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特別編
【コミックス発売記念SS】初めてのお出かけ(前)【本編の後にお読みください】
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「ねえサラ、変ではない?」
わたしはソワソワしながら鏡に映る侍女に問いかける。いつもより早起きをして、髪も念入りに梳かして、大人っぽくひとつにまとめてもらった。いつもの青い花の髪飾りも添えて。
お母様に泣きついて一緒に選んでもらった淡い水色のワンピースは、ところどころに花の刺繍があしらわれていてとても可愛らしい。
「はい、とてもお綺麗です」
サラはにっこりと笑ってそう告げてくれるけれど、わたしはまだまだ心配だ。
「本当に本当? みんないつもその調子だから、信用出来ないよ」
「お嬢様はいつだって侯爵家の天使ですから。美しいに決まっています。テオフィル様だってメロメロです。むしろ気に入らないなんてことがある筈がありません」
「もー! わたしは真剣に悩んでるのに」
キッパリと言い放つ侍女に、わたしはそんな風に言ってしまう。
だが彼女はますます微笑ましそうにわたしを見つめて、一層笑みを深めた。
「大丈夫ですよ。お嬢様。本当に本当に素敵な仕上がりになっています。今日は初デートですもの。私たち侍女一同も、気合いを入れて頑張らせていただきましたから!」
「そう……かな」
どんと胸を張る彼女を見て、わたしはいくらか安心した。
そう、今日はテオとお出かけをするのだ。
なんやかんやバタバタとした学園生活の途中、わたしたちは婚約者になった。
お父様が婚約を渋る場面もあったけれど、お母様が「ブライアム様? お話が違います」と笑顔で圧力をかけていた。
あとはもう、トントン拍子で話は進んで、婚約式まで済ませたところ。
でもその後なぜだかテオと時間が合わなくて、半年ほど経過した今日。それから初めて二人で出かけることになった。
学園でもちょこちょこ顔を合わせているのに、やっぱり改めて二人で会うとなると少しざわざわとした落ち着かない気持ちになる。
「さ、お嬢様。あと半刻ほどで約束のお時間ですから、客間でテオフィル様をお待ちしておきましょうか」
「うん……はあ、なんだか緊張するわ」
「ふふふ。そのままのお嬢様で大丈夫です。きっと、テオフィル様の方が――」
立ち上がって移動しようとしたわたしたちの会話を遮るように、扉がノックされる。
聞けば、たった今テオが到着したという。
「えっ」
「まあ」
わたしとサラは顔を見合わせると、急いで部屋を出ることにした。
◇◇
「いいか、テオフィルくん。いくら婚約者とはいえ、レティはまだ学生なんだから、慎みをもって――」
階段を駆け下りて、嬉々として客間に向かうと、そんな声が中から聞こえてきた。
お父様の声だ。
「ねえ、サラ。お父様は今日執務じゃなかったかな?」
「私もそのように聞いておりましたが……」
ようやくわたしに追いついたサラも首を傾げている。
やはりわたしの認識は間違っていなかったらしい。だが、部屋の中から聞こえてくるのはどう考えてもお父様の声だ。
そして、テオらしき声も聞こえる。
「まあ、とっても素敵なレディがいると思ったら、ヴァイオレットだったのね。ふふ」
「お母様!」
サラと二人で扉の前に立ち、入室を躊躇していると、後ろから伸びやかな声がしてわたしは振り向いた。
侯爵家の女主人であるお母様が、いつも通りに柔和な笑みを浮かべている。
