15 / 33
終幕後
しおりを挟む
3日は滞在すると観客の村人から聞いたその日、サーカスが終幕したあと、俺は人が散っていく中その場に立ち尽くしていた
手にはしっかりとスケッチブックを握りしめて。
観客席に俺一人だけになった頃、気前のいい、朗らかな笑みを浮かべた男性が近づいてきた
その人はサーカス団の司会兼団長だ
「どうしたんだい?何か用かな?」
俺がスケッチブックを持ったまま帰らなかったから、きっとサインを求めているのだと思ったのだろう
胸ポケットにはペンが差されていた
目の前で立ち止まる彼に俺はスケッチブックを反転させる
事前に書いておいた、俺の願い。
『歌姫に会わせていただけませんか』
団長の目を見ながら、彼の様子を伺う
緊張で手が震える
願いを落とさないよう、ぎゅっと手に力を込めた
彼は少し逡巡した末、にっこりと笑ってスケッチブックを握る俺の手に自分の手を重ねた
「君は、歌姫に会ってどうするんだい?」
笑みを浮かべながらも、目は笑っていなかった
明らかな、威嚇。
「会いたいのなら、自分の言葉で伝えるのが筋では無いのかな?」
自分の言葉…
ちゃんと、このスケッチブックの言葉は俺の言葉だ
誰の言葉でもない、自分の…
「…何か言ってみてはどうだい?」
…あぁ、そっか。
彼は知らないんだ
俺が失声していることを。
伝えてないのだから、当たり前だ
彼の言った『自分の言葉で伝えろ』は『自分の口で伝えろ』という意味だったのだろう
ただスケッチブックを持ち呆然と立ち尽くす俺に団長は眉をひそめていた
白い紙に黒を落とした
『俺、失声しているんです。
伝えていなくてごめんなさい』
そう書いて彼に見せる
1文目を目で追った瞬間、彼は目を見開いた後、どこか納得したような顔で頷いた
「そうかそうか、そうだったんだな…
いやはや、申し訳ない…」
威圧的な笑みはさっと消え、ばっと俺の肩を抱いた
「君が失声しているのはわかった
…だが、なぜ僕のところの歌姫に会いたいのか、理由を聞かせてくれ」
耳元で響く、低い声
失声していることは伝えられたのに、どうしてここまで会うことを拒絶されるのか…。
直接的な言葉は無いが、俺の発言を全て潰していくかのような言い回し。
失言したら最後。
きっと会わせてもらえない
直感でそう分かった
彼がここまで用心深いのが何故かは分からないが、ここはしっかり伝えなければならないだろう
スケッチブックに書き込もうと鉛筆を手にした時
「あっ、団長ここにいた!皆探してましたよ?いつもは終幕したら舞台には来ないのに……」
明るい声が舞台に響いた
はっとして顔を上げる
煌びやかな衣装を脱いだ彼がそこにいた
茶髪でまん丸垂れ目の彼
必然的に彼と目が合う
「あぁ、すまなかったな、すぐ向かうから待っていてくれ」
思わず駆け出しそうになるものの、肩に回された団長の腕がそれを許してくれるはずもなかった
グッと力が込められ
「近づくな」
という意思が伝わってくる
俺は素直にそれに従った
暗にやり取りをしている俺らを見ていた歌姫は、呆れたようにため息をついた
「団長…そんな若い子とっ捕まえてどうするつもりですか…
ほーら、離してください」
さくさくと歩を進ませ、団長の腕を掴む
俺の肩からそれを浮かせたあと、今度は彼に肩を抱かれた
「団長、ちゃんと仕事してくださいよ…皆待ってるんですからね?」
俺のことは会話の外
今はそれに助けられていた
久しぶりの彼に触れられているという事実に、否応無く、体温が上昇していたから
もし話題を振られてもきっと上手く反応できない
そんな俺を団長は訝しむように見ていたけれど、諦めたように息を吐いた
「…そうだね、わかったよ。
君の言う通り直ぐに行こう」
歌姫はパッと笑って
「先に行ってますからね」
と颯爽と舞台袖に帰っていった
また団長と二人きり。
きっと団長は俺の事を良く思っていない
それを解かねば前には進めない
団長が行ってしまう前に伝えなければ。
震える手で鉛筆を走らせると、ふっと笑う音がした
つい、手を止めると背中に衝撃が走った
バシッといい音を立てて、団長が俺の背中を叩いたのだ
「ハッハッハッ!まさか、あの子があんなことをするとはね!正直、驚いたが、まあいいだろう。
明日、今と同じ時間にここへ来なさい。」
…………意味がわからない
豪快に笑った末、何かに納得したようだ
一体何に?
