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【本編】

人は見かけによらない……どころの騒ぎじゃない

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「んっ」

小野くんの口唇はとても柔らかく、あむあむとあたしの上唇や下唇を愛おしそうに甘噛みする。
そして、あたしに許可を得ることなくキスしてるのに「舌、絡めても良いですか?」と伺うような謙虚さすら感じる…小野くんらしいというかなんというか。

「んぁ、ふ、んんっ」
「ん、先輩…」


気持ち良い……キスってこんなに気持ち良いモノだったっけ?
……キスだけじゃなくて、もっと、ちゃんと……―――――――


「先輩…あの、これ以上はちょっと……」
「ふぇ…?」
「さすがに、ここではデキないので…」
「……――――――――!!!!!!」

そうだった!
ここはホテルでも部屋でもなんでもなく、お酒を飲みに来たBARでしかも小野くんの知り合いの方がいるお店だったっ!!

慌てて取り繕おうとしたら、カウンター席の椅子ごと倒れそうになった。

「…っ、ひゃ……」
「!!…先輩っ」

ぐいっと椅子ごと引き寄せられ、気が付けば小野くんに抱きしめられていた。
ちょうど小野くんの心臓辺りにあたしの頭があり、ドクン、ドクンという力強い鼓動を感じる。
ちょっと早い気がするのは、あたしがドジったことで焦ったからだろう。

今年大学卒業したって言ってたから、現在は24歳であたしより5歳年下。
でも、空手をやってたというだけあって、逞しくてがっしりしててなんか安心する……

「はぁ……先輩って、しっかりしてそうに見えて、実は全然違いますよね…」
「!!」
「あ、もちろん仕事は別ですよ。仕事中の先輩は、噂通りめちゃくちゃ仕事がデキる人だって思ってますから」
「……噂?」
「はい。先輩って身長高い上にヒールの高い靴を履いてて、表情もそんな崩さないし超クールじゃないですか。だから、会社では“鋼鉄の美女”とか、“女帝”って呼ばれてるんです。知りませんでした?」
「??!!」

なんだそれ?!初耳なんですけど??!!
会社でクールキャラだと思われてるのは知ってたけど、そんなすごいあだ名があるなんて知らなかったよっ!

「ふふっ、あの時も思ったけど、先輩ってちょっと表情に出にくいだけで、すごく素直な人ですよね」
「へ?」
「さっき食事してる時だって、美味しそうに食べながら手を振る仕草、すごく可愛かったです♡」
「!!!!」

バレてたの?!しかも、可愛い……だと??!!

「それに、今だって顔色はそんなに変わらないけど、耳が真っ赤です。僕がキスしたからですよね?嫌じゃなかったです?」
「ぁ、えっと……いや…では、ない……です。……たぶん」
「ぷっ、なんで敬語なんですか?しかも“たぶん”って……じゃあもう一回するので、ちゃんと考えて下さいね」
「へっ?あの……んんっ」

しっかり抱きとめられた状態でキスされているので、身動きが取れない。

ちょっと待って、ここってBARだから!!
他にもお客さんや、さっきのイケメンバーテンダーだっているよね?!

「…ゃ、ここ、店内……んっ」
「ん……大丈夫ですよ。この席ってカウンターの中でコンロ用のカバー代わりのロールカーテン降ろすと、完全に他の席から死角になって見えなくなりますから☆」

そっかそっか、それなら安心…………って違うわっ!!

そーじゃないの!そーゆー問題じゃないの!!
あたしがもう完全にキャパオーバーなの~~~~~~~~~~~っ!!!


「はぁ……もうこのまま食べちゃいたい……ねぇ、先輩。場所、変えませんか?」
「ふぇ…?まだなんか食べるの?あたし、もぅお腹いっぱい……」
「!」

あたしの返答が相当おかしかったのか、小野くんはあたしの肩に顔を埋めて、身体を震わせながらめちゃくちゃ笑ってる。

え?なんか変なコト言ったっけ??

「もー先輩ってば最高!…っくく、そーゆートコほんとに大好きっ」
「へ?!なっ……」
「“食べたい”ってのは先輩のことです。僕はね、“先輩を抱きたい”って言ったんですよ♡」
「え――――……んぐっ?!」
「ダメですよ、先輩。ここは死角だけど、大声出したらさすがに周囲に聞こえちゃいますからね」
「……」


は……?えぇ??小野くんがあたしを抱きたい?
昨日だけの関係なんじゃないの??

まぁ、別に小野くんのこと嫌いじゃないし、抱きしめられるのも嫌じゃな……
って、待て待て!あたしはまた同じ過ちを繰り返すのか??!!
でも…1回目って記憶がないからちょっともったいないなぁとは思ってたんだよね……

はっ!!いかんいかん!!!
小野くんに邪な感情を抱いちゃダメだ!彼は大切な職場の後輩なんだからっ!!

「…あ」

心の中で自問自答のような葛藤をしてる時に頭をぶんぶん振ったものだから、一気にお酒が回ったらしく頭がぐるぐるしてきた。

「先輩っ、大丈夫ですか?」
「ん、だい…じょぶ……」
「いやいや、大丈夫じゃないですって。……涼、チェイサー持ってきて」
「あいよー」

小野くんが頼んでくれたチェイサーを飲んで少し落ち着いたけど、まだ少しだけ頭がほわほわする。
……キール・インペリアル、すごく美味しいけど要注意だ……

「……すみません。ずっと憧れてた先輩に近づけた気がして……しかも、先輩って思ってた以上に可愛いくて調子に乗り過ぎたし、性急すぎました」
「……」
「とりあえず、明日も仕事ですし今日はもう帰りましょうね」
「(コクリ)」


お酒のせいもあって、思考回路もうまく働かない状態のあたしは、小野くんに支えられながらお店を後にした。

そして、当然のように家まで送ろうとした小野くんの申し出を何とか断るも、「電車は絶対ダメです」と言われ無理矢理タクシーに乗せられた。
ようやくマンションの前に着き、お金を払おうと財布を出すと「もう料金はいただいております」と運転手さんに言われ、昨日に引き続きあたしは今日も小野くんのハイスペックさを目の当たりにしたのであった。


……あれ?あたし、お金払ってなくない??


ハイスペック且つ心配性な小野くんとは、送るのを断ったかわりにLINEを交換した…というかさせられた。
“帰宅後必ず連絡をください”と念を押されていたから、お金の事も含めて部屋に着いてすぐに小野くんへLINEでメッセージを送る。


≪無事、家に着きました。飲み代とタクシー代、今度返します≫


送ってから、"これじゃただの業務連絡じゃないか…"と少しだけ後悔したけど、送ってしまったものは仕方ない。

よし、後はもう寝るだけだ。もう何も考えずにシャワーに入ってすぐ寝よう。
小野くんがあたしを好きとか抱きたいとか、気のせいだったかもしれないし、ホントだったとしてもきっと気の迷いだよね、うん。


そう思っていたのに、上着を脱いで片付けようとしたところでピロン♪と小野くんからの返信が来た。



≪無事に家に着いたようで何よりです。お金のことは僕がしたくてしていることなので、気にしないで下さい。ではまた明日会社でお会いしましょう☆

 P.S 
今日伝えたことは僕の本当の気持ちです。お酒の勢いとかじゃありませんからね≫


「……」


返信の速さもさることながら、返信内容に驚きすぎてしばらく固まってしまったのは、言うまでもない。
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