「こんな所でどうしたの? テオフィルくんが待っているのでしょう」
「あの……中にお父様もいるみたいで、何かテオと二人で話しているようなのです」
「……あら」
わたしがそう伝えると、菩薩のようなお母さまの笑顔が、どこかぴしりと固まったように思えた。
心無しか、背筋が寒い。
「ふふ。ブライアム様ったら、往生際が悪いんだから。ではレティ、私についていらっしゃい」
「……はい!」
わたしは頼もしいお母様の後ろについて入室する。
テオに何やらクドクドとお説教をしていたらしいお父様は、お母様に「ブライアム様?」と言われてぴたりと動きを止めた。
母は強い。
「おはよう、レティ」
「おおお、おはよう!」
お父様がお母様に連れて行かれる様をひととおり眺めた後、わたしたちはようやく挨拶を交わした。
柔らかなミルクティー色の髪が少し後ろに撫で付けられるようにセットされていて、どこか大人びて見える。
どきどきそわそわとした、あのむず痒い感覚が胸に去来して落ち着かない。
「――っ、今日は、いつもと雰囲気が違うんだな。その……綺麗だ、レティ」
「あっ、ありがとう……えと、テオも素敵だよ……!」
「ぐ。レティ、ありがとう」
テオに真っ直ぐに誉められて、わたしも慌てて言葉を紡ぐ。お互いに照れながら褒め合うわたしたちは、周囲から見るととっても恥ずかしいことになっているかもしれない。
顔が熱くてパタパタと手で顔を扇いでいると、テオはゆっくりと立ち上がった。
学園にいたころよりもまた少し背が伸びて、見上げる度にわたしたちが大人になった事を思い知る。
「じゃあ行こう、レティ。下に馬車を待たせてある」
テオが自然に差し出した左手を見て、わたしはハッとする。
これはあれだ。恋人同士がデートするときの憧れのあれですね……!
乏しい恋愛経験だけれど、漫画や小説、それからもちろん乙女ゲームからも知識は得ている。
「……うん!」
ごくりと唾を飲んで覚悟を決めたわたしは、ドキドキしながらその手を取った。
そのまま、ぎゅうっと握りしめる。
本当は指をなんかこう絡ませる恋人繋ぎとやらにも挑戦したいけれど、まだまだレベルが高すぎる。
それにしても、テオの手も随分大きくなった。骨ばってごつごつして、幼い頃のふわふわのお手手とは全然違う。
「……テオ?」
そんなことを考えていたら、目の前のテオがいつの間にかぴしりと固まってしまっていた。
「あ……いや、その……エスコートのつもりで」
「っ!!! ごごごごめん! 恋人だったらこうなのかと思って!!」
慌てて手を引っ込めようとしたら、そのままテオにぐっと握りこまれてしまう。
「そうだな……うん、そうしよう。じゃあ改めて、行こうか」
にっこりと、幼い日の面影のある笑顔のテオ。頬が少し色づいて見えるのは、きっと気のせいではない筈だ。
わたしも同じように見えているのかな。
頬の熱さを感じながら、わたしは笑顔で頷いた。
「……なっ、なんですかあの尊いお二人は……!」
「目から浴びた栄養がやばすぎます」
「ふふ、お嬢様は天使ですもの」
テオフィルとヴァイオレットを見送った侍女やメイドたちからは、そんな感嘆の声が漏れたという。
そして、デートを妨害(?)しようとしたブライアムは、しばらくローズに口を聞いてもらえずにとても落ち込んでいた。
前編 おわり
――――――――――――――――――
お読みいただきありがとうございます!
デート回書こうとしたら、デートに行くまでに時間がかかってしまいました……
後編はいずれ書きます。
【お知らせ】
『悪役令嬢のおかあさま』コミックス1巻発売しております~~~!!