硬直する俺を見て、また豪快に笑うと
「歌姫に会いたいんだろう?」
随分優しい声音でそう言った
反射的に頷くと
「それではまた明日来なさい。今日はもう遅いからね」
と俺は家へ返されたのだった
手にはしっかりとスケッチブックを握りしめて。
観客席に俺一人だけになった頃、気前のいい、朗らかな笑みを浮かべた男性が近づいてきた
その人はサーカス団の司会兼団長だ
「どうしたんだい?何か用かな?」
俺がスケッチブックを持ったまま帰らなかったから、きっとサインを求めているのだと思ったのだろう
胸ポケットにはペンが差されていた
目の前で立ち止まる彼に俺はスケッチブックを反転させる
事前に書いておいた、俺の願い。
『歌姫に会わせていただけませんか』
団長の目を見ながら、彼の様子を伺う
緊張で手が震える
願いを落とさないよう、ぎゅっと手に力を込めた
彼は少し逡巡した末、にっこりと笑ってスケッチブックを握る俺の手に自分の手を重ねた
「君は、歌姫に会ってどうするんだい?」
笑みを浮かべながらも、目は笑っていなかった
明らかな、威嚇。
「会いたいのなら、自分の言葉で伝えるのが筋では無いのかな?」
自分の言葉…
ちゃんと、このスケッチブックの言葉は俺の言葉だ
誰の言葉でもない、自分の…
「…何か言ってみてはどうだい?」
…あぁ、そっか。
彼は知らないんだ
俺が失声していることを。
伝えてないのだから、当たり前だ
彼の言った『自分の言葉で伝えろ』は『自分の口で伝えろ』という意味だったのだろう
ただスケッチブックを持ち呆然と立ち尽くす俺に団長は眉をひそめていた
白い紙に黒を落とした
『俺、失声しているんです。
伝えていなくてごめんなさい』
そう書いて彼に見せる
1文目を目で追った瞬間、彼は目を見開いた後、どこか納得したような顔で頷いた
「そうかそうか、そうだったんだな…
いやはや、申し訳ない…」
威圧的な笑みはさっと消え、ばっと俺の肩を抱いた
「君が失声しているのはわかった
…だが、なぜ僕のところの歌姫に会いたいのか、理由を聞かせてくれ」
耳元で響く、低い声
失声していることは伝えられたのに、どうしてここまで会うことを拒絶されるのか…。
直接的な言葉は無いが、俺の発言を全て潰していくかのような言い回し。
失言したら最後。
きっと会わせてもらえない
直感でそう分かった
彼がここまで用心深いのが何故かは分からないが、ここはしっかり伝えなければならないだろう
スケッチブックに書き込もうと鉛筆を手にした時
「あっ、団長ここにいた!皆探してましたよ?いつもは終幕したら舞台には来ないのに……」
明るい声が舞台に響いた
はっとして顔を上げる
煌びやかな衣装を脱いだ彼がそこにいた
茶髪でまん丸垂れ目の彼
必然的に彼と目が合う
「あぁ、すまなかったな、すぐ向かうから待っていてくれ」
思わず駆け出しそうになるものの、肩に回された団長の腕がそれを許してくれるはずもなかった
グッと力が込められ
「近づくな」
という意思が伝わってくる
俺は素直にそれに従った
暗にやり取りをしている俺らを見ていた歌姫は、呆れたようにため息をついた
「団長…そんな若い子とっ捕まえてどうするつもりですか…
ほーら、離してください」
さくさくと歩を進ませ、団長の腕を掴む
俺の肩からそれを浮かせたあと、今度は彼に肩を抱かれた
「団長、ちゃんと仕事してくださいよ…皆待ってるんですからね?」
俺のことは会話の外
今はそれに助けられていた
久しぶりの彼に触れられているという事実に、否応無く、体温が上昇していたから
もし話題を振られてもきっと上手く反応できない
そんな俺を団長は訝しむように見ていたけれど、諦めたように息を吐いた
「…そうだね、わかったよ。
君の言う通り直ぐに行こう」
歌姫はパッと笑って
「先に行ってますからね」
と颯爽と舞台袖に帰っていった
また団長と二人きり。
きっと団長は俺の事を良く思っていない
それを解かねば前には進めない
団長が行ってしまう前に伝えなければ。
震える手で鉛筆を走らせると、ふっと笑う音がした
つい、手を止めると背中に衝撃が走った
バシッといい音を立てて、団長が俺の背中を叩いたのだ
「ハッハッハッ!まさか、あの子があんなことをするとはね!正直、驚いたが、まあいいだろう。
明日、今と同じ時間にここへ来なさい。」
…………意味がわからない
豪快に笑った末、何かに納得したようだ
一体何に?
硬直する俺を見て、また豪快に笑うと
「歌姫に会いたいんだろう?」
随分優しい声音でそう言った
反射的に頷くと
「それではまた明日来なさい。今日はもう遅いからね」
と俺は家へ返されたのだった
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
闇を照らす愛
モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。
与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。
どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。
抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話
天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。
レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。
ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。
リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる