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しおりを挟む「青色は残念ながら薄毛の方だ。そうだね、ライラ」
ライラを強く掴んでいたゲルティをひねりあげていたのは、眩しい金の髪をもつ青年だった。
長めの前髪を後ろに流し、彫りの深い彫刻的な顔立ちをしている。その人の紫水晶のように美しい瞳は、ライラの方に向いている。
急なことにぱちくりと瞳を瞬かせたライラは、少し遅れて「そうです」とだけ短く答えた。
突然現れたこの男性は誰なのか。
ライラよりも早く、事態に気が付いたのは聴衆が先だった。ライラとゲルティのやり取りを興味本位で眺めていた彼らの様子が一変したことをライラも感じ取る。ぴり、と空気が張り詰めた。
「あ、あなた様は……っ!?」
腕を変な方向にひねりあげられたままのゲルティの顔がさっと青くなる。
その傍らで、ギーマインが頬を赤らめて「ローベルト殿下……!」と呟いた。
その呟きを拾ったライラは、再度視線を眼前のきらびやかな青年へと戻した。
(見たことがあると思ったら、そうでしたか)
エルサトレド王国の第三王子、ローベルト・フォン・エルサトレド。
学園生活や離宮生活で、遠くからしか見たことがなかった人物の名だ。
周囲には常に人が集まり、笑顔を絶やさずにいるその人は、ライラからはほど遠い存在だ。
(どうして殿下がここにいらっしゃるのでしょう。それにしても近くで見ると本当に目映い輝きですね……研究したいです)
彼がこれほどまでに人々を惹き付けるのは何故なのか。普段はあまり他人に興味がないライラも、好奇心がくすぐられる。
「な、なぜ殿下がライラの薬をご存知なのですかっ……うわあっ!?」
暴れるゲルティからローベルトは手を引く。突然支えを失ったゲルティは、無様にも体勢を崩して床に膝をついてしまった。
その音で、ライラもはたと気を取り直す。
「そうですね……確かに、どうして殿下があの薬のことをご存知なのですか?」
悠然と笑む王子の周りは、星が散っているかのように目映い。
大きな眼鏡の下で、ライラは何度も瞬きをした。
「一緒に研究しただろう、ライラ」
ライラに語りかけるローベルトの声色は、とても柔らかで。
ゲルティに向けられたものとはまるで性質が違っている。おまけに美麗な笑みも付いているものだから、周囲の令嬢から悲鳴のような声が聞こえてきた。
(この声は……もしかして……)
「……フォン、ですか?」
見た目の雰囲気はまるで違うが、その包み込むような温かな声に心当たりがあった。
考え事をしがちなライラの回答を根気強く待って、ゆっくりと促してくれる優しい声。
「ご明察」
ふわり、と微笑む美麗なローベルトに、いつものもっさりフォンが重なって見えた。
「ち、ちょっと待てライラ。あの瓶にはずっと青色の液体が入っていたじゃないか!」
ライラとローベルトが見つめあっていると、横からそんな声が割って入った。
縋るようにライラを見上げるゲルティの額には汗が滲んで、自慢の緑髪がぺたりと張り付いてしまっている。
「やはり、私の研究室に盗みに入っていたのは叔父様だったのですね」
「薬剤の窃盗は罪だよ、ハルフォード伯爵」
「ライラを養ってやってるのは私だ! 家族のことだから問題は無いだろう!!」
叔父様はそう言い切ると、何かを思いついたようににたりと口角を吊り上げた。
「そうか……ライラ。わざとハッタリを言ったんだな? 変わり者のお前が作ったようなあんなもの、別に減るものでもないだろう。私が直々に使ってやったんだ、ありがたく思いなさい」
ゲルティの犯行があまりに稚拙すぎるが故に、これはなにかの罠で、もっと強大な黒幕がいるのかも……と思って今日まで泳がせていたが、このことに関してはそんなものはなかったようだ。
開き直って吐き捨てるように言うゲルティを、ライラは憐憫の眼差しで見つめた。
「叔父様の髪は減ります」
「減るだろうね」
「ひいっ!?」
ライラとフォンの息の合った言葉に、ゲルティは慌てて髪の毛を押さえる。
ライラは顎に手をあて、思案するように首を捻る。
「せっかくですから、ゲルティ叔父様には研究対象になってもらいましょうか? 窃盗の回数から言うと、副作用マシマシの方の魔法薬を十回は服用しています」
「彼を罰しないといけない所だけど……貴重なデータが取れそうだね、ライラ」
「そういえば。あの、フォ……ローランド殿下」
「フォンでいいよ。君は特別だ」
「そうですか? では……あの、フォン。あそこのリスマスの実を使ってみたいのですが、頂いてもいいでしょうか? 役立ちそうなのです」
「もちろん」
はくはくと言葉を失うゲルティをよそに、ライラとローランド(フォン)はいつもの研究モードだ。
居心地の悪い夜会の会場も、フォンと話しているだけで心が軽くなる。
ああ、早く研究室に行きたい。そう思ったライラだったが、床を見て重要な事を思い出した。
(そうです。私はもう、あの場所での研究は出来ない……)
そこには、あの婚約誓約書がはらりと落ちていた。
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