まだまだ謎だらけの第1巻、応援よろしくお願いしますm(_ _)m
ミズメ
わたしはソワソワしながら鏡に映る侍女に問いかける。いつもより早起きをして、髪も念入りに梳かして、大人っぽくひとつにまとめてもらった。いつもの青い花の髪飾りも添えて。
お母様に泣きついて一緒に選んでもらった淡い水色のワンピースは、ところどころに花の刺繍があしらわれていてとても可愛らしい。
「はい、とてもお綺麗です」
サラはにっこりと笑ってそう告げてくれるけれど、わたしはまだまだ心配だ。
「本当に本当? みんないつもその調子だから、信用出来ないよ」
「お嬢様はいつだって侯爵家の天使ですから。美しいに決まっています。テオフィル様だってメロメロです。むしろ気に入らないなんてことがある筈がありません」
「もー! わたしは真剣に悩んでるのに」
キッパリと言い放つ侍女に、わたしはそんな風に言ってしまう。
だが彼女はますます微笑ましそうにわたしを見つめて、一層笑みを深めた。
「大丈夫ですよ。お嬢様。本当に本当に素敵な仕上がりになっています。今日は初デートですもの。私たち侍女一同も、気合いを入れて頑張らせていただきましたから!」
「そう……かな」
どんと胸を張る彼女を見て、わたしはいくらか安心した。
そう、今日はテオとお出かけをするのだ。
なんやかんやバタバタとした学園生活の途中、わたしたちは婚約者になった。
お父様が婚約を渋る場面もあったけれど、お母様が「ブライアム様? お話が違います」と笑顔で圧力をかけていた。
あとはもう、トントン拍子で話は進んで、婚約式まで済ませたところ。
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「うん……はあ、なんだか緊張するわ」
「ふふふ。そのままのお嬢様で大丈夫です。きっと、テオフィル様の方が――」
立ち上がって移動しようとしたわたしたちの会話を遮るように、扉がノックされる。
聞けば、たった今テオが到着したという。
「えっ」
「まあ」
わたしとサラは顔を見合わせると、急いで部屋を出ることにした。
◇◇
「いいか、テオフィルくん。いくら婚約者とはいえ、レティはまだ学生なんだから、慎みをもって――」
階段を駆け下りて、嬉々として客間に向かうと、そんな声が中から聞こえてきた。
お父様の声だ。
「ねえ、サラ。お父様は今日執務じゃなかったかな?」
「私もそのように聞いておりましたが……」
ようやくわたしに追いついたサラも首を傾げている。
やはりわたしの認識は間違っていなかったらしい。だが、部屋の中から聞こえてくるのはどう考えてもお父様の声だ。
そして、テオらしき声も聞こえる。
「まあ、とっても素敵なレディがいると思ったら、ヴァイオレットだったのね。ふふ」
「お母様!」
サラと二人で扉の前に立ち、入室を躊躇していると、後ろから伸びやかな声がしてわたしは振り向いた。
侯爵家の女主人であるお母様が、いつも通りに柔和な笑みを浮かべている。
「こんな所でどうしたの? テオフィルくんが待っているのでしょう」
「あの……中にお父様もいるみたいで、何かテオと二人で話しているようなのです」
「……あら」
わたしがそう伝えると、菩薩のようなお母さまの笑顔が、どこかぴしりと固まったように思えた。
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「ふふ。ブライアム様ったら、往生際が悪いんだから。ではレティ、私についていらっしゃい」
「……はい!」
わたしは頼もしいお母様の後ろについて入室する。
テオに何やらクドクドとお説教をしていたらしいお父様は、お母様に「ブライアム様?」と言われてぴたりと動きを止めた。
母は強い。
「おはよう、レティ」
「おおお、おはよう!」
お父様がお母様に連れて行かれる様をひととおり眺めた後、わたしたちはようやく挨拶を交わした。
柔らかなミルクティー色の髪が少し後ろに撫で付けられるようにセットされていて、どこか大人びて見える。
どきどきそわそわとした、あのむず痒い感覚が胸に去来して落ち着かない。
「――っ、今日は、いつもと雰囲気が違うんだな。その……綺麗だ、レティ」
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「ぐ。レティ、ありがとう」
テオに真っ直ぐに誉められて、わたしも慌てて言葉を紡ぐ。お互いに照れながら褒め合うわたしたちは、周囲から見るととっても恥ずかしいことになっているかもしれない。
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「あ……いや、その……エスコートのつもりで」
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「そうだな……うん、そうしよう。じゃあ改めて、行こうか」
にっこりと、幼い日の面影のある笑顔のテオ。頬が少し色づいて見えるのは、きっと気のせいではない筈だ。
わたしも同じように見えているのかな。
頬の熱さを感じながら、わたしは笑顔で頷いた。
「……なっ、なんですかあの尊いお二人は……!」
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ミズメ
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