をしていない保証も無い。むしろ何度かしていながら情報が外に出なかっただけとも考えられる。
 しかしノルトはここで考えを振り払うように小さく首を振る。学者は物証に基づいて事実を追及しなければならない。これが持論だ。断片的な事実から全体像を俯瞰するためにはある程度の推理も必要になるが、事実が全く無い部分に想像を巡らせるのは小説家か政治家に任せば良い。
「魔の森に行かなきゃですね……」
 ラインク王国による勇者召喚は日記に書かれたものも噂でしかないのだから、事実を知るには更なる物証が必要になる。それもログリア帝国について。そしてそれが望めるのはログリア帝国の遺跡であり、その殆どは魔の森に没している。
 結局は思考に没頭して休んだかどうか判らないままにノルトは作業に戻ろうと立ち上がる。外の雨音は鳴り止まない。その音に誘われるように窓の外を見ると、ドレッドが走り回っているところが見えた。雨の中でさえ身体からだを鍛えているらしい。脳みそまで筋肉で出来てそうだと感想を抱くノルトである。
 作業用テーブルの椅子に座り直し、次の本を開く。
 殺人鬼が町を練り歩くパニックホラー小説だった。
 こんなものが書かれるのだから、ログリア帝国は極めて平和だったのだろう。日頃から命の危険が有るようなら、こんな物語は見向きもされないものだ。
 実用性の無い本はさておいて次の本を開く。
「おっ」
 驚きの声を漏らしてしまったのは、魔法の入門書だったためだ。それも日常に役立つ魔法が主に書かれている。
 今の時代は魔法結晶を使った器具によって、日常に必要な魔法ならスイッチを入れるだけで誰でも使うことができる。その影響からか日常的な魔法は器具頼みとなっていて、器具としてしか研究もされていない。器具でない魔法は攻撃、防御、治癒に限られ、攻撃や防御なら兵学校、治癒なら神殿で学ぶのみである。
 だからこの本はノルトにも目新しいものだった。特に目新しかったのは前書きに「魔法が使えなくてもがっかりしないで」と有ったこと。使いたくても使えない人も多かったのだ。
 魔法そのものには目新しさは無いが、魔法の器具のような体系化をされていない魔法には興味が尽きない。改めて感じるのは魔法の器具を最初に作った人物が驚くべき天才だと言うことだ。魔法の器具と見比べれば、過去の魔法が言語の力を借りつつ見えない回路を手の平などに構築し、体内の魔力を使って放っていたのが判る。しかし、過去の魔法から魔法の器具を自分に作り出せるかと考えたらかなり厳しいと断じざるを得ないのだ。
 ともあれ、過去の魔法を使えなければ先人には追い付けないと考えて、過去の魔法を使えるようになるべく本に読み耽るノルトだった。ゴンドラの中では不用意に試したりできないので読んで憶えるばかりである。
 そして雨が上がらないまま日が暮れた。
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