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アンナ=セラーズ編
その8 決意②
しおりを挟む翌日、父と共に登城した私は、応接間のような部屋に通されていた。
案内されたとおりに大人しく椅子にかけて待つ。
先ほど、薬師になることについては宰相様の方から既に話が通っているとのことで薬師長と面会をした。
父よりも少し歳上のように見えるそのお方は、とても優しそうな顔をしていた。
『ううむ、君のような若い娘があの丸薬を。是非今度じっくりと腰を据えて話を聞いてみたいものだ! 今後ともよろしく頼むよ』
目尻を下げて微笑むその方と固い握手をして、部屋から退出するところを見送った。
今日はここまでかと思ったのだけれど、城の文官が引き留めたため、こうして誰かを待っている、という状況だ。
「お父さま、何か聞いていますか?」
そう聞くも、父は力なく首を横に振る。
「何だろうなぁ。城にいると落ち着かないから、早く領地に帰りたいものだ」
少しは慣れてきたと思っていたが、もともと領地で細々と暮らしていた父だ。やはりまだこの豪華絢爛な城の様子や、度々見える高貴な人々との面会は精神的に疲れるらしい。
「……アンナ、辛くなったらいつでも帰ってきていいんだからな。お前は聡い子だから、考えすぎて家のためにと無理をするところがある。うちは大丈夫だから、自分の好きなように生きなさい」
「……はい」
「別にまた貧しくなったって、没落したって構わない。爵位だけが全てではない。貴族じゃなくなっても、また薬を売って暮らせばいいだけだ」
「お父さま。皆さんに聞かれたら不敬だと怒られますよ」
恐ろしいことを言い出した父を嗜める。
こんなに周囲に良くして貰っているのに没落だなんて、考えただけで怖い。
だが父は、そんなことは意に介さないという風に柔らかく微笑んだ。
「そのくらいの覚悟はあるということだ。貴族社会は一筋縄ではいかない。そんな中に娘をひとり放り込むんだからな。……意地悪を言われたら、言い返したっていい。その後領地に帰っておいで」
「お父さまったら……」
父なりの励まし、らしい。
貴族令嬢相手に言い返したりしたらその後の報復が恐ろしい。だけれど、それでも父は逃げないと――セラーズ家として私の意向を最大限に守ると、そう言ってくれているのだ。
「大丈夫です。お父さま。私にはレティ様という目標がありますので、ちょっとやそっとではへこたれません。それに、学園で眺めていましたが、貴族のご令嬢がたのやる事と言ったらとても可愛らしいものでしたよ? 彼女たちにやり返すならば、絶対にばれないようにやって、証拠も残しませんので家の心配はいりません」
父に心配をかけないようにそう言い切って胸を張ると、何故か父は「……ああ。うん」と微妙な表情になった。どうしてだろう。
◇
暫くそうして父と雑談をしていると、不意に入り口の扉がノックされた。
慌てて立ち上がると、入室して来たのはアルベール殿下とジークハルト殿下だ。
父が一気に緊張したのが伝わってきたが、ひとまず私はレティ様に教わったとおりにカーテシーをする。
「アンナ、だいぶご令嬢が板についてきたね」
「ありがとうございます。アルベール殿下」
「今日時間を貰ったのは、聞きたいことがあったからなんだ。アンナ……君は、ジークが隣国に帰還する工程への同行と、その後暫く隣国に滞在することの許可を求めたらしいね?」
話が旦那様を通じてもうアルベール殿下の耳に入っているらしい。
「先程話を聞いた時は驚いたが……理由はなんだ?」
ジークハルト殿下も、訝しげな顔をしている。
突然、元々侍女風情が王族の帰還に同行を願い出るなどということは、前代未聞なのかもしれない。
「アンナ、君がどうして今回のジークの帰還への同行を希望したのか、聞いてもいい?」
アルベール殿下の問いに、私は「はい」と返事をした後、言葉を続けた。
「――ジークハルト殿下のことが気になるからです」
「!」
「正確には、"殿下に盛られた毒が"ですが。以前紅茶に入っていたのは私の知らない毒でした。恐らく隣国から持ち込まれた可能性が高い。その毒の入手経路や生態などを調べたいと思っています。殿下の側にいたら、毒との遭遇率が高そうなので、今回のご帰還に合わせて同行を願い出ました」
「……そうか」
引きつった変な顔のままジークハルト殿下が固まっている横で、アルベール殿下の肩が揺れている。どうやら笑っているようだ。
「そっちか。アンナらしいな」という言葉をいただいたが、その時のアルベール殿下は晴れ渡るような笑顔だった。
「まあ、アンナがいればジークも安心じゃないか。今回はユーリアンも付けるし。ジークの身は僕が保証するよ」
「それは……そうだが」
にこやかなアルベール殿下に、ジークハルト殿下は少し不服そうな顔をしている。
ユーリアン様といえば、アルベール殿下の近衛騎士筆頭のお方だ。
その方を配備するということは、やはりその身の危険性を、アルベール殿下も懸念していらっしゃるようだ。
「アンナ、ジークを頼むよ」
「はい。必ずあの毒を解明します」
「……うん、そうだね。アンナはそれでいいよ」
苦笑するアルベール殿下を不思議に思いながら、私は深く頭を下げるのだった。
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