囚われた花

秋空夕子

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後編

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 ハンネローゼは自分に用意された部屋のドレッサーに座り、ため息を一つついた。



(とうとう、この時が来たのね…)



 ハンネローゼはこの結婚に乗り気ではなかった。

 別に好きでもない相手に嫁ぐのが嫌だとかそんなことはいわない。貴族の娘として教育を受けた彼女にとって政略結婚など当たり前のことだし、どんな相手だろうと結婚するからには妻としての役目をきっちり果たす覚悟もある。

 それでも、リチャードだけは例外だ。

 しかし相手の方が身分が高い為求婚を拒むわけにはいかなかなった。

 とにかく今は自分の責務を果たさねばとハンネローゼは自らを律する。



(それにしても遅いわねシエル…どうしたのかしら…)



 ハンネローゼが実家から連れてきた使用人は幼馴染でもあるシエル一人だけ。

 先ほど見た時には実家から持ってきた荷物を整理していたが、量はそれほどでもないし、もうとっくに終わっている頃だというのに彼女は一向に現れない。

 ハンネローゼが心細さを感じていると、コンコンとドアがノックされる。



「ああ、シエルね。入ってきて」



 ようやく来てくれたとハンネローゼが安堵の笑みを浮かべるも、ドアの向こうから現れたのは夫リチャードの執事であった。



「あなたはっ…!」

「奥様、お支度のお手伝いに参りました」

「し、シエルはどうしたの…?」

「他の仕事を任せてあります」



 珍しく取り乱した様子を見せるハンネローゼにエディオスは相変わらずの無表情で答える。



「…他の者はいないの?」

「生憎と、皆帰らせてしまいました」

「…そう……それじゃあ、お願いするわ…」



 ハンネローゼはゆっくり息を吐いて、ドレッサーに座りなおした。

 「かしこまりました」と言ってエディオスはハンネローゼの髪を梳かしていく。

 体を固くして緊張するハンネローゼは自分を落ち着けるように目を閉じた。

 エディオスこそ、彼女がここに嫁ぎたくなかった理由だ。



 彼との出会いはリチャードとの婚約が決まるよりも前、社交パーティーで初めてリチャードを見かけた時だ。

 その時から、彼はハンネローゼを見つめていた。生まれと美貌と才覚から人に見られることに慣れているはずのハンネローゼすらも困惑を覚えるほど強く熱い眼差しで。

 まるで体中に絡みつき、飲み込まれそうだと錯覚してしまうほどのそれにハンネローゼは恐怖した。

 この男の近くにいては危険だと本能が警告を鳴らすも、とんとん拍子に話は進み、今日を迎えてしまったのだ。

 今も背後と鏡越しに感じる視線に体が震えそうになる。



「ハンネローゼ様、終わりました」

「…ありがとう」



 エディオスの視線が外されて、ハンネローゼは胸をなでおろした。

 彼女にとって彼に見つめられ続けることは、拷問に等しい。正直、こんな数分の出来事でも体が重く感じる。



「それでは寝室へと案内しますので、こちらへ」

「ええ」



 エディオスの案内で廊下を歩く。当たり前であるがその間、前を歩く彼からあの視線に晒されずに済み、少し心を落ち着けることができた。

 やがて見えてきた廊下の突き当たりにある扉。あそこが寝室なのだろう。だが近づくにつれ、様子がおかしいことにハンネローゼは気付いた。



(…誰かいるの?)



 寝室から聞こえるのは紛れもない女性の声だ。それも話し声などではなく嬌声の類。



「…どうして」



 信じられなかった。別に、愛人がいることにショックを受けているのではない。リチャードが自分に興味がないことは気付いていた。もしかしたら、この奥にいるのは何らかの事情で結婚することができない彼の本命の女性かもしれない。

 それでも、初夜に他の女を連れ込むなんてあんまりではないか。これでは自分の立場がない。

 呆然と立ち尽くすハンネローゼ。しかし、その女の声に聞き覚えがあるような気がした。それもとても聞き慣れているものだ。



「……シエル?」



 思わずドアノブに手をかける。エディオスはそれを黙ってみているだけ。止めもしない。

 ゆっくりと少しだけ扉が開く。

 部屋の中には大きなベッドがあった。その上で絡み合う二つの肢体。片方が夫のリチャード。もう片方が、彼女が最も心許している存在であった。



「あぁ!いや…だめ、やぁぁ!」



 侍女であり幼馴染でもあるシエルがリチャードのものに貫かれ揺さぶられている。彼女はこちらから見てもわかるほど快楽に染まり、悦び蕩けていた。しかし、ぼろぼろと涙を流し逃れようとする様は痛ましく、この行為がシエルの本意によるものではないことを物語っていた。



「シエっ…!!」



 思わず寝室に飛び込もうとしたハンネローゼだが、それはそれまで沈黙していたエディオスによって阻まれた。エディオスは片手で彼女の口を抑え、もう片方で腰に手を回すとそのまま隣の部屋まで引きずるように連れて行く。



「申し訳ありません。リチャード様の邪魔をさせるわけにはまいりませんので」

「んっんー!」



 連れて行かれた部屋には寝室同様ベッドが置かれており、ハンネローゼはそこに投げ出されるように寝かせられた。



「な、何をするの…!」



 起き上がろうとしたハンネローゼだがそれは叶わず、エディオスの手でベッドに抑え込まれる。さらに馬乗りされた上に、外したタイで腕を縛り上げられてしまう。

 もうこれで抵抗らしいものは何もできない。

 それでもハンネローゼは何とか気持ちを持ち直しエディオスを睨みつけた。



「これは一体どういうつもり?それに、シエルに何故あんなことを…!」



 本当ならハンネローゼは泣きたかった。

 自分にのしかかる男の顔は影になっていてよく見えないのに、その瞳だけは自分に注がれているのがよくわかる。

 怖い。恐ろしい。そんな感情が彼女の心を染めていく。

 それでもなお気丈であろうとするのは長年培ってきた貴族としての矜持が彼女を支えていたからだ。



「そんなに怯えないでくださいハンネローゼ様。そう、嬉しい反応をされると、自制ができなくなってしまいます」



 そして、そんなハンネローゼを見てエディオスは初めて笑った。

 愛おしむように蔑むように。

 どうやったって逃げられはしないのにまだ諦めきれずもがく獲物の愚かしさを嘲笑う捕食者のように。



「ひっ」



 凄惨なそれを目の当たりにしてハンネの体はすくみあがる。

 エディオスはそんなハンネを表情を見つめつつ、服に手をかけるとためらい無く引き裂いた。



「いやぁぁぁ!!」



 ネグリジェの生地からあらわになる豊満な体。ハンネローゼは必死に隠そうとするも、それを許すエディオスではない。もともと無いようなものだった彼女の抵抗を押さえ込み、その体をじっくりと眺めた。

 彼の視線が肌を滑るたびにその場所が熱くなる。

 彼女を支えていたものが砂上の楼閣のように崩れていった。



「いや、やめて!…おねがっ…おねがい…!」



 ハンネローゼは泣いた。幼少の頃以来こうして人前でみっともなく泣くのは初めてである。

笑みを浮かべたままその様子をじっと見つめるエディオスは、乳房を両方掴んで揉みしだいた。



「あ、んっ…や、あぁ…!」



 熱くなっていた体はそれだけで快楽を拾う。しばらくそうして弄ばれていたらふと手が離れた。

 戸惑うハンネローゼがエディオスを見れば彼の手にはいつの間にか瓶のようなものが握られている。その中にあった液状のものを指に絡ませると、彼は彼女の秘所に手を伸ばした。



「や、やめ…んん!」



 制止の声もエディオスは無視し、思うがまま指を動かす。



「ああ、随分と濡れておられますね。これならすぐによくなるでしょう」

「ちがっ、あぁんっ!」



 エディオスの言葉を咄嗟に否定しようとしたハンネローゼだが、開いた口からは嬌声しか出ない。

 片手で下を弄られながら、もう片方と口で胸を愛撫される。ハンネローゼの呼吸は荒くなり、体の熱も高まっていった。



「ん…あ、ああぁ!!」



 やがて限界まで高くなった熱に頭が真っ白になってハンネローゼは果てた。







「はぁ…はぁ…はぁ…」



 ハンネローゼは肩で息をしてぐったりとするが、エディオスはベルトを緩めると固くなった自分のそれをハンネローゼのそこに押し当てた。



「なっ!だめ、だめよそれだけは!!」



 それが何なのか思い至ったハンネローゼは悲鳴を上げるように拒絶するものの、拘束され果てたばかりの体では抵抗も出来ない。



「だめ、だめ!やめて!…わ、私は侯爵家の跡取りを産まなければいけないの…こんなこと、許されないわ…」



 そう哀願するその姿は普段の気丈で芯の強い彼女からは想像もできないほど弱弱しく、哀れを誘う。

 しかしそれで止めるようなエディオスではない。

 それでもハンネローゼはなんとしてでも彼を止めなくてはいけなかった。このままでは純潔や貴族としての誇りだけではなく、何もかも奪われてしまう。それだけは絶対にあってはならない

 一方のエディオスはそんなハンネローゼの姿を呆れつつも愛おしげに見つめる。

 彼はずっと待っていたのだ、この日を。彼女はきっと覚えていないだろう。たった一度しか会ったことのない子供など。だけれど、母を早くに亡くし父の家に引き取られはしたが、娼婦の子であるがゆえに周囲から虐げられていた子供にとってあの出会いは奇跡だった。父は無関心で、義母は彼を冷遇し、唯一優しくしてくれた異母兄は学業の為家にはいないことが多かった。

 そんな時、手を差し伸べてくれた少女。彼女を手に入れられるなら悪魔と契約しても構わない。そう思ったから、兄の企みに乗ったのだ。



「それは大丈夫です。私はリチャード様の異母弟。私の中にも侯爵家の血は流れておりますので、ハンネローゼ様が私の子供を産んだとて、それは侯爵家の人間であることに変わりありません。それにリチャード様もこのことは了承しておられます」

「え…?」



 一瞬、何を言われたのかわからずハンネローゼは呆ける。

 その機を逃すエディオスではない。ハンネローゼの腰を掴むと自分のものを徐々に挿入していく。

 我に返って暴れるハンネローゼだが、その抵抗虚しく、先端部分が入るとエディオスはそこからは一気に突き立てた。



「か、はっーーー」



 ハンネローゼの体は仰け反り、エディオスのほうも強い締め付けに眉を寄せて耐える。それから中が慣れてきた頃合いを狙い、動き出した。



「やぁ!…あ、んっ!…あぁん…!」



 最初は痛いだけだったそれが徐々に快感を伴っていく。ガンガンと揺さぶられて、ハンネローゼはまともに考えられなくなる。

 いつの間にか拘束は外された腕はエディオスの背中に回っていた。



「は、あ…あぁぁぁぁ!!」



 胎内で熱が弾けると同時にハンネローゼも絶頂に導かれた。

 呼吸が整わず意識ももうろうとする彼女に覆いかぶさり、あの激情を隠さぬ眼差しでエディオスは告げた。



「愛している、ハンネローゼ」



 意識が途絶える刹那、ハンネローゼは籠の扉が閉じる音を聞いた

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